【9‐3】――〈銃器の女神〉も嫉妬しちまうのさ


 ともあれ。


 いずれ来るべき事態に備えて、あたしはアップを始めた。

 スポーツジムでのスイムにキックシェイプ。

 純然たる〈パワー〉という意味ではオトナの男とガチで渡り合えないまでも、せめて不用意に腕とか掴んできたら関節を軸点に切り返し、急所にキック入れて怯んだところで眼窩に親指を突っ込んでやれるぐらい。

 そんな程度には、体力/腕力/筋力/スルー能力/運動・反射神経……そういった諸々を常にアクティヴな状態にしておきたい。


 だからといってモッコモコの奇形マッスルじゃ、せっかくの愛されボディが台なし。

 見た目はせいぜい「ちょっと引き締まったグラドル」ぐらいにしか見えないようなシェイプ作りを心がけた。


          ■


「左手はグリップ握った右手を下から包むみたいにあてがって……こういう感じでね」


 慣れない手つきでハンドガンを構えたフォームを、横についた謎のカウボーイ氏賀さんが逐一チェックしてくれる。

 あたしはヘッドフォン型イヤープロテクターと防弾サングラス着用のしかつめらしい装備だ。


「むしろ右手はトリガー引くときだけ人差し指に力入れるだけで、ほとんど左手でガッツリ保持する感じかしら? それで……もうちょっと気持ち、腰を落し気味で軽く踏ん張って……そして重心を低く意識して……そうそう、いいじゃない。なかなか飲み込みが早いわね」


 眼前――20メートル先。

 天井からの鉤フックに吊り下げられた豚の枝肉には人型を摸したマンターゲットが張られていた。


 グリップを握ったあたしの腕を氏賀ヘッドコーチが保持して、ターゲットにマズルを向けさせる。


「フロントとリアのサイトがターゲットへ重なるように微調整してみて……OK? そしたら人差し指でトリガーを引いて……ちょっとだけよ? 力の意識はメイン、左手で支えてる感じでね」


「えーっと……? こんなかな」

 怖々と指先を搾ってみる。


 轟音――マズルフラッシュ!


「ひぇっ……!? えええぇぇっ……!?」

 慌てて訳もわからずトリガーを引き続ける。


 そのまま勢いで一気に15発、全弾ぶっ放した。


 《氏賀ミートセンター》内に設えられた8レーンのシューティングレンジは閉塞感キツめの25mプールみたいな雰囲気。

 今や《邪の眼》の存在が実際のコンタクト圏内に入ってきたという厳然たる事実を踏まえて、射撃のコーチングを受けているのだった。


 少なくともあたしの認識では日本国内において、この類いの火器は単純所持すら厳重に禁止されているはずなんだけど。

 どうやら例の厄丸さん絡みのルートで調達は可能らしい。


「これって……ある意味、凄いわね。逆に」

 電動レールで手前まで接近してきた、ターゲット肉塊を確認した氏賀さんが感嘆混じりで告げた。

「なんてことなの。1発たりとも掠ってすらいないわ」


 なにそれ。


 きっちり狙って撃ってるはずなのに、こんな体たらくじゃマジへこむし。

「なんでだろ。わりと真面目にやってるつもりなんだけど」

「いわゆる銃器の扱いってよ」

 両手にした二挺拳銃をヌンチャクよろしく、すちゃすちゃと得意げに捌きつつ百目が宣う。

「なんつーか……楽器の演奏に似たところあるよな。センスとか適性が重要っていうかよ。ギターうまく弾けねぇやつってのは端っから、なんかが欠けてんのよ」


 そりゃまた、いろいろと欠落してまして、まっっっこと申し訳ございませんですわねー。


「僕も最初は、おっかなびっくりだったものさ。まずは、とにかく積極的に銃に触れて慣れることが第一義だと思うね」


 そんな楼蘭の微妙なフォローが余計につらいっ……!

 ピストルは友だち、怖くないよ!


「じゃあ、これなんかどうかしら。初心者にも扱いやすいし、実戦を念頭に置いた場合には、うってつけだわよ」


 テーブルに並べられた様々な銃器から氏賀さんはショットガンを勧めてくる。

 ポンプアクションによるショットシェルの装弾など基本的な操作の手ほどきを受け、さらにターゲットを5メートル手前にまで近づけてもらった。


 これで命中しなきゃ、もうそこらで半裸のガイジと一緒に仲良く水鉄砲でも撃ち合ってろっていうレヴェル。



 だけど当たらなかった――1発たりとも。ガチで。



「そもそも“散弾銃”っていうぐらいだから、無数の散弾がある程度の一定範囲に散開発射されるものなのに。それでも、ここまでってのは……ザクロちゃんには、むしろ逆になんらかの空恐ろしい才能の潜在を感じるわ」


 そんな氏賀さんの見解を粛々と受け止める。


「もしも仮に〈銃器の女神〉という形而上の存在があるのならば、そんな彼女すらも嫉妬させしめる天稟というのは……なかなか得がたいものではないか、と」


 楼蘭さん……そういうポエティックな慰め、今いらないから。


「さぁて……? ここらで『銃器の扱いに自信ニキ』の百目センセーが一丁……いやお手本をば、ご覧にいれてさしあげましょうかね」

 などと、軽やかにステップ踏みながら鼻歌まじりでブースに立った。


 氏賀さんがパネルを操作する。

 3列の枝肉が電動レールで接近移動し始めた。

 ターゲット――近づいてくる。


「ふっは……!」


 舞い踊るように二挺拳銃を操り、次々と撃発する百目だった。

 演舞さながらの艶やかな身のこなし。

 スライドが高速で開閉を繰り返し、パチスロの大当たりみたいに灼けた空薬莢をジャンジャンバラバラ排出していく。


 そして。


 ブース手前に到達した3つのターゲットは各ミートに10発ずつぐらいヒットしていた。


「ざっと、こんなもんよ」

 屋内で花火大会でもしでかしたような硝煙の臭いが立ち籠める中で得意げなドヤ顔。

 まったく憎たらしいったらない。

「で……? 我らがヴィジュアル担当ニキのお手並み拝見といこうかい」


 そんな挑発の視線を、負けじと不敵な微笑みで受ける楼蘭だった。


 おもむろにイヤープロテクター&アイガードを装着し、シルヴァーに煌めくリヴォルヴァーを手にした。

 さらに腰のベルト部分に6発分のスペア弾丸を仕込んだ円型カートリッジ(スピードローダーっていうアイテムらしい)を用意。

 両手保持で構えたマズル――悠然とミートターゲットに向ける。


「ふうっ……!」


 ひと呼吸おいて一気に撃ち放った。


 てか、速っ! めっちゃ速っ!


 最初の6発を打ち尽くしスピードローダーで再装填!

 合計12発をブタ肉塊にぶち込むのにトータル3秒ぐらい……!?


 しかも、全弾がマンターゲットの頭部/胸部/腹部といった急所へと見事にクリティカルヒットの神業だし。


「ちょ……マジかよ」

 さすがに百目も呆気づらを晒す他ない。

 向き直って、軽く肩を竦めみせる楼蘭だった。

「僕だって、ただ指をくわえて漠然と好機を待っていただけじゃあない」

 唇の片端が上がる――優越の嗤笑。

「いつか実際に《邪の眼》連中と対峙するその日に備えて、商材の買いつけに託つけては事あるごとに渡米していたのでね。サンディエゴ辺りの射撃場での地道な訓練なんてのも、まんざら莫迦にしたもんじゃないのさ」


