第十五話・結ばれる縁



「……──もう、間もなくだな」

 窓辺に立つ、見るからに良質な物と分かる衣服に身を包んだ男は外に視線を送りながら口角を上げた。

「そうですね」

 何の感慨もなく応じるのは、腰に剣を帯いた騎士。

 自分に仕えるはずのその者の態度に、しかし気にはならないのか、外を眺める男は瞳を欲望に染める。

「もう時期だ。──もう時期我が一族の悲願を遂げてやる」



 ・*・*・*・*・*・



 レセナートに腰を抱かれながら通された部屋には、侍従や侍女の他に身分が高いであろう男女が二人。

 歳の頃は三十後半。何処かコルゼスに面差しの似た男と大人しく儚い印象の強い女は卓子の片側に並んで座り、リウィアスを伴ったレセナートの姿を認めると素早く椅子から腰を上げた。その際、男の左脚は不自然に伸びたまま。

 二人の前で足を止めたレセナートに頭を下げる。

「ご機嫌麗しく、殿下」

 レセナートは笑みを浮かべた。

「叔父上と叔母上もお元気そうで何よりです」

 彼らこそ本日の縁組を経てリウィアスの親となるコルゼスの弟──王弟シャルダン公爵とその妻である。

「リウィアス。彼がアルフェルト・シュトラウス・シャルダン公爵。そして隣が奥方のミレイア夫人だ。──叔父上、叔母上。彼女が私の妻となるリウィアスです」

 紹介を受けて、レセナートの腕に添えていた手を離したリウィアスはドレスの裾を軽く持ち上げうやうやしく、深くこうべを垂れた。

「お初にお目に懸かります。リウィアスと申します。この度の件お引き受け下さった事、心より感謝致します」

 アルフェルトはかぶりを振る。

「とんでもない。このような大役を仰せつかり、身に余る光栄で……」

 確かに、形だけとはいえ未来の妃の親となる事は、貴族にとっては諸手を挙げて歓迎すべき事だろう。何しろその役に選ばれるという事自体が王の信頼が厚い事を証明し、役に就く事でそれを周囲に知らしめる事になるのだから。

