2-2 黒川仁

 それからの数分間、我々三人は思う存分暴れまくったのだ。


 反撃してこない相手をぶちのめすというのは、これはもうただのボーナスステージである。


 戦略も戦術もない。


 御来屋さんは蹴り技を中心になぎ倒し、零山は悪役プロレスラーよろしくパイプ椅子を振回して一網打尽にしていく。僕はとりあえず部室を走り回って床から生えてくるフェノミナをもぐらたたきの要領で地味に潰し回った。


 さながらそれは昭和のギャグアニメの喧嘩シーンであった。チャカポコチャカポコという効果音をバックに画面中央に白い大きな煙が出て、その煙からは絶えず小さい煙が吹き出てくる。喧嘩しているキャラクターがたまにその煙から代わりばんこに顔を出す。この場合白い煙自体が標的で、そこから顔をだすキャラは我々であったが、チャカポコチャカポコと白い煙――フェノミナをぶちのめしていったのだ。


 梱包材のプチプチを潰すがごとく単純作業だ。僕の頭はずっと冷静であった。そして春先の御来屋らんオンステージを思い出していた。教室で中庭を指さし何が見えるかと僕に尋ねた時、御来屋さんにはそこにきっとフェノミナが見えていたのだ。そしてすぐさまそれを『ぶちのめす』ことにしたのだ。BMXで飛んだとき、空中で何かに当たったかのようにターンした。あれはまさに『ぶちのめした』瞬間だったのだ。


 御来屋さんは、一人孤独な闘いを強いられていたのだ。


「でさあ」


 アーロンチェアの上で、両手の指を絡ませ思いきり腕を前に伸ばして関節をバキバキと鳴らしながら零山が言う。


 フェノミナを全部倒し終えて、みんなで勝利の美酒ならぬ勝利のお茶を飲んでいた。


「まだ分からないんだけど、どうして俺までフェノミナとやらが見えるの?」


 御来屋さんが首を傾げながら答えた。

「うーん。それはちょっと分からないわね。これまでは見えてなかったの?」

「ああ。こんなに面白いなら見えて欲しかったけどね」


 そこへおずおずと神室さんが語りはじめた。

「それは、あの、私のせいなんです」


「つまり……どういうことだってばよ?」


 零山の問いに、神室さんは答える。

「私……御来屋さんが言うフェノミナが見えるって体質以外にもうひとつ嫌な体質があって、それはその、この霊感体質が人に触れると感染ってしまうことなんです」


「なんでや?」


「いえ、その理由はわかりません。感染する時間はそれほど長くありません。数時間から長くても一日って感じです。とにかく私が触れた人たちはフェノミナが見えるようになってしまうんです。だからその、零山くんに私がぶつかったときに感染っちゃったんだと思います。それに人だけでなくモノにもこれは感染するんです。鏡とか触ると、その、フェノミナが誰にでも見える状態で鏡に映ってしまうんです。だから本当にごめんなさい」


「ええんやで」


「それであの、だから私潔癖症みたくなっちゃって。怖くて。それに申し訳なくて。ボディタッチするのもされるのも極力避けるようになって。モノにもうかつに触れなくなって……」


 そこまで言って神室さんは大粒の涙を零して泣きだしてしまった。まだかけっぱなしでいた眼鏡のレンズの上に涙が全て零れていく。零山がなぜか僕に視線を寄越してきた。フォローしろという意味らしい。と言ってもコミュ障の僕に泣いている女の子をどうこうできるはずもない。そんなこと振られても困るのだ。僕はそのままその視線を御来屋さんにパスした。すると御来屋さんは神室さんの背後に静かに回りこみ、無言のまま優しく肩を叩きはじめた。


 一瞬びくっと肩を震わせた神室さんであったが、やがてその小さい子をあやすような行為に身を委ねた。人との接触を避けてきた彼女にとって、それはずっとずっと待ち望んできた行為なのかもしれない。人はときに、誰かのぬくもりに直接触れたいものなのだ。


 しばらくの間無言が続いた。しゃくりあげるように泣いていた神室さんが次第に落ち着きを取り戻し、


「御来屋さん、ありがとうございます。ほんとうにありがとうございます」

 と言って顔を上げた。ようやく眼鏡を外して、ハンカチで瞼を押さえた。涙でぐしゃぐしゃになった顔で、にっこりと彼女が笑った。


「話を戻すけど」

 零山が待っていましたとばかりに続ける。どうもこの男はあらゆる面において自分の好奇心が優先のようだ。


「そういえばあの鳥は、我々はそこにあるから存在し得て、そこに我々の意志は介在しない、みたいな話を言っていたよなあ。すると、御来屋氏の説もあながち間違ってないのかもね」


