12.剣舞
迷宮都市の中心に位置するダンジョン。その3階層にて、真新しい装備に身を包んだカイトは、ギルドで銀貨10枚で買った内部の地図を片手に探索していた。
ヤタと別れた後、テレサに連れていかれた武器屋兼鍛冶屋にてアドバイスされながら、新たに7本の短剣と動きやすい軽めのプレートアーマーや膝当てなどの防具を購入したカイトは、まだ2回目の冒険で見た目はどう見ても駆け出しの冒険者だというのに、落ち着き払った様子で警戒を怠らずにダンジョンを進んでいた。
「はあ……まさか、また。俺が誰かと一緒に行動するなんてなあ。1週間前の自分に言ったらどんな顔するだろう?」
そんなカイトだったが、行動の冷静さとは裏腹に、内心は複雑な気持ちで埋め尽くされていた。
約3年間、人付き合いをほんの僅かの例外を除いて自ら絶ってきたのに、異世界に来たことでそれを貫き通せなくなっている。
何も自分1人で生きていけるとまでは思っていない。色んな人に助けられて生きていく事は恥ずかしいことではないのだろう。
ただ、自分は。誰かの世界の一部になる事を恐れているのだ。自分がいなくては生きていけないとまでいかなくとも、互いに背中を預け合わせるような関係になる事すら自分は恐れている。
怖いのだ。一度、もう一度、誰かと触れ合ったら、自分は幸せを望んでしまう。際限なく何処までも。いつか壊れてしまうその時まで。
「きっと、嫌そうな顔するんだろうなあ。うん、でも思っていたより悪くないや」
その事を分かっていながら、カイトは今の自分の状況を悪く思ってはいなかった。むしろ居心地よさまで感じている。
まだ知り合って1日だ。彼女らの本音なんて伺い知れないけれど。
ヤタちゃん達が自分を慕ってくれるのは素直に嬉しいし、ヴェルミナさん達のお陰で右も左も分からない新天地でも路頭に迷わずに済んでいる。感謝してもしきれないくらいだ。テレサとは気さくな親しい友人のように付き合えている。
色んな人との関わりが自分に影響を及ぼしている。その事が堪らなく嬉しいのだ。誰かと一緒に生きるのが堪らなく楽しいのだ。
……ああ、認めよう。自分はどうしようもないくらいに人が大好きなのだ。その事を異世界に来て再実感した。
アニメなんかで満足なんて出来るわけがない。自分が仲間と共に見て、感じて、笑った方が何倍も楽しい事なんて、アイツに言われなくても分かっているんだ。
だから、この胸のモヤモヤはきっと贅沢なものなのだろう。向こうの世界にいた時には、誰かと触れ合う事なんてもう考える事はなかっただろうから。
「……俺はこの胸のモヤモヤと、ちゃんと向き合わなくちゃいけない。例え、どんな結果になるとしても」
カイトが出した答えは保留だった。もとより片手間で答えを出していいようなどうでもいい悩みではない。ヤタ達と暫定だがパーティを組むとなったことでふと、思い浮かべただけだ。
ただ、彼の中で決して変わることがないと思っていた結論を、少しだけ見直してもいいかもなと思う程度には前向きに、自分の複雑な気持ちを受け入れていた。
「……おっと、また発見と。いやー、結構あるもんだねえ」
自分の優柔不断さに苦笑したカイトは目的のものを発見した事で意識を完全に戦闘態勢へと移した。
その目に映るのは大部屋にポツンと置かれた宝箱。いかにもといった罠部屋の再現だ。カイトの持つ、テレサから受け取った『感知 I』のスキルからもこの部屋に罠が仕掛けられているのは確定だった。
「これで
カイトは躊躇なくその部屋に入り、宝箱を躊躇いもなく開けた。
同時にサイレン音が辺りに鳴り響く。
「あー、もう。またハズレだ。『船頭』のスキルなんてダンジョンの中でどうやって使えって言うんだよ……」
サイレンを無視して、見飽きたといった様子でウンザリした顔を浮かべ、カイトは宝箱の中に入っていた『船頭 I』の技能書を粗雑にバックパックの中に放り込む。
バックパックの中にはその技能書の他に『整理 I』と『マッサージ I』の技能書、そして大量の魔石が入っていた。
「まあいいか。ようやくサイレンの罠を引き当てれた訳だし」
気を落としていたカイトだったが、彼の目的は別にある。元より技能書の方はどうせまともな物が手に入らないのだろうと考えていたから。
カイトの目的はその副産物、いや本来の用途である罠そのものである。『感知』のスキルでこのフロアには敵をおびき寄せるタイプの罠しかないことは分かっている。
先の2つの罠はカイトが最初にかかった周囲のモンスターを引き寄せる、匂いを一定時間放出するものだったためにある程度の敵しか現れなかったが、今回の罠はヤタ達がかかったもの。サイレン音を放つ装置を破壊するまでモンスターが無限に呼び寄せられるものだ。
つまり、カイトが装置を破壊しない限り、待っているだけで敵が向こうからやってくるという寸法だ。
「ヤタちゃん達とダンジョンに潜るのにみっともない所は見せられないからね。もっと、もっと強くならなくちゃ」
短剣を構え、そう呟いたカイトはすうっと頭が冷えていくように感じた。
「ああ、これだ。この感覚だ。ただ目の前の事に集中できるこの感じ。今だけは心のモヤモヤを忘れていられる。……悪いけど、俺の気が済むまで付き合ってもらおうか!」
カイトは不敵に笑い、挨拶代わりとばかりに二本の短剣を投擲してゴブリンの包囲網に突貫した。
瞬きの合間に倒れた仲間の姿を見て、一瞬、カイトから目線を外したゴブリンの隙をついて間合いに入り、懐から取り出した短剣で首を薙ぐ。
