【15】……〈ナカユビ〉
【15】――Say "Fuck you" or "Fuck off" Get it up! Get it up! ツキタテロ!
【15】
今や《邪の眼》日本支部・関東エリア拠点の基地内は、あちこちで大混戦の様相を呈していた。
奇怪なマスクとジャンプスーツ姿の《邪の眼》配下の戦闘員たち。
対する《MAD》構成員らは一見、暴力団の正装ふうな〈黒服〉の出立ちだが、着用しているブラックスーツは内側にケプラー素材を編み込んだ特殊な防弾・防刃仕様である。
随所で合戦が展開している最中、抜群の活躍を見せるのが馬上の〈カウボーイ〉氏賀であった。
片手だけで手綱を捌いて荒馬の巨体を翻し、機敏な動きで常に移動しているため、容易には銃撃のターゲットにさせないのだ。そして振り向けたショットガンで確実に敵を仕留めていく。
さらには馬本体のパワーを利用した攻撃も侮れない。「馬に蹴られて死んじまえ」というが
そんな乱戦の真っただ中で。
対峙して互いに一歩も退かぬ気迫を迸らせている百目と楼蘭である。
「ああっと……シャレオツなV系パイセンは
「わざとかい。楼蘭だよ、楼閣にオランダの蘭」
「あっそ。ヒアリング苦手なもんで、ずうーっとノーヒットのノーランだと思ってたわ。じゃあ、その楼蘭さんよ。おれ、あんたに云ったよな」
軽口から一転、剣呑トーンが言葉を紡ぐ。
「もしもザクロになにかあったら。そんときゃあ、それなりに覚悟しといてくれよ……ってな」
「はてさて、そんな凡庸な遣り取りもあったろうかね」
空とぼけてみせる楼蘭の忍び嗤いが嫌味らしく響く。
「ときに百目くん。きみは兄代わりという莫迦げた建て前で、いまだザクロくんとはセクシュアルなインターコースを致したことがなかったんじゃあないかな」
「はぁ? なんだって」
「クククッ……血も繋がっていないくせに、妹だなんだとくだらない疑似ファミリーの関係性に固執してね」
「悪りィな。最近〈サムラゴーチ症候群〉に罹患しちまったみたいでよ。なに
「僭越ながら、お先に僕が賞味させていただいたよ。味わうに足るべきものは残さずいただく流儀なんでね」
ツーンと場の空気が灼けて、キナ臭く香った。
サングラス越しでも到底、隠しおおせない殺意の眼光を放つ百目である。
「この糞ナルシーのヴィジュアルに自信ニキはマジで空気読まねぇな。どんだけ、おれをイラッとさせたら気がすむんだよ」
「気がすむ……? 貪欲な僕には“満足”などという言葉の持ち合わせがなくてね。まさに『挑発無限大』ってやつさ」
翳した楼蘭の手に。
幾本ものダガーがテーブルマジックのように、ぞろりと開いていた。
「そして、あのザクロくんのフレッシュな肉体もなかなかのものだったからね。まだまだ、その真髄を味わい尽くしたとはいえないのさ」
「あ……?」
「しかと抱きしめた僕の腕の中で! どんなふうに活き活きと躍動し! 与えられた恍惚を! 到達した法悦を! もはや破廉恥なまでの痴態で赤裸々に! その身体で文字通り、いかに“体現”していたものか! どうか想像してみてくれたまえよ」
「……テメェ。越えちゃいけねぇライン考えろや」
「おやおや? お気に召さなかったかな。グルメな舌が溶けてしまいそうな高級食材がもたらす至高のテイストも、手の届かない貧困層にしてみれば所詮は酸っぱい葡萄だろうからねぇ」
刃物を束ねた腕を振りかぶって慇懃に一礼して見せる。
「我が名は《リッパー・ザ・ホラー》……よもや、この
「だからよ、そういう小芝居もういらねぇから。とっくに正体バレてんのによ」
「いえいえ、僕はこれが生来の挙措でしてね」
「あとリッパー・ザ・ホラーとか文法的に意味わかんねぇから」
「考えるのではなく、感じていただきたいね」
はぁ~~~っ。
周囲に響き渡るほど深々と溜息をつくのである。
「ああ云えば、こう云う典型タイプかよ。ま……こじゃれたトークをいつまで続けててもしゃあねぇしな。もう、後はガチで殺り合うしかねぇんだろ」
「望むところ」
グリップに瀟洒な装飾が施されたダガーを、さっとひと振り投擲しようとしたところに、
グラタタタタタッ……!
