14.パーティ結成
いつもより少し早めの閉店となったクォーツの魔法石屋の客間にて、カイトが口から魂が抜け出るかのように沈黙していた。
「にゃふふ〜♪」
「……」
その片腕はご機嫌な様子の猫娘のレラに寄りかかられていて、もう片方の腕も口元を緩め、ご満悦な様子で狼少女のユキによってギュッと抱きしめられていた。
ヤタは「もう!話が進まないじゃないですか……カイトさんも何か言ってください!」と言いながら、自分も飛び込みたさそうにうずうずと尻尾を揺らしていた。そんな4人の様子を見てゲラゲラと笑い声を上げるテレサ。
(どうしてこうなった……)
あまりにもカオスな状況に脳がフリーズしているカイトは、押し付けられている女の子特有のやわらかさを考えないことだけに集中した。
話はカイトの体の痺れが引いてきた頃まで遡る。
「……酷い目にあった」
『あはは。ゴメンってば〜。悪気はなかったんだよう。ただどんな面白い反応をするかな〜って』
「はあ……」
テレサはカイトが自分を非難げに見ている事に気づき、「テヘペロ☆」とでも言いそうなほどに軽く謝った後にそんな事を言い出した。
コイツ、まったく悪びれてないな!と思いつつも特に追求する事なく、カイトは深くため息を吐いた。
「おっと、いらっしゃいませ!……ヤタちゃん、来てくれたんだね」
「はい。こんばんはですっ。カイトさん」
「門限は大丈夫なのかい?」
「はいっ!ちゃんと寮監の許可は貰ってきましたのでっ!」
それにしても暇だなあとカイトが考え始めた時に、店のドアが開いた。今日初めてのお客様だ。
すぐさま立ち上がり深々とお辞儀をして、接客をこなそうと客の顔を見ると、その人物はカイトの見知った顔であった。
なんだ、と軽く肩透かしを食らったような気になったカイトだったが、約束通りに、夜遅くにわざわざ足を運んでくれたその人物、ヤタに軽く微笑みながら近づいた。
初めてあった時と違い、彼女は冒険者学校の制服に身を包んでいた。
「おじゃま、します」
「にゃ〜」
ヤタの後ろに続いて、2人の少女が入店する。
「ユキちゃんも、よく来てくれたね。……そっちの子とは話すのは初めてになるかな。元気そうで何よりだよ」
1人はカイトも良く知っている、口数の少ない寡黙な狼少女のユキだ。そしてもう1人の少女はダンジョンで意識を失ったまま、結局話す事なく別れたために実質、初対面と言えるだろう、ヤタ達のパーティメンバーのレラだった。
頭の猫っぽい耳をピコピコと揺らしながら、店内を物珍しそうに見ていた彼女はカイトの存在に気づくと、一目散にそちらに近寄る。
「初めましてだニャ。おにーさんがレラを助けてくれたの?」
「あー、うん。一応、そういう事になるかな」
尻尾を揺らしながら詰め寄るレラに動揺しながらも、なんとかそう返答するカイト。
「ふ〜ん……えいっ!」
「「なっ……!」」
それを聞いたレラがとった行動に、複数の人間から思わず驚愕の声がもれる。
「にゃふふ〜♪すりすり〜」
「……あ、あの、何をしていやがりますのでございましょうか?」
カイトは震える声で、混乱から支離滅裂な言葉で、自分に抱きつき、体に頬ずりをしているレラに問いかける。
「何って言われても。自分と友達を助けてくれたのが年上の優しそうなおにーさんだなんて……これはもう運命ニャ!未来のご主人様に身も体も捧げるしかないニャ!」
「いや、その理屈はおかしいだろ!?」
「ちょっとだけニャ!先っぽだけでいいから!」
「どこでそんな言葉覚えてきたんですかっ!?ってか、それってどっちかっていったら俺のセリフじゃないかなあ!?……いや!俺はそんなゲスなこと言わないけどね!」
カイトは自分の言ったことに自分でツッコむほどに冷静さを失っている。
仕方あるまい。思春期の少年にとって異性のボディタッチはそれほどまでに絶大な威力を発揮するのだ。特に殆どの人付き合いを避けていた
レラの体はヤタやユキに比べると貧相だ。胸のあたりがちんちくりんだ。だが、それが何だというのか。大きさなんて関係ないのだ。問題は女性特有のやわらかい体の感触が、抱きつかれていることで直に伝わっていることなのだから。
「……れ、レラちゃん!何やってるんですか!?うらやま……じゃなくて。カイトさんが困ってますっ!」
(ナイスだ、ヤタちゃん!助かった!)
