【13‐3】――〈裂傷姦〉で、もうイッてしもうたみたいやねぇ
「云うて《
遡ること5年前――〈
床に倒れ伏し絶命している夫を発見し、自室呆然と突っ立っていた菱蕗なつせの背後から聞き覚えのある声音がした。
「あらあらまぁまぁ。ご自慢のあの長い髪の毛、ばっさり切ってしもうたんやねぇ」
薄ら嗤いの朱羅である。
ワインレッドのワンピーススーツ姿で腕を組み、気怠げなポージングで食器棚に背を凭せている。
「さっぱり系にイメチェンしてもうて。せやけど、なかなか似合うとるやないの……なぁ《闇姫》はん?」
瞬間の振り返りざま、なつせの手許から幾条もの銀閃が空を裂く。
ガガガガガッ!
電光石火で投擲したフォーク&ナイフが何本も突き立った。
ただし――俎板に、である。
あらかじめ朱羅が胸前に翳していたのだ。
「ひえぇっ……怖い怖い。相変わらずの超反応やねぇ。惚れ惚れするわぁ、ホンマに。さすがは同期の花形スターやっただけはあるわね」
自嘲で露骨な溜息。
「はぁ〜。ウチなんか新人のスカウト育成部門に回されてもうて、こういう実戦はとんと、ご無沙汰なんやわ。まぁ、現場仕事やからデスクワークに比べりゃマシやけども。云うて実務の内容自体はアイドルのオーディションとかレッスン管理と大差ないけんなぁ。めっきり身体が
盾代わりのプラ厚板を放った朱羅が、ガータベルトに仕込んだ大腿のホルスターから抜いた銃器のマズルを突きつけた。
トランキライザーガン――食らえばサバンナの腕組みライオンも覿面に昏睡してしまう。
「せやからガチのバトルは、ご遠慮させていただくわ」
「朱羅……きさま」
応戦の気概で挑む、なつせである。
ぎらりと逆手に構えた中華庖丁越しの睥睨には、娘の前では一度たりとも見せたことのない殺意の眼光を宿している。
しかし余裕綽々の態度で云い放つ朱羅なのだった。
「ところでなぁ……《闇姫》はん」
なにやら含みのある、いやらしい笑み。
「ジブンの嬢ちゃん、たしか今は臨海学校やったかねぇ……?」
はっ――と。
なつせの顔からザザーッと音を立てそうな勢いで血の気が引く。
「るっ、瑠樺になにをっ……!?」
――バスン!
その隙にトランキライザーガンを撃ち込む。
高圧縮ガスで放たれた
もしも《闇姫》ならば。
〈夜見姫せつな〉だったならば避けるのは容易であった。
いや、それどころか。
斯様な弾速などナメクジの駆け足にも等しく、逆に「当たってやる」のが難しいほど。その気になれば、まるで時間を止めたかのごとく、射出されたシュリンジの背後に身体ごと回り込み素手で摘み取ることすら可能だったろう。
だが、しかし。
不意に娘のことを持ちだされた瞬間、彼女はあまりにも〈菱蕗なつせ〉であった。
一介の主婦であり――ただただ優しく良き母にすぎないのである。
「くっ……!」
よろめきながらも腹部に被弾したシュリンジを素早く引き抜いた。
特製麻酔薬――すでに即効して思考と体躯の自由を奪い始めている。
しかし、それでも果敢に立ち向かおうとする、なつせなのだった。
「あらまぁ、ホンマにタフやねぇ。せやけど素直にしといた方がジブンの身の……いやいや、もっと大事なもんのためやないかいな。云うてジブンが聞かん子やと?」
嘲弄フェイスのぽってり朱いリップが酷薄に告げる。
「かあいい、かあいい嬢ちゃん……どないな目に遭うてまうんやろなぁ……?」
■
「……って、そないなブラフかましたったらな。まだジブンの身柄を確保しとったわけやないのに《闇姫》はん覿面おとなしゅうなりよりはったわ」
くふふっと哄笑が耳朶に落ちる。
「嬢ちゃんが学校行事でウチ空けとるのはキッチンのスケジュールボードで見とったけんなぁ。やっぱ人間、情を持ってもうたらアカンねぇ。
終いにゃ『お願い、瑠樺だけは助けて』やて、呆れた常套句ほざいとったわ。
せやけどウチは、わりと渡世の仁義は尊ぶ主義やからね。その約束だけは守ったったよ。
たしかに、ジブンを殺しはせんやった……せやろ」
そんな。
あいつが《朱羅》だったってことなの……?
