第88話 二つ名とジェットコースター
「そんな……。オレが負けるなんて……。そんなのって……」
「何で負けたか判るか?」
フィールドに佇む俺と、膝を付いて座り込むゲルダ。
そこにあるのは勝者と敗者の図だった。
うわごとのように呟くゲルダに、俺は気紛れに問いかけた。
だが、ショックを受けたゲルダはそれに答えない。
「お前が俺より弱いからだよ」
「う、上から偉そうに言うな!」
「違う、単純な魔力量だけを言ってるわけじゃない。お前、系統同士の相性を考えた事はあるか? お前の使った火系統は俺の使った水系統に対して相性が悪い。それに、壁を突き破るには渦のような面に対する攻撃より、一点集中型の魔法の方が適格だ。お前はそれらを考えずに、単純に自分が使える魔法の中で一番威力の高い魔法を使ったんじゃないのか?」
「くっ……」
言い返せないところを見ると、どうやら図星らしい。
ただ威力の高い魔法を繰り出せば勝てるというものではない。
効果範囲、攻撃の特性、系統の相性、コスト対効果。
局面に合わせて考える事は幾らでもある。
魔障壁一つを取っても奥が深い。
多くの人は壁と聞けば、攻撃を弾き返す硬度重視のものを思い浮かべるだろうが、さっきのあれは拒絶するというよりも、取り込んで消化する性質が強い。
硬いだけでは砕けてしまう。
硬に対する柔、しなやかさも必要なものだ。
さらに、水系統の障壁は流動性が高く、より強固な障壁を維持しようと思えばそれだけたくさんの魔力が必要となってくるが、反面展開後の変形が比較的容易く、部分的に層を厚くしたり、展開範囲を広げたりといった事も可能な為、あらゆる状況に対応しやすい。
魔障壁といえば物理攻撃にも強い土系統のものが一般的だが、水系統のそれだって捨てたものじゃない。
土系統がどっしりと不動を誇るのならば、水系統は変幻自在だ。
もっとも、俺が水系統を使ったのは、未だに適性をだまくらかしたままだからだ。
別にレオンたちには話してもいいと思うし、いずれ話す事になると思うが、今はまだその時ではない気がする。
どこから情報が漏れるかなんてわかったものじゃないしな。
別に、白陽寮メンバーをスパイだ何だと疑っているわけでは無いが、隠し事はド下手な子ばかりだから、彼らに話せば公にしたも同じになるような気がしてならない。
決心がつくまで俺自信の保身の為、そして周囲にいらぬ混乱を招かぬ為にも、今はまだ黙っている方が得策だろう。
「まあ、焦る事は無いと思うぞ? それを学ぶ為に俺たちはこの学園に来たんだからな」
「ぐっ……ぐぐっ……。お前~! 腰巾着、お前の事だ! お前の名前を教えろ!」
「アルフレート・シックザールだ」
俺が改めでフルネームで名乗るとゲルダはハッと息を呑んだ。
いや、さっきも名乗ったんだけどな。
あの時は対戦の事で頭がいっぱいで、さらっと聞き流してしまったらしい。
「そうか、お前がシックザール家の……。それから【千枚鏡】のアルフレートだったのか……」
「いや、ちょっと待て。その呼称は何だ?」
「お前の二つ名だ。知らないのか?」
今度は俺が息を呑む番だった。
聞き捨てならない単語が耳に入ったように思うが、聞き間違いはたまた空耳だろうか?
「お前はその数およそ千にも及ぶ水鏡を展開して、城を制圧したんだろう?」
「そうだったのか、アルト!」
「いや、待て。それだいぶ話が歪んでいるから! レオン、あれはお前を捜す為にやったんだからな? もう忘れたのか?」
俺はあの時確かに王子を救い出した筈なのに、何故侵略者のような噂を立てられているんだ?
おまけに、思いっきり痛い二つ名まで付けられている。
「何だ? お前たち、城でかくれんぼでもしてたのか?」
「まあ、そんなところだ」
ゲルダがいかにも、これだから貴族のお坊ちゃんはと言いたげな表情を浮かべているのに少し苛立ちを覚えたものの、このまま勘違いさせておいた方がいいと判断し、頷く。
水鏡を千枚も展開して血眼になって捜すって、俺はいったいどんなイメージを持たれているのだろうか?