「そうね、それもあって……ある程度確信にも変わったから、私は今まで誰にも言わなかった自説を披露したの」


 なんとか会話に加わり存在感をアピールしたい僕は、必死に食い込んだ。

「御来屋さんは、今までもあのフェノミナをぶちのめしてきたってことなんだね?」

「そう。普段は鬱陶しいから眼鏡をして、あいつらをシャットアウトしてるんだけど……ああ、さっきも神室さんにかけてもらったときに説明したけど、眼鏡をかけるとフェノミナは見えなくなるのよ。理由はよく分からないんだけど、目の前にフィルターがあることがいいみたい。だから何でもいいのよ。サングラスでも水中メガネでも、透明な下敷きを目の前にかざすのだっていいわ。それであいつらは見えなくなる。でも、ふと眼鏡を外して、あれが見えてしまうと我慢がならないのよ。見ることに慣れたとはいっても、納得できるかは別問題。あいつらときたらどこにでも現れて……とにかく理不尽なのよ。なんで私ばかりこんな目に会わなきゃならないのかって。中学生の頃我慢の限界が訪れて、一度フェノミナを蹴り飛ばしたことがあったの。そしたら、シャボン玉みたいにはじけ飛んだわ。え? こんな簡単なことで消えるの? ってそっちのほうにびっくりしたわ」


「すごいです。私あれを倒そうなんて思ったこと、一度もないです」


「褒められたことじゃないわよ。キレただけだし。むしろ、神室さんのほうが立派だと思うわ。こんな理不尽に耐えるなんて、心の芯がしっかりしてなきゃ絶対無理だわ。だから神室さん、あなたは、とても強い人だと思う」


「そんな……なにもできなかっただけです。勇気がなかっただけです」


「もっと自分の強さを自覚すべきだと思うけど、ま、それはゆっくり考えていくといいわ。でね、私はそれに気づいてから、フェノミナを倒す方法をいろいろ試したわ。なんといっても、相手は幽霊だからね。御札とか、お神酒とか、塩とかそういったものの方が効くんじゃないかと思って、いろいろ手に入れてはやつらに試したんだけど、どれもさっぱりだった。一番確実なのは……というよりそれしかないんだけど……物理攻撃なの。殴ったり蹴ったりでもいいけど、モノを当てるのが確実ね。本当は銃で撃てればカッコいいし楽だしサイコーなんだけど、モデルガンで撃ったBB弾くらいじゃ、すり抜けるだけでダメだった。ある程度の質量が必要みたい」


「ああそれであのBMX」

 零山が言う。


「ありゃ。やっぱりみんな知ってるのね。殴ったり蹴ったりは、それはさすがに女子としてどうかと思ったのよ。実際、女子ということを抜きにしても誰もいない物陰に向かってキックしている人間なんてただのアホじゃない。だからBMXを選んだの。あれだったら、フェノミナを飛んでぶちのめしても傍目にはただのトリック……ああここで言うトリックっていうのはBMXで飛んだり跳ねたりのテクニックのことだけど……そういうトリックに見えちゃうしね。でも春先にやってしまったあのバニーホップは……やりすぎだったわ。つい怒りにまかせて衆人環視のなか出張っちゃったけど、下手に注目を浴びちゃ意味ないのよ。あのせいで逆にやりにくくなって仕方ないわ。これでも反省してるのよ」


 なるほどあのジャンプは、バニーホップというのか。そのBMXのトリック名は、御来屋さんのイメージにぴったりであった。軽快で、美しく、気高き響きであった。


「あのっ!」

 神室さんがややテンションをあげて続けた。


「私、教室から見てたので、たぶんけやきの影になっててそのフェノミナは見えてなかったんで、裏でフェノミナをやっつけたなんて全然知らなかったですけど、でもあのときの御来屋さんは……とても素敵だったと思います」


