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「竜は再生能力が高い生物だって聞いてたけど……ここまで復活しちゃうわけ!?」


 真っ二つにされたやつは一回り小型の、見るからに幼い感じの竜になっちゃっている。


「長老竜ならともかく、飛竜にそのような能力など無い。異常事態だ」


 天藍は襲ってくる竜を結晶で作り上げた盾で弾き、剣で両断しながら、避難する生徒を庇って後退する。

 飛竜を倒しきる試みはカガチ先生が何度も試しているが、砕こうが、切ろうが、すり潰そうが、崩れた粘土ねんどで再び作品を作り上げるみたいに何度も何度も元通りの竜の姿になってキリがない。

 気がつくと、空はまた元通り、竜におおわれていた。

 さすがに酸でドロドロに溶かしたやつだけは復活しないが、そんな芸当が可能なのはマスター・カガチくらいだ。

 学院の生徒たちは竜鱗学科の生徒たちに誘導され、地下シェルターへの避難が完了しつつある。


「天藍、急ぎ天市に戻り王姫殿下にこのことをお伝えしろ!」


 カガチが生徒たちを襲おうとした竜を微塵みじんに切り刻みながら、叫ぶ。

 飛び上った天藍の足首に、僕はしがみついた。


「途中まで送っていけ! 図書館まで!!」


 竜の出没地点には、市民図書館が挙げられていた。

 何であんなところに竜が湧いて出たのかはわからないが、イブキとアリスが危ない。

 そんでもって、僕ではオルドルの足を借りたとしても無数の竜のカーテンをくぐって目的地に辿りつける気がしない。


「降りろ役立たず!」

「それは同意するけどここで降りるわけにもいかないっ」


 既に地上から五十メートルは離れてる。

 鹿は、空は飛べないんだ。地上を見るとカガチがにこやかに手を振っている。

 なんで笑顔なんだ。訳がわからない。


「学院のほうはよろしくお願いします!」

「引き受けました。先生、これを!」


 カガチが手に持っていたものを投げる。矢のように飛んできた武器を受け取ろうというバカにはなれない。かわりに天藍が受け止める。

 それは銀色のレイピア――見覚えがある。

 これは、イブキの武器だ。


「先生、申し訳ありませんが、イブキのばくを解きます。彼女に伝えてください。《いついかなるときも真の勇者であれ》と」

「……? わかった」


 妙な言い回しだ。

 教え子に送る言葉か?

 しかも、こんな緊急事態に。

 天藍は僕を抱え、飛竜など寄せつけぬ勢いで、ぐんぐん空高く昇っていく。

 眼下に海市の様子を鳥瞰する。


「ひどい……」


 僕は思わずつぶやいた。市内のあちこちに、飛竜の群れの雲霞うんかが出現している。

 火事が起きている地域もある。

 こういうときのために、女王国には備えがある。各地域に避難所が設置されていて、緊急時には全市民を収容できるんだ。

 でも、魔法学院でさえ負傷者が出た。

 町のほうに犠牲者が出てない……なんてあるわけない、か……。


「百合白さんは大丈夫なのか?」

「奉仕活動には参加していたが、未だに謹慎は解かれていない。自宅には専用の避難施設がある」


 天藍は群れのひとつを指さす。


「大尉の家だ」


 学院、市民図書館、貧民街、そして少し離れたところにも。


「もしかして……竜の発生場所って、殺人現場……?」


 つまり、それって。


「ほんとにこれ、青海文書がやってるのか?」


 僕は呆然としてしまう。

 生誕のサナーリア。

 命を生み出す途方とほうもない魔法で、これだけの数の竜を生み出してるっていうのか……?

 この魔法が発動する直前、オルドルが叫んだ意味を理解した。

 これがオルドルの魔法だったら、僕は当然のように死んでいる。

 ぶるり、と体が震えた。理性では押さえきれない恐怖だった。

 怖い。めちゃくちゃ怖い。

 天藍を見上げると、微動だにしない澄んだ横顔があった。

 切れ長の瞳が竜の群れをじっと睨んでいる。こいつやマスター・カガチはどうして、こんなに平静のまま敵のど真ん中に飛び込んでいけるのだろう。


「恐ろしいか?」

「ああ。何度死んだって慣れないよ」


 天藍は意表を突かれた顔で、にやりと笑った。

 僕の貧困な語彙力ごいりょくでは美しい、としか形容し難いその容貌ようぼうが、途端に人間味のあるものに変わる。

 あ、こいつ、勘違いしてやがる。

 これは海外ドラマでよくあるいかしたジョークの類じゃない。本当にあった単なる事実だ。


「あのな――ぶっ」

 文句を言おうとして、舌をかみかける。

 天藍が急加速したのだ。

 くそったれ。

 僕は混乱と恐怖を天藍への愚痴と文句、罵詈雑言に変換し、空の旅を極力楽しんだ。

 ものの数十秒で、図書館が足元にみえた。


「あそこだ!」という僕の指摘は、たいへん間抜けなものだった。


 図書館は僕が眠っていたあの頃の面影おもかげを残していなかった。

 全壊……いや、半壊くらいか。

 あの青海文書があった地下室が地上から露呈ろていするくらい、崩れてしまっている。

 さらに飛竜たちが竜巻のごとくそこら中を飛び回っているので、明らかにそこだとわかる。

 僕たちが見ている前で、瓦礫から這い出す二人の人影が見えた。

 ひとりは埃をかぶって灰色になってしまったセーターを着た猫耳少女。

 巨大な瓦礫を吹き飛ばしイブキがアリスを助け出していた。


「イブキ! アリス!」


 アリスはこっちを向いて「せんせー!」と手を振っている。ケガはなさそうだ。

 ありがたい、イブキがかばってくれたんだろう。


「天藍、悪いんだけど、ゆっくり下ろしてくれる?」

「いいのか? 下ろして」


 妙なことをきくやつだ。このまま空に滞在するわけにはいかないじゃないか。

 そう思ったとき。

 飛竜たちに異変が起きた。

 連中は、まるで意志があるかのように……あるのかもしんないけど、地上に集まり始めた。

 身をよせあって、巨大な金属の塊になる。


 そして。


「うっ……そ……」


 その体はひとつにけ合い、大型の竜になった。

 竜は血にえた声を上げる。

 金切り声、絶叫、雄叫おたけびを。


「下りたいか?」


 天藍が意地悪そうにいてきた。

 こいつ、やっぱり性格悪いよ。

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