第87話 未熟者の戦い



「なんでイソギンチャクがいるんだよ!」

「だからそれを言うなら、腰巾着な」

「うるさい! そんな事はどうだっていいんだ! それよりなんでお前がいるんだよ?」

「レオンの腰巾着だから?」


 指定された時間ちょうどに闘技場へ足を運ぶと、姿を見つけて早々に昨日のあの少年が騒ぎ始めた。

どうやら対戦相手のレオン以外がいるのが不服らしく、俺の方を思い切り指差して『イソギンチャク』呼ばわりしてくる。


「ムキーッ! 馬鹿にしてるだろう! そんな事はわかってるんだよ!」

「……っていうのは冗談で、審判が必要だろう?」

「た、確かにそうだけど、でもお前はアイツのイソギ……腰巾着だろう? ズルするんじゃないのか?」

「ごちゃごちゃと細かい事で無駄口を叩くでない。早くせぬか。余はこの決闘をさっさと終わらせて昼食を取らねばならぬのだ」


 頭に血が上っているみたいだから少しからかってガス抜きをしてやろうとしたところ、逆効果のようでさらに騒ぎ立ててくる。

ギャラリーを背負いながら、ご苦労な事だ。


 そう、闘技場と名のつくこの施設には実際に勝負が行われるフィールドをぐるりと360度囲む形で観客席が存在し、そこでは既にけっこうな数の生徒が今か今かと勝負が始まるのを待ち構えている。

教室でけっこう目立っていたからな。

ちなみに、イルメラたちも観客席だ。


「レオン、お前何気に酷いな」

「そうか?」


 こんな決闘など朝飯前ならぬ昼飯前だと宣言したレオンは、本人にはその自覚は無いものの相手の少年を馬鹿にしてしまっている。


 ショックを受けた少年は、言葉にならない声を出しながら口をパクパクとさせていた。

少年よ、強くあれ。


「そ、そそそそそんな顔をしていられるのも今のうちなんだからな!」

「そうなのか?」

「いや、俺に聞かれても知らん。とりあえず、条件を確認しよう。武器は剣か魔法か本人の拳。決着の条件はどちらかが降参を宣言するか、気絶等により勝負続行不可能と審判の俺が判断した場合だ」


 俺の言葉に両名が頷く。


「レオンがこの決闘で負ければ、学園の覇権争いから手を引く。お前の要求はこれでいいか?」

「ふん、どうせそうなるに決まっている」


 どうも少年は自分の方が強いと信じて疑わないようだ。


「じゃあ、レオンが勝った場合はどうする?」

「そういえば考えてなかったな。う~む、食堂にあるひよこ豆を数えるの刑、ではどうだ?」

「お前、よっぽど根に持ってるんだな、それ」


 考えようによってはレオンの要求は生易しく聞こえる。

だけど要求した本人的にはあの罰は相当堪えたらしい。

あの時は結局、全部俺が数えたんだけどな。


「なんなんだ、それは?」

「それはそれは恐ろしい罰なのだ」

「変な奴……」


 もっと過酷な要求をされると思っていた少年は、勢いを削がれた様子で首を傾げていた。


「これより、レオンハルト・アイヒベルガーと……名前なんだっけ?」

「ゲルダ・タベルだ」

「……こほん。ゲルダ・タベルの決闘を開始する。見届け人はアルフレート・シックザールだ」


 どうにも締まらないが、口上は正式な決闘の流れを汲んだものを述べた。


「両者見合って……始め!」


 戦いの火蓋は切って落とされた。




*****



「でやぁ!」

「うっ……」


 大方の予想通り、勝負は一瞬だった。

レオンの圧勝である。


 俺の開始の合図と同時に地面を蹴ったレオンはものの一瞬でゲルダとの距離を詰め、中段に構えられていたゲルダの剣を下段から上に向かってなぎ払うように飛ばし、そのままの勢いで彼の喉元を狙い、そして寸止めしたのだ。


