6.ヒーロー


 どうしてこんなことに。と狐人族の少女、ヤタは手に持つ刀を振るいながら心の中で嘆く。

 ここにいるヤタと狼人族の少女、ユキ、そして猫人族の少女、レラは迷宮都市アルダークに校舎を構える冒険者学校の生徒だった。


 冒険者学校とはその名が示す通り、戦う術であるスキルの習得や訓練などの授業を行いながら、冒険者としての活動のノウハウを学ぶ迷宮都市によって設立された教育施設だ。

 最長でも10年、飛び級制度もあるが、普通に進級した場合6年の学習を行うことで卒業できて、卒業生は自動的に駆け出し冒険者の証であるEランクから、一人前の冒険者であるDランクへとランクを上げる事ができるというシステムだ。


 そんな冒険者学校の4年生であるヤタたちがダンジョンに来たのも授業の一環だ。

 迷宮都市の中心に位置するこのダンジョンでは、スキルと呼ばれる超常的な技能を手に入る本、『技能書スキルブック』と呼ばれるアイテムが主に手に入る。

 大抵の冒険者はそれを目当てにダンジョンに潜るのだが、冒険者学校の生徒にとってはそれだけではない。

 ダンジョン2階層まではゴブリンと呼ばれる低級の、危険度ランクEのモンスターしか出現しないので、都市郊外のモンスターが出現する区域よりも安全に腕試しができる場所として学園からも推奨されているのだ。


 そんなわけで2階層で戦闘の訓練をしていた3人だったが、ヤタたちのレベルは7、更に同学年の中では成績上位者という事もあり、格下のゴブリンなら3体同時に相手をしても問題ない位の力を既に持っていた。

 そこで3人組のムードメーカーであるレラはこう提案したのだ。「今日は3階層まで行ってみないかニャ?」と。

 物静かでクールな性格のユキは「やめた方がいい、と思う」とやんわりと反対していたのだが、この3人組パーティのリーダーであるヤタはそれを聞いていい機会かもしれないと思った。

 2階層までで手に入る技能書ではゴミみたいなスキルしか手に入らないことが多いが、3階層からは多少マシになるらしい。スキルレベルIIのスキルも出てくるのだとか。

 実力が伸び悩んでいた彼女たちにとって新しいスキルは喉から手が出るほど欲しいものだった。

 話し合って、階層と階層を繋ぐ階段から余り離れないところで、危険になったら直ぐに逃げようと約束して少しだけ探索することになった。

 先生からは「3階層からが本当のダンジョンですよ」と聞いていたのに。

 出現するモンスターこそゴブリンだけのままだが、罠という形でダンジョンが牙を剥くと知っていたのに、だ。


 それでも最大限に注意はしていたつもりだった。たとえ罠にかかっても階段の近くにいれば逃げ切れると思っていた。

 今となるとその認識は甘かったとしか言いようがない。どこかで慢心していたのだろう。ゴブリン程度なら何とかなると高を括っていたのだろう。

 先生たちの言うとおりに探索用のスキルを手に入れてから3階層に下りるべきだったんだ。ヤタはそう後悔するが過去には戻れない。


 結果的に彼女たちは罠にかかり、撤退もできないまま、今も40を超えるゴブリンの群れに包囲されていた。


「……ごめんね、ユキちゃん」

「問題ない。みんなで決めたこと、でしょ?」


 対峙するゴブリンを切り伏せたヤタはバックステップでその場を離れ背中合わせのまま、副武装である短剣でゴブリンの相手をしているユキに話しかける。

 ヤタの弱気な言葉にユキは軽く微笑んで気丈に返事をするが、2人とも肩で息をしている。体力の限界はすぐそこまで近づいていた。

 2人の中心にはレラが頭から血を流し、横になって気を失っている。

 ゴブリンの投斧によって傷つけられた彼女は加護のおかげで致命傷を受けた訳ではないが、動けない状態だ。

 

 ヤタとユキにレラをおいて逃げるつもりはなかった。単純にレラが無事だったとしてもこの包囲網を戦闘以外で突破する方法がなかったのも理由の1つだが、彼女たちは冒険者のパーティである前に仲の良い友達だ。その友達を見捨ててまで生き延びたいとは思わなかった。