「ありがとう。うれしいわ」

 御来屋さんがはにかんだ。ここは僕としても速やかに援護射撃を行うべきだと判断した。

「ぼ、僕もあれにゃだいぶシビりぇ……た…にゃ」

 なにがニャだ。またもやカミカミだった。御来屋さんはどう返答したものか困ったようで一瞬間が開いた。


 その間隙を縫って再度会話の主導権を零山が握る。

「じゃあ御来屋氏は普段は眼鏡でフェノミナを見ないようにしてるけど、眼鏡を外して見えてしまった時には日常的にあいつらをぶちのめしてるってこと? かっけえ!」


「……やめて、ちっともカッコよくなんてないのよ。そうね。あれが物理攻撃で消えると分かってからは、私はこう考え始めたの。私がフェノミナを見えてしまうのには意味があるって。長い時間、ほとんどその存在意義を失っても、ただそこのあり続けなきゃいけないって、回復の見込みがないのに延命装置をつけてただ強制的に息をしているだけの人間と変わらないわ。いつかは終わりにしないといけないのよ。私がフェノミナを消せるのなら、それこそが私の使命であり、あれが見えてしまう意味だってね」


 意味。僕はこの数ヶ月御来屋さんの後ろの席で何を見ていたのだろう。


 ただ可愛いからだとか、ちょっと言動がミステリアスだとか思って、日に日に彼女への思いは募るばかりであった。そして彼女を後ろの席から見守り続けてきたつもりだった。しかし、ちっとも自分には彼女の本質が見えてなかったのだ。


「だから最初はそれこそ草の根分けてもフェノミナを見つけ出して、根こそぎ消してしまう決意だったわ。でもあまりの数に挫けたの。とてもひとりで対処できる数じゃないのよ。そのうち眼鏡をかけるようになって、私は目を塞いだわ。結局理不尽には変わりないのよ。フェノミナに対する感情も、いつの間にか怒りに戻ってしまった。確かに今でも、フェノミナを見つけたときは残らず消すようにしてるけど、そこにあるのは使命感でなく、ただの憤り。どういう意思が働いたのかは分からないけど、私にあんなものが見えるようになってしまったことへの憤りと、何よりもあいつらを全て消してしまうことを諦めてしまった自分への憤りね」


「そんな……」

 僕はほとんど考えもまとまってない状態で思わず口に出してしまった。視線が集まってしまったので僕は続ける。

「抱えたものが大きすぎただけだ。何も御来屋さんは悪くない」


「そう考えるのは簡単だけど……でもやっぱり私が悪かったのよ。……あの鳥が言ったの」

「え? 鳥が? なんて?」

 興味津々といった具合に、零山が身を乗り出して聞いた。


「爆発が起きる前ね。そもそもは四時間目の授業でふと眼鏡を外したときに中庭であの鳥を見かけたのが最初よ。さすがに驚いたわ。たまに顔かたちが分かる程度の白い影なら見かけたことはあっても、あんなもの観たことなかったもの。それであの鳥を探すことにしたの。昼休みに校庭で空を見上げて、あれが部室棟へ行ったのを見たから急いで駆けつけて、トイレへ追い詰めたの。追い詰めたというか、逆にあの鳥に誘われただけかもしれないけど」


 そこで一旦言葉を区切ると、御来屋さんは珍しく溜息を付いた。そうして続けた。

「あの鳥は言ったわ。喋ったことも驚きだったけどね。鳥は私に向かって「オブザーバーの少女よ、お前は大変な思い違いをしてる」と」


「オブザーバーの少女!」

 神室さんが声を張り上げた。


「私もトイレで御来屋さんたちに会う前に、鳥に会ったんです。そして私もオブザーバーの少女と言われました」


「なるほどね。やつらは、自分たちが見える人間のことをそう呼んでいるみたいね。オブザーバー、つまり観測者よ。……それで私は鳥に尋ねたの。思い違いって何よって。鳥は答えたわ。思い違いは思い違いだと。我々は存在を消されたいのではない、存在を取り戻したいのだ、と」


 ――存在を取り戻す。先ほどこの部室に現れた無数のフェノミナたちも、あの白い靄の内側でそれを願っていたのであろか。だとするとそれをプチプチと面白半分に潰し回った我々は大変なことをしでかしてしまったのではないだろうか。


「じゃあどうして私には見えるのよ? 出てきたって何するわけでもないのに、消してあげることしかできないじゃない……私は鳥に言ったわ。そしたら鳥は答えたの。だから吾輩が出てきたのだと。吾輩は意思なき者の代弁者であると。オブザーバーの少女よ、思い上がるな。観測者の役割は観測することのみだ、ってね」


