始まってしまった日

第4話 事件の前奏曲《イントロダクション》

 今日の朝は何も変わらない朝だ。まあ、普通はそうだろう。だが、俺は昨日から魔導師として目覚めたのだから、何かあるかもしれないと考えるのは当然である。しかも、あの少女は神々しい声でこう言っていたのだ。


「すみません。もう、時は来てしまいました。あなたに頼るしか道がないのが心苦しいですが、時が来てしまったのです」


 つまり、あの少女の言うことを信じるならば俺が昨日から魔導師に目覚めたのは偶然ではなく、時が来てしまい俺が魔導師として目覚める他対策がなかったからだ。つまり、この街の周辺で魔法による荒事が行われる可能性が高い。


 それに、例え俺が幾ら天才魔導師だからといっても他県で大規模魔法を使用されても、魔力探索圏外だ。謎の少女が俺の実力を把握していなかった可能性があるが、その可能性は低い。

 なぜなら少なくとも言い方からしてあの少女は未来のヤバイことを察知できる能力があるからだ。


 それに過去に戻れる可能性も高い。「頼るしか道がない」と言っているのだからほかの道を試したはずだ。

 なのでまあ要するに、ここら辺りでその魔法を使っての荒事が起きる可能性が高いということだ。


 丁寧に言うと、まず県外の可能性は無い。そして東京が一部を除き範囲内だとしても、大規模魔法を使用された後に気づきました、では遅い。だから、ここの近辺で魔法を使っての荒事が起きる可能性が高いのだ。


 だから 、これからは平穏な朝を迎えないかもしれない。前に妹に俺が寝ている間に勝手にベッドの中に入られる、なんてこともあったがそんな風に不快になるぐらいではこれからは済まないかもしれない。はあ、何というか不幸だ。


 そんなふうに現状を確認して軽く暗い気持ちになっていると、母に朝食ができた事を知らされた。まだ、若干早いのだが早いにこしたことはないのでパパッと学校の制服に着替えてバッグを持ち下に降りた。


 下に降りると、味噌汁のいい匂いと魚の刺身のあの匂いがする。他の家のことは余り知らないのだが、味噌汁と刺身は一緒に食うものではないと思う。確かに、同じ和食なのだが。


 そんなことを考える。すると母がアメリカ人なので、慣れていないのかすごくたまに不自然な組み合わせの和食が出ることを思い出しながら俺はリビングに顔を出した。

 すると、もう既に両親と眠そうな妹が座っており俺のことを待っていた。


「いただきます」をみんなで言った後、食べ始めると食べながら母が話し掛けてきた。


「今日は高校生になってからの初めての授業だからね。スペィシャルな料理にしたよ。これをもりもり食べて頑張ってね」


 そんな英語由来の単語の発音が本格的になっているのを聞きながら、母親が興奮してどうするんだよ、と内心ツッコミをいれた。

 そして、しばらく食べていると、妹と母の会話の内容が聞こえてきた。


「寝不足そうだけどどうしたの?」

「秘密」

「昨日部屋から声が夜聞こえたよ。そういうのは程々にね」

「ハーイ」


 何か物凄く嫌な気持ちになったのは何故だろうか?そんなことを考えてご飯を食べ終わるとイスの横に置いておいたバッグを持ち、少し早いが家から出た。


 家から出ると、ちょっと出るのが早かったのでいないのかと思ったのだが、意外なことに幼馴染は待っていた。一体いつからいるのだろうか?まあ、早いといっても今着たばかりなら五分ぐらいなので不自然でもないのだが。

