終章・其々が歩む道、紡ぐ未来へ

第三十五話・歩む道




 天から祝福されるように、美しく空に紺碧が広がったその日。

 皇太子レセナートと婚約者リウィアスの結婚式が執り行われる。






「──お美しゅうございますわ」

「ありがとうございます、アシュリー」

 形良く実った柔らかな胸とその細い腰周りが美しく際立つ純白のドレスを身に纏い、椅子に腰掛けて緻密に編み込まれた純白のベールを髪に取り付けたリウィアス。

 薄く化粧を施し、いつも以上に艶っぽく美しいその姿にアシュリーが感嘆すると、リウィアスは微笑んだ。

 その傍ら、見惚れるドリューと共に着替えを手伝っていたエリンが熱い吐息を吐く。

「……はぁ……、食べちゃいたい……」

「……」

 流石にそれには答えようがなく苦笑を漏らすリウィアスの横で、ドリューが吹き出した。

 アシュリーも肩を震わせる。

「……ぷっ……、そんな事言ったら、殿下の怒りを買うわよ?気持ちは分かるけれど……」

「……はっ!私、口に出していましたか……?」

 慌てて口を押さえるエリンは、どうやら無意識に音として発していたらしい。

 真っ赤になって恥じ入るエリンが可愛く思え、リウィアスは優しく笑みを湛えた。

「──失礼致します。お客様がお見えです」

 閉められた自室の扉の外から、ルーカスの声が掛かる。

「お通しして下さい」

 その言葉を合図に、扉がゆっくりと開かれる。

 ルーカスに誘導されて部屋に足を踏み入れたのは、正装に身を包んだライラとフィーネ。

 そして、それぞれの道を歩み始めたアルザとルイスである。

「……凄く綺麗だね」

「──ありがとう、ルイス」

 感嘆とした声を上げたのは、現在王都から離れて文官を育成する学校に通うルイス。


 ──リウィアスが正式に婚約してからというもの、周囲の状況は一変した。

 『代理者』であるリウィアスはレセナートとの仲が確定した事で次代の『死の護人』候補から正式に外れた。

 そして現在、予てより素質を見出されていたアルザが護人の家で次代の『死の護人』になるために日々鍛錬に励んでいる。

 そしてルイスは何れ王妃となるリウィアスを支えるために文官になろうと決意して、入学する事も卒業する事も困難を極める、セイマティネスとアスヴィナ両国が共同で運営する国境を跨いであるグランディスタ学校に努力を持って入学した。

「おめでとうリウィアス」

 慣れない正装に落ち着かなげなアルザが、立ち上がって自分達を迎えたリウィアスの姿を眩しそうに見つめた。

 この数ヶ月間、アゼルクとリウィアスに扱かれ、筋肉が付いて逞しい身体になったアルザ。

 成長期であるが故に、その身長も訓練を始めた頃に比べて六寸程高くなっている。

 ルイスもアルザ程ではないが、身長も伸び、様々な事を吸収して行っているからか、少年というより青年と言える雰囲気を醸し出すようになっていて。

「ありがとうアルザ」

 弟達の健やかな成長を間近で感じ、リウィアスは頬を緩めた。

「結婚おめでとう」

「ありがとうフィーネ。来てくれて嬉しいわ」

 桜色のドレスに身を包んだフィーネに、リウィアスは破顔する。

 フィーネは困ったように微笑んだ。

「場違いだから、遠慮しようかと思っていたんだけどね。でも騎士様が迎えに来て下さるし、やっぱりリウィアスに会いたかったから」

 フィーネの言う騎士とは、皇太子妃付き第七師団員の事。

 第七師団に所属するの騎士のうち二人が彼女達を迎えに行く役目を引き受けてくれていた。

 リウィアスはフィーネの言葉に笑みを深める。

 城に越してから、彼女と会える時間は確実に減った。

 レセナートと共にある未来を選んだ事を露程も後悔はしていないが、それでもやはり寂しさは感じていて、そんな時にフィーネも会いたいと望んでくれていたと知り、その心は喜びに震えた。