だって……だけど。
あいつには、たしかに……あれがっ……!
「ところで嬢ちゃん……こういう、おもちゃ知っとるかいな」
壁際の陳列コーナーからコレクションケースに収められたアイテムを取りだし、これ見よがしに揺らしてみせる。
いやらしく反り返ったシリコン樹脂のディルドー。
そして、それを固定するためのハーネスと革ストラップ。
いわゆる〈ペニスバンド〉というやつだった。
なっ……!?
なあああぁぁっ、なんなのそれっ……!
最悪の眩惑――頭の芯を羞恥と屈辱が好き放題に食い散らかす。
「嬢ちゃん……あんとき初めてやったやろ。せやから、ホンマもんのオトコのがどういうもんか、わからんやったんやろねぇ。
ま……ネタばらしとしちゃ、少々お下劣にすぎるギミックやったかいな」
ケラケラケラケラ……!
ケラケラケラケラケラ……!
狂女さながら高らかに哄笑する朱羅だった。
「なぁなぁ。こういうの、なにトリックいうんかいな? なになに? モノ使うとるから〈物理トリック〉かぁ? それともパニック状態の意識下における錯誤を念頭に置いた〈心理トリック〉かいな?
ははーん? あれかいな。お馴染みの〈叙述トリック〉で〈性別錯誤〉いうやつ? 男や男やと思い込んどったら、実はウチでした女でしたーって……アホか! それがどないしたん! おもろないんや大概にせえぇーちゅうの!」
そんな全方位の〈ミステリークラスタ〉を敵に回すような挑発をホザいて狂笑する。
ケラケラケラケラ……!
ケラケラケラケラケラ……!
「どうして」
「はいィ?」
「どうして、あたしに……あんなことをしたの」
「そりゃ単なるウチの性嗜好やわ」
しれっと云い切った。
「いや、ウソウソウソ。ホンマはな……あの凌辱は云うなれば起爆剤やわ。ジブンの
すべてを失った嬢ちゃんが……〈サイコキラー〉として覚醒するためのなぁ」
「そんなこと……わざわざしなくったってさ」
よろめく脚。
濡れたフロアに、びたりと両手をついて身体をささえる。
「もう、あんたを殺したい気持ちで、いっぱいいっぱいなんだよっ……!」
ぐんっと両腕を突き放した反動で、なんとか立ち上がれていた。
だけど足許の血溜まりは、どんどん拡がり続けていくばかり。
「威勢だけはええね。せやけど全体的にフラッフラやないの」
たしかに脇腹の裂け目から身体中のウルトラソウルが全部抜けでていきそうな気分だ。意識も集中させづらく散漫になり始めていた。
手早くブラウスを裂いてサラシ代わりにギュイッとキツく締め、気合いを入れ直す。
チックショウめ――最悪な気分だよマジでさ。
だけど、やらなくっちゃあいけない。
「クッソザコババァ! ぶっ殺してやるっ……!」
「はいはいはい。そういうのはブッ殺してから過去形で云うてね。ちんぴらの喧嘩やないんやから」
がーら、がーら、がーら……っ。
いわゆる〈鉄槌――スレッジハンマー〉を引きずりながら、朱羅が億劫そうに壇上から降りてくる。
おもむろに振りかぶると、
「よいしゃー!」
袈裟懸けに叩き下ろしてきた。
十字に交差させたトンファーを顔前に掲げる。
ガイィン!
