【13】……〈絶界〉
【13‐1】――ガデムモーター超フル回転!
【13】
ひょこっと岩陰から頭を覗かせる。
自然が齎した断崖と人工物の混在した施設が、白々とした常設灯の明かりに照らしだされているのが遠目に窺えた。ドーム状に内部で拡がったドックは本来ならば、あの巨大なクルーズシップが乗り入れられる規模だけあって、かなりのスケール感だ。
しかるに。
なにげに妙なことには、周辺に監視哨らしき人員がまったく見当たらないのだ。
場合によっては海中から岩礁沿いの上陸や、断崖を伝い降りる経路の侵入ルートもオプションとして念頭に置いていたけれど。これじゃ悠々と大手を振っての迎賓待遇で正面突破が可能なレヴェルだった。
もしかすると……?
あたしらが敵の本陣を急襲する可能性なんぞ、微塵も考慮されていないのか。
狩られる側に甘んじて、ただただ怯えて逃げ惑うだけの憶病な獲物と見くびられてるのかも。
おいおいテメーら? ナメてんじゃねーぞ……あ?
ともあれ警戒は怠らずに接近しようとしたところで、
「これを」
楼蘭がオートマティックのハンドガンを一挺手渡してきた。
「いらないよ。どうせ使えないし」
「よしんば使うつもりがなくとも、万が一ってこともあるだろう。その際に持ち合わせないよりは断然いいさ。一応、携行していくんだ……ほら」
あ? はぁ~ん?
一回やっちゃったら調子づいて、さっそく保護者気取りですかぁ~?
だなんて。
これまでのあたしだったら、そんな憎まれ口をしゃあしゃあと叩いてただろうけれど。
「はいはい……っと」
今は素直に従ってブーツのアンクルポケットに突っ込んでおいた。
■
ついにドックから施設の敷地内に侵入する段になっても、監視要員は見当たらず。しかも停泊しているクルーザーの中にも人の気配がないし。
妙だ――不自然に過ぎる。
いかにも「どうです? 警備が手薄でしょ? どうぞ、ご自由に不法侵入してくださいませ……ウォンチュー!」と云わんばかりの不審なシチュエーション。
だけど、今さら退くわけにはいかない。
掘削された岩肌が剥きだしの壁面……その高い位置にシップの乗客昇降用タラップを架け渡すと思しきヴェランダ様の部分がある。
そこまでの非常階段を駆け昇ると、岩盤を穿って舗装された通路が続いていた。
ハンドガンを胸前で構えた楼蘭と目顔で頷きあい、小走りで素早く奥へと潜行。コーナーに達するたびに注意深く辺りを窺うも、依然ひっそりとして何者の姿もない。
やがて通路の突き当たりに潜水艦みたいなハンドル式ロックのドアが現れた。
楼蘭が試す。手応えが重いものの、ややあって重厚な解錠音とともに手前へと開けた。
奥を覗く。皓々とライトの点灯していた、これまでの通路よりも数段階光度が落とされ薄暗い。なにかしら、ただならぬものが待ち受けている感が、ひしひしと弥増している。
ん――?
ふはっ……!?
振り返ったときには、すでに遅かった。
ドア前でマゴついているうちに、いつの間にやら十数名の武装した《邪の眼》戦闘員が、さして広くもない通路に群がっているじゃあないの。
あー……やっぱ“罠”だった?