カイトの様子を見かねたのか、今までポカーンと口を開けていたヤタが助け船を出す。
何か変なことを口走ったような気もするが、そこはスルーする。
俺からの言葉ならともかく、同性の友人から注意されれば、流石に離れてくれるだろうとカイトは思った。
「……えいっ」
結果、何故かユキちゃんがもう片方の腕に抱きついてきた。
(何でだああああああ!?!?)
「むー、レラだけ、ズルい」
「なら、ユキも一緒っていうのはどうかニャ?」
「のった」
「乗っちゃダメだから!ヤタちゃ……」
見た目や素振りこそ寡黙でクールな少女だが、その実、ユキは気分屋でマイペースな性格だ。とはいえ、彼女と出会って間もないカイトはその事を知らないので、何でユキちゃんまで参加してるのさ!?と内心で驚いていた。
もうこうなったらヤタちゃんの良心に頼るしかないとカイトは彼女の方を助けて欲しそうな目で見る。
「ヤタも一緒にみんなで仲良くしないかニャ?」
「うぇっ!?その、それはー……うーっ」
(駄目だ。ヤタちゃんまでこのままじゃ寝返るぞ。そうなったら更にカオスな事に……かくなる上は)
……あ、これ時間の問題で落ちるな。
レラの言葉でヤタが悩んでいるのを見て、そう判断したカイトは不本意ながらも、仕方なく、この場にいるもう1人の方を向いたが……
『ぶっひゃひゃひゃ!モテモテだねー!両手に花だねー!いやー、おねーさん妬けちゃうなー!ねぇねぇカイトくん、こんなに可愛い女の子達に攻め寄られてどんな気持ち!?ねぇどんな気持ち!?』
(うっぜえええええ!!!コイツに助けを求めようとした俺がバカだったよ!)
テレサがまったく頼りにならないどころか、事態を面白がっているのを見て、カイトは早々に諦めた。
「もう、好きにしてくれ……」
それからしばらくの間、カイトは抵抗すること無く、少女達にされるがままになっていた。
◇
「……トさん!カイトさん!」
「……はっ!」
ぼーっと、心ここにあらずといった様子でいたカイトはヤタの呼びかけで意識を取り戻した。
気づけば、ユキとレラは怒られでもしたのか、シュンとした様子でちょこんとヤタの横に座っていた。
「ゴメン、ボーッとしてた。ヤタちゃんありがとう」
「ハイ♪……でも、カイトさんはもうちょっと自分の意見をハッキリ言うべきです!困ってるんだったら困ってるってちゃんと言わないとダメですよっ!」
「おっしゃる通りです……」
ニッコリと笑った後にそう付け足すヤタ。しっかりしたええ子やなあ……とほっこりした気持ちでいたカイトはその言葉にぐうの音も出なかった。事実、自分でも思っていることだったからだ。
ユキたちと並んでカイトはしょぼんと俯く。
「コホン、そろそろ本題に入りませんか?」
「ああ、うん。そうだね」
咳払いをして、ヤタがそう切り出した。元々、この話をするためにここに来てくれたのだからカイトとしては話を始めることに是非もない。
「私たちは、ぜひ大歓迎です。カイトさんの実力は知ってますし、ダンジョンに潜ることは私たちのレベルアップに繋がりますから。なにより、何だかよくわからないけど、先生からカイトさんは何か目的があってダンジョンに行かなければならないのだと聞きました。だったら、私たちもそれを手伝いたいんですっ!これくらいで恩返しなんて言えませんけど、カイトさんが困っているなら力になりたいんです!」
「私も、おんなじ。今度は私達が、カイトを助けたい」
「レラもニャ!カイトがどう思おうが受けた恩は返すのが筋ってもんニャ!」
「……そっか」
ヤタは強い意志を感じさせる目でカイトを見ながらそう言った。ユキやヤタも同じように続ける。
やっぱり、この子達は底抜けにお人好しなんだなとカイトは微笑ましい感想を抱いた。それを自分が受け取ることの是非はともかく、ちゃんとこの思いには答えなければいけない。
「それじゃあ……」
「待ってください、カイトさん。まだカイトさんの言葉を聞いてません。昼間は勝手に舞いあがって話を進めちゃったけど、カイトさんは本当に納得してるんですか?」
「それは……」
カイトがパーティを組むことを了承しようと口を開いた直後に、ヤタがそう言った。その言葉にカイトは思わず口を噤む。
確かに自分は彼女達と共に行動することに、誰かと何かをすることに後ろめたい感情がある。
