5.葛藤
「《スパークル・ハイ》!」
掛け声と共に闇に電光が疾る。
光速の滑走でゴブリンの体を抉り取り、吹き飛ばしたことを確認したカイトは即座に自分の体にブレーキをかける。
キイイイイン!!と足と地面との接触によって生まれた甲高い摩擦音が響きわたる。結果的に止まる予定だった位置から誤差1mほどで止まることに成功する。
「よっし!大分慣れてきた!」
それを確認したカイトは軽く拳を握り、小さくガッツポーズして素直に喜ぶ。
ゴブリンの包囲網から抜け出した後、カイトが行っていたのは手に入れたスキル『スライディング II』の練習だった。
足音に反応してやってきたゴブリンに向けて《スパークル・ハイ》を発動し、ゴブリンを倒しながら、発動前に決めた場所に止まる。それを何度も繰り返していたのだ。
(……それにしてもスライディング先輩マジぱねえわ。ゴミスキルって言って悪かったなあ)
最初に見たときはふざけたスキルだと思っていたのだが、練習を積み重ねる内に強力なスキルだと認識を改めた。
あの罠で引き寄せられたゴブリン達がまたバラバラになったのか、練習台は沢山いたのだが、そのことごとくを一撃で葬り去ったのだ。『投擲 I』と比べると段違いの威力だ。
どうやらスキルレベルは数字の高い方が強いスキルになるみたいだ。
それでもレベルが1違うだけでこんなにも威力に差があるとは……スキルは名前だけでは判断出来ないらしい。
「まあ、とにかく!このスキルのおかげでレベルも大分上がったし、おまけに新しいスキルに武器まで手に入ったし!最初と違ってえらく順調じゃん!……出口は全く見つかんないけどさ」
スキルの練習を繰り返す中で自分のレベルも6まで上がった。
今ではゴブリンの動きが緩慢に見えるほどに自分の身体能力が上昇していることを感じている。これはレベルアップの影響だろう。
自分のステータスの詳細は見えないのでどのように上昇しているのかはわからないけど、この様子だと全ての能力が均等に上がっているのだろう。
最近やりこんでたネトゲなんかじゃ敏捷極振り型のキャラばかり作っていたがこういうのもいいな。子供の頃やっていた王道RPGを思い出して懐かしい気持ちになれる。
他にも宝箱から新たなスキル1つと何の変哲のないように見える短剣を手に入れたことで更に戦力は上がっている。
その新たなスキルというのは魔法と呼ばれるファンタジー系小説にお約束な力の一種だ。残念ながら戦闘向きとは言いがたいが、スライディングのように目に見えた地雷のようなナニカという訳でもない。可もなく不可もなくといったサポート用のスキルとして使用していく事になるだろう。
短剣の方は特別な能力があるかどうかはわからないが、まともな刃物である。『投擲 I』を使用する事でもゴブリンを一撃で仕留める事ができる様になっていた。
とにかく、戦闘面の不安はほぼなくなったのだが、問題は未だ解決していない。いくら戦力があろうと脱出方法がわからないとこのまま餓死してしまう。
リュックの中に入れてあった菓子パンなどはつい先程、食べてしまった。今は食料どころか飲み物すら無い状態だ。
時計を見ると(異世界でも正常に機能しているかは知らないけれど)起きたときから3時間以上経過している。
早くなんとかしなければ!と練習ついでに出口を探しているのだが、一向にそれらしきものは見つからないでいた。
「……ま、なんとかなるか!」
そんな状況だったが、カイトは別にその事をあまり気にしていないで、楽観的でいた。どうせそのうち見つかるだろうし、見つからなければその時はその時だ。
「にしても、結構すぐに慣れるもんなんだな」
通路の壁に体を預け座り込んだカイトは最初にゴブリンを倒したときに自分が考えていたことを思い出していた。
