3.レベルアップ
「……はあ。いつまでもくよくよ悩んでちゃ仕方ないか」
ゴブリンとの初戦闘が終わり、数分程惚けていたカイトだったが、1つ溜息をついて気持ちを切り替える。
「異世界に行く方法があるんだ。生きてさえいれば帰る方法もいつか見つかるだろ」
問題の先延ばしと言われてしまうかもしれないが、どのみち今の自分に出来ることは早くここから脱出して安全な場所を見つけることだ。そのためなら何だってしよう。
物語の主人公のように戦うことに意義を持てるようになるとは思わないが、いずれ慣れていくだろう。
戦って、生き残って。そうしていけばいつかは辿り着くはずだ。
―――絶対に帰りたいか?と聞かれれば、そこまでの熱意はないが、とりあえずの目標にするだけの理由ならある。
「っと、そうだ。ゴブリンに腕切られてたんだっけ」
戦闘が終わったことで緊張感が緩んだカイトは自分が怪我をしていたことを思い出す。
もうほとんど痛みは無い―――感じなくなっているだけかもしれない―――が、血はまだ流れているかもしれない。応急処置で止血ぐらいはしておくべきか。
そう思い、血で濡れたブレザーを脱ぐ。
「傷が塞がってる?」
引き裂かれたカッターシャツの合間から見える血で濡れた自分の腕が治っていることにカイトはそこで初めて気づいた。
自分の腕が異常に頑丈だった、とは流石に思わない。それに血はこうして流れ、着ていた服を赤に染めているのだ。怪我をして無いわけがない。
オカルトな現象に恐怖を感じたカイトだったが「あっ」と一言呟いて、ポケットから自分のステータスと思われるものが書かれた謎のカードを見る。
「なるほど。レベルアップすると傷が治るのか?」
そこに書かれたレベルの欄にある数字は1だった筈だがゴブリンとの戦闘を経て2に変わっていた。
つまりゲームによくある「レベルアップすると起こる謎回復」がこの世界にあるのだろう。
「なんでレベルアップすると回復するんだろうな?神様の祝福とか?まあ今の状況だと有難いか」
自分に起こった謎の回復現象をカイトは深く考えずにスルーする。回復なんかより、どうせならさっさと元の世界に帰してくれればいいのにとも思っていたのだが。
「……この斧も持って行った方がいいか」
そろそろ休んでいるのも終わりだ。そう決めて立ち上がる。ブレザーは走るときに無駄に汗を掻くと分かったのでリュックにしまった。
目の前にはゴブリンの死体がそのまま残っている。どうやら倒すと素材を残して消えたりだとか、そういうことはないらしい。
きっと素材を手に入れるためには解体だとかそういう特別なスキルがいるのだろう。それに今は荷物を増やさない方がいいとゴブリンの武器である石斧だけを持って行くことにする。
「武器があるからって近接戦をする気にはならないけど最悪投げちゃえばいいか」
幸いにも活用できるスキルがあるのだ。武器を取らない選択肢はない。
これで留まる理由もなくなった。カイトはチラリとゴブリンの物言わぬ姿を見て、それから目をそらして元来た場所とは違う方向へと進んで行くのだった。
◇
「……それでまた宝箱、か」
歩き出してから数分、カイトは再び宝箱を見つける。
「取らない選択肢は無いんだけどなあ……」
取れる手段は多い方がいい。ゴブリン相手にすら苦戦した事を考えるとバンバン宝箱を開けていって早く有用なスキルを手に入れた方がいい。
それが今の方針だったのだが、カイトはその宝箱を取る事を躊躇っていた。
その理由は宝箱のある場所が問題だった。
宝箱のある場所は少し開けたフロア状のエリアのど真ん中。何が言いたいのかというとぶっちゃけ超罠っぽいのである。
「宝箱の中は空っぽで開けた瞬間に四方から敵が現れる、なんてのが容易に想像できるんだよなあ……どうするべきか」
ゲーム脳と言われればそこまでかもしれないが、このやたらとゲームっぽい要素が詰め込まれているRPG風の世界でこの直感は信じるべきだろう。絶対、ダンジョンの罠なんかに負けたりなんかしない!
だがしかし……
「いや、逆に考えろ。露骨に罠っぽいからこそその中には豪華な物が入っている、と」
危険な場所や隠された場所て手に入るものこそ強力なものが多い。これもゲームでよくある話だ。「レベルの高い敵が出る場所ほど強力な武器が!」とか「ボスからは限定の武器がドロップするぞ!」とか「レアガチャ10連で一回くじ引き、一等賞はSSR確定!」だとか……最後のは金銭的な面の危険だけど。
とにかく、たとえ罠だとしてもこんなあからさまなものをスルーするのはゲーマーとしては我慢できないのだ!決して開けたくなっただけとか言っちゃダメ。
「やっぱり誘惑には勝てなかったよ……」
そんなこんなでカイトは結局あっさりと宝箱を開けてしまう。
中に入っていたのは先程と同じ本だった。
「あれ?罠じゃないのか?それとも、もうしばらくしたら敵が出るのか?それにしても、またこのスキルの本か。これ以外にお宝は無いのかな?」
宝箱に中身があることに何故か期待はずれだといわんばかりにガッカリするカイトだったが……
「なんだこのスキル!」
その本の表紙を見てそれをすぐに投げ捨てる。
ペチンッと爽快な音を鳴らし、地面に投げ捨てられたその本の表紙には『スライディング II』と書かれていた。
「……スライディングってこの世界で何の役に立つんだ。投擲と組み合わせて野球でもやれってか?……紛うことなきゴミスキルじゃねえか!」
いや、スライディングって。本当に限定的と言うか何というか……使う方法が限られすぎてるだろう。
確かに走るよりもスライディングしたり前転したりする方が移動速度が早いゲームは幾らでもあるけど、わざわざこんなものまでスキルにしなくてもいいのにと思ってしまう。しかも『投擲』のスキルよりレベルが高いのがムカつく!
「……でも、中身がこんなあからさまなゴミスキルだったんだから罠ってことはないか。たまたま宝箱がこの場所に設置されただけってことだろ」
しばらく騒いで落ち着いたのか、苦笑いを浮かべつつカイトが呟いた、その時だった。
出入り口である自分が通ってきた通路と残り2つの通路。その3方向全てからゴブリンの集団が現れたのだ。
「……」
その様子を無言で眺めていたカイトだったが、耐えきれずに叫ぶ。
「……やっぱり罠じゃねえかあああ!!!」
その絶叫は洞窟内に木霊したとか何とか。
速水カイト 17歳 男
◆レベル◆ 2
◆スキル◆
『投擲 I』…《シングルシュート》、《リフレクトショット》
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