17.扉
カイトはその扉を見た瞬間に直感的に理解した。それが以前、ヴェルミナと話した『扉』であると。
扉の奥には貴重な高レベルの
扉をまだ開けていないにも関わらず、濃厚な死臭が漂う。間違いなくこの向こうは、今迄に幾千もの人間を取り込んだ命の終着点―――死地だ。
しかし……
「んー……少し悩むけど。やっぱりここは行くしかないかな?」
即断即決だった。
悩むという言葉とは裏腹にカイトはアッサリと決断する。扉の向こう側が死地だと知っているのに、だ。
「
少しだけ苦い顔をするが、カイトが扉に向かう足を止める事は無かった。
極めてその姿は冷静だ。深夜故の気分の高揚や、自暴自棄な感情に身を突き動かされている訳ではない。
しかし、この期に及んで自分の命よりも後の苦言を気にしている時点で、彼は余りにもズレているとしか言えなかった。
「あの時計が扉の出ている時間の残りかな?大体残り50分。それだけあれば十分間に合うだろ」
扉の上部にある短針の無い時計を見て、残り時間を確認する。
時間切れになった場合でも、強制転移で扉の外に叩き出されるだけだが、それでも制限時間はしっかり認識しておくべきだ、との考えからだ。
「それじゃあ、行こうか」
少し伸びをして、体の緊張を解したカイトは、家に帰るかのような自然体で躊躇う事なく扉を開けた。
◇
扉の向こうには四角の部屋の形の、一面石で出来ているかのような灰色の空間が広がっていた。天井は飛行型のモンスターが自由に飛び回れるくらいの高さがある。
200m程先の部屋の最奥には、金に輝く宝箱が安置されている。その宝箱の前に1体のモンスターが佇立していた。
カイトの体より二回りは大きい大斧を持つ人型のモンスター。あえて特徴を挙げるとすればその頭。人型の体に
「ミノタウルスかー……序盤のボスって言えばど定番なのかな?まあ、何にせよ人型の敵ならワンチャンあるんじゃないかな?」
ミノタウルス。確か元は、ギリシャ神話に出てくる迷宮に閉じ込められた牛頭の怪物だ。
余り詳しく調べたわけでもないので、その程度の知識とゲームの序盤によく出てくるちょっと強いモンスターという認識しかカイトは持っていない。
だが、カイトは人型である分まだ戦いやすいと安心する。人型の敵ならば行動も読みやすい。それに、ドラゴンなどの空を飛ぶ敵だと今の彼では対抗手段はほぼ無いに等しいので即撤退も視野に入れていたのだ。
「余り考えすぎても仕方ないね。とりあえず当たって砕けてみますか」
そう言うと、カイトは扉の中へ足を踏み入れた。
彼を認識したのか虚空を彷徨っていたミノタウルスの目の焦点がカイトへと移る。
―――咆哮。侵入者を威嚇する怒号と同時にカイトは両手に短剣を携えて走り出す。
「思ったより速い、なっ!」
驚くべきは、相対するミノタウルスの巨体に見合わない敏捷性だ。カイトが先に動き出したのにも関わらず、もう部屋の中心まで移動している。
見た目から勝手にパワータイプのモンスターだと思い込んでいたが、下手をすれば自分よりもスピードが上かもしれない。
細かい動きで相手を撹乱させていこうと考えていたカイトは作戦を変更し、牽制に手に持つ短剣をスキルを用いて投擲する。
狙いは両足。機動力を少しでも削ぐ為だ。しかし……
「くそっ、やっぱ効かないよな!」
蒼白の軌跡を残して飛翔する2本の短剣はそのままミノタウルスに直撃し、薄皮一枚傷つける事なく弾かれた。
何の影響も無く、そのまま突貫してくるその姿はある意味、予想通りといったところだ。
これは圧倒的なレベル差があることが原因だ。扉の奥に潜む番人役のモンスターはその部屋に入ったパーティの中で一番強い者のレベル+20の強さを持っている。今回はカイト1人が扉の中に入っている為に、ミノタウルスのレベルはカイトの今のレベル36に20を足した56という驚異的な数字になっている。