          ■


 いわゆるピーポくんたちが僻地の〈ゆるキャラ〉風情よりも遥かに役に立たないってのは、万有引力による作用ぐらいに自明のことだ。


 それは実際に暗黒な事件に巻き込まれ、自分自身が当事者となって体験しないと実感しがたいのだけれど。

 たしかに連中だって、それが職務だ。通り一遍とはいえ、実際に捜査はしたのだろう。

 だけど所詮は他人事。

 警察は〈正義の味方〉などでは決してなく、国民の血税を給料として頂戴し公務に従事する職員にすぎないのだから。


 妹さんの失踪事件に際して、そこのところを楼蘭は痛感したのに違いない。

 警察だの司法だのといった国家作用には頼れないということを。

 そして私立探偵といった類いもアウツ。

 彼らだって結局はビジネス。全身全霊を賭けて、命を危険に晒すまでのことはしてくれない。

 赤の他人の身の上よりも己の保身こそが大事。

 それは当然だろう。

 そもそも云い知れぬ暗黒を孕んだ連中に対して、国の定めたお仕着せの司法など、なんの意味もなさない。


 だったら……残された選択肢はひとつだけ。


 しかないのだ。


 きっと、それは同じ気持ちだったはず。


 この身を賭してでも。

 なつせママたちを殺したあいつに。

 きっと復讐してやる……と。


 〈サイコキラーキラー〉としての粛清活動を決意した――。


 あのときの――あたしと。


          ■


「この前みたいなの……自重してよね」


 そして数週間後、またぞろ顔をだした《アンレイテッド ナイト》にて。


 ツインペダルのバスドラムが絨毯爆撃していった轟音メタルコアの直後に、ストンッ……と落としてエアポケットのように生じたチークタイム。

 フロアでは即席カップリングの男女がメロウなスローチューンに合わせて、ゆったりと揺れている。

 ウッドベースのリズムに合わせて巧みに身体を捌く楼蘭のリードに身を任せるまま、見様見真似のつたないステップを踏むあたしだった。


「首にさ……したやつ」

 耳元に吹き込む囁き声。

「くっきり痕ついてたじゃん。朝になって百兄ィに見られたとき、ちょっとヤバかったよ」

「ふふっ……それは失敬」

 だけど悪びれもせず薄く笑う。

「しかし、ザクロくん……それはきみの罪なのだ」

「なんで、あたしが悪い方向なの」

「そして、その罪を贖うためならば……僕は身代わりとなりて、この世のどんな罰を受けることも決して厭いはしないだろう」

「ワケわかんないし。あの『やばいと思ったが性欲を抑えられなかった』の歌い手みたいな、単にロリ好きなだけなんじゃないの」

「麗しき女性には最大のリスペクトを捧げるのが僕の流儀でね。年齢などという、ただの数字に拘泥はしないのさ」

 そんな詭弁を弄してくる。

「しかし、きみの歳を知ったときは本当に驚いたよ。どう見ても二十歳以下には見えなかったからね」

「なにそれ。老けてるって云いたいわけ?」

「まさか。実年齢以上に洗練されている、立派なレディだということさ」

「実際あたしたちって、お互いのこと全然知らないよね」

「互いの顔貌と名前だけ、頭に入っていればそれでいいのさ」

 デスノート気取りか、こら。

 そんな詭弁で煙に巻く気障なやつめ。

「そういやさ、楼蘭さんって幾つなの」

「当年とって齢28ほどだったかな」

「あたしとじゃ、干支が一周以上してんじゃん。そしたら百兄ィの3コ上ぐらいか」

「僕は妹とは5つ離れていたよ」

 ぽつりと漏らす。


「今じゃ……もう10も違うがね」


 その言葉を口にした表情――。

 それを眼にしたくなくて。


 あたしは楼蘭の肩に頬を押しつけ、ギュッとしがみついた。


          ■


 なにか物騒な展開だったり剣呑な事件なんかに巻き込まれることもなく、こういう感じで無為にロマンティックな時間を過ごすだけの消化回があったりしてもいいんじゃん?

 そんな極めて小市民的な日常や、いわゆる“フラグ立て”イヴェントなんかが、ちょっとだけ愉しかったのは本心から。

 この世界が、そして自分が棲息している領域が、意外にも平和なものだったなんて錯覚してしまいそうになる。


 だけど、解っていた。

 こんな安穏としたときが続くわけなんかないってことが。


 ろくでもない最悪の暗黒ってやつ。


 それはいつだって、ぎりぎり薄皮一枚の背中合わせだから。

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