かくれんぼが本気過ぎて怖い。
「変な奴……。貴族なんてやる事は気紛れで、変な奴ばっかりだと思っていたけど、お前たちはその中でもさらに変人だな……。覚えてろよ! お前たちなんか、このオレがすぐにコテンパンにしてやるんだからな!」
「ちょ~っと待った!」
「なっ、はっ、放せやい!」
なんだろう、この否定出来ない悔しさは。
それはそれとして、如何にもやられ役のような捨て台詞を吐いて退散しようとした彼の襟首を掴む。
往生際悪く暴れて逃れようとするので、小さく呪文を唱えて彼の足元をぬかるませる。
「負けたら何だったっけ?」
「なっ、何のことだ?」
「ディー? この子を運んでくれるかな?」
「わかった」
とぼける麦頭の彼の背中を、観客席から下りてきたディーが欠伸をしながら風を起こして運ぶ。
「な、何だよコレ!? 放せ、放せよ!」
その手が掴むのは空気のみだった。
望まぬ空中散歩もとい空中浮遊を強いられる事となったゲルダ少年は、足に地が付かない状態に不満を抱いたまま、猛スピードで白陽寮の方へと飛んでいった。
「お散歩どころではなかったな」
「そうですわね」
あの様子ではものすごいGがゲルダ少年の身体を襲っているに違いない。
安全バーや座席が無い分、その恐怖は生半可なジェットコースターなどの比では無い。
到着したところでひよこ豆を数えられる状態にあるかどうかも怪しい上に、正直なところ、それだけで罰ゲームとしては十分な気がする。
そんな恐怖を今まさに体感中であろうゲルダ少年に対して罪悪感にも似た感情を覚えながら俺がぼそりとひとりごちれば、背後からイルメラの声がする。
どうやら、兄に続いて階段状の客席から下りてきたらしい。
「イルメラちゃん、俺たちの活躍をちゃんと見ていてくれた?」
「ええ、見ましてよ。あれは何ですの?」
勝利の高揚感というには圧倒的に熱量が足りないものの、それでも我先にと俺に駆け寄ってくるイルメラの姿を好ましく思って、胸を張って見せる。
しかし、彼女の返答は妙に刺々しいもので、そこに至ってようやく俺は彼女の穏やかじゃない雰囲気に気付いた。
「古式ゆかしい決闘とは事前に準備し、然るべき見届け人を置いて初めて成立するものですわ。それをこんな野試合のような真似をなさるなんて、怪我でもなさったらどうするおつもりですの?」
ピシャアアッと稲妻が俺の背後に走った。
バルトロメウスの仕業だ。
この子、適性的には一番地味な土系統と無系統のみだというのに、どういう訳かいつも器用に演出してくれる。
人の背景にまで勝手に手を加えるのは勘弁してほしいが、今のはタイミングがドンピシャだった。
イルメラが俺を心配してくれている。
さすがに勝負の最中によそ見は出来ないのでその様子を直接この目で拝む事は敵わなかったが、事の成り行きをハラハラどきどきと観客席から見守ってくれていたのだろう。
「イルメラちゃん、俺の為にそんな……」
「べ、別に貴方の為では無くってよ。私はただ、皆様の安全をお守りしようと……」
「色々考えていて偉いね、イルメラちゃん」
「このくらい、当たり前ですわ」
「アルト、余の事も褒めるのだ。あやつを成敗したぞ?」
勝利の高揚感とは別の何かに胸をときめかせる俺の制服の袖をレオンが引っ張る。
あちらにとっては自分が正義でレオンや俺が悪、レオンにとってはその逆。
どうやら、正義というものは人の数だけ存在するものらしい。
「もしやと思って秘薬を用意していたのだが、使う機会にはついぞ恵まれなかったな。残念だ」
「秘薬ってなに?」
「よくぞ、聞いてくれたな、ルーカスくん! 秘薬とはすなわち秘匿すべき程の現代魔法薬の知識と技術が詰まった薬でな。一時的に筋力や魔力を増強するものから、背中から第三の腕を生やす薬、第三の目を額に開眼させる薬など様々なのだよ。今なら、無料体験実施中なのだ、グイッといきたまえ」
「捨てろ。全部捨てろ。今すぐ捨てろ!」
「そう言わずに。今なら、さらにもう一本進呈するぞ、喜びたまえ」
「いらん!」
一人で決闘そのものとは違う部分を楽しみにしていたらしい子はどうあっても魔法薬を話題にねじ込んでいきたい所存のようだった。
興味本位で、それでも引き気味に訊ねたルーカスに対して、小さな研究者はさながらキャッチセールスばりの押しの強さで、怪しげな薬を押しつけようとする。
そんなものに騙されるルーカスではないが、念の為光の速さで二人の間に割り込めば、マッド・サイエンティストはさらに言い募る。
やたら偉そうに勧めてくる言葉に俺は若干の苛立ちを覚えながら、それらを撃退した。
まったく、油断も隙もあったものじゃない。
「だいたい、飲み合わせの相性もあるだろう? そういうのは人の体質にもよるんだからな、全員が同じ効果を確実に得られるとは限らないだろう? だから、誰彼構わず安易に勧め……」
「おお! そのあたりの検証が抜けておったな。さすがは我が師、アルトくんだな。とするとまずはどの組み合わせからいくべきか……」
「師と仰ぐくらいなら、話をきちんと聞け!」
「アルトはバルトロメウスの師匠なのか?」
一度思考の海に沈んでしまえば、周りの声が聞こえなくなるのは研究者の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます