2.初戦闘


「さてと、どうすればいいのかね」


 曲がり角から現れたゴブリンを警戒し、利き手である右手に小さい石を握りしめつつ、カイトは呟く。

 ジリジリとこちらに近づくゴブリンは獲物があらわれたのを喜ぶかのように醜悪な顔を歪ませていた。


「考えても仕方がない、か。出来ればこれで上手くダメージを食らってくれよ!」


 初戦闘ということもあり、勝手がわからないカイトだったが悩んでいても仕方がないとばかりに大きく右腕を振りかぶる。

 それも唯一の手段といってもいい自らのスキルである『投擲 I』が近接戦に不向きだと分かっているためだ。

 それならば相手が油断している今がチャンス。先ほど確認したスキルに記されていた必殺技らしきものを初撃から叩き込む。

 発動させる方法はあの本を見たときに何となく頭の中に浮かんだ。ただその名を告げればいい―――


「行け!《シングルシュート》!」


 シンプルな技名を叫びつつ、手に持った石をゴブリンに向けて投擲する。

 青白い軌跡を残しつつ、スキル『投擲術 I』の効果もあり、狙い通りに石はゴブリンの額へと向かい―――命中した。


 ……命中はした、のだ。


「……もしかしてー、全然効いてない?むしろ怒らせただけ?」


 カイトが投げた石は命中したのはいいものの。目に見える成果は薄皮が1、2枚裂けたかといったくらいの少量の血が流れているだけだったのだ。

 

(威力が全然足りてないっ!ランクの低いスキルじゃこの程度って事か!いや、俺のレベルが低いのが原因なのか!?……ってかこれってもしかしなくても……!)


 呑気に呟きつつも自分の攻撃が効いてない理由を考えていたカイトだったが眼前で額を押さえるゴブリンがわなわなと震えだしたのを見て、すぐさま反転して走り出す。


「ギイイイイイイ!!!」

「ですよねー!!!」


 明らかに格下と見える人間の攻撃を食らったのだ。知識を持たないからこそ、ゴブリンは自らの本能に従う。


 ―――舐めた真似をした雑魚を叩き潰す!と。


 咆哮を上げ、ゴブリンは逃亡したカイトを追いかける。そのスピードはカイトよりも僅かに早い。


(くそ!全力疾走してるのに追いつかれる!これもレベルのせいか!?もっと普段から運動しとけばよかった!)

「《シングルシュート》!」


 心の中で普段の自分の行動を責めつつ追いつかれないためにもう一度スキルを使い石を投げる。狙いは足元だ。


「ギイッ!」


 それは再び命中する。スキルのおかげで体勢が多少崩れていても狙い通りに命中するのがこの状況ではありがたい。

 右足に石が命中し、ゴブリンは悲鳴をあげて蹲る。どうやら狙う場所によってはそこそこのダメージがあるらしい。

 カイトはそれを見て……一目散に逃げる。


 理由は単純だ。いくら相手が動けないからといってこちらに有効打が全くないのだ。

 超至近距離からの投擲ならば可能性は残るかもしれないがそこまでいくとゴブリンの持っている手斧で攻撃される。石で出来ているが昔、教科書で見た石器のようにその刃は鋭い。足に怪我を負うとどうしようもなくなるだろう。

 素早さで負けている以上そんな危険を冒すよりも、今の内にあのゴブリンから逃げ切る方がいいと判断したのだ。


「三十六計逃げるが勝ちってね!勝負は預けといてやるよ!」


 恐らく弱小モンスターと思われるゴブリンに何を言っているんだ。

 そんなツッコミを心の中で思い浮かべつつもカイトは全速力でその場から離れる。

 通路の角を何度も曲がり、長いような短いようなそんな感覚を覚え、遂に息があがり、立ち止まる。


「はー、はー。さ、流石にこれで撒けただろ……」


 まだ現実の世界では5月。暑さもほとんど感じない季節だったためにブレザーを着ていたので、そんな格好で全力疾走などしたから中のカッターシャツは汗でビショビショだ。……いやこれは戦いの緊張もあるのだろうか?

 それはともかく、完全に逃亡が成功したと思い、カイトは膝に手をついて呼吸を整えていた。

 だがしかし……


「……っ!くそっ!」


 背後。自分が逃げてきた方向から微かに足音が聞こえ、その手に石を持ち再び構える。

 少し離れた角からゴブリンがその場に現れた。

 どうしてこちらに逃げたのが分かったんだ。一瞬そう疑問に思うが直ぐに答えが分かる。


「……足音か。俺がゴブリンが近づくのに直ぐに気付けたようにゴブリンも俺の足音の方向に向かっていったんだろうな」


 この洞窟は異様なほどに静かだ。最初にゴブリンの接近に気づけたのも静寂に響く自分以外の足音を感じとったから。

 もしかしたら匂いなども関係しているのかもしれないが、まあ、逃げ切れる可能性は限りなく低いのだろう。これで逃げるという選択肢が取れなくなった。


「ギイイイイイイ!!!」

「足のダメージも無いってか!」


 ゴブリンはカイトを視認すると一目散に駆け寄る。散々こちらをコケにした挙句逃げ出したのだ。その怒りは計り知れない。

 先程、足に受けたダメージも感じさせないほどにしっかりした足取りで接近する。


「《シングルシュート》!」


 それを見てカイトは対抗手段である必殺技を再び切る。今度は逃げは許されない。石の残弾も残り4個。無駄玉は投げれない。


「なっ!?」


 そんな思いで放った石は青白い軌跡を残し飛翔するが、ゴブリンはそれを視認すると不恰好ながらも避けたのだ。

 ゴブリンが初めて回避行動を取ったことにカイトは少なからず動揺する。


(そりゃあんだけ好き放題に食らったら猿でも学習するわ!馬鹿か俺は!)