 沈黙。それは御来屋さんの意味、使命の喪失であった。自分に課せされた理不尽の中、彼女が必死にその理不尽の答えを探しだし、ようやく見つけた意味の、全否定であった。


 御来屋さんは続ける。


「でも……でも、そんなのってないじゃない? 勝手よ。私はやっぱり、憤ることしかできなかった。怒りに全身が震えた。だから鳥に飛びかかっていったの。消えてしまえ、って思った。そしたら鳥がへんな呪文を唱えて……」


「呪文? どんな?」

 零山が聞く。


「どんなって言っても、一瞬だったしあんまりよく覚えてないわ。たしか……アッパー・ストラクチャ……」

「アッパー・ストラクチャ・トライアドか! ……やはり」

 零山がなにか分かったようで、呪文の続きを言った。


「どうして分かったの?」

 今度は逆に御来屋さんが尋ねる。

「簡単。アッパー・ストラクチャ・トライアドも、俺らがいたときに唱えたコンビネーション・オブ・ディミニッシュも音楽用語だよ。あの鳥が抱えてたギターはギブソンの335だし、伊達じゃないんだなあ」

「意味は?」

「意味って言っても……まあ少なくとも爆発の意味はないよね。ジョジョのスタンドの洋楽名と同じでただの語感じゃないの? 必殺技っぽいじゃん。それで鳥はギターを弾いて……たぶん、俺らがいたときみたいなフレーズじゃなくて、ジャーンと一発コードを鳴らしたんじゃない? で、それで爆発が起きた、と」


「そう。焦ったわ。フェノミナは物理攻撃が通じても反撃は出来ないはずだもの。ただ避けるので精一杯よ。それでも身体ごと吹っ飛んで、壁の向こうにいた黒川くんにぶつかっちゃったけどね」


 僕は赤面した。そこにいたのはパンツを下ろした僕だったのだ。しかしここは順番的に僕の会話のターンの気がする。考えてはいけないのだ。思ったことを口にすればいいのだ。


「いや僕は全然気にしてないから! それよりも怪我がなくてよけ…よかった」

「うん、ありがとう」


 ありがとう……感謝の言葉。あの人にも言ったこ……いや違う……御来屋さんから僕に向けられたその言葉が頭のなかで駆け回った。会話に参加してよかったと思った。


「それで……すぐあとにここにいるみんながあそこに現れて……話は終わりね」

「ふううん。なるほどねえ。存在を取り戻すか……」


 零山が腕を組み何やら考え始めた。


「ひとまず御来屋氏の説が正しいとして、フェノミナって存在は、観測されなければほとんど無いに等しい存在だよね。存在を取り戻すということは、つまり観測されたいという訳か。まあどうやらあの鳥を除いてフェノミナに意志というものはなさそうだから、そういった願望が果たしてほんとうにあるのかは疑わしいところだけども」


 零山の話を受けて、御来屋さんが続ける。

「ただ、フェノミナが増えてるは実感としてあるのよ。それにさっきの大量出現にしても、あの鳥の嫌がらせじゃなければ、フェノミナの持つ本能によって集まってきた感じじゃないかしら。願望のあるなしじゃなくもっと本能的なものなんだわ。きっとフェノミナは『オブザーバー』に寄ってくるのよ。なにせここには一時的にせよ四人も観測者がいるのよ。誘蛾灯に集まる虫と同じね。私たちは誘蛾灯ってワケよ」


 僕は言う。

「あの、が、蛾は油性ペンにも集まってくるって……あ、知ってた?」

 トリビアを披露して知的アピールをしようという魂胆であったが、あまりにも場違いであった。しらけた視線が集まったのに耐え切れず、ぼくはさらに自爆の道を突き進むだけの言葉を続けてしまった。


「いやその、油性ペンに含まれる化学物質の匂いが、蛾を引き寄せるフェロモンと似た匂いで……」

「誘蛾灯でも油性ペンでもどっちでもいいけどさ、で、どうすんの? これから」

 呆れたような顔で僕を一瞥してから、僕の言葉を遮って零山が御来屋さんに聞いた。


「さあね。成り行きで思わず語ってしまったけど、零山くんもひとまずは納得できたようだし、私からは話すことはこれ以上ないわ。あの鳥は個人的に始末したいけど、それは私個人の問題だから、ここでもう解散しましょう。鳥の言うオブザーバーが四人揃っていいことなんて何もないわ。そして出来れば私の話は誰にも公言せずに、さらに言えば全部忘れてくれると助かるのだけど」


 ――解散だって?