 西部劇なんかでよくあるガンマンの決闘では、先に銃を抜いた方が負けるのがセオリーだけれど、剣戟においてはその限りでは無い。


「まだだ、まだオレはやれる! ちょっと油断してただけで……」

「何度やっても同じだ。余の勝ちであるぞ」

「認めない。だってオレはまだ戦えるし、降参もしてない!」


 自分の得物を弾き飛ばされ、喉元に剣先を突きつけられながらゲルダが口にするのは、敗者の常套句であった。

首を振るレオンに対して、ゲルダはみっともなく勝負の続行を要求する。

これまた随分な醜態だ。


 急所に武器を突きつけられて、そこから逆転出来るなら展開的には燃えるし、観客的にはおいしいけれど、現実にはそんな事はそうそう起こらない。

確たる実力差があるからこそ、ほんの一瞬で詰められてしまったのだ。

彼の勝算は限りなく低い。


 確かに俺の出した勝敗の条件ではまだ負けでは無いが、普通ならゲルダは負けを認めるべき状態だ。

まだ実力が無いからこそ自分と相手の力量差が判らず、見苦しい戦いをだらだらと続けてしまうのだろう。


「これでもか!?」

「まだだ!」

「これでもか!?」

「まだまだ~!」

「これでもそなたは負けを認めぬというのか!?」


 レオンがマヤさんに習った基本の型をなぞって剣を振るうたびに、ゲルダの拾った剣が弾き飛ばされる。

そうして急所を狙ったレオンの攻撃はゲルダに当てられる事無く、皮一枚のギリギリの位置を通過していくか、そこで止められている。

ゲルダが避けているのではない、レオンが寸止めを繰り返しているのだ。


 これをやられたゲルダは面と向かって悔しいだろう。

まざまざと実力差を見せつけられ、お前なんていつでも倒せると言われているも同然なのだから。

ゲルダの方はただの一度も剣を振るう事無く、防戦一方な状況を強いられている。


「くっ……」

「そこまでだ! もういいだろう」


 ゲルダがついに地に膝をついたところで俺は二人を制止した。

これ以上続けたら、不慮の事故が起きかねない。


 レオンだってまだまだ未熟で、剣の達人などでは無い。

自分の疲労具合だけならまだしも、足元さえ覚束ない相手の疲労も計算に入れて寸止めし続けるなんて芸当は出来ないだろう。

既に誰の目にもレオンの勝ちは明らかだ。


「余のっ……はあっ、勝ちだ……」


 他ならぬレオン自身も勝利を宣言しながらも肩で息を繰り返している。


「まっ……、待て。まだオレは……、負けてない」

「お前の負けだよ。これ以上続けるのは危険だ」


 レオン以上に苦しそうなゲルダはそれでも滴る額の汗を拭い、立ち上がろうとする。

この執念じみたしつこさと、粘り強さだけは賞賛に値すると思う。


「け、剣がダメなら、魔法だ……。魔法で……、オレと勝負、しろ……! 勝負が剣だけだなんて、オレは……言ってないぞ!」


 やっと立っているような状況で、じゃんけんに負けた子が三回勝負だと言い出すのとそっくりな理論をゲルダ少年は持ち出した。

見ているこちらの感想としては、よくやるなぁと呆れ半分、賞賛半分といったところだ。

もっとも、その勝負を認める訳にはいかないが。


「ダメだ」

「何故だ!?」


 これにはレオンの方からも抗議の声が上がる。

レオン、お前まだこの茶番に付き合うつもりだったのか。


「レオン、お前は魔法の制御は苦手だろう? 相手に致命傷を与えないように勝つなんて事が出来るのか? しかも、そんな集中を乱した状態で」

「ぐぬぬ……。それは……。のわ~っ!」


 気配から察するに、保有魔力量はレオンの方が遙かに上だろう。

だが、魔法が苦手なレオンは手心を加える事が出来ない。

魔力任せに放てば、ゲルダが大怪我をするのが目に見えている。

光系統の攻撃魔法は火力がピーキーだからな。


 コントロールがド下手なのは本人も重々承知しているようで、奇声を発してタンポポ頭をぐしゃぐしゃと掻き混ぜた。

