10.出会い


「え、えーと、何を言っているのでしょうか……?」

「しらばっくれても無駄だよ。私はちょっとしたスキルを持っていてね、人が真実を話してるのかどうかがわかるのさ」


 顔をそらし、動揺する心を隠そうと言い逃れをするカイトにユリアはそう静かに告げる。


 まさか嘘を見抜くスキルがあるなんて……いや、読心術なんかが元の世界にもあったんだからスキルなんて力があるこの異世界じゃあってもおかしくないか。完全に油断してた。




「アンタが何か隠したい事があるっていうなら別に無理に聞き出そうとは思わない。だがね、それはあれだけ親身になってくれたヴェルミナに失礼ってもんじゃあないかい?」


 確かにそうだ。いくら信じられない事だからといって、あれだけ親切にしてくれたヴェルミナさんたちに嘘をつき続けるのは不義理な事だ。

 そもそも、自分が記憶喪失などと言ったのはヤタちゃん達を納得させるためだ。とりあえずひと段落した今、嘘を吐く必要もない。


「……わかりました。と、言っても信じてもらえるかは知らないですけど……」


 カイトはそこまで考えて、自分に起こった事を話した。

 目が醒めるとダンジョンの中にいたこと。自分が異世界から来た人間だという事を。


「……はあ、異世界からねえ……」

「あはは、やっぱり信じられないですよね」

「いいや、信じるさ。少なくともアンタは嘘を吐いてはいなかったからね」


 ユリアは手を額に当て、ため息を吐きながらもカイトの言った事を信じた。


「異世界からの召喚だなんて御伽噺の勇者や邪神教団のキチガイ共の戯言くらいなもんだったんだがねえ……」

「この世界に来た異世界人って他にもいるんですか!?」

「前者は随分と昔の伝説で、後者はカルト染みた教義の中に出てくる上に人間ですらないけどねえ。只の一般人が異世界から来たなんて話は聞いたことがない」


 ユリアの言葉でカイトはそれで向こうの世界に帰る方法がある事を確信する。恐らくスキルの力を使って異世界からの召喚が出来るのだ。帰還する事が出来ない訳がない。

 