 もしかしたら、唯一の会話できる時間を楽しむために十分前くらいからスタンバイしていたりして。


 自意識過剰だ。とか言われそうだが意外とアイツは寂しがりやなのだ。そう考えると、なぜ勉強の話以外を話そうと常に努力しないのかが謎だ。そんなことを考えていると


「よし、行くか」

「じゃあ、行こうか」


 という、いつも中学生ぐらいからやっている応答を条件反射で答えて俺たちは歩き始めた。今日の話は


「剛体に力が掛かっている箇所をなんというか?」

「作用点」


 理科の物理Ⅰの運動とエネルギーらしい。まあ、理科ならば解るのだが国語などの特に古文などは全く勉強していないのでアイツの理数系にしようという心遣いには助かる。

 そんなこんなで悲しいことにいつもになってしまっている会話をしながらもう後一分で高校に着くというところで、俺は思いついた。それを俺は幼馴染に話した。


「ここって施設が良いからそれにつられて、来た奴とかは勉強の話しても大歓迎なはずだから友達できるんじゃないか?」

「そ、そうかもしれない。がんばらないと」


 名案を思いついてよかったな。と思ったあと、俺は幼馴染と共に学校の下駄箱まできた。

 もしかしたら前の俺なら拾うことは出来なかったかもしれない音量で幼馴染が可愛くつぶやいた。


「仁のバカぁ」


 ちょっと、待てよ。とりあえず言っておくと俺は鈍感でもないしある程度自分のことも信用しているのでこの発言を無かったことにしたり、聞き間違いだとか言うわけでもない。

 つまり、俺は正確に理解したはずだ。間違っていたらナルシストなのだが、たぶんあっているだろう。


アイツは、俺が好きなのだ。


 信じられないことだが、間違いではないはずだ。まず、幼馴染と今日したことといえば、一緒に登校した、勉強の話をした、友達が作れるという話をした、の主に分けると三つである。

 一緒に登校したのは別にバカ呼ばわりされることでもないし、言っている感じからして違う。勉強のクイズでは今回は間違えていない。となると、最後だ。


 自分で心の中とはいえ言うのはあまりしたくないのだが、恐らく友達を作ることで、俺と話す時間が減るということと、俺がそれに対してなにも思っていない。その二つから出たのがあの発言だろう。


 それにしても、一般男子高校生よりもちょっとアイツのお陰で女子耐性がついているといっても、あれは可愛い。これが俗に言うギャップ萌えという奴なのだろう。

 この感じから考えると、もしも幼馴染の部屋で熊のヌイグルミを見つけたりしたらコロっと落ちてしまうかもしれない。


 それぐらいやばいのだ。今は荒事が起こりそうなので、色恋沙汰をしている場合ではないのだから、止めて欲しい。やばい。相手が好きだと思っていると思うと意識してしまう。

 なので、「待って!」と言いながら悲しそうな表情を見せた幼馴染を見たあと俺は逃げるようにして小走りで教室に入った。


 小走りで教室に入るとホームルーム開始十分前にも関わらず、意外なことに一番遅れてきそうなチャラ男こと相模さがみはもう座っていた。

 俺が座ると、イスを後ろに傾けながら体を右に傾けこっちに顔を向けると、相模はニヤニヤしながら話しかけてきた。


「おい、顔をトマトのように赤くしてどうしたんだ?」

「な、何でもねえよ」

「どう見ても何かあったようにしか見えねえけどなー」


 そこまで、相模はニヤニヤしていたのから一転して、いつもでは見せることはないであろう真剣な表情になる。そして、相模は小声で耳打ちをしてきた。


「昼休憩、この北校舎の左側の屋上に来い」

「ああ」


 俺はそう答えると、すぐに何の用件かを察した。その用件とは、俺が魔法師な件についてだ。

 なぜバレてしまったか、といえば単純明快だ。魔法を使ったことがバレてしまったからである。


 光玉を出す、とか極小サイズの炎出す、などをしても目に見えるぐらい魔力量を消費できる訳ではない。

 だが、俺が使用したのは、補助魔法の中では普通に使った場合一番魔力を消費する身体強化魔法だ。


 つまり、人の魔力量を感知さえ出来れば、俺が魔法を使ったことは文字通り一目瞭然である。そして俺達レインと俺の読み通りアイツは、魔力を感知可能な魔法師だった、ということだ。

 ということは、アイツが所属している魔法師協会への誘いだろうか?


