クロノトロピー※6

「……なるほどな。ま、その内容じゃあ確かに『聖騎士』がどうこうできる問題じゃねえわな」


 アスカの求めに対し、セイトは一応の納得を見せた。

 これでおおよおのことは掴めた。そして、この件が単なる依頼ではないことも。


 これはタチの悪い脅迫だ。それも、セイトを含む全人類を人質にした。

 世界が滅亡の運命を辿っていて、エニスはそれを止める力を持っている。もうこれだけで、彼女はセイトのために動かざるを得ない。


 それに例え断ろうとしても、拒否権なんてのはそもそもないも同然。

 世界の存亡が掛かってるとなれば、手段を選ぶお人好しなどいるだろうか。


「因みに、ここは既に騎士団によって囲われています。お二人――いえ、特にエニスは彼等にとってそれだけ重要な人物だということです」


 実力行使の準備は出来ている。場合によってはそれも辞さぬ構えだということを、アスカは明確な言葉で告げていく。


(脅迫や暴力――いや、それ以上のことだろうと、王立騎士団かれらなら平気でやる)


「……へえ。というか、いいのかよそれをバラしちまって」

「構いません。セイトは私達のやり口を熟知しているでしょうし、それに私はこういうやり方が嫌いですから」


 本来、暴力による支配など彼女の望むところではない。もしそれをしてしまったら、アスカは自分自身を失いかねない。


(いえ、このような組織の一員である私はもう既に……)


「お願いします。貴方達の力を貸してください」


 アスカは立ち上がり、そしてセイト達に向かって頭を下げた。

 深々と、そして真っ直ぐに。

 このような行為を自分がするなどとは、アスカはこれまで考えたことも無かった。魔導士メイガスとして人の闇に関わり続けてきた彼女は、この行為の無意味さを知っている。


 だが、いまのアスカにはこれしかない。これが彼女の精一杯なのだ。


「よし、貸してやる」


(……え?)

 アスカは、そのセイトの言葉が理解出来なかった。


 意味はわかる。だが、なぜそんな答えが返ってくるのか。それも、芯の通ったハッキリとした口調で。

 ありえない。

 アスカは困惑し、恐る恐る彼を見上げた。彼のその顔――そして言葉の真意をそれを確かめようとして。

 

 ……が、しかし。

 ――ぽふ。

 そこへまた、をやられてしまった。


「おいおい。隙、作り過ぎだぜ?」

 セイトは口角を上げて笑みを浮かべ、アスカの頭に置いたその右手でまたも彼女の髪をかき乱す。


「う、うわ。や、止めて下さいっ!」

 狼狽するアスカ。彼女はと懇願するが、しかしそこでエニスは無慈悲な現実を伝えてくる。

「残念ですが、その願いは通らないかと」


 そうこうしているうちに、セイトはアスカの髪を大変なことにしちゃっていて。


「もう一度言うが、俺は力を貸してやる。王立騎士団にじゃなく、アスカ――お前にだ。だから、その頭をもっとくしゃくしゃさせて考えてみようぜ?」


 と、彼はそんなことをいってくる。


(考える? ……いったいなにを?)


 決まってる。自分がしたいことを、だ。

 彼は、王立騎士団にじゃなくアスカに力を貸すといった。それは同じことのように思えるが、実際は全く異なること。


(まさか、彼は私の目的を知って――いえ、それは絶対にないはず。なら私が答えるべきことは……)


「私の目的は、です。そしてそのためには、王立騎士団が考えることと同じことを要求することになります。……それで、それでも貴方は私に力を貸してくれるのでしょうか?」


「男に二言はねえ。それに、惚れた女の願いも叶えられずにハーレムなんて作れないしな」


「……感謝します」


 どうしてセイトが力を貸すといってくれたのか、アスカにはその本当のところはわからないままだ。もしかしたら頭を下げることしかできない無力な彼女を憐れんだのかもしれないし、別の理由があったのかもしれない。


 けれど、一つ、これは確かだろうということがある。

(セイトは私に興味を持っている)

 それも、一人の女性として。

 その気持ちがどこまで本気かはわからないが、それでもアスカは嬉しいと思ってしまった。

 男に惚れられて、喜ばない女などいない。それも、これまで魔導士メイガスとしてしか認識されてこなかった彼女なら尚更のこと。


 だが、そんな気持ちとは別に、アスカにはここで話しておくべきことがある。


「では、セイト。この見返りについて、もう一つお話しさせて下さい」

 

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