クロノトロピー※5

「畏まりました」


 エニスはセイトの求めに即応。不審者への攻撃を止め、その者をいともあっさりと見限った。


 この一見して無執着に見える行為については、彼女が機械人形だからだ――と、そう思う者もいるかもしれない。主人の命令に従い、それをなによりも優先する。機械人形とは元来そういう存在だからだ。


 だが、エニスは違う。


 主人への絶対視。この点については、確かに他の機械人形と変わりない。だが、その根本はひどく人間臭いのだ。


 ――喜び、怒り、悲しみ、葛藤。


 彼女はそれらを人と等しく理解し、自身の考えに基づいて行動している。

 だから、彼女が主人を絶対視しているのはあくまで結果。決して基準などではない。


 ま、エニスはセイトに特別な感情を抱いている……と、このように噛み砕いていけば、恐らくその本質に辿り着けるだろう。

 で、そのエニスはというと早速給仕に勤しんでいるわけなのだが、


「~♪」

 その姿は目一杯の喜びで満たされている。


 持ち込んだ自慢の茶葉を蒸しながら、それを口にしたセイトの笑顔を想像。するとどうしようもない嬉しさが込み上げてきて、自然と体が揺れ動いてしまうのだ。


 そんなエニスのことを、

(羨ましいですね……)

 と、アスカはこのような思いを抱きながら見つめていた。


 魔道師メイガスという特殊な能力を持つ彼女には、心を許せる相手など一人としていない。こんな化け物に近づく輩なんてのは、利用するか壊そうとしてくるかが相場なのだ。


 だから、つい欲してしまったのだ。


 だが、アスカは常にその表情を取り繕っている。誰にも肝心なところを悟られないようにと、無気力で、無感情で、ひどく気味悪がられてきたその顔で。

 別に、気味悪がる者にはそう思わせておけばいい。

 向こう側から関わりを持とうと思わない限り、アスカは誰とも接することはない。少なくとも、個人的な理由では。


 現に、アスカはエニスの給仕が終わるのをじっと待っている。正面ではセイトが『ぷよまん』を頬張っていてとても気になっていたが、ここは無視という選択が正しいと――、


「ん、アスカも食うか?」


(――気付かれた!? やはりこの人は侮れませんね。とはいうものの、このせっかくの好意、突っぱねる理由なんてありません)


「……頂きます」


 アスカは差し出された紙袋の中に手を入れ、欲望のままに『ぷよまん』に触れる。そしてそのまま中身をかっ攫うように掴める限界まで強奪せしめた彼女は、最速の動作でそれら全てを一気に口に押し込んだ。


 その様は、まるで欲張りな栗鼠りすのよう。頬をぱんぱんに膨らませ、それでも強引に咀嚼するアスカは、その感動的なまでの味と食感を評価する。


「すふぁらふぃ。やふぁりえんひゅうとうのふぃなはぺっかくてふね」

「……いや、意味がわからん」


 さもありなん。セイトは唖然とし、言葉になっていないその言葉に掌を振る。ま、アスカが『ぷよまん』好きだってことついては十分伝わっているのだが。


 そうこうしているうちに、エニスは二人の前にカップを配り始めていた。

 その中身は薔薇ばらの香りが付加された紅茶。不安や緊張を和らげる効果が期待できるこの品は、状況的にベストチョイスといっていいだろう。


 アスカは早速その紅茶を口に含み、『ぷよまん』を流し込んでから再び口を開く。


「ご馳走様でした。……で、エニスエード。いえ、エニスとお呼びした方がいいでしょうか?」


「許されるのであれば、後者でお願いします」


「わかりました。では、エニスも私をアスカと呼んでくれて構いません。ま、そこにいる方は既に私のことをフレンドリーに扱ってくれちゃってますけどね」


「そりゃ当然よ。俺はお前を手に入れたいと思ってるからな」

 そんなことを平然とのたまうセイトの様子は、その言葉をより印象付けるかのように堂々としたもの。包み隠さない本気とはこういうものかと関心させられる。


「それは初耳ですね。……ま、なんにせよ貴方がそれを叶えるためにはまずこの世界を救う必要がありますけどね。そしてその適格者として私達が選んだのが、エニスとセイト――つまり貴方達だということです」


「なるほどな。んで、そう判断した理由は?」


「理由、ですか。細かな点を上げるときりがないですが、最も重要視したのはエニスが持つ知識ですね」


「私の知識……」


「はい。エニスはこの世界で唯一、六百年前の知識を正しく保有しています。そして、その知識を頼りにしなければこの世界を救うことは適いません。……と、いうわけで、王立騎士団われわれがお二人に依頼したいのは、エニスの知識の提供――そして、異なる世界線に赴き、その過去を改変して頂くというこの二点になります」

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