二・夢と決意






「──グランディスタ学校に通わせて下さい」






 トゥルフがそう言ったルイスに頭を下げられたのは、アルザが『護人』の家に越す日を二週間後に控えた昼の事だった。






「──文官にないたいのかい?」

 グランディスタ学校。そこはアスヴィナ王国との国境にある全寮制の学校である。

 同盟を結び、強いえにしで結ばれる二国が合同で運営するそこには、両国の高位文官が月に数度講師として教壇に立ち、生徒の指導に当たっていた。

 とても厳しく、途中で挫折し退学する者も多いが、そこを巣立った生徒は、両国で優秀な文官として活躍している。

 故に、文官になりたいと願う者はグランディスタ学校に入る事を望み。

 突然の事に驚き、問うと、ルイスは確りと頷いた。

「はい」

「……何故文官になりたいか、理由を言ってごらん」

 トゥルフは努めて冷静に言葉を掛ける。

 ルイスは真っ直ぐにトゥルフの目を見返して、胸に抱く想いを口にした。

「アルザが『護人』になる事を決めた理由と同じです。──俺もリウィアスの役に立ちたい。リウィアスを護りたい」

 ルイスの目に宿るのは、強い意思。

「……俺はアルザみたいに強くはないから」

 そう言って、自分の掌を見る。

 ぐっと拳を握り、ルイスは顔を上げた。

「だけど、頭を使う事は出来る。 ──ずっと考えていたんだ。どうやってリウィアスの役に立とうかって。どうやったらリウィアスを支えていけるのかって。リウィアスが結婚してお妃様になるのなら、俺は文官になってリウィアスを支えたい。護りたい」

 だから、とルイスはトゥルフを見据えた。

「俺をグランディスタ学校に通わせて下さい!」

 深く深く頭を下げるルイス。

 その姿を見つめたトゥルフは、ふぅっと息を吐き出した。

(……本当にこの子達は……)

 ──言葉に言い表せない程にリウィアスを慕っているのだと。

「……貴族出身でない事実はきっと君を苦しめるだろう。どんなに頭が良くとも、どんなに講師が君を認めたとしても、同じ道を目指す貴族出身者からは蔑まれ、嫌がらせを受ける。──耐えられるかい?」

 これは貴族出身のトゥルフだからこそ言える事。

 貴族の醜い姿を見て育ったトゥルフだからこそ、知っている事。


 顔を上げたルイスはきっぱり言い切った。

「どんな事だって耐えてみせる」

 それに、とルイスは続けた。

「裏街での生活以上に苦しい事があるとは思えない」

 リウィアスに見つけてもらうまでの生活は、本当に地獄だった。

 家は貧しい上に、育児放棄を受け。

 親は酒に溺れて、何時だったか動かなくなった。

 物心ついた時から残飯を漁って、必死に命を繋いで。

 それでも身体は動かなくなって行く。

 殴られ、蹴られ、頑張って食料を調達しても、細く、骨に皮が付いているような状態の身体。

 自分の命が零れて行くのを感じる、あの恐怖。

 それを何年も耐えたんだ。たとえ嫌がらせを受けようとも、そんな物屁でもない。


 ルイスの言葉に、トゥルフは笑んだ。

「分かった。行っておいで。そして夢を自分の手で掴み獲ったら良い。そのための協力は惜しまないよ」

「!!ありがとうございます!」

 トゥルフの言葉に、ルイスは溢れんばかりの笑みを浮かべて頭を勢い良く下げた。

 トゥルフは目を細めた。


 ──巣立って行く子供達。

 彼らの未来が明るいものである事を、心から願う。






【夢と決意・完】

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