【12‐3】――最初の男女がそうしたようにハードコアなクィックメニュー


 ♪ ピンポロパロポン……ピンポロパロポン……


 不意に。

 お馴染みの、だけど今はあきらかに場違いなチャイムの音階が周囲に響き渡った。

 思わず顔を上げる。

 木立に紛れた金属ポールに設置された、四方を向いた拡声器が音源だった。


『あーあー、テステスゥ。えー……ご来場のお客さま方にィ、お報せを申し上げまァす』


 場内アナウンスめいた、わざとらしい抑揚の作り声。

 だが、あきらかに朱羅だった。


『ただ今よりィ、当アイランドの〈ジャングル フィールド〉内におきましてェ、お待ちかねのスペシャルイヴェント【殺ったれ! 激安人間ハンティング ~霊長類ナメんなよ?~】が開催されますゥ。皆さまァ、どうぞ振るってご参加いただきますよう、よろしくお願い申し上げまァす。

 また、本部エントランスホールの特設コーナーにて、ハンティンググッズと衣装の貸し出しを無料にて行っておりまァす……なぁんてな。

 聞こえとるかな、ザクロ嬢ちゃんたち』

 ウグイス嬢っぽいトーンが素の調子に戻る。

『♪ ジャーングル! ウェルカムトゥザジャングール! シャナナナナナナナ! ニィーッ! ニィーッ! うっわー、ガンズとかメッチャ懐いわー。今の引用でカスラックどんだけ吹っかけてくるやろかなぁ』