 にしては様子がおかしかった気がする。もしも勧誘したいのならあんな真剣な顔をせずに気楽に楽しそうに誘えばそっちの方が入ってもらえる可能性は高いだろう。

 ただ、本当に魔法師協会への誘いがあるかはわからないし、メリットやデメリットを真剣に話すつもりなのかもしれないが。何かおかしい気がする。


 そんな一抹の不安を抱えながら俺はホームルームに入った。最初自己紹介をやり、その後各種連絡をした後、ホームルームは終わった。

 各種連絡にビリから二番目までの名前が呼ばれ、昼休憩に走ることを言われたりしたが。


 五分休みに入ると、みんながそれぞれ知人がいるのかグループを形成して話している。その中に女の子と話す幼馴染の姿があった。

 近くに居た女の子に声を掛けて成功したらしい。その相手の女の子は、相模が言っていた生物学が得意な茶髪のメガネっ子だった。


 確かに科学コンクールに毎回応募しているような奴は理数系に限るとはいえ、勉強の話がさぞ楽しいことだろう。

 あ、相模がアイツらの輪の中に入っていた。だが、簡単にあしらわれてしまった。戻ってくるなり俺の言う。


「簡単に追い払われてしまったよ」

「そうかよ。チャラ男のくせに苦手なんだなそういうの」

「ああ、俺は純真だからね」


 そう笑いながら返してきた相模を見て、どこが純真なんだよ、と思っていると一時間目が始まった。

 初めは坂上 恵美さかがみ めぐみ先生が行う数学の授業だ。体育の先生ではなかったらしい。まったく似合わないなと思いながら真面目にうける。


 数学は一番点数が取れる教科なのだ。というか、本当のことを言うと百点をキープしたい。数学百点はちょっとしたプライドなのだ。

 そして二時間目は体育、三時間目は英語。四時間目は物理基礎と続いた。


 理科は基本的に後で教科書を見れば解るので、解らないように眠っていることもあったが今回はなぜか眠れなかった。なんでだろうか?ついに物理の授業は終わり、時は来た。

 昼休憩だ。俺は緊張しながら指定された北校舎の左側の屋上に向かう。そこに行くともう既に真剣な顔つきの相模が居た。


俺が相模に聞こうかと口を開こうとすると相模から喋り出した。


「お前は魔術師だな、どこの魔術師だ。少なくとも日本を知らない魔術師のようだが」


 真面目な顔つきを変えずに言う相模に対して俺はもちろん「異世界の魔導師」などと答えられないので外見から考えて言った。


「西洋の魔女の生き残りの子孫だ」

「ほう、さすが西洋の魔女。魔女裁判に掛けられるほどのアホだ。西洋の魔女って奴はよく考えて行動しないのか?」

「何が悪いんだ?」

「お前、少なくとも後一日で、忍者に殺されるぞ」

「な、何でだ?」


 これには俺も驚いた。忍者が実在したことに。そんな驚く俺に相模は俺の想像を超える驚きの事実をいう。


「当然だろう。東京にも魔術を感知する結界が貼られているんだから」

「そんな結界が!?」

「あるんだよ。お前らは知らなそうだが。その様子だと紫藤しどう家に連なるものでもなさそうだな。まあ、最後にどう・・が付くとしかわかっていないが」

「なんの意味があるんだ?その紫藤家に連なるという意味は?」

「魔術を使ってもいいんだよ。そいつらと国家に仕える忍者一族だけな」

「じゃあ、なんでお前は魔力感知できるんだ?魔力が扱えない状況だと習得どころか魔法を扱うことすらできないだろ」


 そうこれが今、命を狙われている人がいると知って相手の怒りの表情がわからないくらい緊張している俺が唯一気になったことだ。だが、回答はあっさりしたものだった。


「宮城、新潟、東京、愛知、大阪、兵庫、福岡のとあと、各所の原子力発電所以外は感知されないから魔術の使い放題だ」

