【12‐4】――スピードをあげて 今宵の共犯者へ


 そんな……らしくもない展開に没頭していた間に。


 外の世界では、思いのほか長い時間が経過していたらしい。

 すでに夕暮れの闇が辺りを侵食し始めていた。

 さすがのあたしも、いささか気恥ずかしいのは否めない。やけに上気した頬が火照って熱っぽい。暗がりで互いの表情が窺いづらいのが幸いかも。

 身を起こそうとすると、

「どこへ行くのだい」

 隣りで寝そべっていた楼蘭が、するりと腰の辺りに腕を絡めてくる。

「あは……」

 照れ笑いでもするしかない。

「ちょっと顔でも洗ってこようかなって」

「ならば一緒にいこう」

 連れ立って、そろそろと洞窟から顔をだした。


 その途端。


 ひゅおっ――ぶつん!


 前髪を掠め、いきなり空を切ってなにかが飛来した。

「くうっ……!」

 楼蘭の苦悶――。

 カーボン製の矢が肩口を貫いている。

「無理に抜かないで。奥に下がって、待ってて」

 素早く云い置いて、あたしは外にでた。

 もちろん無手だ。


「けっへへへ……ようやっと穴ぐらから、おでましかよ」

 どこかで見たようなDQNオヤジが、構えたクロスボウでこちらを狙い澄ましていた。

 やけに乗り気な、その出立ちはベージュのサファリジャケットとバミューダに厚手のハイソックス。そんな頭のてっぺんから爪先まで〈ジャングル探検隊〉のコントみたいな格好だ。

「こんな非常事態に一体全体ナニをイタしていたのやら……なぁ?」

 サファリハットを被った痛んだ茶髪と「昔はやんちゃしてました」感満載の生意気なツラにピンとくる。


 こいつ……!

 たしか追塩なんたらとかいう元ミュージシャン兼 俳優。

 ザラ子さんの中身を浴びて吐精し狂っていた、あの『保護責任者遺棄致死罪』のスカトロ内臓ガイジだ。


 どうやら、あたしたちを殺る気満々らしい。

 だったら、こっちも「はい、喜んで!」殺ったって構わない。それが理屈。正当防衛だとか、そういう国家が決めたくだらない法律の話じゃない。

 これは人間同士の尊厳のレヴェルでの問題だ。

 それをこいつに解らせてやる。


 すたすたと追塩に向かって歩み寄った。


「おい。止まれや、ネェちゃん」


 ガン無視で急接近。


「止まれっつってんだろぉっ!」


 その距離――5メートル。


「くそっ! おまえ耳ガイジかよっ!」


 躊躇ないあたしにビビって、たまらずトリガーを引いた。


 ヒュウォン!


 ど真ん中。

 素早く身をひるがえし、回転しながら腕を水平に振る。

 あたしの手は飛んできたアローのシャフト部分を、しかと掴み取っていた。

 DASH!

 土を蹴立てて一気に距離を詰める。

 次矢を装填している暇もない追塩に飛びかかり、勢いで地面に引きずり倒す。

「ぐえあ」

 そのまま飛び乗ってマウントポジション。両膝でツラをがっちり挟み込んだ。

 掴んだアローを突き立ててやろうと振り上げる。


「ちょっ、ちょっ!? ちょっと待ってくれって!」

 たちまち無様な命乞いモード。

「頼む、聞いてくれよっ……ガキがっ」

「はぁ?」

「おっ、おれには今度の春に、小学校に上がるガキがいるんだよっ」

「へぇ~。それはまた、おめでたいことだよね。男の子? それとも……?」


 どうやら、あたしが意外にも「耳を貸す」らしいと察して穏便な会話を試みてくる。


「お、女の子だっ! 名前は“のえる”といってな、おメメがパッチリでクリクリっとしてて、とっても可愛いんだぜ。きっと将来はエクセレントな美人になるぞぉ~ってな? 

 ただ親権は別れたワイフが持ってっちまってて今は滅多に会えねぇんだが……なんだか会うたびに、どんどん大きくなっていくようでよ、きっと今は育ち盛りで……」

「じゃあ、のえりんにはピンクがいいよね」

「は……?」

「のえりんだよぅ」

「の、のえる……か?」

「のえりんにさ、ピンクのランドセル買ったげなよ」

「そ、そうだな……買ってやる、買ってやるぜ! だから頼む……本当に頼むっ! もう、こんな無茶なことはやめてくれねぇか? なぁ……?」

「『やめてクレメンス』」

「えぇ……?」

「『やめてクレメンス』って云ってみて」

「な……」

「ほら『やめてクレメンス』って」

「やっ、やめてクレメンスぅ……?」

「『許してクレメンス』」

「ゆっ、許してクレメンスぅ……?」


 ぎっちり大腿で固定した追塩パイセンの不可解づらを。

 あたしは無言で見下ろしていた。

「あんたがさ」

 ぽつり、と酷薄に言葉を落とす。

「あんたが、これまで散々なぶってきた人たちもさ」


 手にしたアロー――高々と振りかぶった。


「みんな、きっと誰かにとっての“娘”だったんだよねっ……!」


 渾身の腕力で思いっきり振り下ろす。

 マヌケに開いた口中に――ズドガッ!

 突端が深々と突き入った。


「ぶぎゅっ!」

 さらに両手で保持してゴリゴリとコジる。

「ぐぶぎゅぎゃうあああ」

「ほらぁ……さっき誰かが云ってたじゃん? ここはさぁ……命のぉ……〈激安ジャングル〉……だってさっ……!」

 口腔を擂り鉢に見立て、擂り粉木でつみれを潰すみたいに押し込みながら、でたらめに捏ね回してやる。

「それはっ……他人の生命を軽々しく売買しようとするようなっ……あんたらの命もっ……同じ程度の価値しかないってことっ……!」


 こうやって延髄をヌチヌチ掻き壊す忌まわしい擂りおろし儀式はっ……!