 大爆発の挙句、海中に没したはずのクルーズシップ。

 しかし、どうやら主要メンバーらは、あのドックで目撃したクルーザーで脱出し、まんまと逃げ延びていたらしい。


『と・に・か・く! このジャングルじゃ、人間さまの命のレートは変動が激しゅうてな。バンバン値引きされてメッチャ安うなる……まさに、まーさーにー〈〉いうやつやね。

 あっ! ウチ、今うまいこと云うてもうた! かなーり、うまいことユウ・テモーテ! こら驚安の殿堂やわ!』


 だけど。

 異様にはしゃいでいる朱羅の空回りテンションに反比例して。

 我ながら空恐ろしいほど、頭の芯まで冷え冷えと醒めきっていくばかりのあたしだった。

 メガフォンと併設された監視キャメラを疎ましく見上げる。

 おそらく、こういうギミックが島のあちこちに仕込まれているに違いない。


「これ……聞こえてんの」

『あいよー、よう聞こえてはるよー』

 キャメラが適宜パンニング。

 こちらの姿を捕捉しているようだ。


 あたしはいきなり地面にひっくり返ってみせた。

 しかも大の字で無力アピール。


『ちょっ……嬢ちゃん? なにしとるのん?』

「やーめーたー」

「ザクロくん……いったい、なにを」

 傍らの楼蘭も、なにごとかと驚き顔で覗き込んでくる。

「もう知らない。なんなの〈人間ハンティング〉って……バッッッカじゃないの? 暇なガイジどものお遊戯になんか、つきあってらんないよ」


 なにもかも心底どうでもいい。

 だって、もしも生き延びて、この島から脱出できたとしても。

 あたしには、もうどこにも帰るところなどないのだから。


『ざっ、ザクロ嬢ちゃん……ちぃっとは空気読みぃや……な?』

 朱羅の口調が露骨な猫なで声に変じる。

『そういう態度は、ようないわと思うわー。生への執着があるからこそ、人様の命を奪うのが愉しいんやから。最後まで精いっぱい一緒に頑張ろうや……な?』


 キレる生徒を宥めすかして、説諭を試みる新米教師気取りかよ。

 だけど、もはや学級崩壊マキシマム。


「ぜんっっっぜん興味ないし。勝手にやってろーってかんじ」

 これはブラフとかじゃなく本心だった。

「どうして、あんたらのくだらない畜生ゲームに、あたしらがつきあわなくちゃなんないわけ? だったら、今ここでただちに殺したらいいよ。

 はぁ、どうぞー。こうやって動かないサイレント無言行の標的になってるから好きにしてよ。さささ、どぞー」


『やめて! あたしに乱暴する気でしょう? エロ同人みたいに! エロ同人みたいに!』

 そんな薄い本が厚くなる常套台詞を吐きつける気概もない。

 たとえ眼窩を性的な器官に見立てた〈眼孔姦〉だの。

 頭蓋を穿って絹ごし豆腐めいた感触の脳髄を掻き乱す〈脳姦〉だの。

 人体をきっちりエッジの利いた直方体に形成しての〈箱姦〉だの。

 妊婦の膣道から最深まで挿入して子宮内の胎児を犯し、妊娠したその胎児をまた……という悪夢の入れ子スパイラル〈マトリョーシ姦〉だの。

 そういう〈リョナ〉好きマジキチどもの慰みモノと成り果てたとしても。

 もう……どうなったって構いやしない。

 そんな捨て身ダウナー系の気分だった。


『とっ、とにかくやね……とりあえずハンティングスタートっ!

 そ、それでは参加者の皆さま……取り急ぎ、お手元の座標マップをご確認くださいませ。ターゲットは現在エリア〈Fのb〉地点にて潜伏中。えー、繰り返し申し上げます。ターゲットは現在……』

 パニックながらも果敢にアナウンス続行。


 どうやら、あたしたちの現在位置もバレバレらしいけど。

 whatever――DO でも E。


「駄目だ、ザクロくん。ともかく今は身を隠そう」

 慌てた楼蘭が腋下から手を回して、無理に上体をかかえてくる。

「やだやだやだ。いーやーだー」

 地面に深い轍を残しながら引きずられていくあたしは、さながら無理矢理に部屋の外へと連れだされようとする重度の〈引きこもり〉のようだった。


          ■


「いけない。自棄になるなんて……らしくないじゃあないか」


 あたしの肩を掴んで、真っ向から見据えてくる。

 だけど、そんな真摯な視線と向かい合う気分じゃない。

 俯けた顔を無気力に逸らす。


 キャメラによる監視を意識して逃れつつ移動しているうち、蔦の密生した崖面の岩壁に大きな亀裂を発見。どうやら奥行きがあり“洞窟”らしく伸びているようだった。

 ひとまず、今はそこに身を潜めているところ。


「必ず勝機はある。最後の最後がくる瞬間まで、決して諦めては駄目だ」

 ったく正気も正気で、なんか述べ始めたよ? この人は。

「勝機って……なんなの」

 かなり笑えてきた。

「なんの勝ち負けっていうの。勝ってなんになるの。負けたから、どうだっていうの。あたしはもうそういうのいいから。そんなに諦めたくないなら楼蘭さん一人でやればいいじゃん」

 我ながら駄々っ子の物云いかよ。


 だけど、たとえ連中との闘争に勝ち残ったところで、まるっきり無意味だから。

 だって。


「どうせ、あたしにはもう帰るところなんてないんだから」


 重苦しい沈黙の空気が密度を増していき、ただでさえ息詰まりそうな狭苦しい空間が余計に湿っぽくなる。

 ひた……ひたり……。

 岩肌にしたたる水滴の音が聞こえるような気がした。


 しばらくして、ようやく重たい口を開く楼蘭だった。


「もう、いなくなってしまった者への想いに殉じるのもいいだろう。僕だって、いつまでも妹の幻影を追いかけてきた。

 だが……今は生きている者のために、ともに生き抜きたい。そして必要とあらば闘いたい。そう思えるのさ」


 なにそれ。

 訳が解らないよ。


「あたし……ロクに中学校も行かなかったから、著しく国語能力が低くてさ。婉曲表現とかの機微が全然理解できないんだけど。もうちょっと、わかりやすく云ってくれる?」

「いいだろう。はっきりと述べよう」

 真顔で続ける。

「もう行き場所がないと自暴自棄になるのならば……ザクロくんが帰依すべき場所を新たに作るまでだ。もしも、この島から二人揃って無事に本土に戻ることができたなら、そのときは……そうさ。

