【6‐2】――じゃけん、粛々と人体を解体しましょうねぇ~
「なんつーか……いろいろと大変だったみてぇだな。
こっちを見ずにステアリングを駆る百目が走り始めて小一時間ぐらいの沈黙を破った。
“あの”後――その言葉がトリガーになって、あたしの脳裏で事件のディテール/病院の白い部屋/施設での虐待/そういった数多の暗黒メモリーが急速リプレイされる。
ゆるゆると頭を振るって、あふれそうな陰惨イメージを散らした。
「そういうこと、今あんまり話したくないから」
「あっそ。だったら、いいわ」
キュラソ&ペロリンガ――今では両星人とも揃って仲良く後部トランクに詰め込まれ、悪路で揺られても文句ひとつこぼさない寡黙な同乗者と化している。
あいつらは倉庫街の貸しガレージに援交少女を連れ込んでは恫喝し、無理矢理に撮影するという不埒な行いの常習犯だったようだ。
それらを無修正の裏ものDVDとして〈実録! 関東援交シリーズ〉などと銘打って流通させるらしい。
「そもそも、百兄ィって今なにやってる人なの」
「そりゃあ、えぇーっと……あれよ、あれあれ。そうそう、お刺身の上にタンポポ乗っけるお仕事よ」
「そういうユーモアのセンスがウッザいとこだけ、ほんとに相変わらずだよね」
半ば呆れ――半ば嬉しい、みたいな。
「そうかい。サーセン」
「でもさ、ここはキチッと答えといてくんないかな」
「そっ、そこ重要かよ」
「あとあと感情的な“しこり”が残るのもヤだからさ」
たしかに百目との再会は奇遇にして僥倖だった。
だけれど、少なくとも状況としては唾棄すべき穢れた犯罪行為の片棒を担いでいたのには違いない。
そんな、あたしの真摯なアティチュードにさすがに観念したのか。
ぽつぽつと口を開くのだった。
「えぇーっと……云うなれば? なんだろな。ちょいと暗黒っぽい方面に特化した〈便利屋〉ってとこかな。おれら現場スタッフの上にマネージメントみたいなのがあって、そっからの指示で仕事を振られたら、さっきみたいにキャメラ廻したりとかな」
「他には、どんなの」
「えー……なんか裏社会ルートでの要人警護っぽいこととか? ボディガードつーか〈用心棒――バウンサー〉的な? そういう感じの、いささか世間的には気まずいことを、なんでも手広くやってるんだわ」
「ふーん」
はだけた百目の胸元――つつつーっと指を這わせる仕草から転じて、ホルスターのハンドガンを抜き取った。
窓外を通過していく街灯の光に翳してみる。
生まれて初めて目の当たりにする銀色の銃器は存外な重量感だった。
「だけどさ。こんなの振り回してちゃ、もう便利屋とかっていうレヴェルじゃないよね。百兄ィ、やくざになっちゃったの?」
「あのなぁ。この世知辛いご時世に広域指定暴力団員さまが、こんなもんスマホよろしく気軽に持ち歩けるかっての……ちょっ、指かけんなよ。それまだ
片手で取りあげて、また懐に収める。
「だいたいなぁ、おれのことよりも〈るかぞう〉の方が問題あるだろうがよ。まだまだ人生これからだってときに、あんなヨツアシケダマゴキブリどもと関わってたらマジでバズボのなんJ民みたいなガイジすぎて草も生えない人間になっちまうぜ」
「あたし、もう
「ん……? じゃあ、なんて」
「これからは“ザクロ”って呼んで」
「はぁあああん……?」
片掌を耳殻に添える聞き返しポーズ。
「なんか今……気のせいかな。とてつもなく厨二病全開の激痛ネーミングが聞こえたような気がしたんだが」
「いいじゃん別に。実際リアルで中二なんだし」
「えぇ……そしたらフルネームは【菱蕗ザクロ】になんのかい」
「それ苗字も変えたから」
「ファッ!?」
「血が死に吹いて“ちしぶき”……ってことで」
「えぇ……名乗ったり【血死吹ザクロ】ってか! ますます厨二病フリーウェイ爆進中って感じで、いい具合に病んだ自意識こじらせた雰囲気かもしだしてんよなぁ。そんなふうに人生のカーヴ切りっぱなしだと終いにゃ、まともに戻ってこれなくなっちまうぞ」
「そういう訓戒いいから。なんなの“まとも”って」
■
「なんか話違わない? ねぇ……百目ちゃん」
車輌の後部トランクを覗いていた男が顔を上げる。
「今回はメス一頭だって聞いてたけどね。そもそも搬入予定は明日の夜じゃなかったかしら」
思わず書き初めでもしたくなるくらい見事な揉みあげにカウボーイハット。
ウエスタンシャツにレザーヴェスト。
しかも、ご丁寧にもジーンズの上からレザーチャップスを穿いてウエスタンブーツ着用というカウボーイこのうえない装いの巨漢だった。
深夜をとうに過ぎた時刻のアポなし訪問に、ちょっとばかり気分を害しているらしい。
「そっちの件はひとまずキャンセルさせてもらって、こいつは新規の別口ってことで。ちょっと現場でいろいろ変更ありましてね。サーセン」
「それって