 むざむざ踏み躙られたザラ子さんの魂の追悼のためにっ……!

 届けっ、遺恨のサクリファイス!


 ゴリュゴリュゴリュゴリュグギギギギイイイイィィィーーーッ!


 ついに首の後ろまでメキョッと突き抜けたポイント(やじり)が抉る地面に、じっとり赤黒い汁が染みだしていた。


「はんっ……安物買いの銭失いって、まさにこのことだよね」


          ■


 死ね!

 ボケが!

 ハゲっ!

 クズすぎんだろガイジ!


「やめてクレメンスってなんだよ! 許してクレメンスってなんなんだよ!」


 くたばった追塩の身体を気がすむまで、さんざん蹴りたくってやった。

 特にクソ生意気なイケメン気取りの中年ヅラは、あのときのザラ子さんよりも遥かにひどい状態になるまで徹底的に。

 生白い頭骨が表情筋の狭間から剥きだしになるまで。

 ヤニ汚れたコーン粒みたいな歯が、あらかた歯茎からボロボロに抜け落ちるまで。

 容赦ない屍体蹴り――だけどゲスの極みオヤジには相応しい。


「やめてクレメンスってなんだよ! 許してクレメンスってなんなんだよ!」


 保護!

 責任者!

 遺棄ッ!

 致死罪イイイッ!

 フィクサー気取りのッ!

 歌ガイジがッ!

 クッソ音痴のッ!

 歌ガイジがッ!


 ぜーは……ぜーはっ……。

 ひさびさに、ちょっとキレちゃったわ。

 ちなみに“歌ガイジ”は大事なことだから2回云いました。


 ブーツのソールパターンに血と脂肪のヌトヌトが詰まってきたし。

 そろそろ切りあげるかな。

 クロスボウとアローのスペアが入った筒ケース。

 そして腰にぶら下げてた〈蛮刀マチェーテ〉といった武器関係を適宜回収して楼蘭の許に戻った。


「傷……どんな感じ」

「痛まない……とはいえないが思ったほどじゃない」

「見せて」

 負傷の程度を診る。

 ポイントにいわゆる〈返し〉がないタイプだし、クロスボウ用のアローは通常の弓矢よりもずっと短い。

 だから一気に引き抜いた。

 幸いにも致命傷じゃないみたいだけど、それなりの出血。あたしのブラウスの袖をちぎり、包帯代わりに縛って止血の足しにする。


 さて……と。

 こんな洞窟に、いつまでもウジウジ引き籠もっていても詮ない。

 あたしらが望む/望まざるにかかわらず、目下くだらない〈激安人間ハンティング〉は続行中なのだ。

 楼蘭がらみのあれやこれや、はたまた正当な暴力による発奮で「生きていく」ために必要な気概を多少なりとも恢復したあたしには、今やそれなりに前向きな意志が芽吹いていたりして。



 せっかく手に入れたスピード。

 これが最後のチャンス――自爆しよう。

 蝶になれ。華になれ。素敵だ。おまえが宇宙。

 愛しいものをすべて胸に抱いて――きみが宇宙。



 って……ん? いやいや、ちょっと。

 蝶や華になる前に、まず正気になれ。

 人差し指を頭に突き立て、ブッ飛んでる場合じゃないから。それ一番いわれてるから。


 ともあれ。

 この場はなんとか逃げ延びて現実社会に復帰したとしても。

 当然 《邪の眼》が次々と放ってくるであろう新手の〈刺客〉の脅威に晒されながら、おどおど怯えた逃亡生活を死ぬまで続けなきゃいけないのだとしたら。


 それって、なんのために生きてんだよ。

 いったい、なんのための人生なんだよ。


 だったら……いっそ?


          ■


「だったら、このまま一気に《邪の眼》のアジトまで乗り込んで全員やっつけちゃおうよ! アッチョーッ! ホワッチャーッ! キエェーッ!」


 あたしガイジかな。

 テンションがアゲアゲで思わず連発したブルース・リー気取りの怪鳥音はともかく。

 畢竟そういう結論に帰結せざるを得ないんだけど。


「ふむ……なるほどね」

 しかし意外にも異議は唱えず、むしろ同調してくる楼蘭だった。

「たしかに、かなり無謀ではあるが……断然いいさ。自滅を待つだけの無気力よりは蛮勇の方が遥かに好ましいよ」


 この島に漂着して最初に目撃した、あの岸壁を穿ったドック。

 きっと近辺に連中のアジト的な施設があるに違いない。


 というわけで。

 そろそろと薄闇に紛れてドックを目指してたんだけど。

 どうせなら、あえてジャングル縦断ルートを選択。

 襲い来る〈人間ハンティング〉参加者を逆に返り討ちにし、連中の携行している得物をいただいて、こっちの装備を充実させるという作戦でいく。


 あたしが振るう蛮刀――。

 存外に手に馴染んで、迫り来る激安人間たちの血をおもしろいほど啜ってくれた。

 そのたびに斃した相手の武装を略奪する。

 そんなギヴ&テイクならぬ“テイク”オンリーの〈ジャイアニズム〉に基づいた〈わらしべ長者〉システムにより。

 当初クロスボウのみだった楼蘭の武器は、最終的には数挺のハンドガン&ライフルと、ふんだんな予備弾丸にまでなった。


 相変わらず飛び道具が不得手なあたしは刃物ばっかりが『ナイフマガジン・緊急創刊号』を発行できそうなぐらい集まっちゃったけど。

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