23 一年生になったなら

 ウファーリはテーブルから身を乗り出し、必死に訴える。


「そんなことない。カガチ先生はちゃんと約束してくれた!」

「仮にそれが本当だとしても、ウファーリ、お前が先生に勝利することはない」


 横合いからそう言いだしたのは、天藍てんらんだ。


「マスター・カガチは先代竜鱗騎士団の副団長、そして《三海七天さんかいしちてん》と呼ばれる最高位長老竜エルダー・ドラゴンの適合者だ」


 僕は手を挙げて、その先を制した。


「ごめん。わからない単語が出た」

「物を知らないにもほどがあるな」


 あきれ顔だが、説明してくれる意志はあるようだった。

 三海七天……というのは、天藍がいうには翡翠女王国の歴史上に現れ多大な被害をもたらした、最強の竜十種のことだそうだ。

 その内訳は海棲系三種、陸生系七種。

 既に誰かが倒してしまい、死亡した竜は含まれない。

 基本的には、竜鱗騎士の強さは適合した鱗の枚数と元の竜の強さによる。

 そして伝説級の竜を相手にすると鱗を一枚はぐにも数千からの兵を犠牲にしなければならず、適合率の低いものに移植されることはほとんどない。

 よって、この《三海七天》に適合した騎士は自然と翡翠女王国における最強の戦力、ということになる。


「俺の《白鱗天竜はくりんてんりゅう》も七天のひとつだ」


 それは自慢ではなく、端的に事実を述べただけだった。


「天藍。たとえばだけど、君とカガチが戦ったら、どうなるの?」

「彼は翡翠女王国内で五指に満たないといわれる十鱗騎士だ」


 掌にあったのは五枚だが、まだどこかに隠してるのか……。


「素質も実力もはるか雲の上の存在で、もし本気でやりあったら手も足も出ないで殺される。俺でさえそうだ」


 ウファーリは天藍の言葉にショックを受けたらしかった。


「それはアタシは戦っても勝てないって意味……?」

「ああ、無理だな。それに、カガチ先生と戦ってるお前の力を横から見てきたが、その能力、自分の体を浮かせたりと器用ではあるものの、出力が低いのが致命的な欠点だ。十鱗騎士なら中央広場の初代女王像くらい片手で楽に持ち上げるぞ」


