1-2 零山彪真《れいざんひゅうま》
面倒くせえ。
ああ面倒くせえ。
学校行きたくねえ。
俺はサボりたい気持ちに無理やりムチを打ち、電動自転車を引きながら警備員詰所の山口にアイコンタクトを送る。通用門を開けてもらう間、スマートフォンを取り出して百四十字のつぶやきが並ぶ世界をチェックする。今日も世界に変わりはなかった。真夏の陽射しは庭の木陰の下にいれば避けられるが、肩にのしかかるじっとりとした重たい空気はどこへ行こうと避けられない。ただただ面倒くさかった。
「彪真坊ちゃん、今日は重役出勤ですか?」
門の電動スイッチを操作しながら、詰所から山口が言う。たしかにもう昼休みも近い時間なので大遅刻だ。重役出勤と言っても、しがないヒラ生徒でしかないが。
「ワイ金持ちボンボン。自宅守衛に遅刻をとがめられるも強いメンタルのため無傷」
「はい?」
「マッマには内緒にしてクレメンス!」
山口のポカンとした顔を見ると通じたかどうかは不明だが、雇用主に従順な男なのでどうせお袋はおろか親父にだって筒抜けだ。だから通じなくても構わない。むしろ完璧を期するためwの字を何文字も重ねて伝えたいくらいだ。
ワラワラとか実際に声に出すのは恥ずかしいのでやめただけだ。
俺は山口にそう言うと、スマートフォンをメッセンジャーバッグにしまい込み、電動自転車にまたがる。ペダルを軽く踏んだだけで、ブラシレスモーターが軽いうなりとともに心地よいアシストを開始する。八段変速、フロントサスペンション、フロントディスクブレーキのスポーツタイプの電動自転車は今日もピカピカに磨き上げられていて新品同様だ。
標高一八〇メートルの御零山中腹に位置する警備員常駐の大邸宅。それが我が家だ。親父は製薬会社の三代目社長。お袋は地元名家出身のお嬢様という絵に描いたような金持ち一家の次男坊が、俺だ。ちなみに兄は東京の大学で法律を学ぶかたわら、ITベンチャーを立ちあげてなにやら荒稼ぎしているし、親類縁者には医者やら学者やらとご大層な肩書きの面々に枚挙の暇がない。その本家扱いがこの零山家だ。まあ、俺はといえば、次男坊の気軽さでモラトリアム期間を謳歌する放蕩息子といったところがせいぜいの、ちょっとした問題児ではあるのだけれど。
通用門を出ると、真っすぐ麓へ続く林道へ出る。この山に建物は俺の家くらいしかないので、ほぼ我が家専用の私道だ。坂を下った先に、俺が通う高校がある。距離約一キロ、高低差約八〇メートルのこの坂を登り降りするのが、ひらたくいえば俺の毎日だ。
ペダルに力を入れる。
斜度八%の坂道なので、だまっていても相当な速度が出るが、俺は毎日全力でこの坂を下っている。手元の液晶メーターを見る。あっという間に電動アシストが切れる時速二四キロを過ぎ、三〇キロ四〇キロと速度表示が変わる。速度に合わせてシフトグリップを回してギアを上げていく。道路脇の木々が次々と後ろに飛ばされていく。空気の塊を切るように自転車は坂を下っていった。時速五〇キロを過ぎたあたりでスピードはだいたい頭打ちになるので、俺はペダルを漕ぐのをやめ、ゆっくりとブレーキをかけていく。
短時間での身体への負荷が時間差であらわれる。息があがり、汗が吹き出てくる。しかし、時速五〇キロで俺の身体を直に突き抜けていく世界に身を委ねるのは、他の何にも代えがたい快楽だ。お袋には辞めろと何度も止められているが、これだけは辞められない。
子供の頃から、この坂を猛スピードで自転車で下ることが好きだった。
何度か転んで大怪我をしたこともある。しかし俺は全力で坂を下ることを辞めなかった。辞めるどころかさらなるスピードを希求した。空気の壁を身体に感じ、そこをこじ開けるように疾走する世界こそが本当の世界だと思うのだ。
インターネットやゲームみたいなバーチャルの世界にどれだけのめり込んでも、直に感じる風の重さや、地面の僅かな凹凸を何倍にも増幅して暴れるように振動するハンドルバーが、この世界の圧倒的なリアルを再確認させてくれる。もっとも、この坂を自転車で登るのは好きじゃないので、だからこその電動自転車なのだが。そこが、甘ったれの放蕩次男坊の限界ではあるのだが。
