13.バイト初日
「色々、面倒かけちゃってすみません」
「いえ、これも仕事ですから。それではまたのご利用をお待ちしています」
ギルドの換金所にて愛想笑いを浮かべ、その場を離れる。
「はぁ、冒険者になる手続きでこんなに待たされるとはなぁ」
外に出た所でカイトは大きなため息をついた。
原因はゴブリンから手に入れた魔石といらない技能書3つの換金の際に起きた小さないざこざだ。
「まさか、冒険者の資格を持ってないとギルドの施設を利用出来ないとは。ちゃんとその辺も昨日のうちに聞いておけばよかったよ」
ギルドというのはお役所仕事のようなもので、いざ問題を起こした時に面倒な事になるので、身元不詳の人間に施設を利用させる訳にはいかないのだとか。
荒くれ者や自由人が多い冒険者が集まる都市だからこそ、きっちりルールを決めて各々が住みやすいように、という理念はカイトも納得するしかない。
まあ、そのルールも元の世界のような過保護なものではなく、要約すると「戦うのも、馬鹿騒ぎするのも自由だが、周りに迷惑はかけるなよ!」という非常に緩いものなのだが。
そんなルールがこの迷宮都市アルダークにあるらしく、ギルドや冒険者学校などの都市の設備を利用するには冒険者の資格が必要だということで、書類などの手続きでそこそこの時間を取られてしまったのだ。
「こんな文字を追加するだけで時間を使いすぎなんだよ、まったく。お陰でもう夕方だ」
カイトはステータスプレートを取り出し、自分の名前や年齢などの横に新たに追加された「RANK:E」の文字を見て、そう愚痴をこぼした。
このランクとは冒険者の優秀さを示す証で、最低ランクのEから最高ランクの
ランクが上がると名前が知られ、二つ名をつけられて、莫大な報酬の指名依頼を受けてこの世界中を飛び回っているのだとか。
通常の冒険者はギルドに寄せられた討伐や採集などのクエストを受けることでこのランクをを上げていくらしい。
そんな話を受付嬢から聞いたカイトだったが、目下の所、ダンジョンにしか用がない彼にとっては無縁の話であり、正直どうでもいい事に時間を使わせるなと言うのが本音であった。
「予定だとお昼をちょっと過ぎたくらいでテレサの店を手伝うつもりだったのになあ。もうご飯を食べるって時間でもないし、帰り道に軽いものをちょっとだけ買って行こうか」
食べ損ねた昼食の代わりに、帰り道で適当に小腹を満たせそうなものを買っていこうとカイトは決めて、見慣れない石畳の道をヴェルミナやテレサの案内を思い出しながら進んでいった。
◇
「ただいまー」
『カイトくん!おかえりー……どうしたのその紙袋?』
「あはは、エルフのおねーさんがやってるパン屋さんに行ったら一杯おまけして貰っちゃって。惣菜パンとか菓子パンってこっちの世界にもあるんだね」
大きな紙袋を抱え、苦笑いしながらカイトはテレサに返事をした。
案の定、道に迷っていた彼は、元の世界によくあるガラス張りで店内が見えるパン屋さんを発見し、懐かしさを感じた事と、道を尋ねるついでに何か買っていこうかとその店に入った。
店主は俗に言う
『クォーツの魔法石屋』の場所を尋ねると、わかりやすく教えてくれたばかりか、カイトがそこで世話になっている事を話すと、「ああ、アンタが……」と言って、サービスで沢山のパンをタダでくれたのだ。
『あー、多分サーシャさんのお店だね。きっとユリアさんが色々と気を回してくれたんだと思うよ?』
「一体、何者なんだよユリアさん……なんで俺にそこまでしてくれるのかねえ」
『そんなに気にしなくてもいいよ〜。この町にはユリアさんに世話になった人がいっぱいいるんだから』
「そうなの?まあいつになるかはわからないけど恩は返さないとなあ」
色々、心配されているんだろうなあとカイトは嘆息した後に、椅子に腰を下ろして紙袋の中に手を伸ばす。
「あ、結構おいしいね。テレサも食べる?……ってそういやテレサって」
『たべるたべるー!』
「あっ」
紙袋からもう一つパンを取り出し、テレサに勧めたところで、朝テレサが何も食べてなかった事を思い出し、もしかして食事をするための器官がないのでは?とカイトは考えた。
無神経な行動だったかと、とりあえず物を食べれるかどうか尋ねようとしたカイトの手からテレサはヒョイと触手でパンを取った。