三体の仲間がやられたところでゴブリン達もようやく態勢を整えようとしたが、蒼の閃光が煌めき、その直線状にいた数体のゴブリンの体が抉られ、消滅したことで恐慌に陥った。
カイトの手から放たれた蒼の閃光の正体。それはスキル『投擲』の
秘技の発動にはその名前を呼ぶ必要があるのだが、それをしないで秘技を発動出来たのはカイトがこの世界に来た時に持っていた謎のカード。通称、ステータスプレートと呼ばれるアイテムの機能のおかげだ。
ヤタの話によるとステータスプレートは、この世界の住人が生まれた時から持っている神の恩恵らしい。何処から現れているのかはわからないが、知らない間に1人につき1枚持っているのだとか。
その機能は自分の持つレベルとスキルを見る他に、何処かに置き忘れたり、落としたりした時でも自分の手元に呼びだす能力と、秘技を4つまで待機状態として設定する能力がある。神様の作ったものだから破壊も複製も出来ないとかいう無駄にチートスペックな謎アイテムだ。
2つ目の能力は本来は魔法系スキルの詠唱短縮などが主な用途なのだが、カイトは「これでこっ恥ずかしい名前を叫ばなくてすむじゃん!」と意気揚々と自分の持つ秘技の全てを登録していたのだ。
そんなことは知らないゴブリン達は突然放たれた超威力の投擲を恐れ、まともな連携も取れないまま、破れかぶれにカイトに向けて攻撃する。
だが、レベルも上がり、更に感知能力まで手に入れたカイトは連携も取れていないゴブリン達の攻撃などに恐れる事は無かった。
終始、一方的な展開のままゴブリン達の数だけが削られていく。
遠距離からの投斧は当然のように回避され、背後からの攻撃をしかけた者はいつの間にか放たれていた《リフレクトショット》による反射する投剣でその体を貫かれる。
短距離での切り込みから遠距離への投擲へと感知能力を最大限に活かして、流れるような戦闘を続けるカイトの体には未だかすり傷1つついていない。
この短期間の間でカイトは自身のスキルに慣れ、
「よし、一旦これで仕上げにするかっ!」
余裕を持って、ゴブリンの大群を圧倒するカイトは昨日の夜に考えた新必殺技を試して戦闘を終わらせることにした。
糸魔法による投擲した短剣の回収。近接戦闘にて邪魔になるために戦闘中最大2本までしか手元には戻さないのだが、今手元に戻したのは戦闘に使って壁やゴブリンに刺さったままの五本の短剣。
それに元々手に持ち、振るっていた1本を合わせ、合計6本の短剣を指の間で挟み持つ。
「さあ、食らえっ!!」
ニヤリと口角を上げ、カイトは秘技を発動する。
発動したのは、《シングルシュート》《リフレクトショット》の
貫通能力と反射能力を併せ持つ超威力の
「―――《アクセルディセンダント》!」
地へと放たれた6つの短剣がその威力を更に加速させ、
数多のゴブリンを反応もさせないほどのスピードで貫き、壁を反射して勢いを増した短剣が再びゴブリンに襲いかかる。その軌跡が通る場所はカイトの立つ場所以外のこの空間全域。逃げ場など用意されていない。
十数回の反射の後にようやく効果が切れ、地や壁に短剣が突き刺さる。
ゴブリンが押し寄せていたこの空間に立っているのはカイトただ1人だった。
「よっと」
カイトはその結果を見届け、《リフレクトショット》で部屋の外にある装置を破壊し、虚しく響くサイレンを止めた。
「うーん。ノリで作ってみたけど明らかに過剰威力だし、ヤタちゃん達がいると使えないし。しばらく封印するしかないなー……」
性質上、閉鎖空間でしかあまり効果がない秘技だが、想像以上の威力だった。
とはいえ、ゴブリン相手だとここまでの威力はいらないし、いくら自分で反射方向を決めれるといっても、仲間がいると使いにくい。
通常、秘技を発動するときにはその名を呼ぶ必要があるのだが、ステータスプレートの機能によってそれを短縮することが出来る。それを活かして秘技を同時発動することも出来たりする。
もちろんデメリットはある。魔力を通常発動よりも多く持っていかれる上に極度の集中力を必要とするのだ。ベテランの冒険者でも3つ同時発動が限界らしい。
まあ、それは置いといて、秘技の同時タイミングの発動の派生としてスキルを合わせて放つ
2つのスキルを別々に放つので無く、合体して生み出される新たな秘技。それぞれの秘技の性質を引き継ぎ、それを高め合って放たれるそれは協力な必殺技になる。……まあ、もちろん相性のいい秘技同士でないとこの双交秘技は発動すらしないのだが。
そんなテレサからの話を聞いて同じスキルの秘技で、合わせても問題無さそうなもので試してみた訳だが、暫くの間はお蔵入りになるだろう。
少し残念だなとカイトは思ったが、次の瞬間にはまあいいかと気をとり直していた。
「にしても、悪ノリで必殺技の名前まで考えるようになるとは。中々染まってきてるなぁ。早くこの異世界から抜け出さないと手遅れになっちゃうよ……」
昨日苦戦したゴブリン達を圧倒して見せたというのに特に感動する素振りも見せず、カイトはどうでもいいことを心配しながら黙々と原形の残るゴブリンから魔石を回収するのだった。
速水カイト 17歳 男
◆レベル◆ 12→16
◆スキル◆
待機状態…《シングルシュート》、《リフレクトショット》、《スパークル・ハイ》、《マギ・ストリングス》
『投擲 I』…《シングルシュート》、《リフレクトショット》
『スライディング II』…《スパークル・ハイ》
『糸魔法 I』…《マギ・ストリングス》
『感知 I』
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