【14‐3】――告白する切り裂き魔《リッパー・ザ・ホラー》


 〈引力〉という魔の手が。

 黒いワークウェアを纏った痩身を。

 がっしと掴み取った。

 そのまま直下へと引きずり込まれて。

 プラチナブロンドのリーゼントが乱れる。


 あたしが選んでしまったのは――。


 エンディングだった。


 落下していく。

 獰悪な爬虫類が犇めく奈落へと。

 最後の姿を無心で眺めているなんて。

 できやしなかった。

 たまらず顔を伏せる――瞳を閉ざす。


 ゴポンッ……! 派手な水没音。


 すぐに。

 新たなる餌食に乱舞する〈ジャノメワニ〉どもの狂騒が響いてきた。


          ■


「落としたっ……! ついに落としたった……! ザクロ嬢ちゃん自らの手でっ……! 兄妹の契りを交わした相手をっ……! 〈ジャノメワニ〉の待ち受ける地獄の真っただ中へと……!

 これは合格っ……! 圧倒的合格やわ……!」

 感極まって囃し立てる朱羅がパーティクラッカーをパパン! パパパン! でたらめに鳴らしまくった。

 そして天井から降りてきた、仕込みの〈くす玉〉がカパーッ! 爆ぜ割れ、きらきらの紙吹雪とともに、


『祝! ザクロ嬢ちゃん《邪の眼》DE フォーエヴァー SO ファイン!』


 と大書きされた垂れ幕がクルクルと解け落ちる。


 あまつさえ黒系ゴシックな装いをしたチアガールの一団が走り込んできた。

 あたしを中心に取り囲んだ円陣を組んで、ミニスカの生脚を溌剌と跳ねあげながら、きらめくポンポンを振りつつ演舞を始める。


 ♪ GO! GO! レッツGO! ザ・ク・ロ!

   Z・A・K・U・R・Oジエケユアルオー

   VIVA! ザ・ク・ロ! フゥーーーーーッ!


 力なく車椅子に身を預けたままで、クラッカーテープとメタリックな紙吹雪の洗礼をこの身に受けながら、わなわなと震えていることしかできないあたしだった。


「あっぱれやっ……! とうとうザクロ嬢ちゃんは完全に人としての、上っつらの心をかなぐり捨てよった……!

 これまで〈サイコキラーキラー〉だのと気取りくさって『あんたらとは違う』と云わんばかりの上から目線で粛清してきた〈サイコキラー〉どもと同じ次元にまで堕ちはったわ……!

 それでええっ、それでこそ未来の《邪の眼》を担う、暗黒の女帝としての器やっ……!」


 そうだ。

 たしかに朱羅の云い分の通り。

 寸分たりとも間違っていない。



『ギギギ……ザクロたんだって人殺しだお……!』



 軽くあしらえたはずの《フナC》の捨て台詞に、今はとてもじゃないけど抗弁できやしない。

 だけど。

 この憤懣やる方ない激情の始末――どうしてくれる。

 もう八つ当たりだって、なんだって構わない。

 とにかく、ぶつけさせてもらう。


 車椅子の車輪――スポークを引っ掴み、ちぎるようにベキバキと束で折り取った。

 顔を抉ってやる。眼でも額でも、どこだって構わない。こいつでグズボロに顔面を耕してやるっ……!

 俄然、車椅子から跳ね起きた。廻り続けていたダンシング《邪の眼》チアガールズの輪が割れる。視野に飛び込んだ朱羅の驚愕顔めがけて躍りかかる。


 喰らえ! 手にしたスポークの束――振りかぶった。


 だけど。

 振り降ろせない。

 手首を捻りあげられていた。

 なにか支配的な力で、がっしと背後から抱き竦められる。


「やめたまえよ」


 艶やかな黒髪が鼻先を擽った。

 ……? 宙吊りから解放されていたの?


