3-3 神室アイ
意味分かんない意味分かんない意味分かんない意味分かんない意味分かんない意味分かんない意味分かんない意味分かんない意味分かんない意味分かんない……。
やはり期待してはいけなかった。
委ねてはいけなかった。
預けてはいけなかった。
依存してはいけなかった。
信じてはいけなかった。
何を持ってしても、私を閉じこめる檻からは逃れられないのだ。
魔冬さんのことだけではない。
分かっているのだ。
最初から分かっていたのだ。
零山くんの言うとおりなのだ。私が勝手に自分の都合のいいように解釈して、救われた気になっていただけ。魔冬さんの曲に、魔冬さんのツイートに、勝手に依存して自分の願望を預けていただけ。
だから。
魔冬さんの存在が嘘だと分かっただけで、こんなにも簡単に崩れてしまう。
いや、なにも崩れてないのだ。世界は依然私を閉じ込めたままなのだ。
崩れたのは、私。
私の心。私の心をつなぎとめていたもの。
世界をねじまげて、私の都合の良いように解釈することでかろうじて成り立っていた砂上の楼閣。ただ、今まではそれでよかった。私はたとえば、魔冬さんという存在を求めながらも決定的な接触は避けていた。ツイッターでリプライするだけ、曲を聴くだけで満足していた。彼女に会いたいだとか、直接面と向かってお話してみたいだとかは考えたこともなかった。それは自分の体質のせいだとも言えるけど、私はきっと恐れていたのだ。無意識的に気づいていたのだ。一歩踏み込むことですべてが崩壊してしまう可能性を。
御来屋さんのことにしてもそうだ。
毎日毎日けやきの下で待つことで、私は満足していた。彼女の名前も顔も知っている。同じ学校にいればすれ違う機会だって、幾度となくあった。でも私は、彼女に接触しなかった。
今日たまたま偶然が重なって、彼女が自分と同じものを見て、自分以上の葛藤をしていることを知った。彼女に共感を覚えた。そんな御来屋さんと友だち関係を築けそうなことが嬉しかった。しかしそれは本当に、本当にただ、たまたま上手くいっただけなのだ。相手に期待していたことが、期せずして叶えられた。それだけなのだ。
うまくいかない可能性だってあったのだ。
だけど。
意味が分からない。
不条理だ。
御来屋さんと知りあえても、魔冬さんが実際にはいないと分かっても、私は何も変わらない。願いが叶っても、裏切られても、私は檻に閉じ込められたままだ。どうすれば変われるのかが分からない。頭が悪いのは勉強をすれば良くなるかもしれない。脚が遅いのは練習すれば速くなるかもしれない。じゃあ、背は努力すれば伸びるのか? くせっ毛は直るのか? この、何よりも嫌な体質は消えてくれるのか?
分からない。
いや、分かっている。
つまり、どうしようもないのだ。
だから、いらない。
全部いらない。
体質も。友だちも。私という存在も、この世界も。
消えてしまえばいい。でもそれでは不公平だ。今ここで何もかもが消えてなくなったって、結局世界はなんにも変わらずに終わるだけだ。だから世界のすべてが、等しく平等に知ればいいのだ。どんなに取り繕っても、騙しても、この世界は檻の中にあると。御来屋さんが私と同じ世界を見ていたように、私だけでなく、みんな檻の中にいるのだ。ただ、知らないだけなのだ。冷たく世界を束縛するくびきからは逃れられないことを。そうとは知らずに安穏と過ごしているだけなのだ。
どこをどう走ったのか、無我夢中に走り抜けて私は部室棟の屋上にいた。
じっとりと蝕むような重たい空気が肩にのしかかっていた。湿気と熱が質量を持って私を押さえつけている。それはまるで、私を閉じこめる檻の圧力のようだ。顔を上げると、雲ひとつない抜けるような青空があった。容赦なく照りつける夏の日差しが刺すように痛かった。
心が痛かった。
なぜみんな気づかないのか。この青い空の白々しいまでの嘘を。大気というガラスによってねじまげられた偽りの蒼穹を信じるのか。あのガラスが割れれば、そこには檻があるだけだ。
りん、と鈴の音がする。
脳裏に、あの鳥の金色の瞳がよぎった。果てしない虚無を映す恐ろしい瞳。
りん、とまた鈴の音が頭に響く。
白いフクロウが私を見ている。
りん、と三たび鈴の音。
置いてきたと思ったスマートフォンがポケットの中で震えた。取り出すと画面には先程の魔冬さん……零山くんのツイートがある。私はリプライボタンを押す。
――白いフクロウなら今私の前にいます。巨大な姿で体育館の上で羽を休めています。その金色の目にとらわれた者はガラスの花となり、翼を広げれば青い空は割れて全てを冷たい檻で閉じこめるのです。
迷いなくそう打ち込むと、私は一切の躊躇なく送信ボタンを押した。
一陣の突風が天上から吹きおろしてくる。私の小さな身体はその風に煽られてよろける。
太陽の中から現れたその白い影は瞬く間に巨大な姿になり、矢のように体育館の上に垂直降下する。屋根にぶつかるかどうかのぎりぎりの間合いで、巨大な翼を羽ばたかせてふわりと着地する。その羽ばたきが、巨大な風となる。ワンテンポ遅れて到着した突風が私をまたよろめかす。それはあのシロフクロウだった。ゆうに五メートルはあろうかという姿に変貌したシロフクロウに相違なかった。
私は願う。
翼を広げて、と。
そうしてこの偽りの青で空を覆うガラスを木っ端微塵に砕いてください。
この世界が、檻の中にあることを知らしめてください。
私が最後に見たのは、両翼を天に広げたフクロウの姿だ。
直後に先ほど私をよろめかせた風とは比べものにならないくらいの圧力を伴った轟音が、真上から私に襲いかかった。私は木の葉のようにコンクリートの床に叩きつけられた。
そして私は、気を失った。
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