「まあ、せいぜい頑張れよ。あと、忍者殺すなよ。力づくでねじ伏せた後に説得すれば多分大丈夫だから。でも、逆に殺したらおしまい・・・・だが」

「ていうことで俺は学食を食べにでも行くわ」

「お、おう」


 そういうとアイツは、後ろを向かずに右手だけを「じゃあ」といった感じであげると左手と同じようにポケットに手を入れ歩いて去っていった。

 これまでの話を考えると俺の命を脅かす存在である忍者は相模からすると俺よりも弱いらしい。


 相模の口ぶりからすれば俺の方が戦闘能力は上と解っているのに俺はいつ忍者に殺されそうになるのかとドキドキしながら屋上のドアを開けようとする。

 すると、ヤンキー先生こと坂上先生とその生徒の声が聞こえてきた。


「千同の奴どこにいやがる。藤崎!!探して来い!!!」

「ひ、ひぃ!!」


 まずい。相模の方がインパクトが強くてすっかり忘れてた。

(ど、どうする)

(忍者はアイツが魔力量と魔導が使えるとしかわからないのに勝てると断言できるぐらいの相手だ)

(訓練しても問題はないだろう。さすがに、本当にあのグラウンド十週させるわけではあるまい)

(まあ、そうだよな。仕方ない、行くか)


 ちなみに、国立理科大学は理数系に極端に特化した学校だからかグラウンドが極端に大きい。逆に普通は無いか、小さいじゃないの?と思われるかもしれないが、この学校ではグラウンドとは本来の運動する場所という意義とはかけ離れた外観と使われ方をしている。


 この学校のグラウンドはまず、アスファルトに覆われている。そして、大きさは簡単に言うとグラウンド一周が一KMだ。

 これで、使い方がわかった人もいるだろう。ここは隅っこ以外が大抵自動車研究部が自分達で改良したレースカーや自動車の試運転をしている。


 部品をどう調達するのかといえば、国から貰った研究費や企業から貰った研究費で、発注する。

 だからといっても、論文やシュミレーション結果の提出が義務付けられてはいる。

 この学校では恐ろしいことに部活といってはいるものの明らかに企業や研究室並みの研究並の活動をしているのがほとんどだ。


 知りたくはなかったのだが、なんとグラウンドは特別に速度制限が無いらしい。ちなみに、隅っこには様々な金属で作られている的が置かれており、明らかに違法だろ、と言いたくなる空気砲が撃たれることがあるとか。

 ただ、武器等製造法には事業と明記されており違法ではないそうだ。それは武器が普通は一人で作れるものじゃないから書いてあるだけであって屁理屈だろと言いたい。


 もちろん、全員が全員そんなおかしいぐらい頭が良い奴ではない。一部の連中が頭がおかしいのはこの学校の入試体型がおかしいからである。一般入試は難しいがそれだけだ。だが、推薦入試がおかしいのである。


 国の推薦。毎回科学コンテストなどで入賞している地学、化学、物理、生物学、数学、工学の優秀だと思われる人を国が推薦して、その人が受諾すれば合格である。

 これで入った人たちには国から学費が支給されたり、研究費を優先的に融資してくれるという高待遇ぶりだ。


 税金の浪費だと思われていることもしばしばあるが、そんなことは無く一般入試だけでは拾うことの出来ない埋もれるはずの理科に特化した人を育てることが出来て、在学中に普通に頭が良い生徒を刺激して、そして卒業後は研究センターなどで周りの科学者などの良い刺激になるからだ。


 何よりそういう人は過去に多く居た偉人と同じようなタイプなので日本にすごい偉人が生まれる可能性があるというものもあるだろう。

 

 もちろん、俺と幼馴染は一般入試で合格した。「ど、こ、だー!!」そんなヤンキー先生のドス黒い声を聞いてまずそうだと思った俺は三分ほど走り続けて先生の前に向かい土下座した。