「──座りましょうか」

 レセナートが促し、一同は向かい合うようにして席に着いた。

 しかし、席には着いたものの視線を強く感じ、リウィアスは首を傾げた。レセナートもそれに気付き口を開く。

「どうされました?」

 視線の主は、目の前に座る公爵夫妻。

 アルフェルトの目は、リウィアスのある一点を捉えていた。その隣に腰を下ろすミレイアもまた同じ。

「あ、いえ……、その首飾りは……?」

 遠慮気味に口を開いたアルフェルト。

 その言葉が指すのは、普段は服の中に隠れて見る事は叶わない紅玉の首飾り。

 自身の胸元で揺れるそれを、リウィアスはそっと指で摘んだ。

「実の両親が残した物だそうです」

 返答に夫妻は一瞬悲しそうな色をその表情に浮かべた。彼らは、リウィアスが捨て子だという事実を事前に説明を受けている。

「……大切にされているのですね」

 アルフェルトの言葉に、いえ、とリウィアスは否定を示した。

 虚を突かれたようにまばたく夫妻に、微笑を浮かべる。

養父ちちが大切に取って置いてくれた物なので御守りのようには思ってはいますが」

 産みの親が残したから身に着けているわけではないと。

 告げたリウィアスにレセナート以外が複雑そうな表情をする。

 けれどもそれは事実。一つも嘘はない。

 場の空気を変えるように、レセナートはリウィアスの蟀谷こめかみに唇を一つ落とす。

「……確認ですが、此処にいるリウィアスを養女として迎える事に関し、不服はありませんか?」

 それに居住まいを正した夫妻は頷く。

「不服などあるはずがございません」

「では、縁組に関する書類の確認を」

 レセナートが合図を送ると、年嵩としかさの侍従が数枚の書類を持って卓子に近付く。

 四人は目の前に置かれたそれをそれぞれ手に取った。

 紙に書いてあるのは今回の縁組についての細かな取り決め事。譬えば、縁組を結んだ後も生活は共にしない事など。

 これはリウィアスの仕事に関係している。

 アルフェルトは王都から離れた場所に領地を持ち、普段はそこで生活をしている。

 そのため、『代理者』として長く森を離れられないリウィアスは今まで通り王都で暮らし、婚約を機に王城に移り住む事になっている。

 仕事の内容までは伝えてはいないものの、これは夫妻も了承済み。


 夫妻が書類に目を通す中、リウィアスは書類の文字を指で滑って行く。

 その速度は常人が文字を読み進めるのとほぼ変わらない。

 気付いた公爵夫妻は顔を上げ、その行動を見遣った。

 不思議そうなその視線の意味を知り、リウィアスは苦笑した。

「……ご存知ではなかったのですね」

 何が、と言いたそうな夫妻に告げる。

「私は全盲なのです」

「……え……」

「……」

 言葉を失った二人に、どうしたものかとレセナートに視線を送る。

 レセナートはその手をそっと握り、そのまま夫妻を見据えた。

「何か問題がありますか?」

 目が見えない事が不満か、と暗に訊ねるレセナートに、夫妻は慌ててかぶりを振った。

「とんでもない!……ただ、全盲であるようには見えなかったので。──失礼な態度を取りました。申し訳ありません」

「いえ、お気になさらないで下さい」

 頭を下げるアルフェルトにリウィアスは微笑む。そんな中、ミレイアが口を開いた。

「いつ、から……?」

「ミレイア!」

「先天性のものですから、生まれつきです」

 アルフェルトが咎めるような声を上げるが、リウィアスは気にした様子もなく答える。瞬間、ミレイアの瞳に涙が溜まった。

 突然の涙に、流石にリウィアスとレセナートは喫驚きっきょうした。

 ミレイアは慌てて涙を拭った。

「ご、ごめんなさい。不憫ふびんに思ってしまって……」

 リウィアスは目許を笑ませた。

「お気になさらず。目が見えない事を悲観した事などはありませんから。寧ろ、良かったと思っています」

「良かった……?」

 戸惑いの表情を浮かべる夫妻にリウィアスは笑みを湛えたまま頷いた。

「ええ。見えない事を補おうと、色々な事を身に付ける事が出来ましたから。それに心から私を愛してくれる養父ちちに出逢えました」

 拾われた時からずっと変わらず愛を注いでくれるトゥルフを脳裏に浮かべ、リウィアスは笑みを深くした。

 それは慈愛に満ちていて。

「確かランス教会のトゥルフ司教がご養父ようふだと伺いましたが……」

「ええ。養父ちちが滞在していた教会に置き去りにされたところを引き取って頂いて。それからはたくさんの愛情を注いで下さっています」

 リウィアスは決して過去形で話したりはしない。

「それでは今回の養子縁組は、本当はお嫌なのでは?」

 直球なそれは心配の色を含み。

 リウィアスは素直に頷いた。

「ええ。本当は養父ちちの娘として嫁ぎたかったのですが……。けれど、戸籍上の親子関係が解消されたとしても私達が親子である事に変わりはないのだと、世を去ったとて親子なのだと、そう言って下さいましたから」

 嬉しそうに告げられ、複雑そうに夫妻は見た。

「トゥルフ司教を心から慕われているのですね」

「ええ。とても大切で尊敬しています」

 はっきりと述べたリウィアスは、真っ直ぐな瞳を夫妻に向けた。

 ──映される事はないと分かっていても、全てを見透かされそうな瞳。

「正直に申し上げます。私にとって親はトゥルフ様だけ。口でなら貴方方の事を『父』と呼びましょう。『母』と呼びましょう。けれど真実、父と慕うはトゥルフ様のみ。……それでもよろしいですか?」