「……うん、そうだよね。でも全然キリがないよっ!」

「そうでも、ない。あのうるさい音が消えた。多分もう、増援は来ない」

「!……本当ですっ!それなら後はここにいるゴブリンを全部倒しちゃえば帰れます、ねっ!」

「あと、50くらいなら、へっちゃらつ……!」


 ユキの言葉で、罠にかかった時から鳴り続けていたサイレン音はいつの間にか消えて、通路から無限とも思えるように現れていたゴブリンも今はまったく出てこない事にヤタは気付く。

 つまり、ここにいるゴブリンを全て倒せばここから脱出できる。それが途方もない事だとわかっていながらも彼女たちは諦めない。全員で笑って帰れるように全力で足掻くのだ。

 倒れ伏したレラを守るように二手に分かれてゴブリンを捌き続ける。


 均衡が崩れたのはそんな会話のすぐ後だった。


「……くっ!《白兎ハクト》!」


 3方向からの同時の投斧。自力では防ぎきれないと判断したヤタは少しでも気を抜いたら倒れてしまいそうな体にムチを打ち、秘技アーツを使う。

 秘技とはスキルによって与えられる絶技だ。魔力を消費して発動するそれは不可能を可能に、時には物理法則すらも凌駕する。

 今、ヤタが発動した秘技、『刀 I』スキルによって与えられたその秘技の能力は。

 

