【10‐3】――『カーラン・バッ! カーラン・バッ!』


「さてっと……残念ながら、そろそろフィニッシュしなくっちゃあいけねぇみたいだなぁ」


 処刑人マスクをかなぐり捨てた得意顔の追塩が上階の観客たちに呼びかけた。

「どうよテメーら……リクエストがありゃあ聞いてやるぜ」


 皆が口々に叫ぶ提案が降ってくる。


「断頭っ! いや、斬首っ!」

「ショットガンをケツに捻じ込んで、ぶっ放すのはどうだっ!」

「ノコギリ曳きだっ! 首を木製のノコギリで曳き落とすんだっ!」

「チェーンソウで幹竹割りぃっ!」

「凌遅刑はよっ……!」

「あれ時間かかりすぎるからなぁ」

「《ファラリスの雄牛》でBBQパーティだぁっ!」

「ミンチだっ! 巨大ミキサーでグズグズの挽き肉になるところが見たいっ!」

「硫酸風呂で半身浴も身体にいいぞっ!」


 やがて発せられた、ある言葉。


「なぁ、久々に《 》ってのはどうだい……?」


 そのひと言を起爆剤に、ウワーンッと場が異様に沸きあがった。

「おお、それがいい!」「いいぞっ!」「異議なしっ!」

「カ・ラ・ン・バッ! カ・ラ・ン・バッ!」

「カ・ラ・ン・バッ! カ・ラ・ン・バッ!」

「カ・ラ・ン・バッ! カ・ラ・ン・バッ!」


 ついに気が触れたような熱気で《カランバ》コールが連呼される始末。

 どういう盛りあがりだ。寡聞にして、なんのことか解らなかったあたしは朱羅に訊いてみる。


「俗称やけどね……〈〉のことや」

 なぜか露骨に閉口していた。

「ハァ……メッチャ憂鬱やわー。あれやられると、ホンマに後片づけ大変なんやけどなぁ」


          ■


 いそいそとなにやら準備していた黒装束たちが退いたとき、フロアで大の字で仰臥しているザラ子さんの四肢には、左右の手足首を縛める金属製ハンドカフが嵌められていた。

 しかも、それぞれに長いチェーンが付随して四方向に伸びている。


 露骨に乗り気でないふうの朱羅だが、それでもきちんと赤ジャージ姿に着替えている辺りが、さすがに律義。

 挙手すると勢い良くホイッスルを吹いた。


 ピリリィ―――ッ!

 それを合図に、ワーッとフロアに一斉に雪崩れ込んできた、やはり青ジャージ姿の仮面紳士たちが我がちにチェーンに飛びつく。

 都合4本のチェーン一本につき、4~5人ずつのメンバーが割り振られた。


 ピーピッピッ! ピーピッピッ!