ガードできる/できないとか、そういうレヴェルじゃない。痺れた腕が残るだけ。
間髪入れずに、サイドからのスウィング――脇腹にヒット。
「くっは……!」
息が詰まった。
肺腑から飛びだした呼気を吸い込めないうちに、もう一撃。
縺れる身体がフロアに吹っ飛ぶ。どこか遠くで、役立たずの金属棒が2本とも落ちる音がした。
じりじり近寄ってきた朱羅――ハンマーを高々と天突くように構えて。
呼吸を求め喘ぐだけの、あたしの仰向けで無防備な、お腹めがけて。
「はぁ~~~っ、ぺったん!」
手加減なしで振り下ろして。
「げぶぁっ……!」
爆発する痛みにみぞおちを縫い留められて。
あたしは虫ピンで標本にされたコルクボードの上の昆虫も同然に動けなくなって。
「はぁ~~~っ、ぺったん! おかわりィッ!」
容赦ない2撃目――肋骨が何本だかベキキキッと鳴いた。
「はぁ~~~っ、ぺったん! おかえりィッ!」
左脛骨が生木を無理矢理へし折るような音をあげた。
「はぁ~~~っ、ぺったん! おしまいィッ!」
ダンプカーでもクラッシュしたかって激痛が左の膝頭で爆ぜる。
「はぁ~~~っ、ぺったん! おまけェッ!」
また同じ個所にハンマーのヘッドが叩きつけられ――グギィッ! 逆方向の「く」の字に足が捻じ曲がった。
身体のあらゆるところを責め苛む苦痛で身じろぎすらできないあたしの傍らで、しゃがんだ朱羅が嗜虐たっぷりの笑顔で見下ろしてくる。
その嫌な予感満載スマイルに重なって、さっと翳されたアイテム。
あの忌まわしいディルドーだった。
反り返った赤黒いボディ。怒張した太い血管を模した隆起が全体を這っている。さながら最低最悪なZ級のSFホラー映画にでてくる、人類のメス相手に欲情する変態エイリアンのフィギュアだ。
獰悪に過ぎるデフォルメをされた奇形のうえに、この異常な質量はほとんど犯罪的としか云えない。
ただ、あのときは本当に経験もなかったし、これが本物だと思い込んでいた。
しかも、あんな混乱した精神状態の無垢な小学5年生の女子に真贋を見極めろというのも、どだい無理な話。早熟で援交なんかやってた他の子たちは知らないけど、少なくとも当時のあたしは純真だったから。
純真だったからね! マジで!
「ほれほれ。あ~んって、してみ? あ~んって」
図太いシリコンボディを、あたしのリップに押しつけてくる。
ガイジかよ。歯を食い縛って拒んだ。
それでも唇の間にこじり入れてこようとするので、ぐしぐしと変な歯磨きプレイみたいになる。
「強情やねぇ。味もなんもないんやから好き嫌いせんでもええのに」
そういう問題じゃない。
「そないに上のお口が意地張るんやったらなぁ……云うて違うところにお邪魔さしてもらうわ」
またなの。
また、そういう品性下劣な展開なの。非実在青少年になんてことするの。
ほとほと呆れる――溜息でる。
だけど。
あたしの予想とは少々違っていた。
サラシ代わりに縛っていたブラウスの隙間から、ばっくり口を開いた脇腹の創傷に無理矢理ねじ込んできたのだ。
「うっくあぁっ……!」
ピンポイントの傷口だけじゃない。激痛――全身を貫く。たまらない。堪ったもんじゃない。身体が炙られた活きエビみたく、ビククッとのけ反った。
「あらら? こっちの新しいお口は正直やったわねぇ」
内臓にうずめたものを前後に揺すって掻き回してきた。
体内への抜け道よろしく開けられた裂傷の孔はグプッグププいやらしい汁を吐き散らす。ディルドーはたちまちドロドロの赤い体液にしとど濡れた。
「うっふふふ。もう、こないに濡らしてもうて」
装着していた特殊造形グローヴを腕から抜いて。
「ホンマに、いけん子やねぇ……ウリウリっ」
ぬるぬると素手の指まで奥にこじり入れてくる。臓器自体に痛覚はなくても外膜を刺激されれば、それなりの疼痛が体表面に拡がる。
「っつうっ……!」
「どうや……? にゅるにゅる弾力のあるジブンの小腸に触れとるわぁ」
もうダメっ……!
あたしの中で、もう激痛も恍惚も一緒くたの坩堝になっていた。
お腹に刺さったものが中で蠢くたび、全身にビキビキ電気ショック! ピーキーな官能が手足指の先まで隅々ほとばしる。
身も心も……痙攣して……止まらな……いっ……!
「くふっ……うっく…………んぁっ!」
「あらあらまぁまぁ。もうイッてしもうたみたいやねぇ」
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