第十六話・護るために
樹々や草花が生い茂る森の中。
厳然立つ様子で佇む『赤王』デイヴォは、目の前にある人間に向けて鋭い目を向ける。
周囲に
彼らの前に立つのはリウィアス。
怯む事なく眼前に歩を進めたリウィアスにデイヴォはその鋭い爪の付いた前足を伸ばした。
しなやかなで柔らかく形の良い実の付いた、それでいて鍛えられた身体。触れたデイヴォは──その身を切り裂いた。
地面に、リウィアスの血が吸い込まれる。
・*・*・*・*・*・
着替えを済ませたリウィアスを人通りの少ない東門で見送ったレセナート。城内に戻ると、先程回廊で鉢合わせたラルファ、フレイラ兄妹が待ち受けていた。
「……あの方は、どちらへ?」
訊ねるはフレイラ。
前日の書庫での一件で父王であるウェルデンに叱責され、且つ彼が非公式とはいえコルゼスとレセナートに頭を下げた事実に猛省したフレイラはレセナートへの想いを断つ事を決心し、それまでの態度も改めた。
回廊で顔を合わせた際も初めて目にしたリウィアスの美貌に一瞬息を呑んで固まりはしたが同盟国の妃に対する礼を取り、祝辞を述べて。
その事でフレイラの非礼を赦したらしいレセナートは、幾らか穏やかな口調で言葉を発した。
「その事に関連してお二人にも聞いて頂きたい事があり、これから呼びに伺おうと思っていたのですが、今から共に来て頂けますか?」
僅かに含まれる、険しさ。
幾度か
レセナートに案内されて通された部屋には、コルゼスとフィローラ。そしてアスヴィナ国王ウェルデンの姿が。
「──来たか」
息子と娘の姿を認めたウェルデンが、視線を寄越す。
「父上」
「座れ」
促され、二人はウェルデンの横に並ぶようにそれぞれ腰を下ろした。
最後、向かい合うようにレセナートが腰を下ろすと隣に腰掛けるコルゼスが口を開いた。
「──我らアスヴィナ、助勢させて頂く」
祝賀会の裏で動くロバリア国。それに関する説明を受けたウェルデンが告げた。
「これはアスヴィナにも関係する。……いや、アスヴィナが元凶と言うべきだろう」
「そんな事はないが……助勢を得られるならば有難い。だが、宜しいのか?」
「ああ。セイマティネスは表立っては動けぬだろう?だが、我らならばそうではない。代わって目を光らせておこう」
「それは助かる」
中に入ったロバリアに対してセイマティネス側が目立って行動を起こせば、予期せぬ場所で事を起こされる可能性がある。そうなれば無関係な者が巻き込まれる危険性も桁違いに上がり。
それを予見し、憂いてのウェルデンの申し出。
コルゼスは安堵したように笑んだ。
「それで、内側に来る奴らを迎える手勢は増えたとして、外から来る者らはどうする?」
ロバリアが雇った者、全てが王都へ通されるわけではない。賓客でなければ護人も案内を拒めるからだ。よって、自力で森を抜けようとする者が現れるのは必至。
千を軽く越えるというそれ。全てがそうするわけではないだろうが、難攻不落と言われていても万が一の事を想定しておかなければならない。
「それには護人が動いている。それと──……どうだ?」
コルゼスはレセナートに視線を滑らせた。
レセナートは頷く。
「着替えて直ぐ、向かいました」
「そうか」
二人の会話に訝しげな様子のアスヴィナに向かってコルゼスは口角を上げた。
「リウィアスが動き出した」
その言葉に困惑したのはラルファだけではない。フレイラも戸惑いをその表情に浮かべている。
そんな彼らにレセナートが口を開いた。
「これは先程の質問の答えとなりますが、リウィアスはそれらを迎え討つ下準備に向かったのですよ」
「リウィアスとは、『代理者』の名であったな?」
事前にリウィアスの説明を受けていたのだろうウェルデンが確認するように訊ねると、コルゼスが頷く。
「……ですが、幾ら『代理者』であっても、彼女はか弱き女性でしょう。確かに、獣を鎮める様は拝見しましたが……」
大陸二の大国であるセイマティネス王国国王と皇太子が絶大なる信頼を寄せる程なのかと、言外に訊くラルファに、コルゼスは目を細めた。
「何。遠くないうちに、あの
ウェルデンらアスヴィナ王家が退室し、残ったのはコルゼスとレセナート。
フィローラはフルヴァンリア国王妃との会談のためウェルデンらが退室して直ぐ、自身も部屋を後にした。
レセナートは窓に手を付き、遠く、リウィアスが向かった森の方角へと視線を向けていた。
想うは、数刻前に別れた愛する女。
信頼はしているし、彼女の実力を疑った事などない。
それでも不安は胸の奥にあった。
(──どうか、無事で帰って来てくれ)
護りたい存在。けれども大事の時には頼らざるを得ない恋人。
レセナートは、ただただリウィアスの無事の帰還を願った。
「──レセナート」
呼ばれて振り向くと、コルゼスが席に着くよう促す。
「……では、新たに判明した事などをご説明致します」
何時の間にそこにいたのか。
レセナートが席に着いたのを確認したアゼルクが口を開いた。
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