ここでのルールにもいつかは慣れていくだろう。戦いにも忌避感を持たなくなるのだろうと思っていたが、存外自分は早くに順応してしまっている。
(喧嘩はあんまり好きじゃ無かったんだけどな……)
ここではそうするしかないとは分かっているけども、このままスキルと呼ばれる力を振るうのは正直言って……怖い。力で解決するのは一番嫌いなことだったはずなのに、な。
……このまま与えられた力を使い続けて、凡俗で愚かな自分が
これだから嫌なのだ。異世界だとか自分の手の届かないものを想像して悦に浸るのは。
自分はもう、身の丈以上の望みを持つつもりなどないというのに。
実際に来てみてわかった。やっぱり異世界なんてロクでもないものだった。こんなもの、アニメや小説、ゲームなんかで十分だ。
なんにもない自分がまるで何かに選ばれたような気分になってしまう。自分にしかできない事があると思ってしまう。
―――未だにそんな甘い事を考えている自分が堪らなく嫌いになってくる。
「……はぁ、やめやめ。暗いことばっか考えるのやめなよ。ちゃんと自制してれば大丈夫なんだから」
気づけばマイナス思考のループに陥っていたカイトはため息を1つ吐くと思考を打ち切った。
「大丈夫。レベルやスキルなんてただの借り物。どれだけ使いこなせても自分の力だなんて思うもんか。利用するだけ利用して元の世界に帰ってやるさ」
口に出すことで再確認するように、自分に言い聞かせるように呟く。
そんな時だった。
ヴーーッ!ヴーーッ!ヴーーッ!
けたたましいサイレン音が洞窟に鳴り響いた。
カイトは突然の事に驚いて耳を塞いで、ビクリとした後にきょろきょろと辺りを見回す。
自分がまた何かの罠にかかったのか?と疑って、辺りを警戒するカイトはサイレン音とは別にゴブリンの走る足音と叫び声を聞き、その場を跳びのいて短剣を構える。
ちょうど、20メートルほど先の曲がり角からゴブリンの姿が見える。その数は6。
どうやら通路にいたこともあり、さっきほどには敵を集めていないみたいだ。このくらいならなんとかなる。
そうカイトは考えて臨戦態勢に入るのだが、そんなカイトを一瞥すると、ゴブリン達はカイトを無視してそのまま直進していった。
「……あれ?」
それを見てカイトは気の抜けた声を漏らす。
(ゴブリンが来たし、またなにかドジったのかと思ったんだけど……あのゴブリン達の様子を見るにそれは違うのか?でも、さっきかかった罠みたいにゴブリン達が連携とって動いてるしなー……もしかして)
「……もしかして今、俺以外の誰かが罠にかかっている、のか?」
少しの間、考え込んでいたカイトはゴブリンの動きに一貫性が見られたこと、それでいて自分を襲わないところから自分以外の誰かが罠を作動させたのではないかと疑う。
……もし、推測が合っているのなら、この洞窟に自分以外の人がいることになる。
ここに来たということは恐らく帰り道も知っているのだろう。自分のようなイレギュラーでない限りは。
……そしてその人物が今ピンチだということも同時に理解する。
多分、この罠は自分が引っかかったのと同じでフロア内の敵をおびき寄せるタイプの罠なのだろう。となると、さっきの自分と同じようにゴブリン達に囲まれているはずだ。
未だにサイレンは鳴り続けている。ゴブリン達を集めるこの音が止まっていない事はまだその罠にかかった人が生きていて、その人を殺すために増援を集めているのだろうと判断する。
「……見に行くだけならいいか」
走り去っていったゴブリン達には今なら追いつける。罠が作動しているところに向かうことは可能だ。
実際のところ、本当にそうならそちらの方に向かうのは危険だと思うが、今は安全よりも情報の方が欲しい。
異世界の住人の助けを得られれば、ここから抜け出すのも、これからのことも色々と楽になる。
そんな打算的な考えよりも先に、このまま無視するのは目覚めが悪いという理由からカイトはゴブリン達の後をつけていった。
