16.苛立ち


『もう1ヶ月も経つんだね〜。……なんだか実感がわかないや』


 ヤタ達と別れた後、テレサが待つ店に帰ってきたカイト。

 店での会話で少し前の事を懐かしむ彼を見たテレサの第一声だった。


『ほら、ボクってこんな見た目だからさ。きっとカイトくんが居なかったら今も一人ぼっちだったと思うんだよね。ボク1人じゃヤタちゃん達と仲良くなる事もなかっただろうし、ユリアさんは親切にしてくれているけど友達って感じじゃないから。……君のお陰で毎日が楽しいんだ。それこそ1ヶ月前が思い出せないくらいに』

「……俺が居なくてもテレサのいいところを知って友達になってくれる人はたくさんいたと思うけど……うん、そう言ってくれるのはやっぱり嬉しいな」


 ―――きっと自分が居なくてもテレサはいつか幸せになっていただろう。

 見た目こそ醜悪な異形だが、中身は自分たちと何にも変わらない。

 いつも軽い調子で、日々に楽しさを求める彼女の生き方は外面がどうあれ輝かしく写る。

 少なくともこの町の住人は、彼女を奇異な目で見ることはあっても、決して邪険に扱うことがなかったことをカイトは知っている。それならば、そんな生き方に惹かれ、彼女と友好を深めたいと思う人はそう遠くない未来に現れたはずだ。

 だが、自分は所詮、たまたまそこにいただけの人間だ。覚悟もなく、否応なしにここに流れ着いただけだ。彼女に感謝されるようなことは何もしていない。


 ……そんな思いとは裏腹に、自分がほんの少しでも彼女の生活を変えるきっかけになれたのが嬉しいという思いも確かにカイトの心の中にはあった。

 共に過ごした時間は未だ短く、それが望んだことではないとしても。テレサは俺の友達だ。友達の幸せを嬉しく思うのは当然のことだろう。自分がそんな思いを抱いていることにカイトは微笑ましさを覚える。

 だからこそ……


『ねぇ、カイトくん』

「どうしたの?」

『カイトくんはさ、元の生活に帰る方法が見つかったら、ここからいなくなっちゃうんだよね……?』

「……」


 テレサの言葉に、カイトはすぐに返事ができなかった。

 まだ、元の世界に帰る手がかりは皆無と言っていいほどだ。随分と気の早い話だがテレサにはやはり気になるのだろう。

 自惚れかもしれないけれど、テレサは自分にずっとこの世界にいることを望んでいるのだろう。ヤタ達は俺の事情は知らないけれど、それでも突然いなくなるようなことは望んでいないと思える。


「……うん。その時が来たら、きっと元の世界に帰ると思う」


 内心を察しながら、自分の言葉が彼女達の望むものではないと理解して、カイトはそう告げた。


『そっか』

「……理由、聞かないんだね」

『だって、カイトくん聞いて欲しくなさそうだったし。流石のボクだって聞いていいことと聞いちゃダメなことの区別はつくよ』

「……ゴメン。いつか、その時が来るまでにはちゃんと話すよ。……ってヤタ達にも同じようなこと言ったんだっけ。本当に情けないなあ」


 言葉に出してから、最近こんなのばっかりだ。とカイトは自分に呆れて溜息を吐いた。

 これだから、人付き合いは難しい。心を曝け出すことに躊躇してしまう自分では、到底、彼女達の誠意には答えられない。


 いつか、ちゃんと向き合うと約束したカイトだったが、1ヶ月経っても何も言い出せない自分に後ろめたさを感じるばかりだった。

 空笑いするカイトにテレサはぐいっと近づく。彼女に顔はないが、まるで目と目を合わせるように。

 そして穏やかな声色でこう言った。


『……大丈夫だよ。ボクたちは友達だからね。ちょっとくらい情けないところを見たって幻滅なんてしないさ』

「……テレサ」

『ボクやヤタちゃん達はカイトくんの事をもっと知りたい。その事だけわかってくれているんだったら充分さ。キミがボク達の事をもっと信頼してくれるように、ヤタちゃん達と一緒にどんどん誘惑してやるんだから!』