 そうカイトは悔やむがもう遅い。ゴブリンはもうすぐそこまで迫っているのだから。


「ギイイイイッ!」

「ひいいっ!」


 奇声をあげて飛びかかってきたゴブリンの振るう石斧を情けない声をあげつつもカイトはなんとか躱そうとするが、無傷とはいかず左腕を薄く切られてその場に鮮血が舞う。

 

「ぐっ!」


 戦闘不能とまではいかないまでも今まで平和な世界で過ごしてきた少年にその痛みは新鮮なもので思わずその場にうずくまってしまう。

 それを見てゴブリンはニタニタと醜悪に、満足そうに笑う。散々自分をコケにした獲物が足を震わせて自分を恐れているのだから。

 

「……ヒイッ!や、やめろぉ!来るなぁああああ!!!」


 ゴブリンがジワリジワリと座り込んだカイトに近づく。

 苦し紛れとばかりにカイトは石を投擲する。その勢いは先程と比べて遥かに弱い。

 ゴブリンはそれを難なく避ける。もはやこの獲物に戦意は感じられない。恐れることなど何もないとばかりにカイトに飛びかかる。

 その瞬間、ゴブリンは敵に対する警戒を解いてしまった。それがカイトの狙いだとも知らずに。


「―――《リフレクトショット》」


 勢いを失い地に落ちた石に強烈な回転が加わる。

 ドンッ!とゴブリンの後頭部から衝撃音が響く。何が何だかわからないままゴブリンはその場に墜落した。

 ゴブリンに命中したのは躱したはずの石だった。


 《リフレクトショット》。カイトが持つスキル『投擲 I』の2つ目の技であるソレは投げたものに反発力を与えて好きな方向に威力を倍増させて一度だけ跳ねるといった技だ。

 一見すると便利と思われる技だったがその実これを当てることは難しい。性質上当てるためには敵に向けて直接投げることはできない上に跳ねる方向は事前に決めなければならないのだ。

 つまり相手の動向を完全に読みきらなければ牽制程度にしか使えない。

 そこでカイトは警戒されないためにも序盤は《シングルシュート》だけを使い続けた。

 これ以外に取れる手段がないと相手に思い込ませるために。

 避けられたのは計算外だったがお陰でゴブリンにも知能があるとわかった。

 ゴブリンに接近された時点でカイトは芝居を打つことを決めたのだ。避けきれなくて傷を負ったのも丁度良かった。お陰でゴブリンの警戒心も上手く取り除けた。

 あとは起こった通り。油断して突っ込んできたゴブリンの脳天に地面と反発して戻ってきた石が直撃したのだ。


「……上手くいった、か」


 起き上がらないゴブリンを見て先の怯えは何だったのかといった様子でカイトは立ち上がる。

 

「腕か足でも何処でもいいから怪我してくれりゃそれで良かったけどここまで上手くいくとは……」


 跳ね返る方向は決めれると言ったものの僅かなブレはあるはずだ。もしかしたらゴブリンも狙いに気づく可能性もある。そんなこともあり、これだけで決められるとは思っていなかったのだが結果的にゴブリンはその場に倒れ伏していた。


「……さてと、やっぱり止め刺さなくちゃ、だよね」


 後頭部からかなりの出血が見られるがゴブリンはまだ生きている。ピクリピクリとその体が痙攣していた。

 このまま放っておいても死ぬだろうがその場合に自分に経験値がはいってくるのかどうかわからない。

 レベルなどという言葉がある以上この世界では敵やモンスターを倒すと経験値のようなものが手に入るのだろう。詳しいことがわからない今、わざわざ止めを刺さずに放置する意味は殆どない。

 それにいくら襲われたとはいえ、これ以上苦しみを長引かせることもないだろう。

 カイトはゴブリンの手放した石斧を手に取る。

 思っていたよりも軽いそれを両手で持って倒れ伏したゴブリンの頭上に構える。少しの躊躇いの後、地面に叩きつけるように振り下ろした。

 ぐしゃりと、頭蓋を叩き割った感触とともに噴水のように血が流れ出る。ゴブリンが絶命したのは目に見える。


「……っ」


 カイトは頭に突き刺さった石斧から手を離し、よろよろと後ずさり、その場に尻餅をつく。

 

「……はっ、これが夢だと?バカ言うなよ。間違いなくここは……」


 自分のさっきまでの仮説を自嘲するように呟く。

 ゴブリンに止めを刺した時に感じたあの感触。命を奪うあの感触がまやかしや幻だったとはとても思えない。


「―――ああ、俺は本当に、異世界に来たのか」


 カイトが初戦闘で得たものは勝利の爽快感でも達成感でもない。生きるか死ぬかの世界に自分が入り込んでしまったことの漠然たる確信だった。

 



 速水カイト 17歳 男

◆レベル◆ 1→?

◆スキル◆


『投擲 I』…《シングルシュート》、《リフレクトショット》

 



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