【4】……〈Long Distance Call〉

【4‐1】――カルトホラー映画『悪魔の排便』のちにカレーご飯


 【4】


「いいか、いっぺんしか訊かねぇぞ。知ってること正直に答えとけよ」


 雑草原に転がっている蛋白質メインの冷たい物体。

 その傍らに屈み込んで、しかつめらしく語りかけている百目だった。


「なんなんだ“ジャノメ”ってのは。もしもテキトー述べてたら、おまえリアルに脳味噌エグリだすからな……って、すでにもうプリタツでてるじゃねぇかーい! かーい……! かーい……!(エコー)」

「いやいや」

 なにやってんの、この人は。

「ノリツッコミとか、そういうの今いいから。本当に心の底から必要ないから」

「なんっつーか当初の拉致る計画がなくなっちまったんで、露骨に肩すかし食らった残念気分でな。無理矢理にでもテンションあげてみるわけよ」

「それってさ、逆になおさら虚しくなんない?」

「ったく……久しぶりに百目さまの拷問スキルの手腕を一寸刻み五分試しで、じっくり振るってみたかったってのによう」

 口惜しそうに、わらわらと五指を蠢かせてみせる。

「しっかし、こりゃ切腹ならぬ云わば“切頭”ってかい。こんな無茶な自死なんざ、そうそう真似できねぇぞ」

「しかも介錯までNOサンキューって、よっぽどだし」

「そこまでってわけか。どんだけなんだよ……その“ジャノメ”ってのは」


 立ち上がった百目は腰に手を当ててウーンと背中を反らせ、そこからストレッチに移行する。

 上体スウィング――両膝の屈伸。

 オレンジの夕陽をバックに律動する細身のシルエットが無意味に映画的な構図で映えていた。


 プラチナブロンドのネオロカビリー風ダックテイルのリーゼントにキャッツアイサングラスという、今どきレッドデータブックにでも記載するべき希少種スタイル。

 ツナギの黒いジャンプスーツもなかなか風情がある。

 だけど文化リテラシーの齟齬によっては単にレトロなヤンキーがガソリンスタンドでバイトしているようにしか見えないかもしれない。


 さっきまで《ファナティック・ケイオス――フナC》だったものは二手に分かれた頭部が、なにか邪悪なフルーツの果肉みたいに果汁たっぷりでメローッと捲れていた。

 結局こいつの口から直接“ジャノメ”に関する情報を訊きだすことはできなかったけど。


「あ!」

 不意に天啓――良きアイディアが降臨。

「もしかして、こいつの脳味噌食べたら生前の記憶や知識を得られるんじゃん?」

「『Ωオメガの聖餐』かよ。網膜に死んだ瞬間の光景が焼きつけられるってのと同じ、アナクロな俗説だろ」

「はい百兄ィ、あーんしてみ? あーんって」

「しかも食うのおれかーい!」


 それはそれとして屍体の処分。

 いつもなら然るべき施設に持ち込んで解体までセルフで行うところだけど、今回は総計4体って。

 しかも他人さまが殺ったお荷物の面倒までは見切れない。

 だったら、いっそ全部ほったらかしでいいや……ねっ?


 ただし、この凄惨な事件現場が世間の目に触れる前に、あたしたちには素早くやっておくべきことがある。


          ■


「しっかし、ザクロと同じニートなんつっても、こいつ随分いい暮らししてやがんのな。まさに現代の貴族、上級国民さまってか」


 《フナC》の部屋は独り暮らしには贅沢すぎる3LDKで、しかもリヴィングも軽く15畳以上はある。

 あたしらの慎ましい2DKコーポとは懸隔はなはだしい。


 さて、ハイテクなタワーマンションのセキュリティやオートロックの鉄壁をいかに突破するか……? といったクライムサスペンス的なガジェットにわざわざ労力を費やすまでもなく、すでに易々と建物内に侵入しているあたしたちだった。

 やつは、あろうことか免許証や自宅キーといったIDアイテムを携行していたから。

 だいたい、これから人殺そうってときに自分の身分を証明するものを身につけてくる神経もどうかと思うけど。でも端から腹づもりだったのなら納得がいく。


 ともあれ家宅捜査みたく、せっせと段ボールで物証の数々を押収するわけにもいかないし。

 あたしは生活のメインと思しき部屋にあるPC関連のデータを、百目はリヴィングを中心に手分けしてチェックすることに。


          ■


 スティールラックに自作らしい武骨なタワー型マシンや外づけHDDがごっそり詰め込まれているけど、液晶モニターは1台のみだった。

 スリープ状態のPC――パスワード入力も必要なし。

 まずはそれらしいフォルダを次々と開いてみたものの、せいぜいが児童ポルノ処罰法に抵触する気まずい盗撮ロリ動画や、18禁ゲームの二次元エロCGといったところ。

 これじゃ単なるロリペドなキモオタの保有ファイルにすぎない。

 だったら、ウェブブラウザを起動してサイトの閲覧履歴を拝見。

 しかるに、これまた〈ロリ〉〈無修正〉を謳うエロ系の画像や動画サイトばかり。

 どんだけ末広がりにゲスな性的嗜好が徹底してんだよ。


 と……おやおや?


 どうやら、頻繁にアクセスしている会員制ソーシャルネットワークサイトがあるみたい。

 ログインにはIDとパスワードが必要だけど『次回から自動でログイン』項目のボックスにチェックが入っていたようで、アクセス履歴からすんなりホームに飛べた。


 サイト名は《xxxx》――ダブルエクスクロス。


 ざざざっと覗いてみると極めてクローズドなアングラSNSで、さながら《バズボックス》の〈オカルト板〉や〈アウトロー板〉的な嗜好に特化した闇サイト――裏社会版 《mixi》みたいなものだろうか。

 オカルト系から犯罪共犯者の募集まで雑多なスレッドが乱立し、不謹慎かつ血腥い話題で盛り上がっているようだ。

 じっくり閲覧したいけど今は時間がない。

 会員登録は紹介制らしいので〈お友だちを招待しましょう〉というフォームから、フリーメールの捨てアドに適宜送信しておく。


 これはなかなか上首尾なんじゃん?


          ■


 期せずして順調な展開に、もうガデムモーター超フル回転! ぐらいの極上テンションでリヴィングに駆け込んだ。


「ねぇねぇ百兄ィ百兄ィ! これってもしかしたら、もしかするかもって――くぉるぁー!」


 思わずそのままの勢いで旋風ジャンプキック――百目の後頭部にクリーンヒット。

 悠長にソファで踏ん反り返って、勝手に持ちだしたらしい缶ビール片手に100インチのプロジェクターで映画観賞とシャレ込んでいた大ボケ兄貴は、前のめりでフロアに突っ込む羽目に。


「痛ってぇーなぁ……突然なに無茶してくれてんだよ。トレーニングジムじゃねぇんだぞ。状況を考えろよな」

 フローリングでしたたかに打ちつけた額を撫でさすりながらトホホと起きあがる。

「それはこっちのセリフだっての! なに普通に映画とか観てくつろいでんの!」

「いやぁ……犯行を収めた映像ディスクでもないかと探してたら幻のスプラッター映画『悪魔の排便』の輸入盤ブルーレイがあってよ。HDリマスター画質と7・1chのDTS‐HDマスターオーディオのサウンドクオリティを、ちょっぴり確認するつもりで観てるうちに、ついつい熱中しちまってな」

「《HiVi》のライター気取りかよ。そういうAVオタっぽいディテールいらないから」

「『電力会社の違いでも音質に差がでる』つって発電所から専用線で自宅まで電力を引き込んだりとかな。もはやオカルトだわ」

「ほーん。で? なんか収穫あんの」

 いつまでもオーディオネタを引っ張るのにイラッときて急かす。

「ちょっと尋常でないナイフのコレクションがあったぐらいだな。ざっと百何十本ってところか。試薬チェックしてみたら、そのうち何本かからはルミノール反応がでたけどよ、ネコとかフェレットのかもしれねぇし。今の手持ちの検査キットじゃ、人間さまの血かどうかまでは現状わかんねぇな」


