【9‐2】――首筋に少し 美辞麗句の爪を立てた


 で……畢竟。


 カレー/ピザ/ハッシュドビーフ/チーズ豆乳/納豆といった一風変わったテイストの方向性も一旦検討されはしたものの、いつしか議論が過熱しすぎた挙句に〈闇鍋〉系になりそうな勢いと相なった。

 しかるに、そういう企画色の強いものは〈ジャイアン シチュー〉的なリーサルなリスクを潜在させ、だいたいロクな結果にならない。

 そもそも企画意図からして各自、材料を秘密裏に購入して持ち寄らねば意味がないし、それはまたいずれってことでオーソドックスに立ち返ったのだった。


 昆布+粗削りかつおの〈だし〉を取り、塩/日本酒/ほんのり醤油で味つけした和風スープ。

 そこに鶏肉/豚肉/白菜/長ねぎ/春菊/しらたき/焼き豆腐/ちくわ/椎茸/エリンギ/しめじ/えのき茸/マロニーちゃんなどの具材を適宜投入していくという極めてスタンダードなスタイル。

 これを各自が醤油/ポン酢/胡麻味噌/ウスターソース/ケチャップ/マヨネーズ/デスソースなど好みのタレで味わえばいいというわけ。


          ■


「楼蘭さんってェ、もしかしてV系バンドとかやってらっしゃるんですかァ~?」


 早くもビールから熱燗の日本酒へとシフトしたザラ子さんは、テーブルに片肘ついた手酌で猪口を傾けている。

「いえ、特に楽器類は嗜まないもので」

「そんなにイケメンなら絶対、ヴォーカルとか向いてますよォ~? 背も高くってェ、スタイルもいいしィ? きっとステージ映えするだろうなァ」

「歌唱の方もそんなに得意と云えたものでは……ふふっ」

 相変わらずバーボンを、お茶みたいに啜っている楼蘭だった。

「あたしィ、もうアガちゃったんですけど元バンギャでェ。よく全国ツアー全制覇の追っかけとかやってたなァ~。地元の〈ファック隊〉の連中とモメたりしてさァ。あー、ちなみに〈ファック隊〉ってのはァ、いわゆる〈グルーピー〉の最下位互換みたいなやつなんだけどォ」

 とにかく美青年とみれば、やけに食いつきがいいのだった。


「ちなみにィ、今お仕事はなにされてるんですかァ~?」


 そんな発問を端緒に、あたしらにも不分明だった楼蘭のバックグラウンドが語られたところによると。

 某Aランク大学を卒業した後は、一族経営による輸入雑貨会社を手伝っているらしい。しかし名目上は〈役員〉という肩書きだが、実務としては月に数回ばかり関連支社に顔をだす程度のことで、実質なにもしていないようなものなのだとか。

 なるほど失踪した妹の行方探しに専心している余裕があるわけだ。


 地元・高円寺純情通り商店街のマニアックなユーズドCD&レコードショップで、表向きのしがないバイトに明け暮れるフリーター風情の百目とは甚だしい懸隔があるのは否めなかった。


「ザクロちゃんってさ、なんか無駄におっきいよねェ。あー、おっぱいじゃなくて身長のことね。部活とかなにやってたのォ~?」


 ザラッ……! あたしに学校絡みのトピックを振るなっ……!


「♪会いたかったきみに会いたくなるからいつか会おう会いたくて会えなくて会いにきて会えないとき会いたいよ今すぐ会えなくて切なくなる会いたくて仕方ないよ会いたくて会いたくて震えるゥ~ッ!

 プギャーーーーーッ!

