第3話

 あの、大神という女の子は何だったのだろうか…

 一人きりの下校中に考えてみる。

 狼人族とか言ってたな…神様から受け継がれたチカラだとも。

 でも、当の本人は信じていないみたいだった。なら、何かの突然変異の様なものなのだろうか?

 なら僕は本当に一人ぼっちだ。もちろん、姉さんはいつだって親身になってくれるし、とても近しい存在だ。

 でも、血の繋がりはない。子供の頃はそんなこと、ちりほども考えてはいなかったけれど、出来るならば、僕の正体が知りたい。

 そして、この世界に少しでも繋がっていたかった。

 ふと、もう一人の自分が嘲笑する、「お前はまだ諦めていなかったのか。散々な世界に絶望して、失望して、諦めたんじゃ無かったのか。」と。

 贅沢を言っているのは知っている。

 これまでずっと欲深い人間を反面教師にしてきたはずなのに…自分がそうなるなんて何という皮肉だろう。


 そんなことを考えていた僕に変化は突然訪れた。

 空気が変わったのを感じる。


「これは…殺気…」


 しかも複数だ。こちらに向けられている。

 意外に近付かれていた。考えている暇はない。

 ポケットから通信機を取り出す。

 緊急時の時の為に姉さんに持たされたものだ。

 さり気ない仕草しぐさで、装着そうちゃくする。

 通信を開始して直ぐに繋がる。


「冬夜、どうしたの?!」


「姉さん、誰かに追われているみたいだ。」


「予想以上に早かったわね……分かった、あれは身に付けてる?」


「あぁ、護身用の笛だっけ…そんな状況じゃ…」


「アレはカモフラージュよ、そこに薬が入ってるの。それを飲みなさい。アナタなら撃退できるはずよ…」


 最後はなんだか悲しそうにな声になっていた。

 いろいろ聞きたい事はあった、しかしもうそんな余裕はない。

 ポケットから笛を取り出すと、何やら不自然なボタンがついていた。

 どうして気付かなかったんだろう?

 急いでボタンを押す。中からカプセルが出てきた。

 それを口に含み飲み込む。


 徐々に身体が軽くなっていく。思考が冴え渡り、感覚が研ぎ澄まされていくのを感じる。

 一人背後から吹き矢を放ったのを感じる。

 まるで時間が止まっているみたいだ。僅かに体をずらすと、頚動脈けいどうみゃくを的確に狙った矢は、紙一重で飛んでいった。

 その時は危ないとも思わなかった。

 後ろの気配が固まる。しかし、次の瞬間には第2の吹き矢と、一人の人間が飛び出てきた。

 相当な手練なのだろう、動作に全くスキがない。

 吹き矢を横から弾くと、死角から太股をナイフで的確に狙ってきた。

 頭にのっていた二つの突起物が彼らの正体を教えてくれた。これが『鬼人族』というやつか…

 僕は何故狙われているんだ?姉さんの態度もおかしかった。


 そんな事を考えながらナイフをいなす。

 次の相手に意識を向けようとしたその時、再び空気が変わった。この匂いは間違いない、大神のものだ。

 少し離れているが、とんでもない殺気を放っていた。


 鬼人族は、その気配に気づいて身をこわばらせる。

 10mほど感覚をとって、言葉を交わす。「今回は失敗だな。」「あぁ、あの小僧は底が知れないし、狼の姫まで出てきやがった。」ごく小さい声で言って頷きあうと、すぐさま遠ざかるように逃げていった。


「藤城君!大丈夫?!」


 と、まとっていた殺気の残り香を漂わせて、大神が走ってきた。


「どうして大神が?」


「念の為、あなたに監視を付けさせていたの…あなたが鬼人族だっていう可能性が捨てきれなくて…」


「それは…しょうがないな。それで、アイツらは…鬼人で間違いないのか?」


「えぇ…そうね、あの匂いは間違いないわ。あの出で立ちから見るに、少数先鋭の暗殺部隊といったところでしょう。」


「僕は…僕は何で狙われたんだ?」


 コレは一番の疑問だった。狙われるような…少なくとも、鬼人族に敵対する行為は……


「恐らくあなたの想像通りだわ。私と接触した、人間以上のチカラを持った存在、今回の抗争における不確定要素を排除したかったのでしょう。」


「でも…あの会話は学校で…」


 いや、学校の外からみられていたのかもしれない。屋上は丸見えだ。


「いや…もしかしたら、学校の中にも…」


「その可能性は否定出来ないわ、言ったでしょう、この地区にはその類の種族がたくさんいるって…って、そんなことはどうでもいいの、アナタ本当に何者なの?あの部隊は恐らく鬼人族でもかなり上位の部隊よ。」


「マグレだよ、大神が来てくれなかったら死んでた。本当にありがとう。」


 コレは偽りのない言葉だった。多少はたたかいを有利に進めていても、相手は少なくともあと3人はいたし、さっき飲んだクスリの効果も徐々に切れてきたかからだ。


「い、いえ。私は…逆に謝らければならないわ。疑ったとはいえ、あなたに監視を付けのだから…」


「あぁ、でも今回はそのおかげで助かったんだから結果オーライじゃない?」


「そうかも…フフッ、あなたって不思議よね、ものすごく深い闇を抱えていそうなのに、それでいてどこか楽観的。」


 素直に感心する。彼女の人を見る目は一級だ。

 自然と頷いてしまった。


「ねぇ、あなた狼人族に相談役としてこない?」


「それは…また唐突だね。」


「今閃いたのだけど、案外悪くないかもしれないわ。あなたは今、鬼人族に狙われている。でも私のそばに居れば、さっきみたいに襲われる確率はかなり低くなるわ、それに私が巻き込まれている抗争を通して、あなたは自分の正体の手がかりが得られるかもしれない。」