 その底抜けに明るい声に、カイトは肩の荷が下りたような気持ちを抱いた。

 肩をすくめ、溜まった悪感情を息と共に吐く。

 ―――焦らなくてもいい。どれだけ時間がかかっても、自分の心を整理して。彼女達の信頼に足りるだけの納得した答えを出そう。


「……ありがとう。それとヤタ達には変なこと吹き込まないように」


 自分の思いを再確認して。今更そんな決意を抱く自分を恥ずかしく思ったのか、苦笑しながら、カイトは感謝の言葉と共に茶化すように言葉を続けた。


『はいはーいっと。……もうお客さんも来ないだろうし、今日は店じまいにしてそろそろ特訓の時間にするかい?』

「ああ、頼む」


 適当な生返事の後、テレサはそう言った。


 大魔法使いだという未だ見ぬ雇い主、クォーツの使い魔である彼女はレベルⅠ〜Ⅲ程度の多彩な魔法系スキルを扱うことができる。

 この1ヶ月間。カイトは迷宮に潜る以外にも自分の戦力増強のためにテレサから魔法系スキルの指南を受けていたのだ。


 店の鍵を閉めた後、畳の敷いてある居間に胡座をかいて座ったカイトは目を瞑り、魔力を操る事だけに集中する。

 秘技を発動するように、自分の体の内にある魔力を練り上げる。

 ……スキルとは素質だ。まだ見ぬ領域へと手を伸ばし、未来を掴み取るための素質。秘技とはその一端に過ぎない。

 人はスキルを手に入れたその瞬間から、超常の現象である秘技を自らの手で生み出す資格を持つのだ。


 数秒の静寂の後、カイトの周囲を取り囲むように数本の光の線が現れる。

 『糸魔法』によって紡がれた光の糸だ。

 もっともこの光の糸は殺傷能力が無いどころか形が無い分、操る事すら難しい。光の糸という形で現出させたのはただ作るのが簡単だからという理由だけだ。

 

「……材質、変換」


 だからこの光の糸に明確な形を与える。

 パキ、パキと氷にヒビが入るような軽い音を立てて、光の糸が端の方から別の何かに侵食されていく。

 変換された光の糸は鉄の糸、ワイヤーのようなものへと姿を変えた。

 材質が鉄一種なので、元の世界のそれとは厳密には同じとは言えないのだが、仮にもスキルによって生み出されたものだ。従来のそれと遜色無い性能を持っている。

 『鉄魔法』のスキルが思った通りに発動したのを見て、カイトは仕上げとしてもう1つのスキルを発動する。


「空間、振動」


 カイトがこの1ヶ月で迷宮で手に入れた技能書から新たに身につけたスキル『空間魔法』だ。

 スキルレベルはIと低いが、名前からして有用なスキルだったので、売却せずに自分のスキルとして使っているのだ。

 秘技は1つ、しかも若干、期待外れな能力だったのだが、それはまた別の話だ。

 スキルとしての資質を使い、カイトは周囲を漂う擬似ワイヤーを高速振動させる。


「準備オッケー。それじゃあ、テレサよろしく!」

『うん!いっくよ〜!』


 魔法を展開したカイトが合図すると、テレサはそれに応え、ポイポイと林檎を数個投げる。


「やっ!」


 高速振動する擬似ワイヤーを『糸魔法』で操り、向かってくる林檎に向けて振るう。

 スパンと小気味良い音と共に、擬似ワイヤーは全ての林檎を真っ二つに割った。


『……うん!大分良くなってきたね!最初の頃と比べるとすっごい進歩だよ!』

「まだまだ、戦闘中には使えそうに無いけどね」


 確かに最初の頃と比べると格段に良くなっているが、まだ物足りない。

 そもそも『糸魔法』のレベルが高ければいちいち『鉄魔法』を使わなくても直接鉄の糸を作り出せるだろうし、『空間魔法』を使って空間を振動させずとも十分な威力をもたせることが出来る。

 結局、今の実力では無駄なプロセスを踏む事でようやく秘技並みの威力を出せるのだ。

 展開にこれだけ時間がかかってしまうのなら実戦ではとても使えない。


『まあ、それは仕方ないよ。ベテランの冒険者だって、魔法系のスキルは基本的に秘技しか使わないんだ。これはカイトくんがスキルに慣れるための修行なんだから』


 そして、その事をカイトは最初から理解していた。

 ちょっと修行しただけで秘技並みの魔法が使えるなら誰も苦労しない。

 所持しているだけで経験や技術が手に入る概念系のスキルや技術系のスキルとは違い、魔法系のスキルは即席で戦闘に役立てられるものではない。

 何年と試行錯誤を繰り返す事でようやく1つの術式を生み出すといったモノなのだ。

 だからこそ、この修行の目的は新たな攻撃方法を生み出す事でなく、スキルに慣れる事、そしてスキルレベルを上げ、新たな秘技を習得する事だ。


「だけど、こんな調子で本当にスキルレベルを上げられるの?」

『大丈夫さ。他の魔法使いを見た事ないから分からないかもだけど、カイトくんはすっごく早いペースで成長してるよ。この分だとあと1ヶ月もすればスキルレベルが上がると思うよ!』

「……そっか」

『それじゃあ、今度はスキルの組み合わせじゃなくて、個別にスキルを発動させていこうか!』

「うん」


 いまいち成長が見えないことに納得していない様子のカイトだったが、最終的にはテレサの言う通りに修行を続けるのであった。







 ―――駆ける。


 ザシュッ!