◇
何もしないで後悔するより、何かをしてから後悔する方がいい。
よくそう言われるが、何かをしたからといって後悔しないわけではないし、余計に悔やむときなんかザラにある。……今のように。
「……見に来なけりゃよかったな」
ゴブリン達を尾行して目的の場所へと辿り着いたカイトは部屋の入り口のすぐ横で隠れながら、チラリと中を見た後、目に手を当てて、そう呟いた。
その大部屋にはいかにもな装備を身につけた、頭から動物の耳、腰の辺りから尻尾を生やした少女2人が4、50体ほどのゴブリンに囲まれていた。
今のところは何とか凌いでいるように見えるが、そのうち限界が来そうなほどに危うい動きだ。
逃げる方法もないのだろう。少女2人はそこから動けないようだ。……いや、ここからは見えないが2人の間にある何かを守っているようにも見える。もしかしたら倒れた仲間を庇っているのかもしれない。
ゴブリンをおびき寄せていたサイレン音を出していた装置らしきものは大部屋の入り口のすぐ横に設置されていたのでスキルを使って破壊した。サイレン音は止まったのでこれ以上の数は増えないと思うが……
平時なら「ケモミミ少女キタコレ!」などと、おちゃらけることも出来たかもしれないが、今はそんな余裕もない。
レベルアップしたとは言え、あそこにいるゴブリン全てを相手取って自分が生き残れる可能性は半々。少女たちを守りながらとなるともっと低い可能性になる。
仮に俺が殿になって彼女らをなんとか逃がせたとしても、今の消耗した状態で負傷した仲間を背負って逃げ切れるとは到底……
「……なんで、助けに行く前提で考えてんだよ。俺」
カイトはそこまで考えて、自分がいつの間にか彼女たちを助けようと思っていることに気づいた。
彼女たちは自分とは違う。明確な覚悟を持ってここに来たのだろうと分かっていながらだ。
「失敗する可能性も踏まえてここに来たんだろう。彼女らは。俺には何の関係もない。俺が助けるのは、フェアじゃない」
成功も失敗も自分たちの中だけで完結すべきだ。その責任を他人にまで背負わせて良いはずがない。
危険になったからって誰かの助けを求めるのは虫が良すぎる話だ。
それに。「誰かが困ってるなら、助けるのが当然」なんて言えるほど、俺はもう……子供じゃない。
「……俺が彼女らを助ける義理なんて、ない。サイレンは潰したんだ。それだけで十分だろ」
自分を納得させるように呟き、カイトは立ち上がり、元来た道へ引き返そうとする。
しかし、その足がそれ以上前に進むことはなかった。
(ああ、そうだ。もう誰かを助けたいってだけで動けるほど俺はガキじゃない。けど……)
理想を叶えるための責任の重さを、無責任な振る舞いの罪深さをよく知っている。
自分が自分の理想を貫き通せるほど強い人間じゃないこともよく分かってる!
「……それでも!たまにはガキに戻るのも、良いよね!」
だからと言って、誰かが傷ついているのにそれを無視できるような人間になったつもりはない。
自分が弱い人間だから。そんなことが誰かを助けない理由になんてならない。
こんなちっぽけな自分でも誰かの助けになれるのなら喜んでこの身を差し出してやる!
「だめえええ!!」
少女の悲痛な声が響き渡る。何かあったのだろう。もたもたしてる暇はない!
「《スパークル・ハイ》!」
間に合え……っ!
カイトはただ一心に、少女たちを助けることだけを考えて部屋一面に蠢く、ゴブリンの群れへと飛び込んだ。
速水カイト 17歳 男
◆レベル◆ 2→6
◆スキル◆
『投擲 I』…《シングルシュート》、《リフレクトショット》
『スライディング II』…《スパークル・ハイ》
『???』…《???》
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