大過の因由 1
「それが八年前に起きた事件の、真相……なの?」
サユが問うと、寝台に並んで腰かけたコウキが神妙な顔で頷く。
月待の家の二階。宵闇に包まれようとしていた部屋のなかは薄暗く、サユの表情をいっそう沈ませてみせる。
サユがこの部屋で目を覚ましたのは、吹麗に眠らされてから丸一日が過ぎたころだった。目覚めてすぐ視界に入ったのが、安堵の笑みを浮かべたコウキの顔で。聖家の邸、自室の寝台で眠りこけ、夢でも見ていたのではと錯覚した。
だが、安易な考えに逃げた自分をいまは責めるばかりだ。眠っていたあいだの経緯や、八年前の真相をコウキからあらためて聞かされれば、ますます居たたまらなくなる。
それだけではない。
「リシュウとオウトウでの事件——。捕らえた魄魔を使って事を起こしていたなんて……。余罪がある可能性も?」
「否定はできない。リシュウで再現された事件は、サハヤが関係してるんじゃないかって、僕もすぐに疑いはしたんだけど……。オウトウで起きた事件の真相なんて、ぜんぜん見抜けなかった。けどね。その両方とも、ギニーとファイは気づいてたんだって。なのに——」
なにも教えてくれなかった。と、コウキの表情まで暗く沈む。
その様子に、落ち込むだけの交流がコウキとランドルフ家の姉弟とのあいだにはあったのだと、サユにも窺い知れた。
「コウキは彼らのこと、いつから知っていたの?」
「八年前のあの夜。サユに会いに行くまえには……。イスズとセンリが誰に命を絶たれたのか、その理由と一緒に精霊が教えてくれたから」
当時七歳だったコウキに、精霊の言葉はどれほどの衝撃を与えたのか。
精霊の話は的外れな情報も多く、真偽が不確かで証拠に値しない。しかも当事者であるサハヤが真実を隠蔽してしまったため、コウキは沈黙を選ぶしかなかったのだろう。姉弟の行く末を想えば、なおさらかもしれない。
コウキの語る過去が、その考えを確信へと変える。
「僕と父が、トウゴに追い払われたのを覚えてる? そのあとのことだよ。父と真家の邸に帰る途中だった。ギニーを見つけたんだ」
「あのとき、彼女も碧天にいたのね」
「うん。ギニーはサユを捜して聖家の邸に忍び込もうとしててね。それは父が止めたんだけど。父はイスズから、魄魔の姉弟を匿ってるって話を聞いてたから……。イスズは最初から、ランドルフ家をふたりの居場所にって考えてたんだろうね。それでバナドと親交のあった父に、仲介を頼んでたんだ」
「父さまがそこまで親身になった相手なのに——。私は、彼を信じ抜くことができなかった」
再度、自分がなにも知らずに生きてきた事実を噛み締め、サユは視線を落とした。そこでじっと一点を睨んでいたからか。
「……サユ。いままで、黙っててごめん」
しゅんとしたコウキに、サユは苦笑する。
「私は浅はかな自分が腹立たしいだけよ。それにもう、隠し事はないのでしょう?」
するとコウキの目が泳いだ。けれど心を決めたようで、おずおずとだが口を開く。
「あとね、このことはシテンも知ってる。ギニーと初めて会ったとき、いったんは父がギニーを真家の邸まで連れ帰ったんだけど、気がついたらファイが迎えに来ててさ。ふたりで逃げちゃったんだよね。そのとき捕まえてくれたのが、シテンだから」
「あいつ——。私の使精になるまえから、彼らと知り合っていたのね」
至天はファイスの正体を見破っていたのではなく、初めから知っていたのだ。きっと八年前の事件の全容も——。なのに、黙っていた。それはやはり、真に主として認められていなかったからなのだろう。
封石により契約が断たれたという話も、サユはすでにコウキから聞いていた。月待の家にいては確認のしようがないが、それもまた、受け入れなければならない現実だった。
嘆く資格はないというのに。半身を奪われたに等しい苦痛は隠しきれず、鬱いだ表情を見せてしまったサユに、コウキが遠慮がちな視線を寄越す。
「あのね、ファイはさ。サユを護るために、わざと捕縛の封石を使うよう仕向けたんだと思うよ」
コウキの言葉に間違いはないのだろう。だからこそ、いまのサユにとってその事実は、罪の意識を増大させる材料にしかならなかった。
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