坂を下りきると高校の裏手、ちょうど体育館の真裏、二メートルほどの高台を走る市道にぶちあたる。その道は車通りもそこそこあるので、速度を二〇キロ程度まで落とす。市道を右に入り数十メートル進んだところにある裏門から校内に入る。駐輪場に自転車を駐めると俺は腕時計を確認した。
一一時三〇分。四限目の途中か……。
教室に行くのはやめた。今更遅刻で怒鳴られてもどうってことはないが教師とのいらぬ軋轢は避けた方がいい。昼休みに教室に戻って次の授業から何食わぬ顔で受けるのが得策だろう。
俺は、俺が仕掛けたとある謀略の末に勝ち取った自分の『城』へ向かった。
部室棟――旧棟ともよばれる三階建のその建物は、文化系クラブの部室のみが並んでいる棟だ。その三階の一番奥が俺の勝ち取った『城』だ。『東洋哲学研究部』とプレートが表示されたドアを開ける。
東洋哲学研究部――部員、目下のところ一名。つまり、俺しかいない。活動内容――不明。実のところ、東洋も哲学もなにひとつ研究してない。本棚にはおあつらえ向きに古書店で揃えてきた孔子だの孟子だのが並んでるが全部ダミーだ。この高校に自分だけのアジトを作りたいがために、俺がでっちあげた部活だ。小難しくてつまらなそうな看板を出しとけば、入部希望者が来ることなんてないだろうという魂胆でその名前にした。さらに通常部活を新たに立ち上げて部室を拝領するには、五人の部員と設立趣旨書原稿用紙五枚程度、それから教師一名へ顧問の依頼が必要になる。そういった煩瑣な手続きを殆どすべてすっ飛ばしてこの部室を勝ち得たのは、俺が知略謀略を尽くしたからに他ならない。
俺は、悪知恵を働かせるのが好きなのだ。
人を陥れるのが好きなのだ。
もちろん、大っぴらに悪事は働かない。大多数の教師や、クラスメイトにとって俺はやる気のない金持ち次男坊でしかないだろう。必要以上に人に慕われないために日頃の言動をややエキセントリックになるように調整しているが、悪人と思われるようなことがないように慎重にバランスを取っている。目的達成のため、入念な下調べを行い、ターゲットを絞り罠にかける。それが俺のやり方だ。
俺がハメたのは世界史の長塚明という教師だった。
ボソボソと喋りながら黒板に板書をするだけの、つまらない授業をする男だ。
授業中はクラスの男子生徒の半分が寝ている。女子は半分が机の下でケータイやスマフォをカチカチやってる。それを注意もしない。
痩せて顔色も悪い。絶対にモテないと思う。四十半ばだと思うが、あれは確実にまだ童貞だ。
魔法使いどころの話じゃない。あれは大魔導師レベルだ。
俺も童貞だが魔法の使える年齢じゃなので関係ない。ともかくターゲットはその教師だった。
ヴァン・エック監視という盗視技術がある。
簡単に言えばPCやPCに接続されたケーブルから漏れ出る電磁波を特殊な装置で復調することで、モニタ画面を盗視できる技術だ。モニタ画面をただ盗視したいということであれば、トロイの木馬型ウイルスを仕込むのが簡単だが、この技術を使うとPC自体にはそういった痕跡を一切残さないで済む。そしてさらにこの技術が優れてる点は、ウイルスと違いあまり人に知られてないことだ。まさか自分のPCのモニタが、他の場所で誰かに盗み見られているなど誰も思わない。
微弱な電磁波を離れたところから受信するには高価な装置が必要だが、PCの電源ケーブルを接続するタップに簡単な送信装置を仕込めば割と安価にすむ。電源ケーブルがまさにその電磁波を発してるからだ。
これをいくつか、教師がPCを使う各教科の準備室に設置した。用務員の手伝いで雷予防タップと交換してますと言って、送信装置を組み込んだタップと入れ替えた。