 親と思えないが良いか、と。

 それはアルフェルトらの勘気をこうむりかねないもの。最悪、この養子縁組の話は立ち消えてしまう。

 けれどそれを告げるリウィアスは真剣そのもの。


 レセナートはただその横顔を見つめる。

 譬えこの縁組の話が立ち消えたとしても、他にも候補者はいる。アルフェルトが選ばれたのはただその人物よりも爵位が上であったから。

「──何を仰いますか。わたくし共はリウィアス様を歓迎致します」

 言葉を聞いた瞬間は何処か苦しげな表情を見せた二人だが、しかし直ぐに表情を正したアルフェルトは確りとした意思を持ってリウィアスを見つめた。

 ミレイアも同様に、固い意志を宿した瞳を向ける。

 それを受けたリウィアスは表情を和らげ、頭を下げた。

「──よろしくお願い致します」

「では、こちらに署名と拇印を」

 黙って見守っていたレセナートが、別に用意されていた一枚の紙を卓子の中心に置いた。

 それは養子縁組誓約書。

 これに養父母となる者と養子となる者がそれぞれ記せば締結となる。

 アルフェルトとミレイアは躊躇する事なくそれぞれの名を書き記し、拇印を押した。

 そして、その紙がリウィアスの前に滑り出される。

 両手を伸ばし、受け取ったリウィアスは右手にペンを取った。その時、レセナートの手がリウィアスの左手を包み込む。

 ──此処にリウィアスが名を記して拇印を押せば、戸籍上トゥルフとの縁が切れる。

 納得はしていても悲しみに揺れている胸の内。感じ取ったレセナートはその心に少しでも寄り添おうとする。

 リウィアスは手から伝わるその温もりを、心を確かめるように指を絡ませて繋ぎ、深く息を一つ吐く。そして、紙の上を滑るようにペンを走らせた。

 見えずとも美しい文字。まるでリウィアス自身を顕したよう。

 拇印が押され、これで公爵夫妻とリウィアスの養子縁組は成立した。

「これからよろしくお願い致します、リウィアス様」

 頭を下げる夫妻にリウィアスは微笑む。

「どうか私の事は『リウィアス』とお呼び下さい」

 告げると、夫妻は驚いたように顔を上げ、次いで顔を綻ばせた。

「──では、リウィアス。本日よりお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願い致します」

 笑み、頭を下げたリウィアスに、ミレイアが控え目に声を掛ける。

「あ、あの……」

「何でしょう?」

 顔を上げたリウィアスは首を傾げる。

「息子がいるのですけれど、会って頂けますか……?」

 リウィアスはまばたいた。

「ご子息ですか。本日こちらに?」

 リウィアスの確認に、ミレイアは頷く。

「はい。別室にて待機させているのですけれど……」

 リウィアスはレセナートに顔を向けた。

「私は構いませんが……、レセナート?」

「リウィアスの望むままにしたら良い」

 優しい頷きが返り、リウィアスは顔を正面に戻した。

「お会い致します」

 その返事にほっとした表情を見せると、ミレイアは夫へと視線を移した。頷いたアルフェルトは部屋の隅に控えている侍従に声を掛ける。

「シモンを」

「は」




「──お連れ致しました」

 程なくして侍従に連れられた、中性的な整った顔立ちをした十歳前後の少年が部屋を訪れた。

 少年はレセナートに深く頭を下げる。

「お久し振りです、殿下」

「ああ。久しいな、シモン。元気そうで何より」

 シャルダン公爵の一人息子シモンに、レセナートは親しみを込めた視線を送った。

「シモン、こちらへ」

 顔を上げた息子を傍に呼んだアルフェルトは、リウィアスへと顔を向けた。

「紹介します。息子のシモン・ジンクラウドです。──シモン、こちらがお前の姉上になられたリウィアスだ」

「リウィアスです。よろしくお願いします」

 微笑むリウィアスに、しかしシモンは答えない。

「?」

 首を傾げるリウィアスは困ったようにレセナートに顔を向けた。レセナートも不思議そうにシモンに目を向ける。

 当のシモンはというと、リウィアスを見て、──目を輝かせていた。

 きらきらとした目を、一心にリウィアスに向けている

「……シモン?……シモン!」

「……っあ!」

 アルフェルトが何度か声を掛けると、漸く我に返ったようで、慌てて頭を下げた。

「申し訳ございません!シモン・ジンクラウドです。よろしくお願いします!」

「はい。よろしくお願いしますね、シモン様」

 優しい微笑みで応えるリウィアスに、シモンはもじもじとした様子を見せた。

「あ、あの」

「はい」

「あの……、『姉上』と、お呼びしてもよろしいですか……?」

 上目遣いで恥ずかしそうに訊ねるシモンに、軽くまばたいたリウィアスは、次いで頬を緩めた。

「──ええ。好きにお呼び下さい」

 シモンは、ぱっと顔を輝かせた。

「はい、姉上!僕はずっと歳上の兄姉きょうだいが欲しかったんです。だからこんなに綺麗な姉上が出来て、すっごく嬉しいです!!……あ、それから僕の事はシモンと呼び捨てて下さいね。敬語もなしですよ?」

