1.スキル


「ああ、くそう……お前、普段からこういう妄想だけは絶対にしないって言ってたじゃないか……!言ってたじゃないかっ……!」


 カイトはそのカードを見て一瞬で悟ったのだ。見ている夢が世間一般で異世界召喚モノと呼ばれる自分が一番ありえないと思っている類のモノだと。

 レベルなどの単語を見るにRPG系なのだろうか。


「……これじゃアイツのことを笑えないよ。……だいたいなんだよこのステータス!レベルも1だし、スキルは何にもないって!一般人と何にも変わんないじゃないか!変なところだけ謙虚だな!まったく!」


 カイトの言う通り彼の手にあるカードのレベルの欄には数字の1が、スキルの欄には空欄が広がっている。仮に異世界に来たというのならこれは絶望的だ。

 例えるなら冒険の準備どころか説明書もない状態でいかにもモンスターが出そうな洞窟から始まるゲームといったところか。ゲームなら強制イベントでも始まって物語が進むのだろうが残念ながらこれは現実……いや夢か。そうそう都合よくいきそうにない。

 せめてこういう妄想によくあるチートスキルの1つでもあるのなら何とでもなるのだろうがそれすらない。文字通り異世界に単身飛び込んでいるのである。

 自分の頭が思っていたよりもメルヘンだったことにはショックを覚えるが、そこまで行くならもう少し吹っ切れてくれてもよかったのにと思ってしまう。


「はぁ……こんなこと考えても仕方ないか。もうこの夢が夢じゃなくて本当に異世界に召喚されたっていった方が自分へのダメージが少ない気がするけど……とりあえず歩き回ってみよう」


 そう決めてカイトは行動を開始する。実はカイトはもう微塵もこの目の前に広がる光景が夢だとは思っていない、いや夢よりは現実の方がまだマシと考えていた。

 もし、本当に異世界に来ているならば自分の頭がおかしくなっている訳では無いのだ。いつも自分が否定しているファンタジー世界が本当にあったのだと確定するだけ。無事にまた会えたのなら友人への話題のタネにもなろうものだ。

 ……ただ、その場合には殆ど一般人と変わらないこのステータスでどう生き残ればいいのだろうか? 

 そんな疑問を胸に抱えつつ、カイトは薄暗い洞窟の中を進んでいくのであった。





「……うわー。いかにもな宝箱だー」


 少し歩き回ってカイトは手で抱えれるくらいの大きさのいかにもRPGとかのファンタジー系のゲームに出てきそうな宝箱を見つける。

 現実なら今の状況を変えるための材料になるかもしれないが、これが夢の可能性もあると思えば素直に喜ぶ事もできない。

 そんな微妙なテンションでカイトは宝箱を開けるために近づく。有名な宝箱型のモンスターの事も一瞬、頭をよぎったが、もうその時は大人しくやられようと腹を括った。


「……これは本、か?」


 鍵がかかっているという事もなく開いた宝箱の中に入っていたのは丁寧な装飾の1つの本だった。表紙には『投擲 I』と書かれている。

 こんなところに入っているのだ。只の本ではないだろうとカイトはその中を確認するために表紙をめくる。

 

「うわっ!き、消えた!?」


 その瞬間に本が光り輝くとそのまま消えてしまった。

 驚くカイトだったが、何かに思い当たることがあったのか、ポケットにしまった謎のカードを見る。


「……なるほど。こういうシステムか」


 そこには先ほど空欄だったスキルの欄に『投擲 I』と刻まれていた。更にその文字に触れると詳細と思わしき文面が宙に浮かぶ文字となって現れる。それは青い水晶から出ている光の文字だった。

 意外と近未来的なシステムで出来ていたカードに驚きつつもカイトはそれを見ていく。


「『物を投げる能力が上がる』ね。技名っぽいのが2つあるけど見た感じ序盤で手に入るっぽい名前だし、このスキルはレベル的には低い……文字通りレベルIってところかな?」


 カイトはそれを見て冷静に考える。冷めたところはあれどオタクの端くれ。こういった知識は十全にあるのだ。

 恐らくスキルの名前の後についたローマ数字がそのスキルの強さのランクなのだろう。

 説明欄に書かれている必殺技と思わしき名前や効果があまり派手なものではなかったためにこの『投擲 I』というスキルは序盤で取れるような弱いスキルだと思われる。

 このスキルそのものがランクが低いスキルなのか、それともこのランクは使い続ければ上がるのかということはわからないが、とりあえずこのスキルだけでは絶対の信頼を預けることはできないと理解する。


「……まあ体力にそこまで自信はないし、手段が増えたのはありがたいか」


 オタクとしては体力のある方だと自負しているが、ここ最近は運動もあまりしていない。故に敵に、モンスターでも同じ人間でも普通に対峙したらまずなす術なく倒されてしまうであろう。

 そのことを考えればたとえ最低ランクと思われるスキルであってもありがたい。単純に出来ることが多くなるのであればその分、生存の確率も上がるのだから。

 欲を言えば、もう少し協力なものが欲しいが、今はこの『投擲 I』と呼ばれるスキルで何とかするしかないだろう。

 覚悟を決めて、足元にある手頃な少し小さめの石を何個か手に取ってポケットに入れていると左側の通路から足音が響く。

 もしや人間か。カイトは警戒しつつもそちらの方に視線を向ける。


「……まあ、そんなわけないよな。それにしてもマジでファンタジーなんだな……」


 曲がり角から姿を現したのは小学生低学年ほどの小柄な生物。緑色の皮膚に頭に小さな角がある異形。片手用の木と石で出来た手斧を持ったその生物はゴブリンと呼ばれるモンスターだった。

 それを見て、カイトは危機的状況にもかかわらず呑気な感想を口に出したのであった。




 速水カイト 17歳 男

◆レベル◆ 1

◆スキル◆ 


『投擲 I』…《???》、《???》




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