そのままパックリと頭に急に空いた穴の中にパンを放り込む。
『んーっ!やっぱりサーシャさんの焼くパンは美味しいね!』
「……なんだ。ちゃんと食べられるんだね。朝も2人分しか作らずにテレサの分も一緒に作って食べれば良かったのに」
『え!?え、えーっとだね。そ、そのホラ!ボクのご飯の食べ方って変じゃない?』
「いや、そりゃあちょっとは驚いたけど、今更見た目で嫌ったりしないから。別に俺のことなんか気にしないで一緒に食べていいんだよ?そっちの方が楽しいし」
『あ、うん。そうだね』
何故か挙動不審になりながら答えたテレサを見て、何かいけないことでも言ってしまったのだろうかと思いつつ、カイトは当たり障りのない返事をした。
どうでもいい悩みに気を取られていたカイトは隣で『うう……勢いで言っちゃったけど大丈夫かな?太ったりしないかな……』と呟くテレサには気づかなかった。
「コレ、変じゃないかな?」
『ううん。すっごく似合ってるよ〜!』
「そう?俺、アルバイトした事なかったからこういう制服みたいなの着るの初めてなんだよね」
その場でくるりと回り、カイトはテレサに問いかける。
カッターシャツに黒のズボン、そして恐らく店の名前だろう文字がオシャレな感じで描かれている緑色のエプロンを身につけた姿を鏡で見て、まるでカフェでアルバイトをする学生にしか見えないと思ったからだ。なんというか、雰囲気が軽い。
「で、俺は何をすればいいの?」
『うん。そうだね〜。とりあえずお客さんが来るまでの店番かな?』
「へ?」
カイトは気の抜けた声を上げた。てっきりこき使われるのだろうと思っていたし、本人もそれを望んでいたからだ。
「い、いやいや!もっとなんかこう、ちゃんとした仕事とかないのか!?」
『そうは言ってもボクの店は殆どオーダーメイドみたいなものだからねえ。クランやパーティから受注が来たらその分だけ作製してるんだよ〜。まあたまに個人で買いに来る人がいるんだけどね』
「……店として大丈夫なの?」
『大丈夫だよ〜。魔法石なんて魔力以外の材料がいらないからね。実質タダのモノを売ってるんだから損失なんて無いんだよ』
「はあ、それならいいけど。じゃあ本当に他の仕事はないの?」
『いーや。週末にギルドへの納入があるし、取引先のクランには配達しに行ってるからね〜。力仕事は男の子に任せることにするよ!』
「それだけでいいのか?」
『うん!まあ今のところは全然予定も入ってないし、店番だけだけどね!』
どうやら本当にやる事が殆どないらしい。
これで本当にいいのか?と思いつつもカイトはカウンターに置いてある席に座る。手持ち無沙汰となった事でカイトはそういえばと話を切り出した。
「そういえば、ここで働いといて何だけど魔法石って何なの?
『ん〜と。魔法道具はその名の通り魔法の力が封じられた道具のことさ。ダンジョンで手に入る火を噴く剣だとか、空を飛ぶ絨毯だとかだね。こういうのはスキルによって人工的に作る事も出来るんだよ。そして魔法石は一回こっきり、使い捨てで魔法をそのまま発動するのさ。見てもらった方が早いかなーっと。光よ、集まれ、手の平に―――』
そう言うと、テレサは鈴のようによく通る声で歌うように詠唱を唱える。
「テレサって魔法が使えるの!?」
『ふふん♪ボクくらいの使い魔になるとご主人様の真似事だってできるのさ。すっごい低ランクのしか使えないけどね〜。まあこれで詠唱が終わって、今は待機状態で魔法の発動を待ってるんだけど、ここで別のスキルを使うのさ』
「別の?」
『そう。これが『道具作製』スキルの
その秘技の発動と共にテレサの触手の先に仄かな光が瞬いたかと思うと、次の瞬間には薄い白色の透明な石が現れた。
『ふい〜。これで終わりっと。本来なら既に出来上がってる武器なんかを対象にして、待機状態の魔法系スキルを刻み込んで魔法道具にする秘技なんだけど、対象がなかったらこんな風に石になるのさ』
「へえ〜。こうやって作ってるのか〜」
『高レベルの魔法や複雑な魔法だと、もっと色んな調整とかいるからこんな気軽に作れないんだけどね。今回は簡単な魔法だから遊び半分でやったけど。ちなみにこの石には《ライト》っていう光魔法の秘技が封じ込められているんだ。―――『