 きゃっきゃ、と飛び付くシモンを受け止めたリウィアスは笑んだまま、その髪を軽く撫でた。

 部屋に入ると直ぐにレセナートに挨拶した姿はとても大人びていたが、現在の様子を見ると歳相応だ。

 こちらが本来の性格なのだろう。

「分かったわシモン」

 シモンは嬉しそうに笑う。

「シモンは幾つ?」

「今年で九歳になります。姉上は?」

「私は、秋で十八になるわ」

「じゃあ九つ違いですね!」

「ふふ、そうね」

 にこやかに言葉を交わす二人。

 それをはらはらと見ていた人間がとうとう我慢をし切れずに声を上げた。

「シモン、いい加減にしなさい!」

 リウィアスに纏わり付くシモンを窘めたのはアルフェルト。

 それに、しゅんとした様子を見せたシモンは、渋々とリウィアスから離れた。

「申し訳ありません、リウィアス。この子は興奮すると落ち着きがなくなってしまって……。普段はちゃんとわきまえているのですが……」

 面目なさげな夫妻に、リウィアスはかぶりを振った。

「いえ。楽しいのでお気になさらず」

 それに夫妻は安心したように表情を緩めた。


「──そろそろ行こうか」

 暫く言葉を交わしたのちに発せられたレセナートの言葉にリウィアスは一つ頷くと、立ち上がった。

 夫妻も立ち上がり、シモンと共に見送るために扉まで移動する。

「叔父上、叔母上。これからよろしくお願いします」

「はい。お任せ下さい」

 確りと頷く夫妻とシモンに満足げに笑んだレセナートは、リウィアスの腰を抱いてその場を後にした。



 ・*・*・*・*・*・



「珍しいな。リウィアスが初対面の人間に対してあそこまで言うのは」

 そこは初めにリウィアスが着替えを済ませた部屋。人払いをしたレセナートはそう口にした。

 けれどそこに咎める色はない。あるのは素直な感想のみ。

「ごめんなさい。レセナートに嫌な思いをさせてしまったわね」

 眉尻を下げたリウィアスに、レセナートは穏やかに微笑み、かぶりを振った。

「いや、全く。──何かあるんだろう?」

 理由もなしにあんな態度を取るわけがない、と絶対の信頼を見せる。

 リウィアスは困ったように微笑んだ。

「何かあったというより、直感?かしら」

「直感?」

「ええ。でも確かではないから……」

 確証もなしに話せる事柄ではないと告げるリウィアスに気にした様子もなく、レセナートは、分かったと頷く。

 いいの?と言うように見上げるリウィアスをその胸に抱き寄せ、笑んだ。

「リウィアスが話したくない事は訊くつもりはないから」

「レセナート」

「でも、何時か話してくれると嬉しい。それと、辛い事や悲しい事は話して欲しい」

「……はい」

 真剣なレセナートの言葉に、リウィアスは頷いた。

 それに頬を緩ませたレセナートは、確りとリウィアスの身体をその腕に抱き込む。

 そして、身を任せながらも内心首を傾げるリウィアスの髪に頬を寄せた。

「レセナート?」

「消毒」

「何の?」

「シモン」

「シモン?」

 ますます分からないと言った様子のリウィアスにレセナートは苦笑する。

「ちょっと触られ過ぎかな。……まあ、シモンは昔から兄姉が欲しいって言っていたし、興奮するとああだから少しは予想していたんだが」

「──やきもち?」

「……ん」

 閃いたように訊くリウィアスに、恥ずかしそうに頷く。

「それは……」

「うん、分かってる。ごめん、こんな事で妬いて」

 自嘲気味に笑みを浮かべたレセナートは身体を離そうと腕の力を弱める。それをリウィアスは自身の腕をレセナートの腰に廻す事で制した。

「違うの」

「何がだ?」

 今度はレセナートが首を傾げる。顔を上げたリウィアスは、頬を緩めた。

「嬉しいの。だって、妬くという事は好いてくれている証拠でしょう?」

 向けられた想いが嬉しいと告げるリウィアスは、かかとを上げた。

「!」

 触れ合った唇に、レセナートは驚き、固まった。

 それはリウィアスからの、初めての口付け。

「……好きよ」

 ゆっくりと唇を離したリウィアスは、互いの息が肌をくすぐる距離で凄艶せいえんな笑みを浮かべた。

