【3‐2】――彡(>)(<) サイコキラーだって〈承認欲求モンスター〉みんな自己顕示欲、強すぎィッ!


 IT革命以降、先進国民は総じて自己顕示欲旺盛かつ自意識過剰の〈承認欲求モンスター化〉しているのが現状だ。


 ウェブツールの恩恵で、本来チラシの裏にでも書き殴るべきパーソナルな身辺雑記が〈ブログ〉と称して全世界に発信され、挙句にクッッッソくだらない無意味な戯言を垂れ流してリプライで馴れあう〈ツイッター〉に意識高い系のリア充ご用達〈フェイスブック〉だとか、もはや無益な情報の害毒をテロリズムよろしく散布し放題の発信アナーキー状態になってしまっている。


 そんな風潮はとうとう犯罪にまで及び、昨今の犯罪者はもはや〈劇場型〉とかいうレヴェルじゃない。今や殺人鬼もハンドルネームみたく名乗って自己アピールするのが大流行。記号化された象徴とともにそいつの存在、そして脅威が世間に浸透していくってわけ。


 最近めきめき頭角を現してきてる注目株は、ざっとこんな連中。


 《JIM・フィータス》……臨月の妊産婦のみをつけ狙い、切開した胎内から勝手に胎児を摘出してしまう妊婦専門スラッシャー。しかも、その取りだした胎児を壁のコルクボードに吊るして飾ったり、旦那の高価なフィギュアコレクションと並べてディスプレイしておいたりと、わざわざ目立つように現場に残していく容赦のなさなのだ。


 《リッパー・ザ・ホラー》……偏執的な切り裂き魔。遺体に刻印された創傷は「切り裂く」というよりもほとんど解体作業に近く、人体としての関節部分は云うに及ばず、皮膚/筋肉/骨格らも部位別に削ぎ落とされていることも多い。

 また頭皮から引き抜いた毛髪を縒って禍々しい〈藁人形〉風に仕立ててみたり、タイル状に切り分けた肉片を絶妙なバランスで〈ジェンガ〉風に積んでみたりといった被害者自身の肉体による〈オブジェ〉を作製するという暗黒の稚気をも披露している。


 《放課後のジョーカー》……女子中高生を中心に狙うストーカー系サイコキラー。

『こんにちは 初めまして。

 ぼくはこの学校に古くから住んでいる幽霊です。ずっときみを見ていました。きみはすごく可愛いね……これからもずっと見ています。

                        放課後のジョーカーより』

 まず斯様な空恐ろしい文面の書状をトランプのジョーカーとともに送りつけターゲットとして認定。そして学校や自宅を問わずに、まさしく亡霊の仕業かのごとく次々と届けられる怪文書で、被害者の不安と恐怖がピークに達した頃合いを見計らって凶行に至る。

 もちろん屍体にはジョーカーのトランプカードが残されるのだ。


 《ロリヰタ禁猟区》……幼女から少女専門のロリコンというかペドフィリアのレイプ殺人鬼で、いずれの件でも体液ひとしずく残さない周到さ。さらには獲物の選別にも相当執着しているようで犠牲者らはいずれ劣らぬ愛くるしい少女ばかり。

 だが、しかるべきものを受け入れるには当然まだ成熟していない陰部や肛門には、刃物などで無理矢理に切り開けた無惨な裂傷が認められるのが常だという。


 《悪魔のコックさん》……被害者の肉体を素材に調理するショッキングなクッキングキラーで、犯行現場に残されるメッセージカードには『アナタヲオイチクイタダキタヒノデアル』との文言が。

 本来は食用家畜らを用いる料理において、それらを人体の当該部位に置換して再現した恐怖のメニューの数々は、ネット上で〈暗黒レシピ大全〉として編纂されるほどの人気を博している。


 こうした日本国内で現在活動中のマジキチなサイコキラーたちに、あたしは大学ランキングよろしく最高難易度の「S」から以下「A+」「A」「A-」「B+」……という順序で底辺レヴェルの「E」まで独自にランクづけしていた。


          ■


『殺人鬼たる者、マスクのひとつも被る嗜みを持つべし』

 たしかにそんな箴言に則ってはいる。


 だけど《ファナティック・ケイオス――フナC》とは、ついぞ聞いたこともないサイコキラーネームだった。要するに新参のランクフリーつまりFラン殺人鬼ですね、わかります。


