15.ただ駆け抜けるように日々は過ぎる
地下であるにも関わらず、草原、森林、山、遺跡。果ては空が広がり、太陽が輝いている。
19層まで続く模造地上型の迷宮の入り口とも言えるこの層を、カイトはヤタ達と共に進んでいた。
「……っ!右方向から
「まかせて」
カイトは『感知』のスキルによっていち早く、敵の接近に気づく。
近づいてきているモンスターは1層前から現れていた風狼だ。姿形こそ普通の狼のように見えるが、奴らは爪に風を宿し、生半可な盾なら容易に切り裂くだけの攻撃能力を有している。
しかも、今回は群れで行動しているために、囲まれると大変厄介な事になるだろう。
だが、奴らは高い攻撃能力こそ持っているものの、防御能力は普通の動物程度で理不尽な防御能力を持っている訳ではない。
向かってくるからには、こちらの存在に気づいて狩るつもりなのだろうが、奴らはまさか自分達がこちらに気づかれているとは思っていない。こちらから攻撃される警戒などしていないのだ。
特に警戒している訳でもなく、防御能力も並程度の敵の隙を逃すわけにはいかない。
そう判断したカイトは、少しでも数を減らす、あわよくば全滅させる為に遠距離攻撃武器である弓を扱うユキに指示を出す。
ユキはこくりと頷いて、弓に矢を番え。
「《シューティング・アロー》」
目視で風狼の群れを捉えた瞬間に、自らの秘技を発動させた。
発動したのは彼女の持つ『弓Ⅰ』のスキルの秘技だ。
放たれた矢は光へと変わり、散弾のように複数にバラける。
嗅覚を頼りに、木々を駆け抜け、接近した風狼の群れの目に映ったのは、獲物の姿を覆い隠すほどの無数の光の矢だった。
「まだ5体残ってる。ユキはそのまま後方支援、ヤタとレラは各個撃破!俺は2人をサポートしながら取り零しを処理する!」
「了解ですっ!」
「わかったニャ!」
出会い頭の一撃で大きく数を減らせたが、まだ油断は禁物だ。
先ほどの攻撃を免れた風狼が倒れた仲間の身体を越えて、もうすぐそこまで近づいていた。その数5体。
カイトの指示に従い、ヤタとレラが先陣を切る。
「《
スパンッと小気味の良い音と共に、鮮やかな剣閃が狼を捉える。
ヤタの繰り出した、限定的な空間跳躍からの居合切りによって、カイトたちに向かっていた風狼の一体がそれを知覚する暇もなく一刀両断された。
もちろん風狼だって好き勝手やられてただ見ている訳ではない。
突然目の前に現れたヤタに動揺しつつも、刀を振り抜いた体制で棒立ちでいるヤタに向かって爪に風を纏い、それを振るった。
纏った風が真空を進む刃となり、ヤタを襲う。ヤタは迎撃する事なくそれを見つめ……
「―――《モノリス》」
あともう少しで当たるといったところで、地面から2メートルはあろうかという大きさの鉄の碑が直立し、ヤタを守った。
あらかじめ待機していたカイトがヤタの隙を埋めるために魔法を発動したのだ。
風の刃を放った風狼は既にユキの手によって脳天を射抜かれている。
そして……
「《フラッシュ・スピアー》!」
さらに前線ではレラが光り輝く槍による一突きで風狼を仕留めていた。
槍を払い刺さったままの躯を引き抜くと、迫る風刃を『身体強化』のスキルの恩恵を受けた自らの足で、大きくその場を跳躍して躱す。
「《エア・ステップ》」
滞空している彼女は一言、そう呟く。
それが魔法のトリガーとなり、彼女は風の足場を踏みしめる。
彼女が使用したのは風を固めてブロック状の足場へと変える『風魔法』の秘技だ。
頭を地に向けながら自分に攻撃を放った風狼を俯瞰すると、彼女はニィッと笑い、風の足場を蹴った。
「お、りゃああああ!!!」
そんな思い切りのいい声と共に落下の勢いと自身の全体重を加え、薙ぎ払うように振り下ろした槍は寸分違わずに風狼を切り裂いた。
「これで後、1体……」
ふうっと息を吐き、そう呟いた彼女は自身に風刃が迫ってきているのに気付いた。恐らく自分の隙を残った1体が狙っていたのだろう。
回避行動はもう間に合わない。こうなればこちらも攻撃をぶつけて相殺するしかないかと思った時に、カイトがレラを守るように立ち塞がった。
「《モノリス》」
