クロノトロピー※3

「断る理由はねえ。どこぞの侵入者はともかく、こんな熱心な客は大歓迎だ」


 アスカの求めを、セイトは鷹揚と快諾した。

 平然と不意打ちを仕掛けてくるようなその相手、しかも好敵手と認めた輩をこうもあっさりと受け入れたのは、彼女がそれだけ魅力的だったということか。


 とはいうものの、あまりにも警戒感がなさ過ぎだ。


 彼女を迎え入れる。それはいい。だが、セイトはその背中を無防備に晒していた。

踵を返し、手振りを交え、背中越しに「ついてこい」と語っている。それらはまるで友人を出迎えているようであり、更なる追撃など想像すらしていないようだった。


 あり得ない。


「なんですか、それは」

 アスカはそんなセイトの姿に対し、語気を強めて忠告する。

「貴方は先程のことをもう忘れたのですか? もっと警戒感を持って下さい」


 その気になれば、攻撃なんて幾らでも繰り出せる。こうして呑気に話しかけているこの時でさえ、アスカは戦う姿勢を崩していないのだ。


 しかしそんなアスカの忠告に、セイトは満面の笑顔で振り返る。


「その必要はねえよ」


 それは、確信した自信の表れだ。

 疑惑や焦りといった負の感情は一切なく、アスカはそんなセイトに戸惑った。


 そうして生まれた、一瞬の隙。

 決して気を抜いたわけではない。だが、事実はそれを肯定しない。


 ――ぽふ。

 ぽふぽふ、くしゃくしゃ、ぽふぽふぽふ……。


 頭上に置かれた、大きな右手。少々乱暴な慰撫に興じるセイトを、アスカは忌々しげな表情を湛え見上げていく。


 と、そこへ。

「お前は俺が認めた女だからな」

 ひどく気障ったらしい台詞が降りかかる。


 なんだか負けたような気分。でも、不思議と嫌じゃない。それはこれが彼の本質だからか――と、アスカはそう推察してしまう。


 女好きで、ハーレムを作ろうとしていて、規格外の実力者。


 前もって調べておいたそれらの情報はなに一つとして間違っていなくて、それどころかその全てが想像を凌駕している。

 で、アスカはそんな人物に認められてしまったらしい。

 無防備に、そして真っ直ぐなその目で向き合う相手として。


 ――いや、もしかしたら体が目的ということもあるのかもしれない。でも、まあそれはそれでいいか……と、アスカは頭をくしゃくしゃに弄ってくるその相手を見つめる。


 そして、

「いたずらに女性をたらし込むその癖は、直ぐに治した方がいいと思います」

 と、新たな忠告でお茶を濁す。


 彼がこれを素直に受け入れるとは思わないが、しかし当初の問題についてはこれで一段落となるだろう。

 アスカは頭上の温もりを両手で掴んで押し返し、乱れた髪を頭を振って正していく。そうして僅かな間を取ると、控え室の中に向かって一言。


「問題は解決しました」


 エニスにボコられ、ちょっと大変なことになっているその人物に告げる。


 そして、

「ですが、貴方はもう暫くそこで殴られ続けて下さい」

 と、まるで生け贄を捧げるような台詞を残し、すたすたと控え室に入っていく。


 その過程で耳に入った「た、助けてくれないのかよっ!」という情けない言葉にも、


(……ま、少々押され気味のようですが、なんとかしのぎきれるでしょう) 


 てな感じで、アスカはそいつを助けない。

 そして、そんなアスカをエニスは素通し。


 これはアスカにとっては意外なことだったが、特に表情に出すことはなかった。

 主人に忠実――もしくは、既に全てを見透かしている。……または、その両方。

 いずれにしても、アスカにとっては好都合。あとは、本来の目的を果たせるかどうかだが……。


 アスカは手近にあった椅子に腰を下ろし、後に続くセイトの着席を待つ。そして、再び彼と向き合い対話の姿勢が整ったところで、


「では早速ですが、貴方にはこの世界を救って貰います」


 セイト達の元を訪れたその理由を語り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る