 ――忘れろだって?


 それはいけない。


 やっと、やっと、御来屋さんと繋がりが出来たのに。今にしてようやく僕は気づいた。千載一遇のチャンスはずっと続いていたのだと。何も早急に彼女を救うヒーローにならなくてもいいんだ、と。こうして彼女と話し続けていられることが、またとない好機であったのだと。


 だがここで解散してしまっては、それが終わってしまう!


 いや、もう考えるな。考えるんじゃない、声にして言葉に出すんだ。

 今僕にできることはそれしかないんだ。


「それはダメだ!」

 気づけば僕はガタンと椅子から立ち上がり拳をふりあげて叫んでいた。


 またしても視線が集まった。しかし、いい加減僕もその注目に慣れつつあった。いいぞ。いや、考えるな。とにかく、言葉を続けるんだ。


「ダメだ。御来屋さん。僕たちは、僕たちはさっきも協力してフェノミナに立ち向かえたワケじゃない? 御来屋さん一人じゃ出来ないことだって、力を合わせれば出来ることだってあると思うンだ。僕の力は……残念ながら、そして情けないことに、無力だけども、御来屋さんの憤りを共有して、和らげることだって……できるかもしれない……し」


 あからさまな告白ぽくなったので、若干軌道修正する。


「それは、神室さんだって零山くんだって、同じだ。憤りをみんなで共有すれば、それはもっと和らぐに違いない。それに昔から三人よれば文殊の知恵と言うじゃないか? ここには四人もいるんだから、もっと光り輝く知恵だって産まれる。だから……だから……」


 しかし残念ながら、僕の言葉はそこで途切れた。頭がこれ以上回らない。本日いったい何回目のコミュ障の限界であろうか。ふと周りを見ると、ぽかんとした顔が並んでいた。それまでほとんど存在感をアピールできずにいた僕が突然打った演説に、全員唖然としていた。僕も頭が真っ白になってぽかんとした。


 ぽかん顔が四人分揃ったのであった。ぽかん四重奏であった。


 最初に我に返ったのは零山である。ニヤニヤとした例の笑みを浮かべて言う。


「熱い! 実に熱い! 黒川氏は熱いものを持ってたんだねえ。友情、努力……はまだないけど、そして最後は勝利! いいじゃない。それに鳥退治でもフェノミナ征伐でもなんでもいいけど、そんな面白そうなことは俺にも一枚噛ませてほしいんだよね」


「私も……」

 続いて神室さんも語りだす。


「私も、今まで一人でずっと悩んで、悩んで、だけど何もできなくてただ我慢して……でも、ずっとずっとそういうのは終わりにしたいと思ってたんです。実を言うと私、御来屋さんのBMXの……バニーホップでしたっけ? あれに憧れて、あのジャンプをまた見られたら、私の悩みも、嫌な霊感体質ってコンプレックスも全てふっ飛ばしてくれるって、勝手に思い込んで毎日昼休みに中庭で待ってたんです。でも今日ようやく気づきました。そんな他力本願じゃいけないって。私の呪縛は私自身で破らなければいけないって。だから、私も御来屋さんに協力したいです。みなさんで、あれを、やっつけたいです」


 自然と今度は視線が御来屋さんに集まった。御来屋さんはなぜか両手の人差し指でこめかみをグリグリするという一休さんスタイルで何事か考え始めた。


 しかし僕は確信している。御来屋さんはもう落ちた、と。


 ポクポクポクと音が聞こえるかのような逡巡のあと、チーンと鐘の音が響きわたった。


 御来屋さんが僕たちを見回して言う。


「分かったわ! 協力してもらう。というか、みんなの力を貸して。そうね、藍上高校ゴーストバスターズの結成よ! ぶちのめすわよ」


 おお、と皆の声が揃った。ぽかん四重奏からの鬨の声四重奏であった。つい数時間前、トイレで脂汗をたらしながら立て篭もっていたときには想像だにしなかった少年漫画的な展開に、僕の心も熱くたぎるのであった。


「でも」

 水を指すのはいつだって零山である。


「ここは東洋哲学研究部だから。ねえ、ところで入部届出してみる?」

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