番外編
一・次代の『死の護人』
──獣が蠢く、闇に包まれた森。
その一角に血の臭いが漂っていた。
「……終わったか?」
「ええ」
アゼルクの確認にリウィアスは頷く。
その足許には何十人もの男の遺体。
剣を一振りして血を払うと、それを腰にある鞘に収めた。
「こうなると分かっていただろうに。誰も成し得なかった『難攻不落の王都』を落として名を揚げようとは、愚かな事を考え付いたものだ」
それは地に転がる男達の事。──この男達は、まだ結成して日が浅い賊。そのため、ほとんどの人間が彼らの存在を知らなかった。
賊はその悪名を世間に知らしめる事に重きを置く。
すれば、その名を名乗っただけで、人々は恐れ、従うようになるために。
名を揚げるには、多くの悪事を重ねるか、
この男達は手っ取り早く名を広めるために後者を選んだらしい。
そして、『難攻不落の王都』と呼ばれるセレイスレイドを落とす事に決めたのだ。
「まあ、違う意味で此奴らの名は世間に知られる事になるから、願いは叶う事になるのかもな?」
冷たいアゼルクの声音に、リウィアスは肩を竦めた。
「『馬鹿な賊』、としてですが」
辛辣な二人だが、そんなくだらない理由で大切な者達が暮らす王都が狙われたとあっては、そうなるのも無理はないだろう。
そんな彼らの許に獣達が寄り、足許に転がる男達の遺体をそれぞれ咥えて何処かへ向かって引き摺り始めた。
それをアゼルクもリウィアスも止める事はしない。
『死の護人』『代理者』が排除した侵入者は、獣達が『処分』するのが決まりなのだ。
「──まだ城へ戻らなくて良いのか?」
日付が変わってから既に四時間が経過。
遅くまで妃としての勉学と公務に励み、夜は夜で婚約者であるレセナートと時間を過ごす。
そして彼が眠ったのを確認してから森の見回りに来ているリウィアス。
日中も忙しない中、森へ幾度も足を運ぶ。
──身体が休まる時間などないに等しい。
アゼルクは気遣わしげにリウィアスを見る。
リウィアスは笑みを浮かべた。
「そろそろ戻りますが、そんなに心配なさらなくても大丈夫ですよ。元々短時間の睡眠で疲れは取れる体質なので。それに、限界だと感じる前に休むようにしていますし、陛下もなるべく休息の時間が取れるようにと公務を調整して下さっていますから」
平気だと告げるリウィアス。
しかし、幾ら国王であるコルゼスの理解があり、公務で掛かる負担を軽減してくれているとはいえ、それが軽いわけでは決してない。
「リウィアス。今は俺がいる。だから無理はするな」
「無理はしていません。森もデイヴォ達も好きですし、何より『代理者』である事は私の誇りの一つですから。それに、みんなに会わないと落ち着かなくて……」
リウィアスの言う『みんな』とは、獣の事。
周囲に集まる獣達に顔を向け、真実愛しそうに目を細めるリウィアスに、そうか、と軽く笑んだアゼルクは、以前から考えていた事を口にする。
「──なあ、リウィアス」
「はい」
「そろそろ、次代の『護人』候補を定めようと思う」
ぴくりとリウィアスは反応を示した。
「……目を付けている者が?」
決して自分がそうだとは思わない。
妃となるリウィアスは次代の『死の護人』にはなり得ないのだ。
「いる。──お前の頭にも浮かんでいるだろう?」
それに、リウィアスは瞳を僅かに揺らした。
「──アルザ、ですね」
上げられた名前にアゼルクは頷いた。
「ああ。──訓練期間も短いし、自己流であるに加え実戦経験がほぼないに等しいから、今はまだ使い物にはならないが、素質はある。俺とリウィアスがこれから鍛えてやれば、化ける」
それに、とリウィアスを真っ直ぐに見据えたアゼルクは続ける。
「お前を見て育っているからな。『護人』としての在り方は十分に理解しているし、内面は確実に獣らに受け入れられるだろう」
見本が近くにいるのだ。『死の護人』としての道を誤る事はほぼないと言える。
心配げに表情を曇らせたリウィアスに、アゼルクは告げる。
「『代理者』であるなら、そこに私情は持ち込むな」
次代を精選する時に優秀でありながら、自分にとって特別な人間を『危険だから』と、その候補から外す事はあってはならない。
「っ、はい」
叱責を受け、リウィアスは頷く。
一度瞼を下ろし、次に開いた時には迷いは消え去っていた。
それを満足そうにアゼルクは見る。
「──心配ならば『代理者』としてお前が支えてやれば良い」
「はい」
・*・*・*・*・*・
「……──俺が『死の護人』に……?」
あの日から数日後。
教会の一室にて話は行われた。
部屋にいるのは、当代『死の護人』アゼルクと『代理者』リウィアス。そして次代候補のアルザ。
他にトゥルフとルイスが同席していた。
──時刻は深夜。ライラは既に夢の中であり、今この場にはいない。
トゥルフとルイスは話し合いに口を挟まないものの、明らかに困惑していた。
「最有力候補、だがな。それに今すぐというわけじゃない。鍛えなければ話にならないし。だが、素質はある。──どうだ。考えてみないか?」
アゼルクの誘いに、アルザはちらりとリウィアスに視線を移した。
リウィアスは静かな表情でアゼルクの隣に腰を下ろしている。
その姿を瞳に映し、瞼を一度下ろしたアルザは強い瞳を持って瞼を押し上げた。
決意の籠った瞳。
それを目にしたアゼルクは僅かに口角を上げる。
「──やる。やらせて下さい」
アルザはそう言って頭を下げた。
「アルザ・・・」
心配と不安が入り混じった表情のトゥルフとルイスに、アルザは強い意思が宿った瞳を向けた。
「俺、やる。やりたいんだ」
それに、とリウィアスに視線を移す。
その強い視線を、正面からリウィアスは受け止めた。
──出逢った時から変わらない、自分の全てを受け入れてくれる優しく大きな彼女に、自然とアルザの頬が緩む。
「今までずっと俺を護ってくれたリウィアスの役に立ちたい。──今度は俺が、リウィアスを護りたいんだ」
それが話を受けた最大の理由。──その手段になるのならば幾ら危険でも『死の護人』になってやる。
「っ、」
リウィアスの瞳が大きく揺らいだ。
「……分かった。私は君を応援しよう」
決して覆らないだろう、彼の決意。
トゥルフは困ったような笑みを浮かべ、しかしアルザの意思を尊重すると決めた。
そして、同じ想いで共に成長したルイスも。
「アルザなら出来るよ。きっと」
「──どんな動機でも『護りたい』という想いが強ければ、それで十分だ」
アゼルクは笑む。
「それに俺はまだまだ引退するつもりはないからな。俺がよぼよぼの
「……何だと?──あんたは近い内に抜いてやる……!」
アゼルクの挑発にアルザは噛み付いた。
それをケラケラと笑ったアゼルクは、涙を湛えているリウィアスの肩に手を置いた。
「それは頼もしいな。……まあ、焦らずに訓練に励め。時間は十分にある。それにリウィアスが『代理者』である事に変わりはないから、お前が『護人』になった後も支えてくれる」
『死の護人』にはなれずとも、『代理者』ではあり続けられるから。
「……一緒に頑張ろうね?」
リウィアスが泣き笑いのような表情で声を掛けると、アルザは笑んで頷いた。
「ん。一緒に頑張る」
──次代の『死の護人』(予定)が決まった瞬間だった。
【次代の『死の護人』・完】
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