 っていうかァ、こいつゥ頭おかしくなァい? 会いたくて会えなくて、会えない時間にも愛しすぎて目を閉じれば、いつでもきみがいるよ……とか幻覚が見えとる! 終いに会いたくて会いたくてメッチャ震えよる! 禁断症状や! 発作か~! 爆笑じゃ~!」


 酔いが回るにつれ、ザラ子さんは次第にキャラや言動がデタラメ野郎になってきた。

 執拗にアルコール類を勧め「僕なりのペースで結構ですから」と抑制気味の楼蘭へも頻りに詰め寄る始末。


「大丈夫だってェ。もしも車で帰って5~6人轢き殺しちゃっても“癲癇の発作”ってことにしとけばァ、協会の圧力で無罪判決とかマジ余裕だからァ」


 はしゃぎすぎだろ。自重しろ、わりとマジで。

 とっとと酔い潰れてくれないと、どんな不謹慎な暴言が繰りだされるか知れたもんじゃない。


          ■


 そして懸念だった百目と楼蘭の確執の行方は……?


「ほーん。さすがはナルシシズムにまみれたヴィジュアル系に自信ニキってか……こっちも強いじゃねぇの」

「いえいえ、今どき〈ロカビリー〉などというレトロな不毛ジャンルに拘泥されているだけあって、ザクロくんの兄上もなかなか」


 ローテーブルを挟んで対峙した机面を埋め尽くさんばかりにバーボン&ウイスキーのボトルが散乱していた。

 しかも、ほとんど中身は空っぽなのが、そこはかとなく恐ろしい。


「んっ……?」

 相手のロックグラスが空いているのを目ざとく発見した百目が、アイスペールから申し訳程度の小粒キューブをトングで、ぽとりと投入。

 続いて――ダバダバダバダ~~~ッ!

 イタリアン映画音楽のスキャットみたいなオノマトペで景気よくボトルから注いだ。

 さながら「ここからコインを何枚投入できるか」でも競うのかというぐらい、もりもりの表面張力で満たされる。


「まぁまぁ、どうぞどうぞ。今日という出会いの日を記念して、どうぞ一献」

「ふふっ……どうも」

 好戦的に嗤う楼蘭だった。

 あふれんばかりのバーボン――しかし難なく飲み干した。

「では、兄上さまも……どうぞ、ご遠慮なく」

 返礼とばかりに百目のグラスへ琥珀の液体を注ぐ。

 ゆうらりと危うく揺れる表面。だが、しかし決してこぼしてはいないのだ。


「くぅっ……」

 なみなみのグラスを前に、やや躊躇する百目だった。

 が……。

「これはこれは……かたじけねぇな」

 強いて平然とした表情を繕う。

 ゴククッ……ソフトドリンク並みのペースで呷ると、どうにか空にした。

 俄然、クワッと素早くボトルを引っ掴み、楼蘭のグラスめがけて――ドポポポポッ。


「どうぞどうぞ」

「どうも……」クイィーッ。コポポポポッ。

「どうぞ……ご遠慮なく」

「かたじけねぇ」グビビッ。コポポポポッ。

「どうぞどうぞ」

「どうも……」クイイイィィーッ。ガポポポポポッ。

「どうぞ……ご遠慮なく」

「かたじけねぇ」グビビビビッ。ガポポポポポッ。

「どうぞどうぞ」

「どうも……どうぞ、ご遠慮なく」

「かたじけねぇ」


 そんな血を吐きながら続ける悲しいマラソンのような意地を張り合っているのだった。


          ■


「ちょっとォ、晶くゥん……? さわ子なんかァ飲みすぎちゃったっぽいんだけどォ、また部屋まで送ってってくんなァいかなァ~~~って?」


 やがて傍らの百目にしどけなく、しなだれかかるザラ子さんだった。

 はだけたジャンプスーツの胸元をソソソと指先で撫で回し始める。

 そうやって、いつものパターンで自室に誘って連れ込もうとするのは、この場合むしろ好都合。


 だけど楼蘭とのバーボンの応酬を一向に退こうとしない百目は、ダム建設で水没した廃村のお地蔵さんのように頑として動かない。

 あまつさえ爛々と輝く両の眼もガン決まりで据わって到底、酔い潰れそうもない。

「いやいや、ゲストさまを差し置いてホストが早々に退席するのは極めてまずいっしょ」

 どうやら、あたしと楼蘭さんがふたりきりになるのを懸念しているらしい。

 なにげにウザいんだけど、かといって痺れフグ毒盛るわけにもいかないし。


 だなんて打開策を模索してたら。

 不意に、あたしに妙案の電流走るっ……!