 今度は僕の妹になればいい。

 そして、どこか遠い地で一緒にひっそりと暮らそう。もう《邪の眼》だとか、そういう暗黒なことには一切関わらず……ずっと一緒に」


 アハハ! 笑える笑える草生えるアハハ体験かな。

 またしても妹属性きたー。

 それって今、流行ってるテンプレ設定かなんかかな。


「だから生きるための意志を見失わないで欲しいのだ。そしてザクロくんらしい、きらめくほどに不屈のポジティヴィティを、また僕に見せてくれないだろうか。

『きみの魂の中にある英雄を放棄してはならぬ』……フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェの言葉だ」


 なにちょっといい格言残してんの、あのマジキチ髭オヤジ。


「いいけどさ、妹でもなんでも」

 どちらからか。

 あるいは知らず互いに近づいていたのだろうか。

 いつしか楼蘭の身体を、すぐ傍に感じていた。


 そして、もっと……ずっと近くに身を寄せ合う。


 もっと――ずっと。


「だけど妹とはエッチなことしちゃいけないんだよ。百兄ィとのときもそうだったし」

「そんなこと、なくったって構わないさ」

「じゃあ、そんなふうに〈兄妹〉になる前にさ……?」

 暗がりの中で、そろそろと指先を伸ばした。

「今のうちだけ……しとこうよ」


 探し当てた楼蘭のタイトな頬に……薄い唇に触れる。


「最初の男女がそうしたようにハードコアなクィックメニューをさ」


          ■


 掌のぬくもりに包み込まれる圧迫感で、あたしの心臓はまるで握り潰したハムスターみたいに。

 トクッ……トクッ……トクッ……速い鼓動を打ち鳴らしているのが解る。


 もちろん初めてじゃないけど。

 こういうふうに、あたしから望んで……っていうのは、ほとんどなかったから。


 身体のあらゆるところを指が……舌が甘く優しく、なぞっていく。

 暗闇の中――皮膚と肉の触感で、あたし自身がどういう“形”をしてるのかが実感される。

 誰かに、こんなに強く抱きしめられるなんて、いつ以来だろうか。


 耳朶を唇で捕らえられた。

 舐りながらの甘い吐息とともに吹き込んでくる。

「あぁ……こんなにも紅く……充血してる……きみのヴァニラ……いや……ザクロくんの……ざくろ……」

 そんな謎めいた言葉も感触も、どちらもくすぐったい。

「あはっ……もう、なんなのそれ」

 思わず漏らした笑い声……そのはずだった。

 だけど……なんだか自分でも意外なほどの熱っぽさを帯びてきちゃって。

「あ……あはは……はっ……はあっ……」

 だなんて妙な喘ぎっぽくなってきてる。

「ねっ……ねぇ……ろおらん……さん」

「なんだい」

「あたし……こんな……こんなになったこと……ないから」

「どんなに」

「こっ、こんなに……こんなの……いいのかなぁ……ってぇ」

「いいのさ」

「――んっ」





 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


 【お詫び】


 彡(゜)(゜)  以下、数ページに亘って過度な性描写など著しく公序良俗に反する文章が含まれておりますので閲覧できません。

 何卒ご了承いただきますよう、よろしくお願い申し上げます。


                        【カケヨメ!】運営より


 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―





 そして――。


 なにか甘ったるい泥濘にまみれたような心地いい倦怠の微熱が、いつまでも体内の奥深いところに残留しているようだった。


 あたしの、もっとずっと深いところに――。







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 彡(゜)(゜)  んんん……? 「それでも削除された部分が読みたい」やと?



 彡(^)(^)  だったらレビューフォームからワイに★を入れてクレメンスwww

       きっと多く入れるほど効果があるやでーwwwww

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