 本来サイコキラーといった連中の歪んだメンタリティは、自分の犯罪行為の証しとなる戦利品を欲している。

 だけど犠牲者の姿を収めた動画や写真にせよ、肉体や衣服の一部にせよ、すなわちイコール物証となり得るわけで、そんな危険物は決して身近に置いておくべきでないのは明白。

 いわゆる〈サイコキラーのジレンマ〉というやつだ。

 そういえば……あいつは「初めての人殺し」云々とほざいてなかっただろうか。

 だったら、事件後にそういうのが見当たらないのも納得できるんだけど。


          ■


 というわけで家宅捜査は終了。

 その足で一旦 《東京デスニートランド》に引き返す。

 《フナC》の屍体も他の連中と同様に《マーダーライドjp》施設内に持ち込んで、もちろんマンションのキーや財布といった私物一式も着衣のポケットに返却しておいた。

 そして、その場でやつのスマホからバズボのオカ板スレにオフ会レポの書き込み。



『彡(゜)(゜) 今日の《東京デスニートランド》肝試しオフたのしかったンゴねぇ……


 ぼっちでヒキニートのワイやったけど、おかげでロトは当たるわセフレはできるわウッキウキのリア充ライフ満喫こんなん草生えますよ。

 アトラクションの《マーダーライドjp》マジおすすめやぞwwwww


 彡(^)(^) じゃけん夜いきましょうねぇ~』



 だとか適当に煽っといたら、まんまと触発されて盛りあがった第二陣が数日後に赴いたみたいで、それなりに腐敗が進行した4人分の惨殺屍体に遭遇して甚大パニック。

 でもグロ画像だの呪いのヴィデオだのチェチェン首切り動画だのウクライナ21だのと「怖いもの見たさ」が信条のオカ板住人としては本望だったはずだし、問題ないよね。


          ■


「うぃー」


 ドアノックに応えると、開いた隙間から百目が顔を覗かせたのが視界の隅に窺えた。

「あのよ、飯ィ作るけど」

「んー」

 だけどiPadの液晶パネルを夢中でスワイプしてる、あたしはうわの空ふっふー。

「一応カレーうどんだけどな……そばにして南蛮にもできるぜ」

「どっちでもいいー」

「カレーラーメンってのもありだよな」

「それでいいー」

「むしろ意表をついて、まさかの白米にかけたりしてな。名づけてカレーご飯……斬新だろ」

「それでもいいー」

「バゲットに乗っけてトースターで焼いてもいいかもな。パルミジャーノ・レッジャーノとイタリアンパセリ散らして、ちょい焦がし目でよ」

「なんでもいいー」

「茹で立てのパスタに和えても、わりかしいけるよな。福神漬けがいいアクセントなんだわ」

「どうでもいいー」

「湯煎した木綿豆腐にかけるってのも意外にヘルシーだしな」

「んー。ぶっちゃけ今あんまし、お腹へってないんだー」

「そんなに根をつめちゃ、身体に毒ですわよ……ザクロちゃん」

 まるで受験生に夜食を差し入れる母親みたいな気遣わしい声音を作ってくる。


 クワッ。


 パッドに滑らす指先を停止――あたしの癪に障った。

「なに今のテンプレート的セリフ。ちょっと許しがたいんですけど」

「へっ、ようやく乗ってきたじゃねぇの。つれねぇ生返事ばっかりじゃ、おれがカラカラ空回りの廻し車ハムスター速報だろ。で……なんか調査の成果あったのか」

「うぃー。ふっふー♪」

 ようやく釘づけの画面から目を離したあたしは、う~~~んと大きく伸び。あんよも、みょみょ~んって伸び伸びー。


 ショボい2DKのうち、六畳和室の半分以上を占有して聳える段ボール箱の山峡が、あたしの生活スペース。

 敷いた座布団に胡座を掻いて座卓で嗜むスタイルなのだ。


          ■


 例の闇サイト《xxxx――ダブルエクスクロス》に登録してネットワーク内を探索してみた。

 人間心理のマイナス部分が露呈しやすい巨大匿名掲示板よりも、暗黙のうちに歪んだ選民意識が通底する会員制アングラSNSの方がもっとオープンに不道徳な事象について語られていて、機密保持性の高さもあってか、むしろ暗黒の深度はこちらの方がずっとディープなようだ。

 で、その《xxxx》有志メンバーが集うオフラインでのイヴェントが近々催されると知ったわけ。


「もちろん、そいつに参加する方向ってか」

「とりあえずフィールドワークの端緒としちゃ、うってつけだよね」

「たしかにな。この前みたいな回りくどいやり方よりは断然コスパいいぜ」


 あれ誰だったっけ……ああっと《二子玉川ニコタマストラングラー》だっけか。

 こいつはウェブの自殺サイトを物色し「一緒に死ぬ仲間」という名目で犠牲者を誘いだしては、決して自殺はさせずに自らの手で窒息させ死に至らしめるという小癪な犯行を繰り返していた殺人鬼だ。

 獲物は男女お構いなし、口元を塞いで悶え苦しむ姿にエキサイトしまくっていた白ソックスフェチ野郎。


 そこで「こいつを逆に炙りだしてやろうぜ」ってことで、あたしも自殺志願者を装っては、文字通り今にも死にそうな辛気臭いツラが雁首並べる練炭パーティなんかにマメに顔をだしてはいたものの(ターゲットが確認できなきゃ、もちろん土壇場でそそくさ脱出)あまりにも効率が悪くて結局 《二子玉川ストラングラー》は先にピーポくんたちに検挙されてしまったという体たらくだった。


 願わくば、今回の潜入捜査はそんな無駄骨折りにはならないように。


 見つめる液晶パネル――一面ブラックにFlashで揺れ動く真紅の血文字が躍っていた。



             《xxxx》presents


            《アンレイテッド ナイト》

            ―― COMING SOON ! ! ! ――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る