【3】……〈RAZZLE DAZZLE〉
【3‐1】――彡(○)(○) なんJ民〈やきう〉のお兄ちゃん、闇落ちする
【3】
「……っすか……ざく……ん……っすか……」
薄紗を隔てた向こう側からの呼び声。
それが明瞭になってくるにつれて、だんだん意識が収束してくる。
「ザクロさん……大丈夫っすか」
顔を上げるとギャ男/ジグジグ/零使の3人が気遣わしげに覗き込んでいた。どうやら昏倒して、その場にぶっ倒れていたらしい。
口が苦い。身を起こしながら辺りを手探りする。
「これですかな」
ジグジグがトートバッグを掲げてみせる。
「その中に……水が……ありがと」
手渡してくれたペットボトルで苦味を飲み下す――なんとか人心地がついた。
「ごめん。あたし、ときどき突発的に立ち眩みみたくなっちゃうことあるんだ」
「ちょっと刺激が強すぎたようですの」と零使。
「わたくしもあまり身体が丈夫な方じゃないから、わかりますの。メニエール病とかなんですの?」
「ううん。そういうんじゃないんだけど。とにかく、もう大丈夫だから」
「とりま、そろそろ退散した方がいい頃合いっすかね。結局ガチの心霊体験はしてないっすけど」
「あれ? そういや矢奇宇のお兄ちゃん、どこですかな」
ふと気づいたジグジグが辺りにライトを巡らせる。
「さんざん熱く語ってたと思ったら今度は勝手に消えてるし」
「ん? なんか変な音しないっすか」
ギャ男が訝しげに眉を顰める。
…………なっし――――なっ―――――なっし………………。
どこからともなく響いてくる、その音はさながら気障りな通奏低音のように。
…………なっしぃ――――なっ―――――なっしぃ………………。
「これはなんの音ですの」
「さぁ? どこから聞こえるのかな」
……なっし――――なっしぃ……。
……なっ――し なっ――しぃ なっ――し なっ――しぃ なっ――し……。
「なにか後ろの方から聞こえてこね?」
「後ろ?」
「後ろですの?」
皆が一斉にライトを振り向けた。
「なっ―――しぃ」
「はぁ!?」
「こんなっしー」
甲高い作り声の矢奇宇を見て一同完全フリーズ。
なぜならば、いつの間にか粗雑な造形の〈ゆるキャラ〉風な着ぐるみを身に纏っていたのだから。
■
「ヒャッハアアアァァァーーーッ!?」
轢き潰されたガマガエルのように不格好な〈ゆるキャラ〉が、いきなり薄ら気味の悪い裏声で奇声を発した。
でも、それはいい。
いや、決して良くはないけども。とりあえず、それはいいとして。
本当に最悪なのは、掲げた短い片腕に大振りな刃物が握られていることだった。
ククリナイフ――内側に湾曲したブレイドがライトを照り返して獰悪に煌めく。
「もう、なにやってんの矢奇宇さん」
うぷぷっと吹きだすギャ男の苦笑。
「うっわ~、身体張ってるっすねぇ。それって某F橋市の非公認ご当地キャラのパクリっしょ」
「その雑な着ぐるみ、わざわざ用意してきたんですかな。その仕込みの労力、高く評価しますよ」
「だけど少々、流行に色目を使った嫌いが窺えますけども。いっそのこと〈クレクレタコラ〉とか〈快獣ブースカ〉のコスプレぐらいまで突き抜けてればレトロで、もっと面白味あったかもですのに」
ジグジグと零使も愉しげに評しているけれど。
だけど、あたしには解る。
お馴染みの雰囲気――本物の“人殺し”だけが放つ特有のいやらしいアトモスフィアってやつが。
こいつはガチだっ……!
さりげなく身を退いて、やつから一番遠い立ち位置を確保する。
「なっし、なっしー……なっし、なっしー」
「だから矢奇宇さん……でしょ? だけど、ちょっとは自重してよマジで。なんなの、そのヤバげな鉈みたいのは。さすがにそれシャレになんないっしょ」
ちょいキレ気味のギャ男が不用意に近づく。
ウォン―――ッ!