再び直立した鉄の碑が風刃を受け止める。風刃は鉄の碑を切り裂く事なく霧散した。
「……ったく、隙ができるような時はちゃんと声をかけてくれって言っただろ。」
「にゃはは〜。ついついテンションが上がっちゃって。……まあ、カイトが守ってくれるって信じてたからニャア」
「まーたそうやって都合のいい事を……頼むからあんまり無茶だけはしないでくれよ。こっちはいっつもドキドキしてるんだから」
「善処するニャ!」
「そのセリフ、何度目なんだよ、全く……」
呆れたような声で話しかけるカイトだったが、レラの全く悪びれることのない様子を見てため息を吐くばかりだった。
パーティ内の役割としてサポートと遊撃を引き受けてはいるが、防御を自分に頼るのは、本当に最後の手段か、ヤタのように事前に打ち合わせているとき以外は控えて欲しいものだ。
「まあ、その辺は後で反省会な。とりあえず片付けてくる!」
「うえっ!?そんな、説教は嫌ニャ!」
レラが何か言ったようだが、それを気にすることなく、役割を終えた鉄の碑を消し、カイトは残った風狼へと駆け出す。
風狼は低く唸ると、再び爪に風を纏う。再び風刃による攻撃を仕掛けるつもりだ。
「させるか!《モノリス》!」
別に容易に防げる攻撃だが、わざわざ打たせるまでもない。攻撃の兆候を読み取ったカイトは、再び『鉄魔法』の秘技である鉄の碑を地から生やす魔法を発動する。
先ほどまでと違うのはそれが防御に使われるものではなく、敵の妨害に使われたこと。鉄の碑が現れたのは風狼の四肢の間からだった。
いざ、風刃を放とうとした風狼の土手っ腹を鉄の碑が宙に押し出した。
ガフッと変な声を出した風狼。風刃は衝撃によって全くの見当違いな場所へと放たれた。
そして宙に体を投げ出し、風狼は無防備な姿をさらけ出す。
「《テトラ》!」
カイトはすれ違いざまに秘技を放った。手に持つ短剣から振るわれる高速の2連撃。交差する剣閃が煌めくように風狼の身体に刻まれた。
◇
「……それじゃあ今日も無事に帰ってこられた事を祝って、乾杯」
「かんぱ〜いっ!!」
カチャンと4人のグラスを合わせる音が鳴る。
今日の冒険も無事に終わり、誰1人怪我する事なく地上に戻ってきたカイト達は、いつも通りにユリアが経営する飲食店、『比翼の止まり木』にて反省会という名目で夕食を共にしていた。
「いや〜、今日も大漁だったニャ!」
「そうですね〜。1ヶ月前は『強くならなきゃ』って焦りばっかりで全然うまくいってなかったけれど、カイトさんがパーティに入ってからはすっごく調子が良い気がします」
「……そっか。もう一ヶ月だもんなー。うん。こっちも凄く助けられてる。ヤタたちがいなかったらこんなにスムーズにはいかなかったと思う」
今日の戦闘での失敗をあらかた振り返った後。レラがそう切り出した。
ヤタの言葉を受けて、カイトは感慨深げに呟く。
カイトがこの世界に迷い込んでから1ヶ月の時が過ぎていた。
パーティを結成する事になった後も微妙な距離感を保っていたカイトだったが、一週間も経つと慣れてきたのか、カイトのヤタたちに対する呼び方も変化していた。
有用なスキルもいくつか手に入れ、最高でダンジョンの第9層まで進んだりで彼女達との冒険は順調といっていい。
「うう。そう言ってくれているのは有り難いのですけど。あんまり役に立てなくてゴメンなさいです。カイトさんの目当てのスキルは見つからないし、指揮も任せちゃってるし……」
「スキルの方はそんな簡単に見つかるとは思ってないから大丈夫だよ。気長に探すさ。指揮の方は、ねえ……」
「ん、ヤタ、あたふたしすぎ」
「はう。最初のうちは本当に迷惑かけてスミマセンでした……」
カイトは言葉を濁したが、ユキがボソリと思ったままの事を言った。ヤタはその言葉にガクリと項垂れる。
パーティを組んだ最初の頃はそれはもうてんやわんやという言葉が相応しいほどのものだった。
それもそのはず、お調子者でトラブルメーカーのレラと、気分屋で寡黙なユキというリーダーには向かない性格の2人だったから仕方なく今までリーダーをやっていただけで、ヤタ自身は決して人を引っ張るのに向いている性格ではなかったからだ。