 斧が自分に向かってくるというのにヤタは迎撃することなく、刀を鞘にしまう。そして正面から飛んできた斧に一歩、自分から踏み込んだ。

 斧が眼前にまで迫るが関係ない。なぜなら……


「ギイッ!?」


 正面から投斧したゴブリンは驚き、悲鳴じみた鳴き声を漏らす。

 確実に仕留めたと思ったヤタの体が自分の目の前に突然現れていたからだ。


「やあっ!」


 そのまますれ違いざまに一閃。高速の居合切りでヤタはその悲鳴を上げたゴブリンの首を切り飛ばす。


 敵の目の前に跳ぶ限定的な瞬間移動からの居合切り。それがこの《白兎》という技だった。


 秘技によってなんとか窮地を凌いだヤタだが、今の攻撃で包囲網に深く攻め入りすぎた。そのせいでギリギリで保たれていた攻防のバランスが崩れる。

 ゴブリン1体がヤタを無視して倒れているレラの方へと走り出したのだ。


「っ!」


 それを見るや否や、ヤタは襲いかかってきたゴブリンを刃で押し返し、踵を返してレラの元へと戻ろうとする。

 《白兎》はモンスター相手なら強力な秘技だが、使用条件として敵が自分を見ている必要がある。よって、今のこの状況では使えない。

 自分の足でレラに襲いかからんとするゴブリンを止めようとしたヤタだったが、遂にその体に限界がきた。

 踏み込んだ足がガクンと折れ、ヤタはその場に崩れ落ちる。


「あうっ」


 秘技は魔力を使用して発動する絶技とあるが、体力や精神力なども当然の様に消耗する。魔力だけがあれば発動できるわけではない。

 魔力や戦闘でついた小さな傷こそレベルアップの恩恵で回復する事ができるが、体力や精神力は気合で誤魔化すしかない。

 ダンジョンに入ってから、ゴブリンに包囲されてから、スキルを連発したヤタにはこれ以上動く気力は残されてなかった。


 それでもヤタは、ガクガクと足を震わせながらもなんとか立ち上がる。しかしゴブリンとレラの距離はもう目と鼻の先。たとえ彼女が万全の状態でも間に合わない。


「やっ、だめえええ!!」


 ヤタは静止の声を上げるが、ゴブリンの動きは止まらずにレラにその勢いのまま飛びかかる。

 ユキはヤタの声でゴブリンがレラを狙っていることに気付くが、彼女が今持っているのは主武装の弓でなく短剣だ。

 弓を持っていれば秘技を使い、撃ち落とすこともできたかもしれないが、今から用意しても間に合わない。


 ゴブリンが高く斧を振りかぶった。

 間に合わないとわかっていながらもユキとヤタはゴブリンを止めようと手を伸ばす。

 彼女達の思いはゴブリンには届かない。あとはそのまま斧を振り下ろすだけだ。

 ああ、ごめんね。守ってあげられなくてゴメンなさい。そんな懺悔の思いが2人の胸中を巡ったその時。視界の端で金の閃光が映った。


「……え?」


 瞬く間という表現が正しいのだろう。ヤタは自分の目の前に広がる光景を見て思わず声を漏らす。


 どう足掻いても避けられないと思っていたゴブリンの凶刃は宙に浮いていた。斧を持つ手ごと切り飛ばされている。

 レラの前に立つ、冒険者とは思えない軽装に身を包んだ男はふぅっと息を吐くと、斧を失ったゴブリンを回し蹴りで群れの方へと弾き飛ばす。


 ここまでの出来事が一瞬で起こった。そして同時に理解する。この男性が自分の友達を救ってくれたのだと。

 見た目は普通の青年。自分たちと同じくらいの年に見えるその男の人は何故か苦い顔をして立ち尽くしている。


「あ、あの……」


 どうして私達を助けてくれたのかはわからないけど、とにかくお礼を言わなくちゃとヤタはその少年に話しかけようとすした。

 少年はヤタの声に一瞬、ビクッと反応した後、背負っているバックパックのような物をその場において、深呼吸をしてからこう言い放った。


「荷物は頼んだ。後は俺に、任せろっ……!」

「え?……えっ!?ま、待って!」


 ヤタの静止の声を振り切り、少年はゴブリンの群れへと突貫していった。




(あー……すっげードキドキした)


 胸に手を当てなくてもわかるくらいに心臓がバクバクと鼓動している事を意識しつつ、包囲網に自ら飛び込んだ少年ことカイトは、突然の乱入者を警戒するゴブリン達の前に立つ。

 この心臓の鼓動は今から挑むゴブリンの群れとの戦いに緊張しているとかではない。多分、久しぶりに知らない人に自分から話しかけたせいだ。

 昔はコミュ障じゃなかったんだけどなあ……。カイトはモンスターに囲まれているというのに呑気にそんな事を考えていた。


(でも、間に合って良かった。助けに来たのにもうやられてましたーじゃ、笑い話にもならないよ。……いや、そもそも俺がもっと早く助けに行きゃ良かったんだけどね!)


 部屋の外から見た通り、2人のケモミミ少女は仲間を庇っていたらしい。本当に危機一髪といったタイミングだったけど自分はどうやら間に合ったみたいだ。

 ……まあ、ギリギリのタイミングになったのは自分がウジウジと悩んでたせいだけど。とカイトは自分で自分にツッコミを入れる。


「……さてと、間に合ったからには気合い入れて頑張らなきゃ、だよね」


 敵を前にしているというのに緊張感の欠片もないカイトは、深呼吸して鼓動を鎮めると、短剣を構える。

 後ろには倒れて動けない女の子が1人と体力がギリギリで疲労困憊と見える女の子が2人。加勢こそ望めないものの数が手薄になれば自分達で身を守れるだろう。ならば自分はこのゴブリンの群れの大多数を削ればいい。


 ……きっと、今。緊張感を感じられないのは誰かの命が自分の行動によって左右されるという状況に心が麻痺しているせいだ。

 俺が死ねばあの少女達も死ぬ。自分からこんな責任を背負うことなどないように、と思って生きてきたけど、そんなに人生、甘くないらしい。

 

(まあ、それも今だけの話。これが終われば元通り。自分1人のことだけ考えればいい)

「……だから、今だけはどうか。俺に力を。この思いを貫き通すだけの力を!」


 カイトはそう言うと、ゴブリンに向けて突貫する。


「ギィッ!」

「遅い!」


 一番近くにいたゴブリンがカイトに飛びかかるが、その動きはレベルアップしたカイトにとっては簡単に見切れるものだ。

 ゴブリンが斧を振り下ろすよりも早くその身に接近したカイトは、斧を持つ手を切り飛ばし、宙で無防備になるゴブリンを集団の方へと蹴り返す。


 その間にも別方向からゴブリンが殺到する。

 見れば、少女たちの方を囲んでいたゴブリン達もカイトを警戒してか、大多数がカイトの包囲に集中していた。

 カイトは少女達の危機がほぼ去ったことに安堵し、そして再び気を引き締め直す。自分がやられてしまえば引きつけているゴブリンだって少女達の方に向かってしまうからだ。

 クルクルと落下するゴブリンの手に掴まれたままの斧を手に取り、そのままスキルを発動する。


「《シングルシュート》!」

 