それ最初から気づいてたわー。もう2年ぐらい前から知ってたわー。
構えたアサルトライフルのマズルを一斉に向けてくる連中は、お馴染みの《KKK》色違い黒装束じゃなかった。
揃いのジャンプスーツに、ガスマスクやハロウィンマスクはたまたホッケーマスクを始め各々趣向を凝らした珍妙なマスク姿。
さながらホラー趣味の高じたSWATか、楽器の代わりに銃器を手にした《スリップノット》といった風情だ。
反撃云々が頭をよぎる前に、楼蘭があたしの二の腕を掴んでドア内に放る勢いで押し込んだ。すぐさま自分も続く。
手早く閉ざしたドア――間断ない衝撃が浴びせられる。
しかし! ドアのこちら側に施錠機構は見当たらない。すぐに向こう側から雪崩れ込んでくるだろう。
それでも少しばかりの距離と時間を稼ぐ。そのために走る。コーナーを折れた途端に、背後で土砂降りの着弾音が炸裂する。
やっぱり飛び道具は圧倒的に優位。もっと真面目に射撃訓練をやっておけば良かったと痛感すれど後の祭り極まれり。
壁際に背中で張りついた楼蘭が、通路コーナーから腕先だけ覗かせハンドガンで応戦し始める。
「このまま僅差で追いつかれる鬼ごっこを、いつまでも続けていたって無益だろう。多勢に無勢……いつかは二人とも必ず捕らえられる。ならば、ここで連中を足止めしておくのが最善だ」
次の台詞――嫌な予感しかしない。
「ここは僕に任せて、ザクロくんは先に行ってくれっ……!」
なにその露骨な〈死亡フラグ〉マジやめてよ。
「大丈夫さ。後から必ず追いかけるよ」
「あの……その決まり文句を守れた人、これまで見たときないんですけど」
「前に述べた、信用や信頼といった言葉……やはり軽々には口にしたくないのだがね」
壁越しでハンドガンを忙しなく撃ち込む合間に言葉を続ける。
「それでも、今は僕を信じてくれないか」
真摯な想いを孕んだ熱い視線――。
無下にはできない気がした。
「ふんっ……嘘ついたら、サリン千本飲ますからね」
ホロコーストかな?
とにかく振り返らずダッシュ! 次のドアを目指した。
背後で耳を聾する銃撃音が絶え間なく鳴り響いている。
それとも。
それらは興奮でエンドルフィンまみれになった脳味噌を直接ガクガク揺さぶってくる〈自覚的耳鳴り〉なのかな……って。
■
とにかく行くしかない――ザクロ GO! GO! GO!
アゲアゲ気分でガデムモーター超フル回転!
そうやって逸る気持ちとは裏腹に。
進むべき通路は、さらに光度が落とされていて足許は暗く覚束ない。
壁伝い……ほとんど手探りで歩み進んでいると、じきに防火戸ふうの半月型ノブがついたドアへ行き当たる。
用心で蛮刀のグリップを握りしめつつ、ノブを試した。
開けた先の狭隘な空間――。
延々たる螺旋階段の連なりが上空を貫いているように見えた。
はいはい……昇れってか。
急角度で迫るスパイラルの連続を黙々こなしていく。
光源は数メートル置きに灯った脆弱な常夜灯だけ。
おそるおそる繰りだす足許も危うい。
やがて。
永遠に続くかと思われた天上界への昇天行脚もようやく終わったようで、堅牢なフロアに触れた足裏に安堵を覚えた。
壁際で発光している開閉マークのスウィッチを操作する。
ヴヴヴヴヴ……地鳴りめいた機械音とともに明るさが拡がっていった。
■
透明度の高いガラスとメタルで構築された内部は、さながら近未来的な意匠のオフィスビルといった印象だった。
ソフィスティケイトされたクリーンな空間に、埿土で薄汚れた破れブラウスのゴスロリ風情が紛れ込んでいる場違いに軽い羞恥を覚えながらも、そそくさと辺りを見回す。
人影がないのを確認しつつ、やや広まったフロアへ。
案内マップのプレートが壁面に掲げられている。
ご丁寧にも赤い『★』で明示されている現在位置と各施設を参照してみる。どうやら、この区画は研究設備などを中心としたセクションらしい。
他にも大ホール/食堂/会議室/給湯室といった、なんとも一般企業的なノーマルなもの以外に、
●《繁殖工場――ブリーダーズ ファクトリー》
●《肉体市場――ミート マーケット》
●《奴隷僥倖――ハピネス・イン・スレイヴリー》
といった各々の具体的な業務内容をつまびらかには知りたくないような名称の施設が確認できる。
なかでも、
●《拷問庭園――トーチャーガーデン》
そう銘打たれている区画がこの場所から近い。
しかも直球のネーミングから察するに、施設の用途も明々白々だし。
そこで行われている行為を実際に目の当たりにしたら、なんらかの破壊的なアクションを起こさずにはいられなくなるだろう。
だけど。
今は……今は、そのときじゃないっ……!
だなんて、忸怩たる想いに嘖まれながらマップを追っていると。
ちょっと目を疑うような記述に行き当たったりして。
●『《邪の眼》関東エリア〈新人発掘・育成〉部門
本部・司令室 東棟・B2F → ★』
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