テレサの『起動』の一声で白く透明な魔法石が発光し、ランプのような暖かいオレンジ色の光が現れた。
オレンジ色の光はテレサの目の前で浮遊している。
『こんな風に『起動』って言って必要な分の魔力を流せば、封じられている魔法が発動するって仕組みなのさ』
「ん?発動するときにも魔力がいるのか?」
『うん。魔法石を作るのに魔力を使って、発動するのにも魔力を使うから、合計2回分の魔力が必要なのさ。それに魔法の威力は起動した人のレベルによって変わっちゃうから、本当に魔法系スキルの秘技を一回だけ自分の秘技として使えるだけの魔法道具ってことだね』
「ふーん、そんなに使い勝手のいいものじゃないんだね」
『まあ、高レベルの冒険者にもなると自分の魔法を使えばいいからね。売れ行きがいいのは、もっぱら戦闘用以外の魔法が封じられた魔法石の方さ。この光を灯して暗いところを照らす《ライト》の魔法や自分の匂いを誤魔化すための《イレイズ》の魔法だったりね』
「へえ……それじゃあっちで山積みになってるのはなんなの?」
カイトはそう言うと他の魔法石と違い、カウンターの横にある箱の中に乱雑に山積みにされた魔法石を指差した。
『ああ、あれは失敗作さ。思ったような効果を発揮しないんだよ』
「封じられた魔法をそのまま発動するんだろ?なんでそんな事になるのさ」
『試してみれば分かるよーっと』
テレサは箱の殆どを埋め尽くしている黄色の魔法石を掴み、カイトに渡す。
「……怪我とかしたりしないよね?」
『大丈夫大丈夫!死にはしないからさ!』
「不安だなあ……」
テレサの言葉を聞いて、恐る恐るといった様子でカイトはその魔法石を手に取った。
とはいえ、本気で止めたりしない所を見るとそこまで大した事は起きないのだろう。
「―――『起動』!」
そんな安易な考えで魔法石を発動したカイトに……
「あばばばばばばばっ!!!???」
……襲いかかったのは全身を走り抜ける電流だった。
奇声を上げて、カイトはその場に倒れる。
『おーい。大丈夫かい?』
「……うん。すっごく体が痺れて動けないけど、不思議と痛みはない……感覚がマヒしてるだけなのかな?」
『あはは。大丈夫さ。その魔法石に封じられていた魔法は《エリアスタン》。本来は地面を対象にして発動してそこを踏んだ生き物を行動不能にする電流を流す魔法さ。例え赤ちゃんがこの魔法に引っ掛かってもダメージはないよ』
地面に倒れたカイトを触手を使って持ち上げ、横に長い椅子に寝かせるようにその体を置いた後にテレサはそう言った。
『何故かわからないけど魔法石にしたら対象を上手く決めれなくて発動したときに魔法石に触れている生き物に電流が流れちゃうんだよね。だから売り物にはならないってわけ。あそこに置いてあるのはご主人様の試行錯誤の結果で出来たゴミだから、持っていきたい人に自由にあげてるのさ』
「はあ……見たところ殆ど《エリアスタン》の魔法石だけど。良くもまあ、諦めずにやり続けられるなあ」
『……それくらいしかやる事がないからね』
箱の中を占めている殆どがテレサが失敗作と評した黄色の魔法石だ。
役に立たないどころか悪影響さえ発生するものを実用レベルにまで性能を上げようとする作業は想像を優に超えるものなのだろう。
テレサが遊び半分でさっき作った魔法石とは違い、恐らく調整も大変なはずだ。
これだけの失敗作があっても、諦めずに研究を続けるテレサの主人に感心した様子のカイトの言葉にテレサは呆れたような声色で答えた。
結局、カイトの体の痺れが取れたのは1時間後だった。
ちょうどその時、昼間に偶然出会い、カイトと会う約束していたヤタがユキとレラを引き連れて店にやってきた。
速水カイト 17歳 男
RANK:E
◆レベル◆ 16
◆スキル◆
待機状態…《シングルシュート》、《リフレクトショット》、《スパークル・ハイ》、《マギ・ストリングス》
『投擲 I』…《シングルシュート》、《リフレクトショット》
『スライディング II』…《スパークル・ハイ》
『糸魔法 I』…《マギ・ストリングス》
『感知 I』
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