 右手に持つ短剣と左手に持つ石斧の同時投擲。レベルアップの影響で威力の増した『投擲 I』のスキルによって双方向に放たれる。

 青白い光を纏いながら放たれた短剣の威力は減衰せずに数多のゴブリンの身を貫き直進する。それと対照的に、赤く輝きながら旋回する石斧は荒々しく敵を薙ぎ倒していく。


 壊滅的な被害をゴブリンに負わせるが残り1つの方向、背後から無手となったカイトに向けてゴブリンが突撃する。

 とはいえ、カイトがそれを考慮していないわけがない。ゆらりと振り返ると、逃げずに自らゴブリン達に突っ込む。


「《スパークル・ハイ》!」


 もう少しで激突するというところでカイトは『スライディング II』のスキルを発動、閃光のようなオーラを纏い滑走する。ゴブリン達はその勢いに抗えずに、体を抉られ吹き飛ばされた。

 カイトはその勢いのまま直進し、壁に衝突してその動きを止めた。


「……イテテテ。結構、練習したけどまーだちゃんと止まれないのな」


 土煙の立つ中、カイトはそうボヤきながら立ち上がる。壁に激突したものの、スキルのおかげで足首などは痛めてなかった。

 無傷で再び土煙の中から現れたカイトの姿を見て、ゴブリン達はジリジリと後ずさる。ほんの一瞬で三分の一ほどの仲間が犠牲になったのだ。攻めあぐねるのも無理はない。

 だが、敵の手にはもう武器はない。その事を確認するとゴブリン達は意を決して、足を前に進めようとする。

 そんなゴブリン達の動きを見て、カイトは新しく手に入れたスキル。魔法を発動するために詠唱する。

 

「我が紡ぐは理力の糸―――《マギ・ストリングス》」


 1節の短い詠唱を唱え、右手と左手からそれぞれ青白く発光する糸が現れる。それはゴブリン達の身を貫通して、あるものに繋がってピンと張られていた。


 カイトが新しく手に入れたスキル、『糸魔法 I』の必殺技、《マギ・ストリングス》は自分が一度触れたものと自分の手の間を伸縮自在、不可触の魔力で出来た糸で繋ぐ魔法だ。

 不可触の名の通り、繋いだものの間に生物の体があろうとそれを貫通して糸を出せるが、殺傷能力は全くない。魔力を多少流せるが体に影響を与えるほどのものではないらしい。


 そして今、カイトが自分の手と繋いだものは。


「よっと」


 ピンと張られた糸が巻き取られ、繋がれたものが引っ張られるようにカイトに向かう。カイトはそれを掴み取った。

 それは先程『投擲 I』のスキルを使って投げた短剣と石斧だった。

 クルクルと手で回して異常が無いか感触を確かめた後にしっかりと握る。


「……はあ、やっぱ異世界でもポエムるのは恥ずかしいや」


 何の問題もない事を確認した後、カイトはゴブリンを目で牽制しながらも、ため息を吐いて気の抜けた感想を漏らす。

 先の詠唱は自分で考えたわけではない。説明欄に書いていたものをそのまま読み上げただけだ。

 どうやら魔法系のスキルの必殺技は全て詠唱が必要らしい。これから魔法を手に入れるたびに恥ずかしいポエムを詠まされるのかと思うと心配だ。主に自分のメンタルが。


 一応、カイトの面子を保つためにもう一度だけ。先の詠唱は自分で考えたわけではないのだ!


 そんな事を考えていたカイトだったが、まだ戦闘は続いている。大きく数は減らせたものの手札は全て晒したのだ。ゴブリン達は低脳かもしれないが馬鹿じゃない。先のようには上手くいかないはずだ。