今朝からマヤさんがいないせいで、レオンの頭髪は荒れ放題だったが、さらに乱れに乱れている。

それはお相手の麦畑みたいな頭にも言える事だけれど。

あちらはあちらで、獣が暴れた後のように変な癖がついている。


「やっ、やっぱりお前は、イソギンチャクがいなきゃ、何も出来ない、よ、弱虫なんだな!」

「お疲れのところ悪いがイソギンチャクじゃなくて、腰巾着な。息を切らしながら言う台詞じゃないだろ、それ」

「う、ううううるさっ……ゴホッ、ゴホッ、ゲホッ……!」

「ほら、言わんこっちゃない……」

「触るな!」


 咽せている背中を擦ってやろうとした手はハリネズミのようなゲルダ少年に振り払われた。

随分と嫌われたものだ。


「とにかくだ、オレはまだ戦えるんだ。だから今度は魔法で勝負しろ」

「しかし……」


 勝つ事よりも、手加減をしてやる手段に悩む勝負というのもなかなか珍しい。


「仕方ないな……。レオン」


 獣のような咆哮を上げて文字通り頭を抱えるレオンの肩に手を置いて、俺はある提案をした。


「魔法の勝負はレオンの代わりに俺が相手をしよう」

「おお、その手があったか!」


 逆毛の立ったレオンは、名案でも何てもないそれにポンと手を打った。


「ずるいぞ!」

「へえ? じゃあお前はちょっと疲れているからって、イソギンチャクの俺如きに勝てないって言うんだ?」

「それは……! わかった。でもお前にオレが勝ったら、この学園から手を引いてもらうからな!」

「いいだろう」


 当然来るだろうと思っていた抗議を相手のプライドをわざと刺激する事で躱す。

ゲルダがさりげなくさっきの負けをノーカウントにしようとしている事には勿論気づいていたけれど、そのくらいのハンデはあげても問題無いだろう。

観戦している人たちも、ただの消化試合よりもその方が盛り上がるだろう。

別に見せるためにやってる訳じゃないんだけどな。


「そうだな……。こうしよう。お前は俺に全力で攻撃魔法を叩き込め。俺が魔障壁を展開してそれを防ぎきれば俺の勝ち。障壁を破る事が出来たらお前の勝ち。勝負は一回限りだ」

「そんな事を言って、お前が怪我をしたって知らないんだからな!」

「さっさとしないと昼休みが終わってしまうぞ」

「わ、わかってる!」


 念の為にレオンを後方に下がらせ、フィールドの中央にゲルダと二人向き合って立つ。


「苛烈なる炎よ。彼の者の未来を阻み、覆い尽くし、焼き尽くせ!」


 ゲルダ少年の右手から、炎の渦が飛び出した。

俺の足元に落ちたそれは俺を取り囲もうと次第に増殖していく。

俺はそれを酷く冷静に眺めていた。


 適性は火系統か。

魔力の気配そのままだな。

土系統が来たら少し厄介だと思っていたけれど、ちょうどおあつらえ向きだ。


 展開速度、増殖速度が共に遅い。

それに魔力の流れが悪いな。


 レオンが剣道に邁進している間、俺は俺で魔法の腕を磨いていた。

その中で修得した技術の一つに、魔力の流れを疑似的に視覚化するというものがある。


 ゲルダの魔法には無駄が多かった。


「清廉なる水よ。我が衣、我が盾となりて、迫り来る邪を鎮めよ!」


 呪文を唱えたと同時に、水の壁が炎と俺の間に出現する。

ゲルダの放った炎の渦は、それに触れると同時に呑み込まれていった。


「そんな……。馬鹿な……」


 ゲルダは信じられないものを見たように目を見開いている。

だが俺にとっては予定調和以外の何ものでもない。


「……嘘だ、こんなの嘘だ~!」

「解除」


 俺がさっと右腕を払うと、空から降り注いでいた水の壁は消滅する。

その飛沫を全身に浴びながら、ゲルダは膝から崩れ落ちた。



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