空間が哭く。
閃光が薙いだかと見えたのはブレイドの反射。
ククリを振り抜いて前屈した〈決めポーズ〉の矢奇宇が、すでにギャ男の背後にいた。
「なん……だと……」
ギャ男の当惑顔にツツゥーッと発汗みたいな血流が伝う。
ゾリッ……ゾリリッ……安いホスト風にワックス処理した茶髪の脳天が斜めに傾いで、まるでサイズの合わないカツラのようにずり落ちていく。
毛髪と頭皮ごと分断された頭頂骨の浅いボウルが足許でカポンッと転がった。
「はぇ~~~っ?」
思わず頭に両手をやって、頭蓋の器に盛られた剥きだしの自分の脳髄をまさぐる。
わらわら蠢く十指が髄膜を突き破り、ほのかにピンク色した大脳を糠床よろしくゾボゾボゴボリと掻き毟った。
「うわぁ、これは前頭葉ですね……たまげたなぁ。まずウチさぁ……松果体あんだけど……剥いてかない? また、きみかぁ……壊れるなぁ~」
精神遅滞者さながらの純真な天使の笑顔を浮かべ、ギャ男の体躯がスウィッチを切られたみたいにクタッとその場に頽れる。
「えぇ……?」
突然の凶行――棒立ちのジグジグと零使の顔からは安穏とした表情が失われていた。
「なっし、なっしー……なっし、なっしー」
ゆっくりと体躯ごと振り向けられる、満面スマイルで固着した粗雑なイラストの顔。
ざっし、ざっし……短い脚を繰りだして緩慢な歩調で2人へと近づいていく。
「えっ……これってどういうことですの」
「ひえええぇぇぇ~~~っ!?」
素っ頓狂な悲鳴を上げたジグジグが零使の背中を突き飛ばした。
ツトトトトッ……つんのめった勢いで自ら〈ゆるキャラ〉の眼前までよろけていく羽目に。
「なっし、なっしー……なっし、なっしー」
「ええぇっ……!? なんですの……こんな」
硬直している零使は、まるで分厚いソールが床にピタタとマグネティックで貼りついてしまったかのようだ。
身体の前に掲げた両手が園児のお遊戯みたくグー → パー → グー → パーの『結んで開いて』を繰り返すばかり。
閃くククリ――むっちりシャウエッセンっぽい生白い指がばらけて舞った。
「きひゃああああぁぁぁ(ガブワ!)ぐぶべおぉうべぼぼぼごごぼぼぼぼおべべべえ」
極限まで開かれた零使の口中にブレイドの尖先が潜り込めば絶叫のトーンが変調。
欠け砕けた歯が飛び散り、真ん中で分断された紅い舌が爬虫類のそれみたいにムリリッと二手に分かれて迫りだしてくる。
金髪ツインテールの後頭部から禍々しく屹立していた血濡れのブレイドがズルルッと身を引っ込めた。
「ぶべっ……ぶべぇうぶっ……べぼべぼっ……」
湿っぽい咳まじりで粘血を噴いている白目の零使は、もはや口許をハンカチで覆う淑女のエチケットすら失念しているらしい。
返り血を浴びた〈ゆるキャラ〉がクィッと腰を捻るプリケツ打法の構え。
「ちょっ!? ちょちょちょっとなにやってんの矢奇宇のお兄ちゃん……まずいですよ!」
いまだ現状をしかと把握できてないジグジグだった……が。
フォン!
一瞬で距離を詰めた着ぐるみ――フルスウィング!
ドッギャ!
インパクト音とともにキャベツ大のなにかが素っ飛んで、ぼさっと暗闇のどこかでバウンドする。
ジグジグの頭――下部1/3が胴体に残っていた。口腔内に充満した血の沼で、なにか新手の水棲生物みたいな舌がビチビチと小刻みに震えている。
「なっし、なっしー……なっし、なっしー」
最後のあたしに向き直った巨大な顔。その粗い三角形の口許を“笑み”と呼ぶのならば、嫌らしいそれを湛えていた。
「ふなななな。なかなか手際よくいったなっし。“殺人”という人生初めての体験を見事に完遂させた自分をほめてあげたい気分なっしなー」
甲高い裏声に喜色が濃い。スカイブルーとイエローを基調とした身体のあちこちに施された返り血ペイントがイケすぎてる深紅のスプラッシュデザインになっている。
「実はフナCは殺人鬼なっし。人呼んで狂信の混沌こと《ファナティック・ケイオス》……略して《フナC》と呼んで欲しいなっしー」
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