レベル56はダンジョンに出現するモンスターで言うと50層近くのモンスター。迷宮都市でも指折りの冒険者しか立ち入る事が出来ない深域に潜むモンスターと同じくらいのレベルだ。
―――やはり、正攻法ではどうにもならないか。
それを見てカイトは再び作戦を変更。足を止めて二本の短剣をそれぞれの手に持ち、受けの姿勢に回り決定的な隙が出来るのを待つ。
待ちに入ったカイトに対し、ミノタウルスが足を止めることはない。とうとうミノタウルスはカイトを間合いに収め、その手に持つ斧を振り下ろす。
「……ぐ、ううっ!?」
それは直感だった。その攻撃を受け流そうとしていたカイトはぞくりと這い上がってくるような死の匂いを感じ取り、咄嗟に全力で後ろに跳ぶ。
只の振り下ろし。ミノタウルスにとっては小手調べに過ぎない一撃。その一撃は大地を揺らした。
爆撃、そう形容すべき一撃。砕かれた床の破片が衝撃に乗ってカイトを襲う。
回避したはずなのにその余波だけでカイトは吹き飛ばされる。
「……なんって、デタラメ!カタログスペックが違いすぎる!」
数メートルほど弾き飛ばされ、なんとか体制を立て直したカイトは眼前のモンスターを睨みつける。
レベルに差がついただけで、これほどまでに実力の違いが現れるか。
カイトの心中を占めるのは純粋な驚嘆だった。
システムの上での純粋なスペック差、たったそれだけのシンプルな強さが自分をここまで追い込んでいる。そのことに感動すら覚えていた。
「これならば、もしかすると……いや、まだだ。タダでやられてやるもんか!《モノリス》!」
カイトは自分の身を隠すように正面に碑を出現させる。一呼吸おいて右方からミノタウルスを囲むようにデタラメに碑が乱立していく。
碑を壁として隠れ蓑にし、自分に接近する。なんてことはない普通の策だ。幾度も冒険者を屠ってきたミノタウルスはそう考えた。
―――その程度の策が通用すると思っているのなら、随分と舐められたモノだ。
大きく振りかぶり、横薙ぎの一閃。放たれた衝撃波が全ての壁を破壊する。
後は間抜け面を晒しているカイトを圧倒的な力で叩く。……そのはずだったのだが、その姿は何処にもない。
代わりに、碑の崩落する音に混ざりタン、と着地音が僅かに響いた。向きはちょうど碑が乱立する初めの場所、ミノタウルスが獲物を吹き飛ばした場所だった。
碑の動きはブラフ。カイトはその場から一歩も動いていない。ミノタウルスに自分の動きを誤認させ、自分は死角から突貫する。それがカイトの策。
全てを薙ぎ払うなどという突拍子の無い攻撃のせいで慌てて飛び出る羽目になったが、概ね作戦は成功していた。
あと僅か数歩。それでカイトの間合いに入る。だが、ミノタウルスも完全に隙を晒している訳ではなかった。
振り抜いた斧を強引に引き寄せ、カイトに向かって横薙ぎに振るわんと構える。
それを視認して尚、カイトは足を止めない。それどころか獰猛に嗤い、足をより強く踏みしめた。
「《モノリス》!」
そして発動したのはカイトの魔法。鉄の碑を出すだけの、今の状況では壁にすらならないモノを出現させるだけの魔法。
その碑はカイトが
カイトの体は床から伸びる碑によって上へと押し上げられる。ちょうど、ミノタウルスの攻撃を避けるように。
一瞬の攻防だ。流石のミノタウルスも反応など出来ようもなかった。
僅かに遅れて斧を振るうが、そこにはカイトの姿はなく、碑だけが破壊される。
足場を失ったものの、カイトは既に碑から跳び、ミノタウルスの眼前へと迫っている。対してミノタウルスは今度こそ打つ手がない。完全に無防備な姿を晒していた。
その勢いのまま、カイトはミノタウルスの眉間に向けて自らの最大火力の一撃を放つ!
