【13‐2】――ロリペド殺人鬼《ロリヰタ禁猟区》が来る!
ドッッッカ!
観音開きのドア――思いっきり蹴り開ける。
ブフワーッ!
ボトルワインをラッパで呷っていた朱羅が毒霧みたくロッソを噴きだした。
「ぶっはふぇ……じょっ、嬢ちゃん! なにしとんの!? あのオモシロ企画のデスゲーム〈激安人間ハンティング〉どないしてもうたん!?」
噎せながら取り繕う顔は素っぴんで上下スウェット姿。
どうやら、くつろぎモードだったらしい。
「もう、あらかた片づけちゃったから」
「あっちゃー。こらアカン時間配分ミスやわ。またドえらいショートカット決め込んでくれたわなぁ……タイムテーブルめっちゃ狂うやん」
しばし思案顔。
「ちょっ、ちょう待っとってぇな?」
云い置いて、一旦別室へと引っ込む。
ややあって。
ばっちり隈取りのおどろおどろしいメイクを決めつつ〈特撮ヒーローアクション〉における、悪の組織の〈女幹部〉的なデザインのデコレイティヴな衣装にチェンジして再登場する朱羅だった。
イメージカラーであるワインレッドのレザーを基調としたボンデージファッションで、随所に骨格をイメージしたアーマーが装着されていた。大胆にさらした大腿にはフィッシュネットストッキングにロングブーツ。極めつけに“おばけ風の枯れ木”を模した大掛かりな〈被りもの〉を頭上に乗っけている。
端的に述べさせてもらうと、ほとんど悪乗りの怪人コスプレだ。
「どないよ、これ。美術造形に結構な予算割いとるんやけど」
「なんか韮沢 靖とティム・バートンの上澄みだけ掬った粗悪な劣化コピーってかんじ」
「ジブン、なにげに失礼なこと平気で云いよるわね。担当デザイナーさん、気ィ悪うするわ。こういうのはインスパイアとかオマージュていうんよ」
「その手の言葉って便利だよね。『はいはい、わかってやってるんですよー、リスペクトしてますー』……ってさ。そんなの
「まーた、そないな憎まれ口を叩いてからに。匿名掲示板やないんやからディスるのばっか上手になってもしゃあないんよ?
ま……ええわ。気ィ取り直して、とりあえず始めよか」
例の仰々しい《邪の眼》シンボルマーク――。
眼球と毒蛇と地球がデザインされたゴールドレリーフを背景にして、壇上から改めてあたしに向き直った。
部屋の中央ラインに添って、ずらりと二列に並んだ背の高い灯籠が青白い光を放っている。天井は低いけど、広さは小学校の教室ぐらい。周囲に迫る壁は鍾乳洞のような剥きだしの岩石。その岩肌に今は消灯している無数のモニターが埋め込まれていた。
「よくぞ辿り着いたわ、この《邪の眼》日本支部・関東エリアの司令室へっ……!」
大司教さながらに諸手を拡げて、大見得を切ってみせる。
「だって案内マップに書いてたし」
「なんや、えらい醒めとるんやね。ここは空気読んでや、ザクロ嬢ちゃん。もう大詰めクライマックスなんやから、やるこたァひとつやろ」
パネルをなにごとか操作すると、モニター群とは逆側の岩壁がスライドし始めた。
ガラス張りの陳列ケース――。
あらゆる武具が取り揃えられている。
「さささ……なんでも好きな得物、選びぃな。そないなナマクラ刀やったら、こんにゃくゼリーも斬られへんよ」
素直に助言を容れて、頑なに握りしめていた血まみれの蛮刀を放り捨てた。
とりあえずケースを物色。
どうせ向いてないから銃器関係はオールスルー。やたら装飾過多な青銅剣やら、鎖鎌だの手裏剣だのと古今東西の武器がコレクトされていた。
垂直に保持バーのついた打撃棍――メタルトンファー。
一対のこれに決めた。
きりきり回転させてみると、わりかし手に馴染む。グリップの感触も悪くない。
「えぇーっと? はてさて、これで段取りは全部やったかいな……?」
得物の具合を確かめているあたしを尻目に、特殊造形された鉤爪の先で額をこつこつと弾く小芝居の動作で独り言ちている。
「ああっと……あと、もうひとつ大事なこと忘れとったわ」
壇上から嫌な感じの微笑みを投げてくる朱羅だった。
「ま、単純に階級制度の観点からいうたら《邪の眼》日本支部・関東エリアの〈新人発掘・育成〉部門の担当責任者……的な? そないな微妙な立場におるウチが、いわゆる〈ラスボス〉やとか……ちいっと役不足やないと思わんね?」