 とりあえず「なんか映画でも観ようか」って流れに持っていった。

 そこで『死霊の盆踊り――ORGY OF THE DEAD』……悪名高きエド・ウッド製作の1965年作品のブルーレイをチョイス。


 適宜再生しといたら、物語の舞台となる墓地に到達する前の開始後数分で、たちまちザラ子さん――ゴトンッ☆テーブルに額を打ちつけ失神退場。


「おっと……? まずは手堅く『焼死した恋人を悼み、炎に焼かれて死んだ女』きたな。そして『街角の娼婦めいた蠱惑的な女』続いて『なによりも黄金を愛した女』の金粉ショーかよ! で……? なんなんだよ『猫を愛するあまり自ら猫となった女』ってのは!」


 次々と現れる半裸の踊り子たちが披露する倦怠ダンスのヴァリエーション違いを得々と解説していた百目だったけど。

 やがて抗いがたい土石流に巻き込まれるように、睡りの泥濘へと没していったようだった。


          ■


「そろそろ、お暇するとしよう」


 もはや明け方も近い頃。

 腰を上げた楼蘭を玄関口まで見送った。

「なんか、ごめんね」

「うん……?」

「騒がしいうえにワケわかんないのにつき合わせちゃって」

「いやいや、こういう会合もある意味で興味深い。実に得がたい機会であるし、なかなかに満喫したよ。そして、なにより……」

 さり気なく、あたしの手を握る――指を絡め取る。

「とても素敵なレディとの邂逅を果たせたからね」

 自然なムーヴで持ちあげると、手の甲にライトなくちづけをしてくる。


「では……また」


「ふーん……手だけでいいんだ」


 どうしてだろう。

 そんな気恥ずかしいセリフが自然と口をついていた。


 数拍の沈黙の後……。

 ばささっと蝙蝠の羽根のように拡げられたケープに包まれる。

 抱き竦められた身体――しばらく首筋に唇の吸着を感じていた。


「咬むの」

「まさか。僕はノスフェラトゥではないよ」


 喉を這い上がってきた湿度が、のけ反らされた顎の隆起を越えて――。

 

 あたしのリップを捕獲した。


          ■


「あっれれれぇ~~~? おっかしぃ~ぞぉ~~~っ?」


 某『見た目は子供、頭脳は大人』の少年探偵めいた台詞を得意げに発するザラ子さんだった。

 翌日、昼すぎに起きだしてきた一同で囲んだ食卓にて。

 鍋ものの残りにたっぷりの刻みねぎを足しつつ白飯と溶き卵を投入し〈朝粥〉代わりに軽めの雑炊としていただいていたところ。


「ザックロちゃん……? それってェ、もしかしてってやつゥ? 『真実はいつもひとつ!』 フゥ~ウッ! フゥ~~~ウッ!」


 くっ……! こいつ、要らないとこだけ目ざといっ……!


 部屋着シルクシャツの襟刳りから覗く、あたしのを鋭く指摘してくるのだった。


「ほーん? そいつは少しばかり聞き捨てならんなぁ、いやしくも保護者的立ち場にある者としてはよぅ」

 茶碗から口に運ぶレンゲの動きを止める百目なのだった。

「まさかとは思うが、おれのあずかり知らぬうちに未成年へ対して不埒な振るまいを行った、不届きな輩がいるんじゃねぇだろうな……あ?」

「なっ、ンなわけないじゃん! あり得ないし、倫理的に考えて」


 否認とにかく否認せよ。


「あー……そっ、そうそう! たぶんダニだよイエダニ! ほら古い建物だしさ、結構そういう害虫関係が発生してるんじゃないかなーって。そうだ今度〈ダニアース〉買っとくね100均で」

「ほっほおおおぉぉぉん」

 だけど露骨に不信の百目。

「そいつぁ、随分でっけぇ巨大ダニの襲撃パニックだよなぁ。せいぜい噛まれねぇように気をつけねぇとな……たぶんだろうからよ」


 痛いっ、疑惑の目が痛いっ……!

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