【14】……〈ONE LIFE, ONE DEATH〉

【14‐1】――凶暴クリーチャー〈ジャノメワニ〉犇めく奈落


 【14】


 もう通算いったい何度目の失神なのやら。

 もはや、いちいちカウントするのすら倦厭けんえんされるんですけど。


 覚醒してみると驚いたことに、あたしの身体にはなんら恥辱的な歓待はされていないようだった。もはや状況的に、どんなに破廉恥きわまる凌辱を受けていたとしても至極当然なのに。

 生き恥を晒すぐらいなら、いっそ選ぶべき――死。

 そのぐらいの覚悟はしていたのに。けれども意に反して脱衣のひとつもない。

 あまつさえ腹部に受けたメインの創傷は丁寧に縫合されているじゃないの。折れた肋骨にはバンドが巻かれ、左脚もギプス固定……と適切に処置されているみたい。

 そろそろと首を巡らせてみる。

 着衣のままでベッドに寝かされていた。かつて収容されていた病室にも似た、白っぽい部屋だ。

 痺れたみたいに感覚が希薄な手足は拘束されてるわけじゃないのに自由に動かせない。そして脇腹の傷もアバラも脚もリアルに熱っぽく痛む。


「さっきの傷口ファック、どないやった? めくるめく未体験ゾーンの気持ち良さやったやろ」

 監視キャメラででも窺っていたのだろう。タイミング良く現れた朱羅は、さすがにあの莫迦げた被りものはもう脱いでいた。

 抵抗もままならないあたしの身体を介助しつつ、手ずから抱え上げて車椅子へと移す。

 そのまま末期癌患者めいた諦念とともに、諾々といずこへかと運ばれていった。


「はい、ご到着ゥ~」

 そこは、なんらかのアトラクション目的で使用されるような中規模ホールだった。

 空間の半分ほどは高い位置にある、今いる張りだし部分。腰の高さほどのフェンスの向こう側は、どうやら“コ”の字型をした“堀”のようになっているらしい。

 そして生臭く饐えた、この異臭。

 なんだか動物園のような……いや……もっと湿気の多い、ねっとりとした……。

 堀の縁が覗ける位置にまで車椅子を押し進められた。

「うっわ……」

 思わず声がでてしまう。


 眼下5メートルぐらいで無数に犇めいている黒褐色の膨大な質量――。

 ワニの群れだった。


 傾斜による浅深がある水辺を模したプールで、巨大な潅木めいたワニどもが、あるものは浅瀬にででんと寝そべり、またあるものは淵に身を沈めてごつごつ隆起した鱗の背中を晒し、思い思いの体勢で群れ集っているのだった。何匹かは大樹の裂け目みたいな、ぎざぎざの顎門をときおり開閉している。

 しかも、これまで見たことのあるどんな種類のワニよりも遥かに巨体で、どの個体も優に7~8メートルはありそうだ。


 想到する――この蒸れた臭気。

 かつて家族旅行で訪れたことのある『バナナワニ園』のそれだった。


「えぇ~と〈イリエワニ〉やっけ? 現生の爬虫類の中では最大級の一種やと。主に汽水域に生息して、入江や三角州のマングローブ林を好むと。食性は動物食で攻撃的な性質であり? 大型個体では人間や家畜を捕食した例もあるんやって」

 やけに説明的なコピペ台詞を喋ると思ったら、手にしたスマホでウィキペディアの当該項目を読み上げている朱羅だった。

「生息域においては、生態ピラミッドの頂点に君臨する……なんたらかんたら。

 その〈イリエワニ〉をベースに《邪の眼》のバイオテクノロジー開発チームがDNAなんちゃらをいじくってクリエイトした独自の改良品種……云うて〈ジャノメワニ〉やね」


 ひと通りの解説を終えると、車椅子のあたしをその場に残して、壁際に設えられた操作台のパネルに向き直った。

 なにかレヴァーを動かすと、プールを越えた対面の壁にある観音開きの搬入口から、枝肉よろしくチェーンで吊られたものが高い天井のレールで移動してくる。

 年若い女性だった。

 屍体ではなく、まだ意識はあるらしい。縛められた両手首を頭上に挙げ、そこをフックで吊り下げられている。

 生白い全裸の年格好からして、二十歳はいってないようなのだが……しかし少女というには、あまりにも容貌に疲弊が色濃く、生彩がまったくない。DHAも豊富とは思えない澱んだ魚の目だ。