前衛を務めていることで指揮が遅くなったり、自分に遠慮して消極的な作戦ばかり取るヤタを見かねて、カイトが自分が指揮を執ることを提案したのはパーティ結成から3日後の話だった。
戦場全体の俯瞰が必要な指揮役をなんで刀での接近戦を主にするヤタにやらせていたんだ、とカイトは唯一、遠距離武器の使い手であるユキに言ったのだが、「大きい声出すの、しんどい」の一言で返された時には言い返す言葉もなく、ただ呆れるばかりだった。
……終わった事はいいのだ。スキル構成的に、どの距離でも戦える自分が指揮役をする事でヤタが余計な事を考えずに戦える。事実、自分が指揮を執るようになってからは順調にダンジョンを進んでいるのだから。そうカイトは考えると項垂れるヤタに慰めの声をかける。
「あはは……まあ適材適所って言葉もあるからさ。そんなに気にすることないよ。ところでみんな学校の方は大丈夫なの?」
「もちろんです。学業をおろそかにしたら先生に怒られちゃいますから」
「それどころか、3人揃って、今月から6年生に進級しましたニャ!」
「……もう、そんな時期なんだ。あれ?でもレラ達って4年生じゃなかったっけ?」
「そうだよ?でも、レベルもいっぱい上がったから、飛び級になるんだって」
自然な流れで話題を変える。
カイトは1週間に4〜5回のペースでダンジョンを探索している事でヤタ達に迷惑をかけてないか心配していたのだ。
だが、彼女達から返ってきた言葉は、そんな心配は無用だとでも言うべきものだった。
そういえばとカイトはヴェルミナが言っていた言葉を思い出す。どうやら冒険者学校には飛び級制度があるらしい。まあ、十分に戦えるまでに育った人材を学校に縛り付ける理由なんてないか。
今の彼女達のレベルはヤタとレラが21、ユキが22だ。
確か、ダンジョン第10層を単独で踏破できるだけの実力が、レベルにして35程度の力量が一人前の冒険者には求められていた筈だから、そういう意味では、彼女達の実力は着実に一人前に近づいているのだろう。
もちろん冒険者に必要なのは力だけではないのでこれからも自分を過信せずに勉学の方も頑張ってほしいものだ。
「ふ〜ん。とりあえず3人とも進級おめでとう。けどさっきも言った通り、こっちにかまけすぎずにちゃんと学校を優先してくれよ。俺のせいで留年なんてことになったら申し訳が立たないからな」
「もちろんです!カイトさんが心配するようなことにはなりませんとも!」
「いや、ヤタは大丈夫だと思うけど……」
「ニャ!?何でそんな目で見てるニャ!?」
「……心外」
「あ〜、まあ大丈夫ですよ。はい、きっと」
「ヤタまで!?こうなったらレラだってやる時はやる女だって見せてやるニャ!!」
「今年度から、本気出すっ……!」
どうしてだろう。まったく安心できない。でもまあ、今までちゃんと進級できているのだから大丈夫だろう。
それでもヤタにだけ負担をかけるのも忍びないので、自分が助けになれる事なら是非手を貸そうとカイトは心に決めたのだった。
……それにしても、進級、か。
こっちの世界に来て、一ヶ月。確か、前の世界ではもうすぐ10月になるはずだったけれど、こっちじゃもう進級の時期、か。一応、こっちの暦は前の世界と同じらしいので今は4月という事になるのだろう。
自分の進級の時期には元の世界に帰ることが出来ているのだろうか?学業の遅れは気にしないが、なるべく早くに帰りたいものだ。
……駆け抜けるように過ぎたこちらでの日々。確実に前に進んではいるが、未だに道は遠い。
速水カイト 17歳 男
RANK:E
◆レベル◆ 16→?
◆スキル◆
待機状態…《シングルシュート》、《リフレクトショット》、《マギ・ストリングス》、《モノリス》
『投擲 I』…《シングルシュート》、《リフレクトショット》
『スライディング II』…《スパークル・ハイ》
『糸魔法 I』…《マギ・ストリングス》
『感知 I』
『鉄魔法 I』…《モノリス》
『剣術 I』…《テトラ》
『???』…《???》
『???』…《???》
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