タップから送信された電磁波は屋上に立てられたハム無線のアンテナから再送される。今はもう廃部となった無線部が立ててそのまま使われずに放置されてるアンテナだ。ここにも電磁波をまとめて再送信するためにちょっとした装置を加えた。その電波を今度は自宅に設置した復調装置で受信する。ここでデコードされて映像となったデータは自宅サーバーに録画されると同時に、ネットでリアルタイム配信される。ネット配信といっても認証をかけたので俺にしか見られない。それをスマフォで見るのだ。学内LANを利用すればもっとシンプルな構成にもできるが、なるたけ足の付かない方法にした。なんだかんだでカネがかかったが、俺は金だけはあるのだ。家が金持ちだから。
教師がPCで制作するテスト問題を盗視できないか、と期待してのことであったが、復調装置をケチったので、盗視したモニタ画面は残念ながら不鮮明で文字の判別は難しかった。
まあでも、面白い。
こういうことは仕込んで実行すること自体が楽しいので落胆は小さかったが、いろんな教師のモニタ画面を盗み見ているうちに思わぬ収穫があった。世界史の教師が、勤務時間内にエロチャットをしてたのだ。ウェブカメラの前で脱いでいく女の子とチャットできるサイトだ。しかもサンプル動画を見るだけでなく、金を払ってツーショットチャットをしていた。
――こんなサイトにほんとうに金を使う大人がいるんだ。
しかもよりにもよって教師だ。セーラー服のコスプレ女子相手に、高校教師が何やってんだよ。せめて家に帰ってからやれ。残念ながら音は聞こえないし、文字も不鮮明なのでどんな会話が繰り広げられてるか分からないのが悔しかったが、俺はこれをネタにちょっとこの教師に働いてもらおうと思った。
ただし、俺はあからさまに脅しあげたりはしない。
脅迫は素人がやることだ。
あくまで善意の第三者を装うのだ。
その教師がかなりの頻度でそのエロチャットを利用しているのを二週間ほどのリサーチで確認すると、俺はその教師と接触した。
そして俺はこういう作り話をした。
IT企業を起こした兄の知り合いに、その筋の怖い人達が経営しているエロサイトの技術者がいる。彼が顧客のIPをチェックするとうちの高校からのアクセスがあることが分かった。更にローカルIPからこの世界史準備室からのアクセスだと分かった。このIPのログが残ったままだと、いずれヤクザがそれをネタに脅迫に来る可能性があるというが、先生に心当たりはありますか? と。
教師はたちまち青い顔をした。彼女が……と言ったきり絶句したまま額から汗が玉のようにふき出ている。一目瞭然の慌て方だった。ローカルIPなんてネットの向こうから分かるはずもないのだがこの教師のITリテラシーが低いのはリサーチ済みだ。少しでもリテラシーがあれば、勤務時間内にエロチャットをするはずもない。教師の周章ぶりを十二分に楽しんだあと、俺は普段は使わないとびきり慇懃な口調で言った。
「大丈夫です。私もまさか先生がそんなことするはずはないと思ってます。兄も私が通う高校で不祥事が起こるのは望んでいないので、その技術者に頼んでIPのログデータは削除してもらったそうです。ただ、確認と報告だけはしとけと兄に頼まれまして……」
たちまち教師が安堵の顔を浮かべた。実にわかりやすい大人だ。そしてこの安堵の瞬間こそ人がもっとも油断するタイミングなのだ。たとえば尿意を我慢して我慢してようやくトイレに入った瞬間、人は安心してうっかりパンツを下ろす前に漏らしてしまうことがある。緊張から安堵への弛緩は人を油断させる。さらにその緊張から安堵への落差が激しいほど人は油断する。
その瞬間こそ、脅迫などよりも確実に人に要望を通せるチャンスなのだ。
俺は間髪をいれずに、後ろ手に持っていた用紙を満面の笑みを浮かべながら差し出す。
「ところで先生、私部活を起こしたいのですが顧問になって貰えませんか? 名前だけでいいのです。ここにハンコを捺して貰るだけでいいので」
思考停止に陥った教師は機械的に机の引き出しからハンコを引っ張りだすと、用紙の内容も見ずに印を捺して返してくれた。本当はここで設立趣意書の確認が必要なのだがそんなことも忘れている。
ともかくこの紙ペラ一枚で、部室がひとつ手に入る。
部員欄だって適当な生徒の名前を並べただけなのに。
判ひとつあればどんな紙も効力を発揮する日本の慣習バンザイだ。