容赦なく二挺拳銃を撃ち込む百目だった。
「なっ、なにを……正々堂々と勝負しないつもりか!?」
すんでのところで翻って物影に身を隠した楼蘭が声を荒げる。
「真面目かよ。いちいち効率の悪いことやってらんねぇだろ」
しかも悪びれもしない。
「こちとら0・1秒でも早くテメェを屠りたくて、うずうずしてんだからよ」
「ふっ、ふざけるなっ!」
まずは同じ種類の武器から手合わせを開始して、順次に得物をアップグレードさせていく〈闘いの美学〉という〈お約束ごと〉。それを遵守しない不粋な輩なんぞ、まともに相手にできない。
そう見て取ったのか。
「つきあっていられるものか! 蛮人め、覚えていろ!」
捨て台詞で逃走する楼蘭だった。
「やなこった。素早く忘れるわ」
すかさず、その背を追う百目の行く手に、
カカカッ……!
床面に鋭利なトランプカードが数枚突き立つ。
「待たれよ」
なにやらカラフルな装いの怪人物が姿を現していた。
原色が眩いばかりのコスチュームに、とんがりフードを被った〈
「クックックッ……我が名は《放課後のジョーカー》なり。本来、我が輩のターゲットは見目麗しい〈女子中高生〉すなわち美少女に限られるのであるが斯様な非常事態ゆえイレギュラーな生けにええぇぐぎぎぎいいいぃぃ……」
いつの間にか下馬していた氏賀が。
背後からヘッドロックで締め上げているのだった。
メリメリメリイイイィィィ……ッ!
ついには頚椎の尻尾をぞろりと引きずりながら《放課後のジョーカー》の頭部が胴体から引っこ抜けてしまう。
「こいつらクソザコは私たちに任せといて。百目ちゃんにはやらなくっちゃいけないことがあるでしょう……?」
断末魔が刻まれた白塗り生首を掲げながら、パチリ☆ウインクをくれる氏賀だった。
「毎度毎度マジでありがてぇな、氏賀さんだけは」
■
絶え間ない銃撃や爆発の轟きを遠くに意識しながら、楼蘭の姿を求めて基地内の各部屋を巡っている百目である。
やがて行く手に立ちはだかる豪奢な樫材の重い扉。押し開くと、暖炉を有した書斎めいた部屋だった。
その中央で、身を隠すでもなく不用意に突っ立っているのを発見……した途端に、あらかじめ相手が構えていたリヴォルヴァーが吼える。
「アブっ! アブいな、おい!」
すかさずサイドに跳ね飛んだ百目が、ごろごろローリングしながら応戦でオートマティックを撃発する。
その動きを追わんと振り向けた額に――。
ぼつぼつぼつっ! 立て続けに弾痕が穿たれていく。
「なっ……」
もはやスピードローダーで再装填する間もない。
一瞬の決着であった。
しかし、これで終わりではないらしい。
素早く身を起こした百目が、ひたひたと迫る。
がっくり両膝をついて前のめりに倒壊していく身体を。
ぐいっと髪の毛を掴んで無理矢理に引き起こした。
「なぁーにサボって普通に倒れようとしてんだよパイセン」
ハンドガンの灼けたバレルをジュッと顔に押しつける。
「云ったろ。それなりに覚悟しとけってな」
神速の指先がトリガーを弾いた。
パクパクと酸欠金魚のように喘ぐ口中にっ……!
見開かれた二つの翡翠の瞳にっ……!
するりと筋通った隆起の鼻梁にっ……!
艶めくストレートの黒髪の根元にっ……!
