第二章・交わす心
第五話・若き代理者
四年前の夏、二人は出逢った。
一週間程前に誕生した新王の戴冠式に出席するため隣国に赴いた帰り。
セイマティネス王国国王夫妻と皇太子レセナートは帰還のため、護人でありリウィアスの師であるアゼルクが護衛の許、『死の森』を進んでいた。
確実にセレイスレイドへと向かう一行。
しかし、周囲に気を配りながら進んでいたアゼルクが突然、ピタッと馬の脚を止めた。
それに合わせて、一行の歩みも止まる。
「どうされました」
近くにいた馬上の騎士が歩みを止めたアゼルクを窺い見る。しかし、外套を見に纏いフードを
「──侵入者です。決してその場を動かれませんように。……どうやら、獣達が私で遊んでいるようだ」
最後は苦虫を噛み潰したように小さく呟いたアゼルクは、腰に帯いていた剣を鞘から引き抜く。
程なくして、一行を囲むようにして五百はいるであろう賊が姿を現した。
アゼルクはその中の一人に目を向ける。
賊の中で一際異質な空気を放っているその男。──この賊を率いている首領だろう。
アゼルクは微かに眉を
(──俺と同格か)
男の力量を即座に判断する。
そこそこ使えるであろう五百もの賊を相手にしたうえ、あの男と殺り合うのは流石に不利。
そう感じたアゼルクはほんの一瞬、周囲の樹々に視線を滑らせた。
そして、視界に捉えた少し距離を置いて立つ樹の枝、青々とした葉が茂る中に瑠璃色の鳥が止まっているのを認めると、己の髪に触る振りをして左の耳朶の触れた。
こちらをじっと見つめていたその鳥。
アゼルクが耳朶を触った直後、その美しい両翼を広げた。
──左の耳朶に触れたは合図。
瑠璃色の鳥は、羽音も立てずに飛び立った。ある人物へと宛てられた伝言を持って。
(……間に合ってくれよ)
そう念じながら、賊の首領である男を鋭く見据える。
「──何用か?」
「セイマティネス国王一行だな? お前達が持っているもの全て貰いに来た」
「……ほう」
──言ったのはアゼルクではない。その背後、馬車の中にいる人物だ。
馬車の扉が内側から開き、
それに続き、彼に雰囲気の似た少年が彼と同様に降り立った。
「……随分と舐められたものだな?」
男は口角を上げる。その身からは、周囲を威圧する空気が放たれていた。
彼が纏っているものは、
「陛下」
アゼルクが小さく呼び掛けた。
それに軽く笑みを返した男は、そのままアゼルクの一歩前に歩み出る。
──彼の名はコルゼス・キルセフト・テイラ。セイマティネス王国国王、その人である。
その半歩後ろに控え立つ、彼に酷似した覇気を纏うは一人息子であり皇太子であるレセナート。
二人の醸し出す人を圧倒する気に、首領を除いた賊が僅かに
「ふ……。馬車の中で怯えていなくて良いのか?」
首領が挑発するように言葉を吐く。が、コルゼスもレセナートも、それに対して微かに笑うだけ。
「護られているだけが王ではないのでね」
言いながら、二人は剣を引き抜いた。
ただそれだけの動きで、二人の剣の腕が相当なものだと知れた。
「……陛下」
僅かに
国王に何かあっては大事。戦わず、馬車の中にいてもらいたいのだ。
しかしその想いを知っていながら、コルゼスは知らぬ振りをする。
「久々に暴れられるわ」
「そうですね」
それにレセナートが応じる。
「……」
二人とも完全なる騎士の顔。
もう何を言っても無駄だと察したアゼルクは一つ息を吐いた。
「……怪我はなさらないで下さいね」
「だったらお前が頑張れ」
さらりと返される言葉。
それもそうなので、アゼルクは頷いた。
元よりそのつもりだったのだが、全ての賊を一人で倒すつもりで掛かるしかない。
──あいつが来るまでは。
「──やれ」
首領の声を合図に、賊が一斉に襲い掛かる。
同時に地を蹴ったアゼルクはその中に飛び込み、剣を振るった。
背後で戦うコルゼスらの許に出来る限り行かないよう、素早く敵を仕留めて行く。
──今回の旅路で国王一家の護衛に当たった騎士の総数三十二人。王とその妻子の護衛にしては、あまりにも少ない数。
その理由は、今回赴いた国が小国だったため。出来るだけ相手国への負担が少ないようにと配慮し、精鋭だけを連れた結果の人数だ。
それでも、侍従や侍女を含めると五十人を
いくら精鋭と言っても戦えぬ人間を護りながら、五百もの人数を相手にするなど厳しいもの。
現に剣の腕なら
コルゼスとレセナートは危なげなく剣を振るい、確実に敵を倒していっているものの、しかしそれも時間の問題だろう。
少数で大人数を相手にしている
だからこそ、幾ら仲間が倒されても首領の男は余裕で見ていられるのだ。
四方から飛び掛かって来る敵をアゼルクは剣で一気に
凄まじい
あの男から目を離すわけにはいかない。
そうやって男を見据えながらも剣を振るい続けるアゼルクの周りには、数十人もの敵が血を流して倒れていく。
その数は
──どれくらいの
敵の数が二百を切り、味方も倒れてこそいないものの幾人もが血を流した頃。
倒れた数、その半数以上をアゼルクが仕留め、流石に疲れを感じていた時、ある気配が向かって来るのを神経を張り巡らせていたアゼルクが捉えた。
(──来た!!)
アゼルクの目が輝く。
直様、敵の中心部から向け出し、敵と剣を交えるコルゼスの許へと駆け寄った。
「どうした?」
軽く息を切らせつつ敵を斬り倒しながらコルゼスが問うと、アゼルクは口角を上げた。
「──加勢が来ました」
「加勢……?」
思わぬ言葉にコルゼスの眉間に皺が寄る。
アゼルクはその
その時、コルゼスの聴覚が馬の駆ける足音を捉えた。
レセナートも、それまで余裕の表情で物見していた首領の男もまたその音に気付き、顔を向ける。
一拍置いて他の面々もその音に気が付くと、気が
アゼルクはその隙を逃さない。近くにいた敵数人を斬り倒す。
足音は、尋常ではない速さで近付いて来る。
程なくして彼らがその目に捉えたのは青毛の馬。
その背に跨っている人物は揺れ不安定なそこで立ち上がり、剣の
そして、ぎょっとしている敵陣を馬が横切るのと同時に、その背から飛び降りる。
「……女……!?」
馬の背から飛び降りたのは若く、そして言葉に表すのも難しい程の美貌を持つ娘。
その姿を確認した誰とも知れぬ者が
そんな事など気にも留めず、娘は地を蹴って一気に敵の懐に飛び込み、剣で横に一線を
ただそれだけの動きで数人の敵が地に崩れ落ちる。
怯む敵の隙間を縫うように娘が
「……凄い……」
セイマティネスの騎士の中から
「……彼女は何者だ?」
コルゼスは娘から目を離さずにアゼルクに
今この場でその問いに答えられるのはアゼルクしかいない。
コルゼスの
娘が来てから敵は彼女一人に集中している。
アゼルクは目を細め、涼しい顔で残っていた敵を相手にする娘を見た。
「あの子は、私の弟子です。まあ、
コルゼスの瞳に驚愕の色が浮かぶ。
「まさか、……彼女が『代理者』か!?」
アゼルクは頷いた。
「……『代理者』に任じた者がいると聞いてはいたが、まさか彼女とは……」
『代理者』に任じる権利も、次代の護人に任じる権利も、国王ではなく当代『死の護人』にある。
それは、人選を誤まる事が許されないために。
いくら知識と戦闘術が長けていても、その人格を
それ程に『死の護人』や『代理者』は重要な存在なのだ。
故に現在進行形で『死の護人』という過酷な任に就いている者がその目で確かめ、その上で任じる必要があった。
「『代理者』は陛下に
「十四……!?」
コルゼスがぎょっと目を
『死の護人』は国王直属の騎士に位置するが、ほぼ同等の権限を持つ『代理者』はその騎士直属の部下となる。
その『代理者』が、国王が求めれば別だが、望んで会うのは難しい。
そしてセイマティネスでは十四までは訓練期間とされ、十五から正式に職に就ける。
故に彼女は
給料も出てはいるが、正式な場合と比べると三分の二程度。
「十五になったら正式に任じますが、それまでは『仮』ですので御前に出すのは
そうアゼルク達が話している間も、娘は次々と敵を倒していく。
娘が現れるまでは余裕をかましていた首領の男も、娘の
娘はあっという間に敵を十数人までに減らした。
残りの仲間では娘に
そう判断した首領の男も、抜き身の剣を手に前線に出る。
「っ……!」
生き残った仲間を使いつつ娘の死角から斬り掛かる。
しかし、娘は難なく
しかも娘が避けた事で首領の仲間がその剣を身に受けて地に倒れた。
一人が足を払おうとする。が、軽やかに跳び上がり、それを避けた娘は賊の一人を踏み台にして宙を舞う。
自分に向かって突き上げられた剣を娘は空中で身体を
着地すると同時に地を蹴り、残りの敵を倒していった。
瞬く間にその場に立っている賊は、首領の男ただ一人となった。
「チッ!」
盛大に舌打ちをした男は、躊躇わずに懐に飛び込んでくる娘の剣をぎりぎりで受け止めた。
対する娘は表情一つ変えずに、細いその
追い詰められた男が焦って僅かに剣を大振りした。
その瞬間、娘の剣が男の身体を斜め上に斬り上げた。
「──っっ!!」
男が声なき声を上げる。
直後、娘は剣を振り下ろした。
──鮮血を飛び散らせた男の身体は、力なく地に崩れ落ちた。
「──」
その様子を言葉もなくコルゼス達はただ眺めるだけ。
賊が繰り出した剣は一つも娘に当たる事も、
圧倒的なまでの実力の差。
──その場にいる誰一人として、娘に勝てる気はしなかった。
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