その部室で、今俺はPCに向かっている。
ミドルタワー型の最新スペックマシンだ。二枚グラフィックボードを挿し、計四枚の二四インチ液晶ディスプレイに接続してある。
このPCは俺の私物だ。校内の備品PCはどれも数年落ちのものばかりで略取するのも馬鹿馬鹿しいからだ。
世界史の童貞青瓢箪教師以外に、準備室のPCで面白いことをやっている奴もいなかったので、ヴァン・エック監視はとうの昔に飽きていた。(付け加えると、青瓢箪もさすがにエロチャットは辞めたようだ)俺のリサーチ対象は今や全生徒に向かっている。手始めに生徒がやっているツイッターを、出来る限り把握することから開始することにした。
本当はLINEの学校関連のあらゆるグループチャットに潜入したかったが、ダミーアカウントで身内のグループチャットに誘われるのは案外難しく早々と諦めた。その代わりにツイッターにターゲットを絞った。
最初はリアルで顔も名前も知っているクラスメイトからフォローを始めた。そしてそいつがタメ口で頻繁に会話をしているIDを片っ端にフォローしていく。さらにその先でもフォローを続ける。もちろん闇雲にフォローしただけではそのIDがうちの学校の生徒なのかすら分からない。その複雑に交差するフォロワーの糸の中からうちの学校の生徒だけを濾しとっていく地道な作業の開始だ。
本名や自分のプリクラでプロフィールを登録している者は少ないが、コミュニケーションツールであるので、ボロが出る。写メを貼る。普段使ってるアダ名で人を呼ぶ。部活のことをつぶやく。何時間目の英語の授業で抜き打ちテストがあったと愚痴る。そういう個人情報が出やすいワードで検索をかけ発言を抜き出して、IDごとにデータベース化していく。ある程度数が溜まった段階で、予め用意していた各種名簿や時間割といった資料を使って類推すれば、意外と簡単に誰が誰だか分かってしまう。
リサーチ開始後ひと月で、全生徒の七〇%近いIDが判明した。
一人分かると芋づる式で関係している人間が分かっていくのが面白かった。
さらに俺は、校内の防犯カメラに注目した。
この学校にはどういう訳か廊下や階段、校庭中庭至るところに防犯カメラがあるのだ。
いじめ予防だかなんだかと、もっともらしい理由で取り付けられたらしい。
俺はこのカメラの映像が観たいと思った。
以前観た刑事モノの映画のDVDに、お台場中の防犯カメラをチェックするというシーンがあった。俺はあのシーンに興奮したのだ。自分が視られていることも知らずに、お台場で遊び呆ける連中を、巨大モニターで監視するというのは神にも似た行為でないか? そしてそれはたまらない快感をもたらすと思ったのだ。
そして、おあつらえ向きに学内には防犯カメラがある。
これを利用しない手はない。
俺は校内の防犯カメラの映像が学内LAN回線を通り、普段用務員が来客の受付をしたりしなかったりする待機室のサーバーに集約され一定期間動画として保存されることを調べあげた。何か問題が起こった時に録画ファイルを調べれば良いとでも楽観視しているのか、リアルタイム映像が確認できるモニターは、節電という理由で常時電源が切ってある。さらにそのサーバーは防犯カメラ周りのみを扱う独立したサーバーで、成績などの個人情報を管理するサーバーと違いセキュリティが甘そうだった。
数日前の放課後、俺は防犯カメラの死角になるひと気のない校舎の裏で紙の束を燃やした。
必要以上に延焼しないように、燃やす場所と量には気をつけた。
顔に大きめの絆創膏を貼ってから、ある程度煙が上がるのを待って校舎のほうへ戻っ た。そしてその辺を歩いていた学年の違う生徒を捕まえて裏手に立ち上る煙を指さし「あそこで火事だ! 用務員を呼んできて!」と声をかける。
俺は目立たない容貌だし、突然声をかけられた上に、絆創膏の方へ意識が向くので顔はすぐ忘れるはずだ。もっとも俺は日頃のリサーチの成果で相手が誰だが分かっていたが。
