第十八話・帰還
ほとんど眠る事なく森を巡り、七王全てから了承の意を得たリウィアスは、四日経ち、漸くデイヴォの縄張り内へと戻った。
その身に七箇所、代償として真新しい疵を負って。
前を見据えて歩を進めるリウィアスの許に、四日前に別れたきりの愛馬が駆け寄った。
──この愛馬。リウィアスと別れた
「ウィル。迎えに来てくれたの?」
嬉しそうに笑むリウィアスは、疲弊の色が濃い。
気遣うように鼻先を擦り寄せる愛馬に、リウィアスは大丈夫だとその鼻上を撫でた。
自分の背に乗るよう促す愛馬に頷いたリウィアスは、何時もよりは重く、
普段よりも静かに、揺れぬよう脚を進める青毛の馬に王都に連れ帰ってもらったリウィアスは、しかし護人の家には戻らず、王城へと赴いた。
商売人や国賓も増えつつある今、顔を晒さぬために森を出る直前から外套のフードを目深に被る。
「……リウィアス!」
コルゼスへの報告のために回廊を進んでいたリウィアスに、愛しい声が掛かる。
駆け寄って来るレセナートに、軽くフードを持ち上げたリウィアスは笑んで迎えた。
「──レセナート。ただいま」
疲労の色濃い顔で、しかし笑顔で告げるリウィアスにレセナートは切なくなった。外套に隠れて確認は出来ないが、その身に疵を負っている事は知っている。
レセナートは、その身体を引き寄せて抱き締めた。
決して弱くはなく、けれども労わるようなその力加減にリウィアスの胸は熱くなった。
「おかえり、リウィアス」
真実、安堵の色が込められた言葉に、声音に、帰って来たのだと、愛しい人の許に帰って来たのだと心底安心したリウィアスの身体から、唐突に力が抜けた。
「っ、リウィアス!」
「……ごめん、なさい。安心したら、力が抜けちゃって──……」
この四日間で体力も精神力もかなり消耗していたリウィアスは、今の今まで
慌てて身体を支えたレセナートに謝罪し、リウィアスは何とか自力で立とうとする。が、それをレセナートは許さなかった。
「こんな時くらい、俺を頼れ!」
静かな
「……うん。ごめんなさい。──支えてくれる?」
レセナートは抱き締める腕に力を籠めた。
「幾らでも支えるから。だから辛い時は素直に頼って」
「……ん。ありがとう」
何とかコルゼスのいる執務室の前までやって来たリウィアスは、休まないのか、と問うレセナートに、報告があるから、と心配する彼に支えられながらここまで来た。
扉の前で、渋るレセナートから離れ、何とか自分の脚で立つ。
流石に国王の前でレセナートに支えてもらうわけにはいかない。
コルゼスは気にしないだろう。狭量な男ではない。
だが、レセナートの恋人としてなら兎も角、『代理者』という職務上それはしてはならない。──譬え王が許したとしても。
ふぅ、と深く息を吐いたリウィアスは、扉の直ぐ前で立つ騎士に頷いた。
それを受けて扉が叩かれる。
「──失礼致します、陛下。皇太子殿下、並びに『代理者』殿がお見えになられました」
「──通せ」
低く良く通る声を合図に、扉が先程の騎士によってゆっくりと開かれた。
「失礼します」
「失礼致します」
レセナートに続いて、リウィアスも室内に足を踏み入れた。背後で扉が閉められる。
そこで漸くフードを取り払ったリウィアスを認めたコルゼスは、目許を緩ませた。
「帰って来たか」
「はい。ただ今戻りました」
頭を下げたリウィアスは続ける。
「お忙しい中、申し訳ございません。全て滞りなく終了しましたので報告に伺いました」
「そうか、ご苦労だった。──して、詳細は?」
「これより約一ヶ月間は『赤王』を始めとする七王が侵入者殲滅に尽力してくれます。問題は
実際に火箭を放たれたとしても至る所に水脈があるため森全体に火が廻るという事はほぼあり得ないが、しかし禁忌には触れるため、そうなる前に護人が本を断つはず。──いや、断たなければならない。
その説明に満足そうに笑んだコルゼスはリウィアスを労う。
「承知した。──疲れただろう。戻って、ゆっくりと休むが良い」
「はい。ありがとうございます。お言葉に甘えてそうさせて頂きます」
謝意を述べたリウィアスは、早々に執務室を後にした。
後に続こうとするレセナートの背に、コルゼスから揶揄いの言葉が投げられる。
「ん?レセナート、お前の要件は聞いておらぬが」
「……父上に、用などありませんが?」
そんな事は訊かなくても分かっているだろう、と言わんばかりの言葉と態度に、コルゼスは笑った。
「ははっ、すまん。一緒に来たから、つい、な。……そんな怖い顔をせず、早く行ってやれ」
「……失礼致します」
貴方が呼び止めたのだろう、と抗議の視線を送りつつレセナートは頭を下げて部屋を後にした。
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