「……さーて、かかってこいよ。簡単に終わる気なんてさらさらないぜ?」


 その事を十分理解しつつも、カイトは不敵に笑いながらゴブリンの群れへと突貫していくのだった。


 ―――全てはかつて、自分が捨てた理想のために。







 「……すごい」


 ヤタは突然現れた青年の戦いぶりを見てポツリと呟いた。


 最初は加勢しようと思っていたのだが、今の自分では足手まといにしかならない。

 頑張ってと心の中で祈るしかできない自分の事を腹立たしく思っていたヤタだったがその青年はそんな心配など不要とばかりに一気に大多数のゴブリンを倒したのだ。

 その後は派手な攻撃こそしないものの堅実に、身体中に傷を負いながらもゴブリンの数を確実に減らしていっている。

 ヤタは地面にへたり込みながら、その戦闘に魅入っていた。


「……レベルはおんなじくらいなのに、本当にすごい」

「……えっ?あの人が私達と同じくらい、ですか!?」

「うん、あの人、レベル10。私達とあんまり、変わらない」


 戦闘に魅入っていたのは隣にいたユキも同じだった。

 3人の中で唯一、動ける彼女は武装を主武装の弓に持ち替えているが、それを彼女が放つ事はなく、どこかボーッとした様子で青年が戦う様子を見ていた。

 ユキは『鑑定 I』のスキルを持っていて、見たものの情報がある程度わかるという能力を持っている。そのスキルは自分とのレベル差が10までの相手なら詳細な情報まで読み取れるのだ。

 その彼女が言ったのだ。あの青年が自分達とレベルがさほど変わらない、と。しかも今の状況は紛れもない修羅場だ。 

 レベルはモンスターを倒す事で上昇するが、自分をピンチにおくことで、自分よりも強い相手と戦うことでレベルの上昇率は跳ね上がる。

 ならば、自分達3人が危機に陥っているこの修羅場に現れた青年もまた同様に、ここに居るのは危険で。レベルは10よりも確実に低いものだったはずなのだ。


「それなのに、なんで……?」


 ヤタは視線の先の、着ている白いカッターシャツを自身の血とゴブリンの返り血で真っ赤に染め上げた青年の背を見て震える声で呟いた。

 ……よくよく考えれば、あの青年がゴブリンの群れを単独でなんとかできるような冒険者なら、加護の力でゴブリンの攻撃で傷が出来ることなどないのだ。

 彼が傷を負っているのは、紛れもなく、青年が自分達と同じくらいのレベルで、ゴブリンの攻撃で傷つくレベルだというこれ以上ない証拠だった。


 だからこそ解せない。彼が高レベルの冒険者だと言うのなら自分達を助ける理由も分かる。自分は危険を冒すことなくゴブリン達を倒した後で、私達3人を人売りにでも出せばいい。無為に死ぬところだったのを助けてもらうのだ。そうされても文句は言えない。

 だけどあの青年は違う。彼は自らも危険に晒されるのを承知でここに、私達を助けに来たのだ。


 ヤタにはそれが理解出来なかった。冒険者は基本的にはパーティメンバー以外とは相互不干渉。自分達の横で誰かが危険に晒されていてもよっぽど余裕がない限りは無視と相場が決まっている。

 それなのに、なぜ?とヤタが呆然と呟いたのを見て、ユキはそれに返事をする。


「分からない。けどあの人、昔3人で見た紙芝居から出てきた、みたい」


 そんな事もあったか、とユキの言葉を聞いてヤタはその紙芝居の内容を思い出す。

 たしか囚われた姫を救う勇者の話だったはずだ。傷だらけになりながらもたった1人の少女のために悪と闘うヒーロー。

 ああ、確かに言われてみれば。目の前の少年はまるで芝居から出てきたかのようだ。

 自ら困難へ飛び込み、ボロボロになりながらも決して折れない。何よりも力強く、そこに在り続ける彼の佇まいを象徴するかのような彼の目にヤタは心を惹かれていた。


(そういえば彼がヒーローさんなら私たちはお姫様?……ないない)


 ポツリと心に浮かんだ思いを首をブンブンと降り消し去る。いくらなんでもそれは夢を見過ぎだ。

 彼は何処にでもいる冒険者で私たちを助けてくれるのもきっと何か目的があるのだろう。だけど、それでも。


「……うん。かっこいい、ですね」


 ヤタは少年の戦いを。満身創痍になりながらも決して退かない、傷だらけのヒーローの姿から決して目を離そうとはしなかった。




 速水カイト 17歳 男

◆レベル◆ 6→?

◆スキル◆


『投擲 I』…《シングルシュート》、《リフレクトショット》

『スライディング II』…《スパークル・ハイ》

『糸魔法 I』…《マギ・ストリングス》




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