「―――《テトラ》ッ!!」
―――それはまさしく必殺の一撃だった。まず間違いなく、先の攻防で勝ったのはカイトであった。全てにおいて彼の戦術はミノタウルスを上回っていた。
―――それでも。どれだけ敵の裏をかこうと関係ない。
―――この世界ではレベルが対等でないと勝負にすら成り得ないのだから。
「ガ、ハッ……!」
木の幹にその身を叩きつけられたカイトは体内の酸素を吐き出した。
カイトの攻撃に合わせて繰り出された、
カイトの一撃を受けたミノタウルスは僅かに額から血を流しながらも、まるで影響を見せずに扉の奥に佇んでいた。
扉の外にカイトが出てしまったためにミノタウルスには彼を害する方法は無い。だがしかし、再び扉の中に入ってこようものなら今度こそ滅殺する。そんな威圧を感じる佇まいだ。
「……ゴホッ、ゲホッ。……ウッソだろ、ありえねー。マジでバケモンかよ。……元から、バケモノだったよ」
咳き込みながらも自分が安全圏に逃れたことを確認したカイトは、全体重を木の幹に預け嘆息を漏らす。
詰めを誤った。……いや、そもそも勝負になっていなかったのだろう。此方に有効打は無い。マトモに戦おうとした時点で詰まされていた、か。
動けないことは無いが、このまま何の考えもなしにもう一度挑戦した所で先の二の舞を演じることになるだろう。
手に残る二本の短剣の残骸を見ながらそう結論付ける。
目立った外傷こそ無いものの、数十メートルを吹き飛ばされたことによる肉体へのダメージ。そのダメージもレベルというシステムで強化された今の肉体でなければ十分な致命傷だ。
扉の中に入った人間の悉くが帰って来ないことも頷ける。カイトだって偶然扉の外に弾き飛ばされなければ、追撃を受け、血の海に沈んでいた可能性が高い。
「完敗か。悔しいなあ」
扉の上の時計はカイトが扉の中に入った時間から5分と経っていない。
未だ制限時間は30分以上残っているので一応、もう一度挑戦するだけの時間はあるが、カイトは完全に戦意を喪失している。
勝ち目の無い戦いを自分から挑みにいくことは蛮勇であり、自殺に等しい。守るべきものもなく、この戦いには何の意味も無い。このまま無謀に立ち向かうことはカイトの本意からも逸れていた。
「とりあえず、回復しないと。バックパックは……あちゃー、扉の中に置いてきちゃったか」
どの道、いつまでも惚けている訳にはいかない、と持ち込んだバックパックに入っている薬で応急手当をしようとしたカイトは背負っていたバックパックが無くなっていることに気付く。
注意して見ると、扉の中に肩紐が千切れたバックパックがポツンと転がっていた。吹き飛ばされ、転がっている途中で耐久性に限界がきたのだろう。買ったばかりなのに勿体無い。
「……やっぱりダメかー。扉の外から中に向かって何か出来るんだったら、ミノタウルスだって何かしてくるよね」
糸魔法を使い、自分の手元に引き寄せようとするもスキルは発動せずに魔力は霧散した。どうやら扉の奥のモンスターが外に危害を加えられないのと同じように冒険者も外から中に干渉することは出来ないらしい。まあ、それが出来てしまうと、安全圏から自分だけ攻撃が出来てしまうので当然と言えば当然だろう。
仕方がないので腕だけ扉の中に入れて《マギ・ストリングス》を発動する。
「よっ……って、ちょっ!?全力でダッシュしてくるなー!」
そしてカイトの指先とバックパックが魔力の糸で繋がると同時にミノタウルスは外に向かって猛ダッシュ!悲鳴を上げながらカイトは必死でバックパックを引き寄せる。
結果的にミノタウルスの全力のスピードよりも糸を手繰り寄せるスピードの方が速かった。ミノタウルスはカイトを一瞥した後にムフーと鼻息を吐き、扉の奥へと戻っていく。
「ふう。まったく。あんなにムキになること無いじゃないか。……それにしても本当に扉の外まで追ってこれないんだなー」
余裕そうに振る舞っているが、声が上ずっている。戦闘中以外で巨体のモンスターが自分に向かって接近してきた事に流石に恐怖を覚えたらしい。
体を休める為に周囲の索敵に気を使いながらも、再び木の幹に体を預ける。
(あんなバケモノ、どうやって昔の人は攻略したんだろう?条件は俺と同じ筈。幾ら数を揃えてもどうしようもないだろうし、よっぽど攻撃性能が高い人じゃないとマトモなダメージを与えられそうにないんだけど……いや、
彼が休む中で考えていたのは、かつての冒険者がどのようにして扉の奥から技能書を手に入れ生還したか、だ。
レベル差は自分と同じように設定される筈だ。むしろパーティ内の最もレベルが高い者を基準に設定される分、自分よりキツい事になる人が多いだろう。
レベルによる加護はシステム上の防御だ。どれだけ協力なスキルを持っていてもそれが
そもそも自分と違い、レベルの差がどれだけの不利を生むかをはっきりと知っている冒険者達が20レベル以上格上のモンスターに
なら、どのようにして彼らが技能書を手に入れたか。それは……
「……そういうこと、なのかな?じゃあラスト1分が勝負だね」
なんとなく、『扉』の攻略法を察したカイトは少しでも体力を回復する為に回復に専念するのだった。
速水カイト 17歳 男
RANK:E
◆レベル◆ 36
◆スキル◆
待機状態…《シングルシュート》、《リフレクトショット》、《マギ・ストリングス》、《モノリス》
『投擲 I』…《シングルシュート》、《リフレクトショット》
『スライディング II』…《スパークル・ハイ》
『糸魔法 I』…《マギ・ストリングス》
『感知 I』
『鉄魔法 I』…《モノリス》
『剣術 I』…《テトラ》
『???』…《???》
『空間魔法 I』…《???》
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