 あれは、僕は夜目にみたが、高さ十メートルほどの像だった。

 重さは余裕でトンを越えるだろう。

 でも、考えてみれば当たり前だ。

 彼らは竜と戦うらしいから。


「そんな……」


 ウファーリはますますショックを受けたらしい。

 でも……よくもまあ、こんな事実に今まで気がつかなかったものだ。

 情報不足というか、思い込んだら一直線というか……きっと本人がこんな性格だから、彼女にわざわざ忠告してやろうっていうやからはそれこそ天藍くらいしかいないんだろう。

 うかつなことを言って怒らせたら、報復が怖すぎる。

 彼女は拳を握りしめたまま黙っていたが、やがて顔を上げて、天藍に訊ねた。


「アタシの力不足だって、ずっと前から気がついてたんだな……?」

「ああ。少なくとも、うちのクラスの連中は」

「……気がつかなかったのはアタシだけか。きっと、バカにされてたんだろうな……」


 その表情には、羞恥しゅうちよりも悔しさがにじんでいた。

 自分のしたことを恥ずかしいと思うのは多少なりともうぬぼれが混じっていたからだが、それが後悔ならそうじゃない。

 彼女はどういうわけか本気だったんだ。まあ、迷惑なんだけど。


「僕には理解できないな……。君って学生だろ。しかも、このまま卒業するだけでも、いいところに就職できたり進学できるのに。僕ならそうする」


 あれ、これってどこかで聞いたことのある台詞だ。


「イブキといい、最低な意見だな」


 天藍が思いっきり嫌そうな表情を浮かべた。

 あ、そうだ。真珠イブキが似たようなことを言っていた。

 彼女の意見には非常にうなずかされるものがあったんだよな。

 青少年ならば当たり前に考えることであって、異常なことではない。

 命を大事に。他人に迷惑をかけるな。何を差し置いても自分の将来を優先して考えることは、引いては社会のため、家族のためになる。

 異常なのはウファーリたちのほうだ。

 でもまあ、しかし。

 これ以上、彼女の命と僕の命を同時に戦いのテーブルに乗せられるのは困る。


「いっそのこと勝負の方法を変えるってのはどう? それなら勝負してもいいよ」


 一縷いちるの望みをつないでやると、ウファーリの瞳がぱっと明るく輝いた。

 あーあ、ほっとけばいいのに、僕ってすごく優しいなあ……。


「カガチ先生の条件に負けず劣らず、厳しい条件になると思うけど」

「もちろん! 魔術学科に入れるなら、何だってやる!」


 よし、釣り針に魚がかかったみたいだ。

 彼女の意志の強さは正直想定外だけど、僕の目的は本来ここだ。


「それじゃ、勝負の条件は――――」



 友達を百人つくること。

 百人の署名が集まった段階で、彼女を僕のクラスの生徒にする。


「何それ、ふざけてるのか!?」


 条件を聞き、彼女はしばらく戸惑っていた。

 だが、後がないとわかっているのか、最後には条件を呑んだ。

 大満足の結果だ。食堂を去っていく彼女を笑顔で見送ることができた。

 これ以後、彼女に出会い頭に首を切り裂かれることはないだろう。


「本気なのか?」と、天藍も疑っていた。


 僕はニヤリと笑った。


「本気も本気さ。彼女と友だちになろうなんて奇特な人間がいるとは思えないからね……」


 我ながら名案だった。

 僕もマスター・カガチと同じく、彼女を魔法学科に入れるつもりはない。こわいし。

 もし万が一のことがあったとしても、クソ面倒くさい友人関係を構築することによって人格が矯正きょうせいされるならそれこそ幸いだ。


「お前もいなさそうだけどな」

「うるさいな~。うわべだけの薄っぺらい人間関係の築き方でよければいくらでも知ってるよ。だいたい僕はいま魔法が使えないんだから仕方ないだろ」

「……あの《庭》での魔法はどうした」

「あれは、何かの間違いっていうか……。あのあと、内臓を抜かれて死にかけたんだ」


 僕もバカじゃない。

 あれがリブラや紅華のせいではないなら、あれは《魔法》を使った《代償》なんじゃないか……それくらいは考えてる。


「もし使えるとしても、あと一回だけだ……」


 上着の内ポケットから天秤のマークが刻まれた水晶の護符タリスマンを取り出す。

 これが生命線だ。

 何ができるのか、何が起きるのかもわからないのに無駄遣いするわけにはいかない。


「さてと」


 護符をしまい、襟を正した。


「どこに行く?」

「もう帰る。ここでできることはもう終わった。アリスっていう研究員に青海文書の翻訳を頼んであるから、その結果を聞きに行くよ」


 ここに残っていても、今は授業できることがなんにもない。

 歩き出すと、同じ方向に天藍も歩きだした。


「……なんでついてくるの?」

「組むと言っただろ」


 そういう問題ではない。


「……授業は?」

「カガチ先生から今年度分の単位は全て貰った。カガチ先生もアンタの力になれ、と言っていた。そうでなくても俺の力が必要なはずだ」

「ええと、星条さんとチェンジで!」

「殺すぞ」


 天藍の手が柄に伸び……たと思った瞬間、鋭すぎる刃が慌ててしゃがんだ僕の額をかすめていった。

 髪の毛がはらりと落ちて行く。

 あと、鼻のあたりにぬるりとした感触の液体。


「き、斬れてる!! 何するんだよ!!」

「……ふん」


 天藍は不満そうに剣を納める。


「ついてくるって言ったのはそっちだろ。なんで不満そうにされなきゃいけないんだっての!」

「カガチ先生から言われなければ、こんな子供のおりのようなまね、こちらから願い下げだ」

「マスター・カガチがなんだって?」


 リブラが病院に運ばれた後、カガチはわざわざ天藍を引き留めて、こんなことを言ったそうだ。

 正確ではないが、天藍の言い分を聞いての、だいたいのところだ。


「君はこれからヒナガ先生のそばで彼の助けになりなさい。君は強いが、武人として、竜鱗騎士として、何より人として足りないことがある。それを補うチャンスは、これを逃せば以降は巡ってこないものと考えなさい」


 だとさ。


「うわっ、意味不明だ……!」


 ウファーリのことといい、僕に面倒事を押し付けたいだけじゃないのか……?


「同感だ」


 天藍はイライラしているらしい。

 そして、その口からこんな言葉がこぼれた。


「前々から同級生から連携や協調性を学べとか小うるさく言われていたが、そんなものを学んだところで戦場では役に立たん。協力しなければ死んでしまう弱い奴らとつるんで何が楽しい」


 くそ……前言撤回する。

 ウファーリも、こいつも、同じ問題を抱えてやがる。


「お前もつくったほうがいいよ、友だち百人」

「何か言ったか?」

「いや。あとさ、軽口って知ってる?」


 天藍は不思議そうな表情を浮かべた。

 前途多難だ。

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