 プールの真上、中央辺りで停止。

 白っぽい奇妙な果実みたいにプラプラと不吉に揺れた。


「云うてオツムの中身の出来は知らんけど、少なくとも外見そとみはええからな。ウチらの“産む機械”として酷使しとったんやけど、ぼちぼち心と身体の両面で限界みたいやからね。そういうんは〈廃棄肉〉いうて新しい拷問マシーンの人体テストとかに使うんよ」


          ■


 “産む機械”――この言葉に女性蔑視の意図はなく《邪の眼》のシステムにおいては、文字通りに「出産のための装置」という意味である。

 あらゆる手段を駆使して拉致・誘拐してきた妙齢の女性たちは《繁殖工場――ブリーダーズ ファクトリー》と呼称される施設にて監禁・飼育される。それから純粋に〈妊娠〉を目的とした性交を強要され、やがて〈出産〉に至れば、また同じルーティンが幾度となく繰り返されるのだ。

 そして生まれ落ちた子供たちは幼少時から、ルックス/知能/肉体能力などの素質・適性によって選別され《邪の眼》管轄の養育機関による英才教育を受け〈悪徳のエリート〉として育成される。

 だが、中には暗黒のエリートコースから脱落するものも少なくない。そういった輩は適宜、非合法な人身売買にて売却されることとなる。

 斯様な〈闇のオークション〉における、幼児性愛や変態性欲の顧客に対するマーケットの流通ルート確立も、また各国の《邪の眼》関連団体の連携にて行われているのである。


          ■


「ナーーーウ? ゲッタ! チャーーーーーンス!」

 朱羅がモグラ叩きの勢いでスウィッチに拳を叩きつけた。


 ジャラララララーッ……!

 ジョイントで外れたチェーンごと、少女の肉体が落下。悲鳴ひとつ上げずに水中へと没する。

 俄然、のんびり集っていたワニどもが一斉に巨躯を躍らせた。

 ばっくり開いた顎門を我がちに獲物へと食い込ませ、頭を振り立てて喰らいちぎる。もがく蒼白の肢体そして水面を激しく打擲する凶獣の尻尾が撥ねあげる水飛沫が、どんよりと濃い緋色で飛散する。

 まがりなりにも人体の形状をしていたものは、まさしく瞬く間にして血脂まみれの屑肉や骨の残滓と化し……澱んだプールの藻屑となって散り散りに漂うのだった。


「で……なんなの」

 だけど薄い、あたしのリアクション。

 それなりに凄惨な現場は、満腹時の〈わんこそば〉ぐらいに辟易するほど、しかと目の当たりにしてきた。

 今さら、こんな程度の残虐ショウ――なんの感慨もない。

「そら、そうやろね」

 あっさり認める方向かよ。

「さっきの〈廃棄肉〉はザクロ嬢ちゃんとはなんら縁もゆかりもない、真っ赤な他人やったからねぇ。所詮は他人事ひとごとやわ」

 邪心たっぷりのほくそ笑みでパネルを操作する。


「せやけど……これやったら、どないね?

 お待ちかね、今夜のスペシャル ゲストは……こちらーっ!」


 ガコンッ……!

 起動音とともに、今度は数メートル置きに二連で流れてくる。

 チェーンに吊られて揺れているのは……。



 なんと――そしてだった。

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