 すると、なんということだろうかヤンキー先生坂上先生のオーラが見る見るうちに強烈な殺気を含んだ達人オーラとなっていきます。

 そうふざけて気をそらそうとしたもののそんなことは出来無く、心の中は恐怖一色である。


 そして、ふざけて心の中で言ってみたもののその言葉に間違いは無く、ヤンキー先生様のオーラは前世の頃に一度当てられたことのある達人のオーラに相違ない。

 なので、めちゃくちゃ怖い。そんなことしか考えられなくなっている俺にヤンキー先生様は聞いてきた。


「何で来なかった」


 別に怒鳴り散らすわけでもないがすごい怒りを感じる声で聞かれたため言い訳が頭からすっ飛んでしまった俺は自分に都合が良い部分だけを抜き出して言った。


「ちょっと私の日々の行動に至らぬ点がありまして、それを友人が私のために内密に話してくれるということでしたので、聞いていたところ遅れてしまいました」

「ほう、つまり。その至らぬ点とやらを直してから行こうと思ったわけか。そうだな?」


 ご機嫌になり、あのオーラはすでに雲散霧消していたためホッとしつつ、俺は別にそんなことを思ったわけではないが嘘がつけるようになったのでしれっとした顔で嘘をついた。


「そうです」

「ならいい。一緒に飯でも食うか?」


 なぜかまるでさっきのことが嘘だったような機嫌の良さで笑顔で聞いてきた先生に不覚にもドキッとしてしまいながらも嘘がバレそうなので俺は嘘を混ぜながら拒否の言葉を返した。


「すみません。幼馴染とその友人と一緒に食べる約束があるんです。なので、そういった約束が無いときに二人きりで食べましょう?」

「むう。わかった後日な」


 なぜか、凄く丸くなった先生に手を振り返しながら先生が居なくなるのを見届けると俺はガッツポーズを取った。

 なぜか、といえば先生と少なくとも学校生活をしている内は一緒に食べられないような約束を取れたからだ。

 よくよく考えてみたら誰かに目撃されたりしたら凄い騒ぎになってしまうので先生とは一緒に食事したくない。


 なぜ「幼馴染とその友人と一緒に食べる約束があるんです。なので、そういった約束が無いときに二人切りで食べましょう?」が学校生活をしている内は一緒に食べられないような約束なのかといえば簡単で俺がそういった約束が無いときがないようにするからだ。

 さすがに先生に失礼だと思ったので、あくまでも『学校生活をしている内は一緒に食べられないような約束』になっているのだ。


 貴・!!まずいことをやってしまった。確かに前世生きていた世界の常識では女性に食事を誘われたら断ると失礼なので必ず受けるとか情報交換や交流の為に食事を共にする。

 というのは有った。だが、この世界の常識では食事に誘うというのは特別な意味が多いのではないか。


 というか、わざわざ二人切りで食べようとか言ったらもう完全に特別な意味である。なんで、学校生活とか誰かに目撃されたりしたら凄い騒ぎになってしまうとか解ってるのにそこだけ間違えるのだろうか。

 ということは、幼馴染とその友人にした意味もないということだ。これじゃ、ただのチャラ男だ。


 俺はこれでボッチ飯してたり相模と食べていたりしたら坂上先生にバレるかもなので、幼馴染が居そうな教室へと向かった。


 2分ほど走って教室に入ると幼馴染の席に座る幼馴染と相模が言っていた生物学が得意な茶髪のメガネを掛けている女の子が机をつけて食べていた。

 その幼馴染の姿は楽しそうにしているものの時折心配そうにチラチラと斜め後ろの席を見ていた。


 そんな姿を見たあと俺はバッグの中からドライアイスで冷やされた弁当との箱と冷やし過ぎないようにわざわざ隔離されている弁当箱を取り出すと自分の机をつけて二人に聞いた。


「一緒に食べても良いかな?」


そうすると、幼馴染は嬉しそうに、メガネを掛けている女の子は戸惑いつつも


「良いよ!」

「良いです。よ」


 と承諾してくれたので俺は腰を下ろし弁当を机の上に置いた。弁当を開封しようとすると3分の2は弁当を食べ終えている幼馴染はメガネを掛けている女の子を紹介しだした。


「この子は湯川 沙理名ゆかわ さりな。理科以外のことはあまり得意でないけど、理科の生物学は凄くて大学並みですよ!!あの日本学生科学賞で内閣総理大臣賞を取ったりISEFでThird Place Award。つまり三等賞を取ったんですよ!!凄くないですか!!」