そいつが慌てて待機室へ駈け出してたのを見届けてから、顔の絆創膏を剥がして俺も違うルートで向かう。待機室へ着くと、もう用務員はいなかった。俺はここでも防犯カメラの死角から慎重に部屋に忍び込むと、サーバーのUSB端子に、ポケットから出したUSBメモリを差し込む。一〇秒ほど待って、メモリのアクセスランプが消えるのを確認してから抜いた。
これで、トロイの木馬型のウイルスが入った。
再度慎重に待機室を出ると、あとは悠然と駐輪場へ向かった。帰るのだ。途中、バケツをかかえた用務員と先ほど俺が声をかけた生徒とすれ違った。消火が済んだらしい。予定通りボヤ騒ぎで終わったようだ。その生徒はもう全然俺のことなど忘れているようで気づきもしなかった。
家に帰ると、深夜になるまで待ってから防犯カメラサーバーへ侵入開始した。
合計二十台のカメラが秒間一〇フレームほどの粗めの白黒映像を撮っているようだった。映画のような高解像度でも、各映像をズームできたりもしないお粗末なものだったが、俺もあの俳優のようにイケメンでもないしこんなもんだろう。俺はまず今後の活動の保険のために映像を一切録画しない設定にした。ログを見る限り、ほとんどこのサーバーはログインされた形跡がないので、よほどの事件がない限り録画ファイルを見ようという気は起こらないのだろう。現に今日のボヤ騒ぎぐらいでは見向きもされなかった。録画を止めてもしばらくはバレないだろう。さらに念のため全てのログインパスワードを変更しておいた。いざというときに時間が稼げる。
さてこのままでも防犯カメラ映像は確認可能だが、いろいろいじくり回したせいもあり、ウイルスが残ったままだと心配だ。一度映像を防犯カメラサーバーから海外匿名サーバーを経由して俺の自宅サーバーへリアルタイム配信するように細工をする。そして最後に、仕込んだウイルスと俺が侵入したログの形跡を消去した。これで防犯カメラサーバーへの侵入はできなくなるが、あとはどのPCでもスマフォでも、ネットブラウザで俺のサーバーへ接続さえすれば防犯カメラ映像が見られるようになる。
俺はここ数日部室のPCから、その防犯カメラ映像を四台のモニタに碁盤の目のように配置して楽しんでいる。あの映画に比べると見劣りはするが、あっちはフィクションだ。これにはリアルの感触があった。モニタには昼休みとなって騒がしくなった校内の映像が流れていた。
しかし、平穏だった。
いつもと変わらない日常風景だった。
こうまでして俺は何がしたいのか。たしかに誰かの弱みを握りたいという意図もあったが、それだけじゃない。俺は事件を渇望していたのだ。つまらない日常のループから抜け出したかった。校内で事件が起こるなら、それを最前線で見物して体験したかった。
監視に飽きて俺はスマフォを手にするとツイッターアプリを立ち上げた。俺のアカウントは、まるで出鱈目だ。ちなみにこのアカウントで、IDの分かっている生徒は全員フォローしてある。怪しまれてもいけないので、日に数回はつぶやくようにしている。俺は役になりきって、昼のツイートをした。
ツイートを終えると俺はスマフォをキーボードの傍らに置いた。家政婦が用意した弁当を食いながら、再度防犯カメラを眺めて時間を潰した。
そして、ついに俺は退屈な日常のループが途切れる音を聞いた。
爆発音がしたのだ。防犯カメラの映像は音声がないので、校内のどこかか響いてきたものだ。
音からやや遅れて、部室の窓がカタカタと振動した。
俺は四枚のモニタの防犯カメラ映像に目を走らせる。
いくつかサーバーを経由させてストリーミングさせてる映像なのでリアルタイムといっても現実時間と十秒程度ズレがある。今なら爆発の瞬間を確認できるはずだ。俺はカタカタと地震のように画面が振動するカメラを見つけた。部室棟三階廊下のカメラだ。やがて奥のトイレからヤンキー生徒二人がよろめきながら飛び出てきた。その後を追うように白煙がトイレ入口から廊下へ漏れる。
すぐ近くだ。
俺はスマフォを掴むと、部室を飛び出して現場へ向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます