【1‐2】――彡(゚)(゚)「ヒェッ……(現実の猟奇殺人事件は恐ろしいンゴ)」


 ご存知「バールのようなもの」を用い、さながら不法在留の外国人窃盗団ばりの力技でスティールドアのロックを破壊。

 すみやかに侵入すると各自が持参してきたフラッシュライトを点灯する。

 久方ぶりの外気の流入で、屋内に堆積した粉塵が逆巻いて濛々と立ち込めていた。


「こほこほっ……衛生的な観点からは承服しがたい場所ですの」

 鼻ごと口許をハンカチで塞いだ零使が、くぐもった苦言を呈する。


 本来は電動ゴンドラに客を乗せていたのだろうけど、もちろん送電されてない今はレールに沿ってそぞろ歩くという形で、往年の猟奇ツアーを追体験する他ない。

 書き割りと小道具の舞台に陳列されている埃まみれの蝋人形たちが繰り広げる惨劇シーンの数々。

 かつての毒々しい原色によるライトアップ演出を喪失し、不粋なLED電球の光輪に晒されたそれらの展示物はひどく陳腐に堕して見える。


 いや……あるいは逆にそれゆえにこそ、独特のグルーミィなムードを醸しだしているみたいだった。


          ■


 まずは〈津山30人殺し〉――鬱積した岡山百姓DNAの悪性ビッグバン! 我が日本が誇るカリスマ大量殺人鬼、その名も都井 睦雄ッ!


 詰襟の学生服にゲートルと地下足袋を着用。小型懐中電灯を鉢巻きで頭の両サイドに一本ずつ結わえつけ、首からは自転車用ナショナルランプを提げているという『ガイアがムツオにもっと輝けと囁いている』イケすぎコーデで極限ドレスアップ。


「おっ、秀才のワイをコケにしくさった夜這い上等の田舎猿どもやんけ! 村中全員殺したろ! リョウジュウズドーン」

「これが、かの有名な『頼むけん、こらえてつかぁさい』っすね」

「恨みのある家だと小さな子供まで皆殺しにしたけど、別の家じゃ命乞いする老人を『おまえはわしの悪口を云わんじゃったから、こらえてやるけんの』って見逃してくれたらしいんですよ」

「でしたら行って来いでチャラですの。睦雄さまの寛容さに感服至極ですわ」


 いやいや、そこまでプラマイゼロじゃないし。


          ■


 続いては〈深川 通り魔殺人事件〉……白昼の商店街を颯爽と駆け抜けた旋風児、シャブ中すし職人のイカレ電波テープ――川俣 軍司ッ!


 白いブリーフとハイソックスのいなせな姿で連行される、かの有名なシーンが再現されていた。


「おっ、ベビーバギーの子連れ主婦やんけ! 柳刃包丁でブッ刺したろ! ホウチョウグサー」

「『おれはサムライだから、殺された町人も本望だろう』……って、なかなか正気じゃ云えないっすよね」

「ジグジグ的には宅間 守の『幼稚園なら、もっと殺せた』に並ぶ畜生発言ですわー」

「この逮捕映像の影響で、下着の製造メーカーが売り上げをグングン飛躍的に伸ばしたそうですの。『グンジも穿いてるグンゼのブリーフ』だとか……さながら当時のファッションリーダーとして神格化されていたのではないかと思しいですの」


 そんなわけないだろ常識考えろ。


          ■


 そして……タイルの目張りが黒ずんだ風呂場らしき場所にて。


 禿髪の中年男が弛んだ肉体を晒した全裸でうずくまっている。

 その手にした肉切り包丁で、被害者の肉体をサイコロ状になるまで徹底的に解体して河川に流し、残された骨部分はエンジルオイルをぶっかけドラム缶で焼却して、殺人の証拠となる遺体の完全な隠滅を図った〈埼玉 愛犬家連続殺人事件〉。


 誰あろう、ペットショップ《アフリカ ケンネル》経営者にして自称〈殺しのオリンピック〉の金メダリスト――関根 元ッ!