「いい話だ…とは思うよ。でも、そちら側にメリットはあるの?…それに、正体のよく分からない僕なんかが狼人族に受け入れてもらえるとは思えない。」


「そうね…的確な指摘だと思うわ。ではこちら側のメリットから、正直ね…鬼人族から見ても、ソウなように、獣人族から見てもあなたは不確定要素なの。さっきの戦闘でも、あなたは本気を見せなかったしね。そんなアナタがあちら側にトられる前に、こちらが採ることが出来れば、その分この抗争を有利に進められるでしょう?」


 正直、大神が狙いについてハッキリ教えてくれたことが嬉しかった。

 コレがウソだ、というのは否定出来ないけど、少なくとも今言ったことは事実だろうし、ヘタに嘘をつかれるよりはよっぽどいい。

 頷いて、先を促す。


「狼人族があなたを受け入れるかどうか、だったわね。もちろん多少の反発はあるでしょうけど、今、狼人族の筆頭は私なの、そのくらいは押さえ込んでみせるわ。」


 聞けば聞くほど、いい話に思えてくる。

 しかし、このようないい話には、必ず落とし穴があるものだ。

 ここで容易に頷くのは簡単だが、正直今はあまり頭が働いてなかった。


「お互いの利害は一致するね…でも、少しだけその提案に乗るのは待って欲しい。少しだけ考えたい。」


「そうよね…分かったわ、ただ、あなたを狙うヤツがいる、という事も忘れないで。最悪、身の回りの人も巻き込まれてしまうから。」


「分かった。今日はどうもありがとう、また明日学校で。」


「えぇ…また明日。あぁ、ちょっと待って、携帯の連絡先を交換しておきましょう。何かあったらそこに連絡して。」


 それも、その通りだ。姉さんから持たされていたスマートホンを取り出して連絡先を交換する。


 大神と別れた後、少し警戒して帰路についた。



 家に着くと、先に帰っていた姉さんがバタバタッと奥から出てきた。


「冬夜!!無事だったか?!怪我はない?」


 泣きそうな顔をしていた。


「あぁ…うん、大丈夫だったよ。」


「はぁ~良かった。」


「……ところで、姉さんにはいろいろ聞きたいことがあるんだけど。」


「う、うん、そうだな!分かった。その前にご飯とお風呂すませて、それから話そう。」


 素直に頷く。何だかんだお腹は空いていたし、服はどこかホコリっぽかったからだ。



 作り置かれていた夕食を食べ、お風呂に入る。

 気のせいだろうか…少し爪が伸びてる?

 いや、おそらく気のせいだろう。


 それにしても…と思う。今日はいろいろあった。あんなに明確な戦闘行為は生まれて初めてだった。

 同世代の子と話したのだって、研究所に入れられてから長らくなかったことだ。

 全ての光景が新鮮で、楽しかった。


 こんな幸せな日常が、綱渡りみたいで、バランスを崩したら落ちてしまうのではないか、そんな思考に襲われてしまう。



 少しだけ重い腰を上げ、風呂を出るとリビングへ向かう。

 緊張した面持ちの姉さんが座っていた。


「今日は、災難だったな。薬の件も言わなくて悪かった。あの薬は…あの薬は、冬夜の力を伸ばすものだ。ただ、使い過ぎは良くない、身体に負荷がかかるんだ。だから、使う時は私に一言言ってくれ。」


 辛そうな顔をして、3錠のカプセルを差し出した。ただ、会話のどこかで少し引っかかる所があるような気がする。

 それよりも、気になることがある。


「どうして僕が襲われた、って言った時にすぐ対応できたの?」


「う…それは、まだ言えない。」


 顔にはハッキリと『哀』の表情を浮かべていた。

 こういう時、姉さんは嘘がつけない。例え、言葉がウソでも何かしら分かりやすいサインが出ている。

 研究機関はどうしてこんな役目をこの人に押し付けたのだろう。

 これほど不向きな人もいないだろうに。


「いいよ、分かった。最後に一つだけ…僕はこの街で起きている抗争に参加するために、研究所から出されたんだね?」


 ハッキリと俯いてしまう。


 予感はあった。そもそも、散々危険視されていた僕が、学校に入れたこと。

 大神結衣との接触。

 敵に襲われた時の、姉さんの対応の良さ。

 あの薬と僕の力。


 分からないのは、どうして研究機関が僕をこの抗争に巻き込んだのか。

 それと、偶然過ぎた大神との出会い。


 ただ利用されたくはなかった。

 人格を無視して、ただの駒のように扱われるのは納得がいかなかった。


 でも、この抗争に参加しなければこの生活は絶対に続けられない。今は、この細過ぎる綱にしがみついていたかった。


 今にも泣きそうな姉さんに笑いかける。


「姉さん、もう抱え込まなくていいから。」


 そっと席を立ってリビングをあとにする。

 後ろからは堪えきれなかった嗚咽おえつが漏れてきた。


 その晩、大神の携帯に人生で初めてのメールを送った。

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月華輪舞~鬼と獣は月に舞う~ @kanaha_otoemonn

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