【14‐2】――【楼】 or 【百】


「はいな、はぁ〜いな! 唐突やけど? 嬢ちゃんに恩赦っ……! 超絶ラッキーチャンス問題をプレゼンツや!」


 呆然としているあたしに、朱羅がリモコン様のデヴァイスを手渡してくる。

 シンプルに白いボタンがふたつだけ。

 その上には、


 【楼】


 【百】


 と油性サインペンで手書きしてあった。


「云うて簡単な二択問題やろ」

 ひらひらピースサインの指を掲げて見せる。


「なぁーにが『ラッキーチャンス』かいうとやね。

 どっちが正解やとしても……

 さてはて? 

 それは新たな出逢いで急接近! たちまち身も心も、とろけるような恋に落ちてしもうた耽美系のナルシー王子さまやろか……?

 それとも?

 ながの年月、兄貴同然に慕うて、ときにはちょっぴり恋い焦がれつつも決して一線は越えず共に暮らしてきた信頼篤いネオロカ兄やんやろか……?

 その正解はジブンの中だけにしかあらへんけどなぁ。

 ただし……云うて条件がひとつだけあるんよね」


 V字の中指を折って、人差し指のみを振り立てる。


「ザクロ嬢ちゃんが今後の生涯ずうっと《邪の眼》に忠誠を誓うてやね? サーヴィス残業やら休日出勤も厭わんと、粉骨砕身の滅私奉公でウチらの組織のために貢献するいうんならな? これまでのジブンのやんちゃな反抗は不問にして……おまけに、と。そないな条件やけど」


 どんだけブラック企業だったら気がすむんだよ。

 そして……なんて残酷な選択を強いてくるの。

 血肉はらわたが大盤振る舞いの、そんな表層的なグロテスク表現なんかじゃない。

 真の“残酷”とはまさしく、このことじゃん……!


 二人ともボールギャグで口許を封じられている。

 けれど仮にそうでなくても、きっと口を利けないほどの疲弊状態だろう。


 ぴっちりタイトなブラックスーツにノーネクタイ姿の楼蘭。云わんこっちゃない捕まってんじゃん! うな垂れて黒髪がざんばらになった様は、さながら廃寺の釣鐘に憑依した怨霊みたいだった。


 そして百目は、お馴染み黒いツナギのワークウェア。しかも、こんな状況でもキャッツアイのグラサン着用だし。まるで軒下で忘れ去られた干物みたいにぶら下げられているのが悲惨すぎる。


「あのさ……あたしはどうなってもいいから」


 本当にどうなってもいい。

 今ここで《邪の眼》への忠義を示せというのなら、ただちにワニのプールにジャックナイフで飛び込んでやるから。


「だから二人とも助けてっ……!」


「それはあかんやろ。どだいない話やわ」

 言下に全否定。

「嬢ちゃんはただのサラブレッドやない。いうなればやからな。

 云うて……ウチら《邪の眼》と、 》との前代未聞の貴重な混成種いうわけや」

「ま、マッド……?」

 こんな緊迫した事態に、またなにか耳慣れない新しい設定を繰りだしてきたよ。

「とにかくやね。嬢ちゃんは抗争の調停交渉するにせよ、なんにせよ……相手より優位な条件で立ち回れる、メッチャ使えるチート性能のワイルドカードやからね。せやから、死んでもろうたりしたら元も子もないんよ」

 なんのことだかは解らない。

 だけど、あたしをなにか態のいい駒に仕立てて使うつもりらしいことは伝わる。

「あー……ちなみにやから。あとやね、タイームリミットもあるんよ」

 操作パネル上の電光掲示板を示す。

「しかも時間内にどっちか選んで押さんと、どっちも落ちるけんね。うっふふ、くれぐれも間違えんようにな。ボタンの押し方と……そして


「百兄ィに」

「はいィ?」

「百兄ィに訊きたいこと、あるんだけど」

「さすがに直接訊かすことはできんけども。代わりにウチでわかることやったら質問は3つまで受けつけたるよ。シンキングタイーム前に、ある程度の情報がないと、いろいろ判断できんやろうからね」

「百兄ィは……本当に《邪の眼》の手先だったの?」

「あらま、直球やね。そらウチの口からは到底いえませんなぁ。せやけど、まんまの正解を教えることはできんけども、せめてヒントは与えちゃるよ」


 そんな勿体をつけてから、こほんと咳きをひとつ。


「まずは、あのネオロカビリー金髪兄ちゃんとの再会シーンを思いだしてみぃな。えらいドラマティックで、あり得へんほどカッコええかったやろ……? あれを仕込みなしの素ゥでやれるんやったら、どえらいこったわぁ」


 それは楼蘭が言及していた疑惑と同様の論旨だった。

 たしかに。

 あれは今にして思えば、あまりにも不自然な邂逅にして再会劇だったと判断せざるを得ない。


「だったら、あんたらのお仲間ってことじゃない。どうして、あんなところで吊られてんの」

「云うて粗相をしたからやろね。バレてもうたら、お目付け役の意味ないやないの。ほんで他に使い道がないんやったら、こういう役目でもやってもらわんことにゃ。《邪の眼》の戒律はキビシーんよ」


 そんな……やっぱり……百兄ィ……ッ!