「その“役不足”の使い方、誤用だから」
「はぁん……そないに瑣末な揚げ足取りはもうええから。もっと物ごとの本質を洞察する眼識を養いなさいな」
「意味わかんないし」
「ま……要するにやね」
にたり。
「ザクロ嬢ちゃんにとっての“最大の怨敵”いうやつは、また違うんやないかしら……なぁ?」
そんな思わせぶりなことを今さら。
「ちょいっと昔の話なんやけどな。そうやねぇ、だいたい5年ぐらいも前のことやったやろか」
ギチッ……ギチギチィ……ッ。
脳天と、みぞおちにギチる疼痛。
それって……経堂での〈
「身勝手に《邪の眼》を抜けた後、すっかり雲隠れ決め込んどった、例の《闇姫》はんやけども。ひょんなことから、その所在が判明してなぁ。
なんでも自分の娘が車に轢かれそうになったとき、えらいムチャなアクション見せよった奥さまがおるらしいと、経堂界隈の既婚女性……俗にいう〈鬼女〉連中の間で話題になっとったらしくてなぁ。
ま、ウチらとしちゃあ、一応は確認取るわぁね。したらビンゴっ……! なんちゅう僥倖やと」
そんなローカルレヴェルに至るまでの《邪の眼》情報網の密度が空恐ろしい。
「さぁてさて、その《闇姫》はんの抹殺計画に際して差し向けられた、刺客の〈サイコキラー〉がおるんやけど……覚えとるかいな。
いんや、自分が忘れるわけないわなぁ」
ぞわ……
ぞわ…… ぞわぞわ……
またぞろ、あたしの心にぞろりとしたものが蠢く。
すべての元凶になった、あいつ。
暗黒な〈泥人形〉のイメージしかない、あいつ。
たとえ、なつせママに対する粛清が《邪の眼》総体の意向だったとしても、直接手を下した殺害実行犯――。
それが、あいつ。
そして、あたしの無垢な魂を穢したのもっ……!
「そいつ《ロリヰタ禁猟区》いうてな。幼女と少女専門のレイプ殺人鬼として耳目を驚かしとる、今や《邪の眼》イチ押しの背徳感を誇るサイコキラーなんやわ」
《ロリヰタ禁猟区》――聞いた名前だった。
あたしの
ゴトンッ……!
背後から不意に機械の動作音。
「あらまぁ」
意味ありげに嗤う朱羅だった。
禍々しい造形のグローヴで指差した先を……追って振り向く。
モーターの回転する低い唸り――エレヴェータ。
「どうやら、感動のご対面ターイムのようやねぇ」
ついに……というべきか。
殺ってやる。
殺し合いの前に敬意を表して互いに名乗り合ったり。
立ち位置は違えども同じ〈殺人者〉一同マーダーマンシップに則り、正々堂々と全力をだしきって闘うことを誓います……だなんて愚の骨頂。
ドアが開いた瞬間、死角から躍り込んでの不意討ち闇討ち、なんでもござれ。
この手にした得物で、顔の中身が熟れた果肉みたいに、ぼそぼそ割れでてくるまで滅多打ちにしてやるから。
乞う、ご期待っ……!
ぎちちっ。
緊張で強張る身体から、意識して余計な力みを逃がす。
程よい力加減で、ゆるりと諸手のトンファーを構えた。
ガコンッ……。
ようやくエレヴェータが到着した。
二段スライド式のドアが、じわりとオープン。
いざ! トンファーを振りかぶって躍り込もうと――。
ゴンドラの中身――空っぽだった。
ぬちっ。
脇腹に――。
さっき放り捨てた蛮刀が、ねじ込まれていた。
あっれぇ……?
いつの間にか、
あたしの背中の裏側に、
ぴたりと張りついていた気配が……
耳朶を甘噛みしながら歌うようにささやく。
「じゃあぁのぉめぇ……じゃあのめ……」
変に物悲しく、心を騒めかせるメロウなメロディ。
「るかたそ……おかえリンダブレア……」
この……薄ら気味の悪い作り声っ……!
「りゃりゃぴた……りゃりゃぴた……らいらいお……」
まさかっ……!?
「うっ、うあぁっ……!」
振り向きざまに無茶振りのトンファー――あっさり躱された。
空振りの勢い余って足が縺れ、よろける。
あたしの大腿を伝い流れ、見る見る拡張していく血溜まりに、びしゃっと尻餅をついた。
まさか……そんなっ……!
「いくら引退したとはいえやね、ガチで殺り合っとったら、あの伝説の《闇姫》はんにウチ程度が敵うわけないわなぁ……常識的に考えてみぃ?」
あたしの驚愕顔を悠々と見下ろしている、紅蓮の揺らめきが。
朱羅が云った。
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