「お姉ちゃん、おめでとう!」

「ありがとう、ライラ」

 フィーネと手を繋いだライラに、リウィアスは屈んで微笑んだ。

 まだ幼いライラは、橙色をした愛らしいドレスに身を包み、結った髪に黄色い花を模した髪飾りを付けている。

 滅多にない着飾った自分自身に興奮しているのか、ライラの機嫌はすこぶる良く、己の知る姿と異なるリウィアスを、きらきらと輝く瞳で見上げた。

「すっごく綺麗ね!」

「ふふっ、ありがとう。ライラも大きくなったら、何時か着る事になると思うわ」

 その言葉に、ライラは大きく反応する。

「本当!?私も着れるの??」

 興奮するライラに、リウィアスは頷いた。

「ええ。きっとね」

 やった、と喜ぶ彼女の姿に、興味深そうに室内に視線を滑らせていたアルザとルイスも笑みを浮かべた。

 こんな風に元気一杯なライラだが、大好きな兄達が教会を出て行ってからというもの、様々な勉強を頑張っていた。

 それは、寮に入ったルイスと手紙の遣り取りをしたいという理由の他に、自分も頑張って成長し、二人を驚かせたいとの思いから。

 努力する二人に刺激を受けて、ライラの中に自立心が芽生えたのだ。

 着実に、立派に成長していく兄妹達の姿に、僅かに寂しさを憶えながらも喜びを感じるリウィアス。

 暫し間、談笑を交えていると、退室していたルーカスが再び扉の外から声を掛ける。

「皇太子殿下がお見えになられました」

 言って、開かれる扉。

 現れたのは、純白に金糸で文様を描いた正装に身を包んだレセナート。

 リウィアスの姿を認めると目を見開き、そして甘く、甘く笑んだ。

 足早にリウィアスに近付いたレセナートは、リウィアスの身体を自身の腕の中に引き寄せる。

 間近に見据え、熱の籠った声で囁いた。

「──凄く、綺麗だ」

 誰に言われても微笑んで礼を言っていたリウィアス。

 しかしレセナートに言われると、その頬を赤く染めた。

「可愛い……」

 レセナートは赤く色付くリウィアスの頬にそっと口付ける。

「「!」」

「「……ッチ」」

 その光景にアシュリーとドリューは穏やかに微笑み、エリンとフィーネは顔を真っ赤に染め、ライラは無邪気に喜び、アルザとルイスは小さく舌打ちをした。

 様々な反応にレセナートは楽しげに笑う。

「──そろそろ行こう。トゥルフ殿が待っている」

 今此処にトゥルフがいないのは、彼が司教として今回の結婚式を執り行うため。

「はい」

 頷いたリウィアスは、突き出されたレセナートの腕に自身の右手を添えた。

 そんな彼女のベールをアシュリーが下ろし、部屋を後にする二人をアルザ達は見送った。

 彼らは人目に付かない少し離れたところから、式を見届ける事になっている。流石に貴族の中に混じって出席する事は出来ないから。



 塔を出て、ゆったりと回廊を進んで行くレセナートとリウィアス。

 彼らの今日を祝うように、庭に花が咲き誇る。

 向かうは、王城の一角に設けられた聖堂。

 そこに司教としてトゥルフが待つ。

 ──ふと、リウィアスが庭に顔を向けた。

 釣られてレセナートもそちらに視線を向ける。

(あ……)

 軽く瞠目したレセナートは、次いで笑みを浮かべた。

 その視線が捉えたのは、庭の陰からフードを目深に被ってこちらを見るアゼルクの姿。──『死の護人』であるアゼルクは、こういった祝いの席には出席出来ない。それはめでたい時を狙って襲撃を仕掛けて来る者が存在するために。

 喜ばしい出来事は人々を浮かれさせる。

 そこを狙う者達から王都を護る役目にある『死の護人』は必然とその席から遠去かる。

 それでも、こうして一目だけでもと見に来たアゼルクにレセナートは目礼をした。

 それに応えるようにアゼルクは会釈を返し、今一度、リウィアスの姿をその目に焼き付けるように見ると静かにその場を去った。

「──アゼルク殿にリウィアスの花嫁姿を見て頂けて良かった」

 その姿を見送ったレセナートの言葉に、リウィアスは頷く。その瞳は涙で潤んでいた。

 産まれてから十八年、リウィアスがアゼルクと過ごした時間は、トゥルフと過ごしたそれよりも長い。

 込み上げる想いも多く、強いだろう。

 ふわりと笑んだレセナートは、リウィアスの瞼に口付ける。

「──行こう」

「はい」




 ──共にある未来に向かって。






【風を感じて・完結】

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