 あたしの困惑を見て取ったか、にんまりと告げる朱羅だった。

「云うて……最後の質問はなんやのん」

「ちょっ、今のもカウントされてんの!?」

「あたり前やろ」


 なにこの悪魔系の願望成就譚〈3つの願い〉的な陥穽。

 とにかくラストの質問……慎重に選ばなくっちゃ……!


「楼蘭さんの」

「はいィ?」

「楼蘭さんの妹は、どうなったの」


 あのときのザラ子さんのように、残虐なトーチャーショウで無惨な慰みものにされてしまったのか。

 または、さっきのような〈廃棄肉〉として処分されたのか。

 あるいは、まだ……。


「あー……なかなか、ええとこ気づきはったねぇ」

 正答した〈なかよし学級〉の生徒をほめそやす学年主任教師のような満面の笑みだ。

「云うてナルシー王子さまの姉妹はんは、。もしもジブンが望むんやったら、生きた二人を引き会わせたることもできるんやけどなぁ」

「それって……本当なの」

「ウチはそういうタイプの嘘はつかんのよ。

 そーれーでーはー?

 そろそろクエスチョンは締め切りまして、いざシンキングタイームに突入っ! 残されたタイームリミットは……こちらっ!」


 いきなり電光掲示板にデジタルの数値が表示された。



『00:00:10』



 ってか、少なっ! シンキングタイム少なっ!



『00:00:09』



 10秒とか! あり得ないし! 無理╳無理╳無理! 考える時間が絶対的に足らなすぎるっ……! いやいやいや! そもそも“秒”刻みだとか、それ“思考”という行為に対する適正な時間の単位じゃないでしょ! 早押しクイズかよ!



『00:00:08』



 だとか――考えている間にも。

 刻一刻と制限時間は減っていく――目減りしていく。



『00:00:07』



 ああーっ! もう『――ダッシュ』使ってノワール気取ってる場合じゃないし! 馳星周かよ! 考えなきゃ! 素早く決断しなきゃ!



『00:00:06』



 ってか、考えられない! もはや、なにを考えたらいいのかすらも考えられないという事実そのものを考えることすらできない! って哲学か! 禅問答気取りかよ! 脳のシナプスに接続してる余裕すらないし!



『00:00:05』



 残り5秒!? ないでしょ、ないでしょ普通この急かされ具合はっ……!



『00:00:04』



 ダメだっ……! このままじゃ、二人とも落ちちゃうっ……!

 どちらかだけでも助けなきゃ……!

 救える命があるのならっ……!



『00:00:03』



 だけど――どっちを!?



『00:00:02』



 あたしには二人の命に優劣なんてつけられない。

 そんなこと、できるわけがない。

 もしも百兄ィが本当に初めから《邪の眼》の傀儡だったとしても。

 絶対に死んだりはして欲しくない。

 命を失うことなんて望むわけがない。

 真贋はどうであれ、兄妹として一緒に過ごした2DKコーポでの時間に嘘はないはずだから。

 だけど。

 だけれど。

 朱羅の言葉を信じるのならば。

 楼蘭さんの妹が本当に生きているというのなら。

 二人が生きて再び相まみえることができるというのなら。

 それを実現させる立場にあるのは今のあたししかいないんだ。

 この判断は利己心に基づくものじゃない。

 あたし以外の人たちの倖せのためなんだっ……!


 そうやって。


 あたしの気持ちの中で「楼蘭さんと、その妹のため」というエクスキューズが免罪符になって高々と掲げられる。


 だけど。


 本心では解っていた。


 


 あたし自身が楼蘭さんに生きて欲しいと。

 助かって欲しいと。

 あたしと一緒にいて欲しいと。


 そう望んでいるんだってことを。



『00:00:01』



 ドグシャワラーーーッ!


 感情任せ――いっそブチ壊れろ!

 そんな勢いで思いっきりリモコンをブッ叩いた。

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