「っっ!」

 瞬間、衝動を抑えきれず感情のままにレセナートはその唇を奪った。

「……ふっ……」

 必死にレセナートにしがみ付きながらも懸命に応えるリウィアス。その腰をレセナートの右手が強く引き寄せ、後頭部には左手が廻された。

 ──とんっ、と何時の間に移動させられていたのかリウィアスの背は壁に押し付けられ、腰を引き寄せていた手が脇腹をさするように上下に動く。

 ぞわりとする感覚と共に、身体が内側から熱を持つ。

 かくんっ、とリウィアスの脚から力が抜けると、夢中で唇を貪っていたレセナートは漸く我に返った。

 脚が震え、まともに立てないリウィアスはレセナートの胸に寄り掛かった。

「ごめん、止まらなかった」

 熱い吐息と共に吐き出された謝罪。リウィアスはかぶりを振った。

「嬉しかったから……」

 額に口付けたレセナートは、顔を上げたリウィアスの唇を指でなぞった。

「……すっかり紅が取れたな」

 その一言に、先程の深く激しい口付けを思い出したリウィアスは頬を更に赤く染めた。


 少ししてリウィアスが普通に立てるようになると、まるで頃合いを見計らったかのように部屋の扉が叩かれた。

「──そろそろ、よろしいでしょうか」

 控え目に扉の外から掛かった声に、レセナートが返事を返した。

「入れ」

「失礼致します」

 それを合図に、侍女らが頭を下げつつ扉を潜る。

「リウィアス様の着替えをお手伝いしに参りました」

 部屋に足を踏み入れた三人のうち最も年若い侍女の手には、リウィアスが城へ着くまで身に纏っていた服が。

「頼む」

 ドレスを一人で脱ぐのは骨が折れる。更に髪は複雑に結い上げられており、それを下ろすのも一苦労だ。

 リウィアスは彼女達に頭を下げた。

「お願いします」

「まあ、お止め下さい!わたくし共は、リウィアス様にお仕えする身。当然の事でございます」

 告げた年嵩の侍女が何かに気付いたように、幾度かまばたいた。そして、あら、と楽しげに笑む。

「……ふふ、綺麗に紅が取れてしまっておられますね」

 それは、二人で何をしていたかを知られた瞬間。

 恋人同士である二人がある程度の時間、密室に二人きりでいた事から大方察しは付いていただろうが、それでも確信を持たれると流石に恥ずかしい。

 頬を染め瞼を伏せるリウィアスに、侍女らは笑みを溢す。

「あまりリウィアスを揶揄からかうな。リウィアスを揶揄っていいのは、私だけだ」

 腕の中にリウィアスを閉じ込めたレセナートが、彼女達を牽制する。

「まあ、殿下ったら。ふふっ……、──さあさあリウィアス様は着替えられるのですから、殿下は部屋から出て行って下さいませ」

 侍女に急かされ、渋々リウィアスから身を離したレセナートは、愛しい女の頬に口付ける。

「──また、後で」

 名残惜しげに離れたレセナートは、扉の向こうへと消えて行った。


「……殿下がリウィアス様と出逢われて、本当にようございましたわ」

 暫くして、呟かれるような年嵩な侍女の言葉に、大人しく身を任せていたリウィアスは首を傾げた。

「あのようにころころと表情を変えられるなんて、以前は考えられませんでしたから」

 リウィアスと出逢う以前、レセナートは表情にとぼしい子供だったと聞いた事があった。セイマティネスを背負う重圧から、浮かべる笑みは対外向けのものばかりで、内から浮かべるものはほとんどなかったと。

 侍女はリウィアスに真剣な眼差しを向けた。

「リウィアス様、殿下のお心を受けて頂いた事、心より感謝を申し上げます。──ありがとうございます」

 深く深く頭を下げる侍女。他の二人も同様にこうべを垂れる。

 リウィアスは初めに頭を下げた侍女の肩に手を置いた。

 反射的に顔を上げた彼女に、柔らかな笑みを向ける。

「お礼を言うのはこちらの方です。レセナートをそこまで想って下さってありがとうございます。どうか、これからは私と共に彼を支えていって下さいね」

「──はい!」

 力強い返事が返り、リウィアスは笑みを深めた。




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