「なっし、なっしー……なっし、なっしー」


 奇妙な節廻しで口ずさみながら、体格に似合わず存外に軽妙なステップであたしの周囲を旋回し始める。なにかタチの悪いアングラ演劇じみたシュールな光景だった。


「なっし、なっしー……怖いなしか? 恐ろしいなしか? ふなふな?」

「別に」

「もはや決して逃れられることのできない“死”という絶体絶命の恐怖……それを目の当たりにしたザクロたんも、今や狂信の混沌に捕らわれているなっしか……? ふななな?」

「特にないです」


 そんな塩対応に、ようやく《矢奇宇》改め《フナC》は無益な小躍りをやめた。


「なに云ってるなし。そろそろ強がりはやめるなっしよ~」

「いやいや……あんたの言動テンションがウザいだけだから。あと純粋に見た目キモい」

「どういうつもりなっし」


 満面笑顔の固定フェイス。その下で怒気を孕んでいくのが解りすぎるほどに解る。

 ここで、あたしはトートバッグから特殊ドライヴァーを取りだした。

 グリップは握ったときの指の形にフィットする特殊警棒っぽい形状だけど「スクリューの着脱」という本来の目的に使うものじゃないから回転の利便性を重視する必要はない。


 そして、満を持しての自己紹介タイム到来だった。


「あたしは《血死吹ちしぶきザクロ》。フリーのニートだけど、あんたみたいな殺人ガイジいわゆる〈サイコキラー〉を粛清してやるのが宿命のライフワークなんだよね」


 逆手のドライヴァー――腕を交差させポージングを決める。

 睨めつける双眸の眼光キラッ。


「つまり〈PKK――サイコキラーキラー〉ってわけ」


          ■


「はふーん……『あたちは《ちしぶき ざくろ》ォ~。つまりィ〈サイコキラーキラー〉ってわっけェ~(キリッ)』……ってかぁ? おまえバカなっし!」


 バンバンババンバン! 小莫迦にした口真似の直後「我が腹よじれけり」と云わんばかりに、ククリを握った腕を床に叩きつける《フナC》だった。

「なんなし、その厨二病全開のラノベっぽいオモシロ邪鬼眼キャラは。イタすぎる妄想も大概にしとかないと後年、思いだすたびにクッションに顔うずめて手足バタバターって、のた打ち回る羽目になるなっしよ~」

「あたしの果敢な粛清活動を勝手に黒歴史扱いにするの、やめてもらっていいですかね」

「とにかく、フナCのククリでクリンなクリをクリックリしてあげるなっし。そうすればザクロたんも、たちまち狂信の混沌へと堕ちるなっしー」


 殺る気満々――ブレイドを掲げて躙り寄ってくる。

「ちょい待ち」

 マグライトを持った腕を挙げて「STOP!」の意思表示。


 かなりレヴェルが違うとはいえ、他者を不快にさせるこいつの脳味噌のトロケ具合には、どこかしら同じ“人殺し”の“あいつ”と一脈相通じるものがある。いや、そもそも頭のトロケてない殺人鬼なんていないのかもしれないけど。


 ともあれ、恒例の質問をしておくことにした。


「あんたがさ……まがりなりにも一端の〈サイコキラー〉を自認する暗黒な人間だっていうのなら、ひとつ訊きたいことがあるんだけど」

「はふーん? この際なんでも答えてあげるなっしよ。ペペロンチーノの上手な乳化のさせ方とか得意なっしー」


 どうせ殺すんだし構わない。そういう不遜な自信のほどが窺える態度だった。


「あのさ」

「なんなし」

「“ジャノメ”……って、なんなの」

「ヒャッハアアアァァァーーーッ!?」


 途端にギョギョギョッ! 過剰リアクションのハイジャンプで仰天する《フナC》だった。

 飛びすぎだろ。


「ね、教えてよ。なんなの“ジャノメ”って」

「しっしししししし知りませんなっし」

「なんでも答えてくれるっていってたじゃん」

「ぞぞぞ存じませんなっし……きっききき記憶にございませんなっし、ふななななー」


 ガクガクブルブル……全身が痙攣して小刻みに震えている。もはや着ぐるみに冷汗をかいているという、あり得ないコミック的表現を幻視できそうなほどの狼狽ぶり。

 そのうえ両手で顔の両端を押さえる〈聞か猿〉ポーズを決め込み、身体ごとグリグリと回り始めた。


「アーアーアー聞こえないなし聞こえないなっし。もはやフナCの聴覚は永久に失われてしまったんだなっしーアーアーアー相変わらずの『アレ』のカタマリがのさばる反吐の底の吹き溜まりだなっしー」


「もし喋ってくれたらさぁ」

 クイッと顎を反らせ、膝を屈めたセクシーポーズで流し目の熱視線LOVEズッキュン!