ハットの鍔下でエッジの利いた眼光が灯っていた。
「えー……これ厄丸さん関係なしに、おれのプライヴェートな問題なんで」
「あらあらあらあら。なかなか云うじゃないの百目ちゃん」
車内のあたしをチラリと一瞥。
ハットをちょいと引き下げて微笑む。
「たしかに短いつき合いじゃないしね。その辺は信用するとしても……ただねぇ、今夜うちのスタッフって誰もいないの。てっきり明日だと思ってたからさ、そういう手配しかしてないのよねぇ」
「場所さえ貸してもらえれば、おれ全部ジブンでやりますから」
「ふふーん」
柔和な笑み。
「そいつは、いい心がけね。最近の若いやつらは穢れ仕事を嫌がるうえに、
「どうもすんません……
兄貴分を出迎える舎弟さながらに深々と頭を垂れる百目だった。
■
《氏賀ミートセンター》――その名の通りの精肉工場。
多摩川沿いから甲州街道へ戻って、さらに西進する。
八王子辺りをすぎて空き地が目立つようになった頃、高いコンクリート塀で周囲から隔絶された施設についた。
それがここ。
ストレッチャーが二往復してキュラソとペロリンガの屍体が建物の中へと搬入される。
屋舎内――小学校の体育館ぐらいの空間が蛍光灯の照明で白々と晒されていた。
薄黒い染みでくすんだタイル張りのフロア。
天井に渡された何本ものレールからは、凶悪な傘の柄みたいなミートフックが無数に垂れ下がっている。
そして籠った血と脂の臭い。
鉄錆っぽいフレッシュな鮮血スメルだったらあたしも慣れっこだけど、この下水めいた年季の入った饐え臭さはほとんど物体的に迫ってくるようで、また格別の凄みがある。
「今日はオフ日でね。いつもは枝肉がいっぱいぶら下がってて、なかなか壮観なんだけど。あっ……枝肉っていっても、もちろん牛とかブタの肉よ」
地味に嫌なフォローですね、センター長。
「さぁて、サクサクっと軽くカタしちまうか」
作業着に着替えた百目が防水エプロンを着けながら登場してきた。
ご自慢のリーゼントも三角巾で覆われ、さらにマスクとゴムの長靴&手袋着用という、さながら屠殺業界誌の表紙に登場しそうなイケてるファッションだ。
■
衣類を剥がれた二体は中肉中背で似たような体格。
頭の後ろ側をごっぽり刳り貫かれ、もはや人間としてのパーソナリティをほとんど喪失した字義通りの〈肉物体〉にすぎなかった。
ついでに云えば死に顔までも、ひどいブサメンだし。
結束バンドで縛めた足首を、天井からのミートフックに引っかけて逆さまに吊り下げる。
小振りのチェーンソウみたいな電動ミートナイフを使って、まずは下向きにバンザーイしてる腕を両方とも肩口から切り落とした。
そして振動するブレイドを頸に当てて頭部を分離。
ごとんっと存外に大きな音を立ててタイルに転がった生首を、廃棄物用の大型ポリバケツに放り込む。
心停止からそれなりの時間が経過しているため、もはや勢いをなくした流血が首の断面から絶えず垂れ落ちていて、きっちり閉まらない蛇口みたいな一本の線になっていた。
やがて血溜まりは緩やかな傾斜のついたタイルを這って排水溝へと吸い込まれていく。
ここで取り回しの利くナイフに持ち替えて、股間から喉元までのラインを一気に掻き捌いた。
べろんと捲れた腹の脂肪を押し開いて、ゴンヌズバー!
もりもりの内臓が雪崩れ落ちてくる。
本体と結合している管の上下部分――すなわち食道と直腸を切断して、これもぼしゃぼしゃバケツ行き。
こうやって血抜きをしている間に、いびつな長すぎる大根みたいな腕の処分にかかる。
再び電動ミートナイフを用いて、肘と手首のジョイント部分でそれぞれ分断。
あらかた血抜きされた胴体をステンレスの台上に降ろして、今度は脚を足首・膝・大腿の付け根の関節で切り分ける。
手首と足首の先――ポリバケツにナイスシュート。
胴部は上下半身で大きく二つにする。
上体の方には脊椎と胸郭がついていて、かなり嵩張っていた。
■
はい。これで台上には大小計10個の肉体パーツが並びましたね。
では、ここからが本番です。
中華包丁をさらに極悪にしたような、危機感あふれるブッチャーナイフを上手に使って、骨から筋肉を削ぎ切りにしていきましょう。
ご家庭の食卓に届くわけではないので、ざっとで結構ですよ。
じゃあ、これらのお肉はどうなるかというと?
独自の闇ルート経由で卸されて、動物園のトラさんやライオンさんやワニさんたちの、ごちそうになるんですね。
そして筋肉を削いだ骨の〈ガラ〉と内臓の〈モツ〉は、頭や手足と一緒に別の業者さんが引き取ってくれて、いわゆる〈肉骨粉〉として加工されます。
こちらは家畜の飼料や農作物の肥料、ペットフードの原料などになりますよ。
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