 ―――地を駆ける。


 グシャッ!


 ―――突き動かされるかのように走り続ける。


「……何を、やっているんだろうな」


 彼はポツリとそう呟いて、足を止めた。通ってきた道には、モンスターの残骸が無数に転がっている。


 時刻は丑三つ時。彼―――カイトがいる場所はダンジョン11層。テレサ達が知れば卒倒するのではないかという場所まで、彼は誰にも告げる事なく足を運んでいた。

 この愚行は今日だけに限った話ではない。1ヶ月前、パーティを組むと決めた時からずっと夜な夜なダンジョンに潜っていたのだ。

 つい先週にはダンジョン第10層の最奥を守るフロアボスである炎を操る亜人―――フレイムオークを倒すことでダンジョン10層の決められた地点へ転移する機能が解放されている。

 危険を冒して得たものは純粋な戦闘力。カイトの今のレベルは36。一人前の冒険者としては十分なレベルまで達していて、―――それでも、まだまだ不安は残る。そんなレベルまでカイトは成長していた。


 しかし、彼の表情は冴えない。中途半端な自分の行動に苛立ちを覚えていたからだ。

 ただの八つ当たりだ。どうしようもない感情を壊してもいい物を壊すことで発散させている。ただそれだけ。


 自分の目的を優先させるなら、例えどう思われようと直ちにヤタ達と縁を切るべきだ。そんな事は分かりきったことだと言うのにそれが出来ないでいる。

 今の環境に居心地のよさを感じている一方で、どうしようもない苛立ちも募っているのだ。

 気づけば1ヶ月。中途半端に人と関わり続けて、未だに選択出来ていない。

 ―――やりたいことと、やるべきこと。どちらを選ぶのかを。

 どちらにもそれなりにメリットはあるだろう。それと同じくらいにデメリットもある。決してどちらが優れているだとかどちらかが正解だという話でもない。


 ―――だけど。きっと、今のままではどちらを選んでも後悔するだろう。そんな事だけはハッキリと確信していた。


「……帰ろう。1人でいるとどんどん暗い方向に考えちゃう」


 自分はどちらかと言うと、ネガティヴな性格だと理解しているカイトは思考を打ち消す。

 1人になりたがっているくせに1人でいると駄目な人間なのだと自嘲に耽る。

 ああ、こんな姿はヤタ達の前では見せられないなと思いながら流石に帰ろうと踵を返したカイトは『感知』のスキルである事に気づいた。


「……モンスターが消えた?他の冒険者か?こんなに遅い時間なのにご苦労な事で。……いや、やっぱり不自然だな」


 今、立っている場所からそう離れていないところ。感知のスキルでギリギリ察知できる場所でモンスターの気配が一瞬で消え去ったのだ。

 一瞬、他の冒険者かと考えたカイトだったが、直ぐにその考えを消す。冒険者だって『感知』のスキルで見破れる。察知できる限りではその場所には冒険者はいなかったし、第一、人がモンスターを倒したという感じではなかった。

 ポッカリとその周辺だけ穴が開いた。例えるならばそんな言葉がしっくりとくる。


「ここまで来ればちょっとくらい寄り道をしたって同じか。まだまだ動き足りないし……よし、行ってみよう」


 少しの興味を持ったカイトはすぐさまその場所に向かう事を決める。

 ダンジョンの再構成にはまだ一月ほどの余裕がある。となれば何らかの力が働いてモンスターが消失したことは明白だ。もし、単なる思い過ごしならそれはそれで構わない。

 とりあえず今は、解消出来ない苛立ちを少しでも紛らわす為に何も考えずに動きたい気分だったのだ。

 



 数分歩いて彼が目にしたものは、地上を模した擬似空間に似つかわしくない―――虚空に繋がる巨大な『扉』だった。




 速水カイト 17歳 男

RANK:E

◆レベル◆ 16→36

◆スキル◆

待機状態…《シングルシュート》、《リフレクトショット》、《マギ・ストリングス》、《モノリス》



『投擲 I』…《シングルシュート》、《リフレクトショット》

『スライディング II』…《スパークル・ハイ》

『糸魔法 I』…《マギ・ストリングス》

『感知 I』

『鉄魔法 I』…《モノリス》

『剣術 I』…《テトラ》

『???』…《???》

『空間魔法 I』…《???》




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