だが、双方にメリットがある以上、こんな感情は無視してもいいはずだ。この感情は、過去の失敗からくる不安で、結局の所ただの自己嫌悪なのだから。
「何か、ダメだったのならちゃんと言ってください。足手まといになると思っているならハッキリとそう言ってください」
「そんな事はないよ!俺は戦うことすら初心者のへっぽこさ。そんな俺が誰かを足手まといだなんて言えるわけないよ!」
「だったら……だったら、何でそんな顔をしてるんですか?ずっと困ったような顔です。カイトさんは私たちと一緒にいるのが嫌、なんですか?」
咄嗟にそう返したが、次のヤタの言葉で今度こそカイトは反論することなく口を閉じた。
その顔は、仮面のように貼り付けた微笑みを浮かべながらも、何処か困ったような印象を感じるようなものだった。
カイトとしては完全に感情は顔に出していないという自信があったのだが、どうやら外から見たら丸わかりな程に杜撰なものだったらしい。
……というか、自分の意見をちゃんと言えと言われた矢先にコレだ。自重もやり過ぎはよくないものだというのに、まったく……
「……はあ、まさか年下の女の子に気を使わせていたとは。もうちょっと隠せてるもんだと思ってたけど、やっぱり意識するとダメなんだね」
上目遣いで問うヤタから目をそらし、ため息をつく。
一呼吸おいて、自分の心を落ち着かせた後に、ちゃんとヤタの顔を見て、もう一度口を開いた。
「別に、ヤタちゃん達が嫌いな訳じゃないよ。むしろ好感を持っているくらいだ。一緒にいると、きっと楽しいと思う」
「……」
「だから、今こうやって俺が躊躇してるのは心の問題。躊躇いや不安、それとヤタちゃん達に話すべきことを話していない後ろめたさ、かな?」
「話すべきこと、ですか?」
「うん。俺はまだ何にも話してない。それなのにヤタちゃん達はこんなに信頼してくれていてさ、これじゃフェアじゃないな、ってさ」
ああ、そうだ。フェアじゃない。口に出せばスッキリした。
俺はまだ自分の事を何も話していない。誰にも自分の心を打ち明けていない。それなのに、ただ命を助けた恩人だというだけで全幅の信頼を置かれている。これはよくない事だとカイトは思ったのだ。
今すぐにでも俺はちゃんとこの子達と向き合うべきだ。嘘をついていた事を謝って、本当のことを話して。このどうしようもない自分を曝け出すべきだ。そこから前に進んでいかなければならない。
そう思っているのに。カイトは行動に移さない、移せない。
自分の
「……まだ気持ちの整理がつかないんだ。こうやって人と一緒に行動するなんて自分にはもう縁のない事だって思ってたから。だから、もうちょっとだけ待っててほしい。来るべき時がきたらその時はちゃんと俺の事は話すから……それでもよかったら俺とパーティを組んでくれませんか?」
結局、カイトが選んだのは自分を隠したままにする事だった。
それでもいつかちゃんと話すべき事を話すと約束し、自分からパーティを組む事を言い出したのは控えめな一歩前進とでも言うべきではなかろうか。
はたから見れば、ヘタレと言われるような行動でも彼にとっては大きな一歩となり得るかもしれないのだから。
「ふふっ……カイトさんもそうやって悩むんですね」
「そんなに俺、ハッキリした性格じゃないよ?」
「そうなんですね。そういう事もこれから一緒にいれば、わかっていくんですよね」
ヤタはギュッとカイトの手を握る。
「いつまででも待っています。カイトさんが私たちを信頼して、自分を打ち明けてくれるまで……だからそれまでのお試し期間って事でどうですか?そうしたらもーっと私たちと仲良くなれますよ?」
「ははっ、男としては願ったり叶ったりって感じだね。うん。わかった。それじゃあこんな不甲斐ない奴だけど、暫くの間よろしくお願いします」
「こちらこそっ!頼りにしてますからね」
ヤタが悪戯っぽく笑うのを見て、思わずカイトは苦笑したのだった。
こうして、カイトは自分への戒めを一時的に放棄してパーティを組む事になった。それがいい方向に向かうのか、悪い方向へと向かうのか。まだ誰にもわからない。
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