彩科あやかさん止めてください」

「取り合えず落ち着け。ほら、本人がはずがしがっちゃっているだろ」


 そう、興奮している幼馴染を抑えさせながらも俺は有名な論文コンテストなんて知らないので考えて凄さを図った。

 まず、最初の日本学生科学賞の内閣総理大臣賞は凄いだろう。内閣総理大臣賞があるということは国が開催しているということだ。なので、そのコンテストは間違いなく規模がでかい。


 そして内閣総理大臣賞は、一番すごいというのが普通である。ということはでかい論文コンテストで一番を取ったということだ。

 確かに凄い。簡単に言えば甲子園で優勝したのと一緒だろう。次のはISEFだが、そこに関係するだろう文字をいれれば簡単だ。


 まずIだが、industrial《インダストリアル》というのも考えたのだが、工業は生物学に関わってこないだろう。ここはたぶんinternational《インターナショナル》つまり国際的ということだ。

 ここで、もう凄さが解った。さっきのが甲子園だとしたらISEFは世界的な野球大会であるWBCである。そこで三位に輝いたのだ。凄すぎる。


 そして、湯川さんは他の教科が得意でないとのことなので推薦で入ってきたのだろう。確かにそれだけ聞くと、気が合いそう。なのだが、今また興奮気味に湯川さんが出した論文の凄さを語る幼馴染の言葉を聞いて顔を真っ赤にする湯川さんが幼馴染と気が合うのだろうか?

 それは本人同士の問題なのでいいとして時間が押しているので食べなければ。


 弁当のふたを開けてみると冷やされていた弁当の方には出し巻き卵、大量の刺身。そしてほうれん草のおひたしが入っていた。

 そして、もう片方の暖かい弁当を開けようとするともう泣きそうな湯川さんが目に入ったので、俺は開ける前にまるで念仏のようにブツブツとつぶやいている幼馴染に言った。


「ほら、前を見ろ。湯川さんが泣きそうになってるだろうが!止めてあげろ」

「ほ、本当だ。すみません、湯川さん」

「いいんです。あなたに悪気はなかった」


 そう、涙をこらえながらそれでも無表情を貫く湯川さんに感心をしながら俺はもう片方の暖かい弁当を開ける。

 すると、そこから出てきたのはご飯ではなくハッシュドポテトだった。


「え!!?」


 そう思わず驚いて声を自然と出してしまった俺に湯川さんとアイツが首をかしげて聞いてきた。


「どうしたの?」

「どうしたの仁。嫌いなものでもあった?」

「和食のおかずにアメリカンな主食が付いてきたから驚いちゃってさ」


 俺がそう言うと湯川さんとアイツが「どれどれ」といいながら弁当を覗いてきた。すると、二人から女の子特有の甘いにおいがふわりと漂ってくる。そんなことを考えていると湯川さんがペラっとハッシュドポテトをめくり「あ、ポテト発見」と俺に向かい報告してきた。

 それを見て、聞いた俺はにおいのせいか全くわからないが一瞬思ったことをそのままつぶやいてしまった。


「可愛い」


 もちろん至近距離なので幼馴染と湯川さんに聞こえる。俺はボーっとしていた状態から幼馴染の悲しそうな目線で俺はその状態から元に戻った。

 幼馴染の視線からもわかることだが、まずいことに湯川さんを思いっきり見たところで言ったので誰に可愛いと思ってしまったのかが一目瞭然だ。


 そんな風にあせっていたら、いつの間にか湯川さんは顔を真っ赤にしながら走りさり、幼馴染は「ちょっとトイレ行ってきます」といってお弁当を片付けるとお弁当を持ちながら去ってしまった。先生の件といい、この件といい、忍者が俺を殺しに来るんだから厄介ごとは起きないでくれよ。

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