クロノトロピー※2
それは、狙われた攻撃だった。
セイトが扉を開けたその瞬間を見計らい、必中を信じて放たれた暴力だ。
『エア・ブレイク』
烈風の力を宿した風球を操る、風の精霊との契約により発動する攻撃魔術。魔道序列の第四位に位置し、その威力は大人の飛竜ですら仕留める殺傷力を持つ。
そして、この魔術の特性として、不可視という属性がある。風は人の目に映らない。つまりそういうことなのだ。
――不可視の刃。それも、烈風の力を宿すことさえ可能なこの風球は、暗殺を目的として開発され、これまでに数多くの要人がこの魔術によってその命を散らしてきた。
セイトはそんな魔術に襲われ、しかしすんでのところでそれを躱す。
当然、セイトにはその風球は見えていない。だが、どこにそれが存在しているのかについては正確に察知していた。
そして、
「おっと」
セイトはやり過ごしたその風球に、まるで蝿でも叩き落とすかのような所作で長剣を振り下ろした。
剣戟は的確に風球を捉え、刃は風球の中心へと滑り込む。
が、それは長剣が風球の暴力に晒されることを意味し、この風球は一瞬の内にその全てを砕く……その、はずだった。
しかし。
セイトの持つ長剣は、傷一つ受けることなく完全な形でその場にとどまっていた。それどころか、いまその場で刃を砕いているべき風球は、一切の痕跡を残すことなく消滅してしまっている。
風球を放った術者は目を見開き、しかし即座に平静を取り戻しその口を開く。
「すみません、手元が狂いました」
なにをしようとして、とは流石に言葉にはしない。
だが、エルゼラント魔法師団の一員――その中でも
具体的には、
「先程のノックでは途中で無視されてしまったようでしたので、次は少々強めにと思ったのですが……」
と、一触即発といっても過言でないこの場面において、これら全ては日常の一幕だといわんばかりの台詞を押し通してくるのである。
この者の名は、アスカ=クサナギ。
澄んだ鳶色の瞳に、漆黒の頭髪。東の国の生まれであることを示すそれらの個性を持ち合わせた、やや小柄な印象を受ける見目麗しき少女である。
しかし、彼女の名やこの場を訪れた経緯については、セイトはその一切を知りはしない。全く関係がない――と、そういうわけでもないのだが、この日初めて顔を合わせることになったセイトは、この少女に対して強い好奇心を抱き始めていた。
それは、アスカが女性だったからだ。
セイトは無類の女好きだ。己が認めた全ての女性を手に入れる事を本気で考え、そもそもこの闘技大会に出場したのも、ハーレムを構える権利を手にするためだった。
とはいうものの、セイトはただ美しいだけの女性には目を向けない。
彼が認める興味がどこにあるのかについては、感覚的な要因によるものなので一言では表せないが、しかし今回アスカに抱いたそれについては、彼女のその実力を認めたというところにある。
久々に出会えた好敵手。しかも平然とこちらを壊しにきた。
しかし、それはアスカの目的ではない。もしこれほどの実力者が本気で襲ってくるならば、もっと上手いやり方がある。
アスカはやる気の感じられない視線で暫くセイトを見つめ、やがてふと思い出したかのように言葉を紡ぐ。
「……中、入ってもいいですか?」
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