 そして。

 あたしの首筋に押し当てられているメタリックな感触――ナイフのブレイド。


 えっ……? なにこれ。

 思わず小首を傾げる。

 視界に入った愛しい唇が告げた。


「あまり、ひどいことをされちゃあ困るのさ……僕のにね」


          ■


 いったい、なにを云っているのか。

 解らなかった。

 国語能力の問題じゃなくて、あたしの大脳皮質の言語中枢が、楼蘭の発した言葉の意味を理解しようと働くことを頑なに拒むのだ。どうしたの……ウェルニッケ中枢。


 あたしを乱暴にフロアへと突き放した楼蘭が、優美な挙動で朱羅に寄り添う。

 忠実な下僕のように。

 高貴な愛人のように。


「やばいわ、蘭ちゃん……一瞬マジでビビったわー」

 いちゃいちゃと身を寄せたまま、ねっとりと唇を絡め合う。

 まるで何十年来も前から、ずっと繰り返してきたかのような阿吽の呼吸だった。

「ごめんよ、姉さん。まさか、あんな暴挙にでるなんて……本当に愚昧なうえに浅はかな子だ」

「うっふふふ……蘭ちゃんがいうのは間違っとらんのやけど。対象は〈〉やったわけやねぇ」


 なんなの?

 混乱する――なんなの、これって?


「こう見えて、ウチもう三十路も半ばやってな。せやけどウチにとっては年齢なんざ所詮ただの数字なんよ」


 なにがどうなってんの?

 なにひとつ理解できないままでいる。

 云い知れない戦慄で身体が震える。

 そして。

 あたしの視界いっぱいを埋め尽くしているもの。


 楼蘭が手にしているナイフ――特徴ある鉤爪のブレイドだった。


「……ナイフ」

「うん?」

「その……ナイフ」

「僕はこれでも刃物については一家言あるよ。近頃じゃ《リッパー・ザ・ホラー》だなんて〈サイコキラーネーム〉でも暗躍しているのだがね」

「違う……そうじゃない」


 その、ナイフは。

 はっ……。


だっ……!」


          ■


「これかい」

 手にしていた鉤爪ナイフに唇を寄せる。ちゅるっと覗いた魅惑の舌先がブレイドをなぞった。

「いたく僕のお気に入りでね」

「あのとき、ウチらやったんやわ。途中で一回、蘭ちゃんに入れ替わってもろうたんよ」


 なん……なの……?


「よう喋るときと、全然喋らへんときがあったやろ」


 ああ……そうだ。

 そうだった。

 なつせママを連れてきて裂き殺し、解体していた間のことだ。

 それまで、あれだけ執拗に薄気味の悪い作り声で喋っていたあいつは。

 たしかに、


「どうして……わざわざ、そんな……」

「云うてウチは直接的にグロいのとか苦手なんよ」

 わざとらしく頬に手を添えて、はにかむ。

「せやけど、あそこで嬢ちゃんの精神に決定的なダメージを与えるには、ジブンのオカンを目の前で解体してやるのが特効やった。

 ほんで、その後……嬢ちゃんの身体いじくるんはウチがな。心と身体を破壊する、見事な姉弟連係プレイやったろ」


 そして――今さらながらクワッと想到。


「そしたら……」

「はいィ?」

「それじゃあ、百兄ィのことはっ……!」

「そんなん、に決まっとるやんかー!」


 プギャーーーッ! 無礼な指差しの嘲弄がきた。

 プギャギャーーーーーッ!


「しっかり裏も取らんと、他人の口からでまかせを鵜呑みにして、どないするん。たったひとりの味方をジブンでなくしてもうて」

「たしかに」

 したり顔の楼蘭が後を引き継ぐ。

「きみが姉さんに連れられていった後、すかさず百目くんに連絡を取って合流したよ。ザクロくんの現在位置をGPSで追尾して、港湾の倉庫街まで辿り着いた。そういったところまでは本当さ。

 ただし《邪の眼》に身柄を引き渡されたのは……


          ■


 どうして。

 どうして、あたしは百兄ィを信じられなかったんだろう。

 会って直接、確かめることもせずに。

 こんなやつらのでっちあげた戯言を真に受けるなんてっ……!


 ガイジすぎる。

 どうしようもなくガイジ――最低最悪だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る