 リズミカルな音に合わせ〈綱引き〉よろしく渾身の力でチェーンが引っ張られていく。

『そぉ~~~れ! カーラン・バッ! カーラン・バッ!』

『カーラン・バッ! カーラン・バッ!』

『カーラン・バッ! カーラン・バッ!』

『カーラン・バッ! カーラン・バッ!』


 裸に剥かれていたザラ子のヒップがフロアを離脱し、伸ばされた身体が巨大なヒトデのように宙に浮いた。

 その真下の空間めがけて、例の追塩パイセンがズザザーッとフロアにスライディング。こいつも全裸で仰臥し、なにかを待ち受ける期待に充ちた表情で両腕を上空に拡げている。


『カーラン・バッ! カーラン・バッ!』

『カーラン・バッ! カーラン・バッ!』


 空中のザラ子――へこんだ下腹が、さざ波立つように震え始めた。

 これ以上あり得ないほどに拡げられた股間。

 肉唇の狭間でサーモンの切り身にも似た、淡いピンクのヌラヌラが蠢いている。


『カーラン・バッ! カーラン・バッ!』

『カーラン・バッ! カーラン・バッ!』


 そして、ついに。

 ザラ子の腕が肩関節から、まさしくゴボウ抜きで引っこ抜けた。

 チェーンで牽引された細腕は、金魚の尾ビレみたいな千切れた筋肉繊維を引きずりながら、さながら生理中のナメクジが這ったような痕跡を残しつつ退場。

 残るもう片方の腕もズルリッと上腕の皮膚がズル剥けつつ、もぎ取れる。

 『X』から両腕を失して、ぶらりと逆『Y』字型になった身体は強制開脚により、今では『T』の形で吊られていた。


 その直下では大口を開けた追塩が、今か今かと半狂乱で待ち焦がれている。


 みちっ、みちみちみちっ。


 下腹部に紅のクレヴァスが走る。

 途端――爆発したみたいに真っ赤に弾け飛んだ。

 ザラ子の中身がそこら中にぶちまけられる。

 内臓まるごと、究極のスカトロプレイだ。


「うっひゃおおおおおおうおおうおおうおおうおおう」

 雪崩れ落ちてきたはらわたと、べしょべしょの体液にまみれた追塩が血の池地獄で悶え狂っていた。

 連なった臓腑の束を両手で掲げて歓喜の咆哮。股間の繁みから、にょっきりツラをだした中国産ウナギみたいなものが身を捩ってはゲロ以下の腐れ液を吐き散らかす。

 挙句にスーイスイと平泳ぎ風の動きで痙攣するのだった。


 芬々たる血臭が噎せ返るほどに、ホール内部をあますところなく浸食していく。


「うっわぁ……マジキチやん。さすがのウチも、これは退くわ」

 紐つきホイッスルを手すさびで振り回していた朱羅が、ぽつりと醒めた感慨を漏らした。


          ■


「しっかし顔色ひとつ変えんとは、さすがやねぇ。ホンマ、素敵やわぁ~ん」

 あたしを抱きしめて頭をくしゃくしゃ掻き回しながら、ムッチューと額にリップを押し当ててくる。


 あまりにも散らかりすぎてしまったので一旦清掃タイム。

 ザラ子さんの残滓が飛び散ったフロアが、ホースの水で洗い流されている光景がモニターに映っていた。

 ショウ観賞のための上階パーティスペース。

 体育祭気分ではしゃいでいた紳士たちも、束の間くつろいでいるようだ。当然だが、皆もうジャージは着替えている。


 そして、あたしは今ひとつのことを理解し始めていた。

 楼蘭の行方不明になった妹さんも……きっと、こういう地獄の見世物の犠牲になってしまったのだと。

 腐れヘドロのようなメンタリティを、お上品なツラと財力で繕った上級国民さま方の穢らわしい欲望の慰みものにされたのだと。


「ね……朱羅さん」

「なんね」

 オリジナル麻薬の象牙パイプ片手に鷹揚に応じる。

「いったい、あたしになにをさせたいの」

 本気の眼差しで見据えた。

「《邪の眼》……そういう暗黒な犯罪シンジケート的なものがあるのはわかったよ。それで、あたしにどうしろっていうの。いたいけな子供の誘拐や、セコいサムターン回しでも仕込むつもり?」

「まっさか! そないな、そこいらの下流人間でも間に合うレヴェルのチンケな仕事はやらせられんわ」

 呵々と笑い飛ばす。

「なんせ、ザクロ嬢ちゃんはやからねぇ。それはそれはやし」


 え……?

 今なにかを口にしなかっただろうか。


「ウチら、いわゆる〈サイコキラー〉の育成にも、それなりに力入れとってねぇ。いやぁ、嬢ちゃんはガチで才能あるわ。それには自覚も自負もあるんやろ」


 なに今……?

 サラブレッドとか……血統って……?


 あたしの困惑顔を見取ったか、憎たらしく微笑む。

「またまた。なぁーんも知らん振りして。あらまぁ……もしかして、ホンマになんも知らんやったの?」


 どう切り返せばいいのか。

 解らない。なにも返せない。

 あたしの頭――空白。

 ただ呆気づらを晒しているだけ。


「しゃあないね。そしたら、もう……ぶっちゃけよか」

 そう云って深く蒼煙を吐いた。

「まずは常識的に考えてみようや、ザクロ嬢ちゃん。なして、ジブンはそないに人殺すの平気なんやと思うとるの」


 知るわけない。

 理由なんか、あるはずない。

 あたしが他人を殺めることにためらいがないのは、それはそういうものだから。

 皆そうだと思っていた。

 いわゆる〈殺人〉という行為が、我らが日本を始めとする大多数の文明国家のくだらない法律で制限されているから。無理してそれを押し通したのがバレると、いろいろと都合が悪くなる。

 だから、みんな大っぴらには殺っていない。もしも公になったときには厳重な罰則が規定されているから、コストパフォーマンスが悪いから、普通の人は気軽に殺れないんだと。


 そう思ってたんだけど違うの……?


「……血ィやわ」

 痺れを切らして朱羅が云う。


「それが自分の“血”やからよ。ザクロ嬢ちゃんは人殺しのサラブレッドやから」

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