「あたしの身体のどこでも好きなところに30秒間だけ指入れててもいいよ」


 途端に――ビシィッ! 無限運動が停止。


「……それマジなっし?」

「やっぱ聞こえてんじゃん。サムラゴーチかな」

「ずっ、ずるいなっし!」

 もはやパニック。

「そんな暗黒なものになんか関係あるわけないなし! あるはずがないなっし! 絶対の絶体のゼッタイに神かけて違うなっし!」

「ふーん“ジャノメ”って暗黒なものなんだー……メモメモっと。それ、もっと詳しく聞きたいなぁ」

「ヒャッハアァーッ!? しまったなっし……知らないなし! 知らないったら知らないなし知らないんだなっし!」


 俄然! ククリを片手で振りかぶってズドドドド突進してくる。

 あらら、逆ギレかよー。


「頭ブチ割れて中身ブチまければいいなっし!」


 だけど真正面からの拝み打ち――なんの工夫もない。斬撃の軌跡を見切るのは、雨上がりの軒から垂れる大粒の雨しずくを避けるよりも容易だった。

 垂直降下するブレイドをマグライトのジュラルミンボディで受け流しつつ、くるりと反転。振り向きざまに腕を振るう。

 ドライヴァーのロッド――ズブシッ! やつの手の甲辺りを貫通した。


「いひぃいいい痛痛痛いなっし……!」


 ソックスに突っ込んだような手許が開いて、たまらずククリを落とす。

 はいはい、あたしのターンね。

 床で跳ねた刃物を踏みつけ、ズサーッと遠くに蹴りやった。

 ドライヴァーを順手に持ち替える。

 稚拙なイラストで表現された顔面――ど真ん中にブチ込む。


「ヒャッハアアアァァァーーーッ!?」


 メコッと拉げた布地の奥で、スティールロッドが食い込む感触あり。

 そのまま鉤フックを打ち込んだマグロよろしく引き寄せて――ガヅン! 中の人のこめかみ辺りをマグライトで思いっきり殴りつけ、同時にドライヴァーのグリップを捻る。

 メリリィッ……生木をへし折るような、下顎の割れる音。


 薄い着ぐるみ生地を内側から血の泡で濡らしながら、しおしおと青菜の塩炒めみたいにその場にへたり込んでしまう《フナC》だった。


「やめてクレメンス……許してクレメンス……これ以上は死んでしまうンゴ……」

「なんかキャラがブレてきてますけど。なんJ民かな」

「もっ、もうやめてくれなっしー……女の子のくせに平気でなんて無茶苦茶するなしか……」

 地べたに諸手をつき、オヨヨとうな垂れて情けない泣き言を漏らす。

 やつのミジメ~な姿をライトに晒してやりながら、近づこうと悠々たる挙動で足を一歩、進め……。


 メリャッ。


 ブーツの足裏が、なにかを踏み割った。

 妙に摩擦係数の低いがツルルーッとスリップ。

 不意に失うバランス――必然よろける。

 思わず前のめりで手近な展示物に倒れ込んでしまった。

 どうやら踏みつけた異物はバナナの皮なんかじゃなくて、さっき削ぎ切りにされただったらしい。


 あたしったら、なんというドジっ娘……てへぺろ。

 とにかく起き上がろうと手をついた腕の先が、


 ぞぶ……

 ぞぶ……ぞぶぞぶ……


 紅殻色をしたヌトヌトの半流動体にどっぷり肘まで浸っていた。


「え……?」


 視界いっぱいを埋め尽くし、おぞましく蠢動している一面のディープレッド。

 身体の下に粘っこい血の海の浅瀬が拡がっている。


 これは……〈経堂 解体殺人事件〉の現場となった、例の血みどろダブルベッドだ。


 がびがびの血汁と臓物で地獄のマットレスと化したシーツに捕らえられてしまったあたしの身体は、ヘドロめいた色彩のうねりにグブグブグブグブグブ……際限もなく呑み込まれていく。


 じゃあぁのぉめぇ・・・・・・じゃあのめぇ・・・

 じゃあぁのぉめぇ・・・じゃあのめえええぇぇぇ・・・


 聴覚を浸蝕してくる。

 忌まわしい節回しの唄。

 あいつの声がっ……!


『……るかたそ……』


 幻聴だ。


『……かわゆし……』


 幻覚だ。


 わかってる。

 だけど抗えない。

 嗅覚メモリーが鉄錆と腸の内容物が綯い交ぜになった臭気までリアルに再現して、爛れた生傷から剥いだガーゼの膿みたいに鼻腔の奥にへばりついてくる。


 なんて――最悪。

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