次々とこじり入れられていくマズルが、そのたびに火焔を噴きまくった。
孔だらけになった顔面の次は、後頭部を小突き回しながら全弾ぶっ放す。とっくに空撃ちになっても、しばらくトリガーを引き続けた。
麗しの顔貌は、今や血まみれの皮膚と筋肉がべろべろに垂れ下がり、まるで熟れきって爆ぜ割れた柘榴の果肉のようだった。
「これもう、わかんねぇな」
髪に絡んだ指を解くと、ようやく肉体はフロアに倒れることを許可された。
「イケメンなんてのも所詮は遺伝子のいたずらで薄皮一枚……ちょいっと見栄えのいい造作ってだけだろ。こうなっちまえば、もう意味ねぇよ」
両肩の間から生えている、砕けた骨片と脂まみれの紅い肉玉塊を、ぐぎゅっとブーツで踏みつけにする。
「踏んじまったら、足が汚れるだけだわ。つまり道端のビチグソと一緒ってこった」
■
「終わったのね……百目ちゃん」
ハンドガンを握ったままで立ち尽くしている百目の傍らに、いつの間にか現れている氏賀だった。
「案外に呆気ないもんだな。いっそ拍子抜けしちまうぐらいに」
足許に横たわる亡き骸に、汚物を見るような厭わしい視線を落とす。
「こいつがザクロにしやがった仕打ちを思えば、こんなの到底釣りあう沙汰じゃねぇけど。じっくり時間かけて、いたぶり殺してやんなきゃ意趣返しはイーヴンとはいかねぇんだが……ま、少しはまけといてやるよ。その温情が冥府の旅路のささやかな餞別代わりってとこだな」
「ホントに百目ちゃんはザクロちゃん絡みになると容赦ないわよね」
「まぁね。ひそかに妹萌えのバカ兄貴だからよ」
「だったらさ、二人ともいっそのこと、つきあっちゃえばいいんじゃない。もう馬に蹴られて死にたがる輩もいないんだしさ」
「よしてくれよ」
「だって、いつまでもそうやってグズグズ遠回りしてるといつっ――」
不意に――言葉は断たれた。
「氏賀さん……?」
振り返った百目の眼前で。
ズリリィッ……!
氏賀の逞しい肉体が斜めに断ち割れ、上体がずり落ちていくところだった。限界に達した表面張力のように、切断面から盛り上がった臓腑がゾボボと雪崩れ落ちる。
氏賀の身体越しに佇んでいる暗黒の人影。
フードつきの漆黒ローブ姿に、巨大な〈鎌〉を擡げている様は、まさに魂を刈り取る収穫者たる〈死神――リーパー〉のパブリックイメージそのものだった。
そして。
目深に引き下げたフードの奥から覗く、端正な面立ちは。
誰あろう――紛れもない楼蘭その人であった。
今し方、間違いなく裁いたはずのっ……!
恐るべし《リッパー・ザ・ホラー》……すなわち〈
「入れ替わっていたのさ。逃げたと見せかけた隙にね」
酷薄に歪んだ薄い唇が、唖然として動けないでいる百目に告げた。
倒れ伏している顔なし屍体に一瞥を落とす。
「彼もまた《邪の眼》配下の優秀な〈サイコキラー〉の一人。〈変装〉を得意とし、有事の際には〈影武者〉として自己犠牲すら厭わない絶対の忠誠心の持ち主でね。
その名を《細胞具ドリー:ソラミミ:PHANTOM》というのさ。
ふふっ、なんとも煩雑なPKネームだけどね」
「てっ、てンめえええぇぇぇ―――ッ!?」
クワッと正気づいた百目がハンドガンを突きつける。
しかし弾丸――すべて撃ち尽くしていた。
「チクショウがっ!」
グリップから空マガジンを振りだす。
間髪入れず新たなマガジンを装填する早業――。
だが、間に合わないっ……!
ブウォン! 楼蘭の振るった大鎌が空間をつんざく。
打ち上げ花火さながらの派手な緋色の血飛沫を飛散させながら。
弾けたような百目の身体が宙に舞った。
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