 毒殺した犠牲者の屍体を、共犯者の住居である貨車を改造した通称〈ポッポハウス〉へと持ち込んでバラバラにする際に、汚水は隣接した川へと直接排水されるので、夥しい鮮血の色を紛らわすために大量の入浴剤〈バスクリン〉とともに流したという。

 また被害者が女性の場合には、この作業過程で“屍姦”を行っており、現にここでも当該シーンがピックアップされている。

 ただし50代も半ばだったはずの被害者が、白蝋の肌も艶やかにスレンダーな肢体へと改変されているのはご愛嬌といったところか。


「おっ、ええ金づるやんけ! 栄養ドリンク飲ましたろ! ストリキニーネゴクー」

「気に入らないやつは全部透明にしちまえばいいんだ……ってのも、たいがいキテるっすよね」

「たしかに〈殺しのオリンピック〉なんて競技会があれば『勝つことよりも参加することに意義がある』だなんて悠長なことは述べていられないでしょうな」

「なんでも従業員として雇った家出娘たちを借り上げ住宅に住まわせ、全員を愛人代わりにしていらしたとか。まさに『夜のアフリカケンネル』ですの」


 完全犯罪を象徴する箴言しんげん――『ボディは透明だぞ』のインパクトは絶大で、事件発覚当時1995年の〈流行語大賞〉にノミネートされたとか、されなかったとか。


          ■


 さて……っと、もう切りがないし。


 とっとと端折っていくと〈池袋東急ハンズ前 通り魔殺人事件〉造田 博は金槌と洋庖丁を手にし、鬼気あふれる表情で怒号するシーンが再現されていた。


「こいつがさ、犯行の数日前にレポート用紙に書きつけた檄文みたいのあったじゃないっすか」

「知っとる知っとるで。『わし以外のボケナスのアホ殺したるけえのお。アホ、今すぐ永遠じごくじゃけえのお』やろ」

「なんだか凶気に迫る風情があって、いい詩ですわね。さながらダークサイドに滑落した〈相田みつを〉ですの」

「そういや、ちょい前にあったプチ睦雄的な事件の『つけびして 煙り喜ぶ 田舎者』 かつを……って、あれもなかなかでしたなぁ」



 中学校正門を模した鉄格子の前に、ででんと獄門よろしく被害児童の生首が晒されている。

 口端から切り裂かれてベロリめくれあがった頬肉、その口中に差し込まれた犯行声明文の紙片までも再現されている辺りが、なんとも嫌なディテールだ。

 犯行当時にまだ14歳だった犯人・少年Aの〈人権〉とやらを考慮してか、さすがに東のシンちゃん本人の蝋人形は設置されていなかったけど。

 例の独特な金釘書体の赤文字による〈犯行声明文〉のレプリカが併せて展示されている。


 云わずと知れた直観像素質者のサイコパス中学生 《酒鬼薔薇 聖斗》による〈神戸 連続児童殺傷事件〉だった。


「このクソガキ、ワレのしでかしたことホンマに理解しとるんかいな。本人のサイトにあった尻だしヌードで巨大ナメクジに跨がっとるアート(笑)の『僕の前に道はない 僕の後ろに道は出来る』いうて、ナメクジの這った軌跡がヌラヌラしとったのは、さすがのワイも草不可避やったで」


 おふざけ一辺倒だった矢奇宇が翳った表情で珍しく苦言を述べる。

「クソガキいうても、もうええオッサンの中年Aやけどな。なにやら最近は芸能週刊誌に追い込みかけられとって、絡んでくる記者にママチャリぶん投げて恫喝するぐらいブチギレしとるらしいけんど……云うて因果応報やろ。センテンススプリングさんはホンマ煽りの天才やで」


「おっと……? さあ、ゲームの始まりですキター」

「はいはい透明な存在のボクきたー」

「チェケラゥ、メ~ン♪ 汚い野菜どもには死の制裁を~~~ッ☆say!」

「uh イエー♪ 積年の大怨にゃ流血の裁きウォウ☆wow!」


 だなんて意気投合のギャ男&ジグジグが、軽く揺れながら即席ラップのコラボで盛り上がる悪ノリ。


「So SHOOLL KILL 学校殺死の酒鬼薔薇レペゼン須磨ニュータウン」

「タンク山&アンテナ基地 YO 登ろうぜチョコレイト階段」

「バモイドオキ神にマジ感謝 from エグリちゃんtoガルボスまで」

「胎児よ胎児よ なぜ躍る WHY?」

「ぶっちゃけジブン将来ダンサーとか目指してるっすから――ZEKKA!」


 おまえら自重しろマジで……って、いつもなら諌めてるところだけど。


 この殺人ガイジに関しちゃ、もっと容赦なくガンガン煽ってやっていいから。

 か弱い子供たちを己の欲望のため無慈悲に傷つけ、あまつさえ命をも奪ったド腐れ畜生がどのツラさげてか、自分の犯罪行為を得意げにしたためた著作が25万部も売れちゃう、こんな世の中じゃPOISONってかガチで草も生えないですよ。

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