「まあこうやって目の前にいるんですけどね。只の一般人が。でも異世界に干渉するスキルがあるって分かっただけでもいいことです」

「まあ、ダンジョンから目当てのスキルを手に入れるのは至難の技だけどねえ。あれだけダンジョンに潜るって言ったのも元の世界とやらに帰る方法を手に入れるためかい?」

「……そんな所です」


 曖昧な口調でカイトはそれを肯定した。


「んん?なんか変な感じだね。……まあいいさ。面倒を見るって言ったからには約束は果たすさ」

「……ありがとうございます」

「そうと決まったら、さっさと行くかね。お前ら!少し店を開けるがサボらずにちゃんと働くんだよ!」


 ユリアは奥で料理を作っている店員達にそう告げるとカウンターを離れ、カイトへ声をかける。


「さあ、行くよ坊主。ついてきな」

「は、はい!」


 カイトは僅かに残っていた飲み物を喉の奥に流し込み、外へ出て行くユリアについて行った。





「ついたよ。ここさ」

「へぇ、見た目は普通の家っぽいっすね」


 店を出て東に歩いて5分ほど。昼間は様々な露天商がいて賑わっているというメインストリートも今は夜の静寂に包まれている。

 そんなメインストリートから少し逸れた脇道に目的の店はあった。

 そこそこの大きさの木組みの店だ。窓からは仄かな明かりが漏れている。

 入り口のドアの近くにある看板を指差してカイトは尋ねる。


「あれ、なんて書いてあるんですか?」

「『クォーツの魔法石屋』。その名の通り、魔法石って魔法道具マジックアイテムを売ってるのさ」

「魔法石……?ガチャ、ソシャゲ……うっ、頭が」

「ん?どうしたんだい?」

「いえ、なんでも」

「そうかい。ならいいんだ」


 課金、やりすぎ、ダメ、絶対。魔法石と聞いてそんなフレーズが浮かび上がったカイトだったが、すぐにそんな考えを打ち消した。

 ブンブンと頭を振るカイトを見て怪訝な顔をするユリアだったが、特に追求する事なく、頰を掻き、明後日の方向を向きながらこう言った。


「あー、そのだな。あんまり中にいる奴を見て驚かないでやってくれないか?店番やってる奴はな、凄いいい奴なんだがな、その見た目がだな……」

「ああ、大丈夫っすよ!中に居るのがガッチガチのオカマとかでも笑ってやり過ごしますから気にしないでください!」

「……本当に大丈夫かい?逆に不安になってきたよ。……まあいいか」


 最後に確認だけしたものの多分、正確には伝わっていないのだろうなと思いながらもユリアは店のドアを開けた。


「テレサ!いるかい?」

『ユリアさん!?ボクに何の用なんだい?』


 店に入り、ユリアが声を上げると、天井から声が聞こえてくる。どうやら店番は二階にいるようだ。


「喜びな、テレサ!従業員が見つかったよ!」

『本当かい!今行くよ!』


 ユリアの言葉に耳によく響く、明るい少年と少女の中間のような声が返事をして、天井を何かが通り、ギシギシと微かに音が鳴る。

 なんだ。小さい子か。見た目がアレとか言われたからいったいどんな変人が出てくるんだと思っていたけど心配する事なんて無さそうじゃないか。そんな風に店内のショーケースに飾られている魔法石だと思われる色とりどりの石を見ながらカイトはそう考えていた。


 その考えが打ち消されたのは階段を下りる音に加えてベチャリ、ベチャリと粘質な音が聞こえてきた時だった。

 ん?と階段の方に目を向けた、カイトの見たものは―――


『わあ!色男じゃないか!ユリアさん何処からこんな少年連れてきたんだい!?』


 ―――名状しがたい、くとぅるー系の何かという表現が正しい化け物だった。


「うおおおおおおおおい!?!?人間じゃないじゃん!?」

『……む〜、そんな反応されるとボク傷ついちゃうなあ……』


 猛スピードで後ずさり、壁にぶつかって尻餅をついたカイトは二本の触手をわしゃわしゃとさせて、ぬるぬるとした粘液をだしている灰色の生物を指差してユリアを非難する。

 ユリアはそりゃ言っても伝わらんだろうなあとため息を吐いていた。

 原因であるテレサと呼ばれたその生き物からは目も口も、顔すらない球体のような体に触手がついているだけという生物性が全くないのにもかかわらず、何処からか発せられている声から非難気に見られているとカイトは感じた。


 これがカイトとテレサのファーストコンタクト。最悪とも言っていい出会いの場面だった。





「はあ、使い魔、ですか?」

「そうだよ。テレサはこの店の店主のクォーツが魔法で作った使い魔さ」

『そうなんだよ〜!全く、ご主人様は〜。わざわざこんな悪趣味な体にしなくたっていいと思わない?ボクだってもっとカッコイイ生き物にして欲しかったんだよ!?』

「ああ、うん。それは同感だよ。雇い主には悪いけどこの趣味はちょっと……」


 腰を抜かしてしまったカイトは店の奥に連れて行かれ、畳の敷かれている和風の居間でテレサについて説明される。

 どうやら説明によるとテレサはこの店の店主クォーツに作られた使い魔と呼ばれる存在らしい。人間以外の生き物を使役したり、生命を作ったりするスキルがあるのだとかで、クォーツがその使い手でもあるらしい。

 やれやれだぜ。と手を……触手を広げ、肩をすくめるようなポーズをとったテレサとその隣にいたユリアはカイトにそんな風に説明した。

 カイトはそれを聞いてせっかく色んな生き物を作れるならわざわざこんな化け物みたいな外見にしなくてもいいのに、とこれからの雇い主に恨み節のような気持ちを抱いていた。

 

「あれ?それならそのクォーツさんは呼ばなくてもいいの?後でクビとかにされないよね?」

『それなら大丈夫だよ〜。ご主人様は部屋から出ずに魔法の研究ばっかりやってる引きこもりだからねー!店の管理や従業員の雇用はボクの役割なのさ〜!まあ今までここで働きたいなんて子はいなかったけどね!』

「おう……そんな適当な。いや、別に使い魔がいるなら自分でやる必要なんてないのか」


 カイトはふと抱いた疑問を口に出すと、テレサがそう答える。そこを人に任せてどうするんだ、と現代人らしい心配性からカイトは一瞬思ったが、よくよく考えれば使い魔はもう1人の自分のようなものだ。ならばそんな大事な事でも任せてしまえるのだろう。

 そう自分の中で納得したカイトにユリアが声をかける。


「それで、どうするんだい?坊主。やっぱりやめるって言っても構わないんだよ?勧めたのは私だし最悪私の店に住み込みでもいいぞ?まあ、その時は夜は絶対接客に出てもらうけどね」

『ええっ!やめちゃうのかい!?い、今なら三食付きにお風呂も付けちゃうよ!』


 ユリアの言葉に慌てたようにテレサはカイトを引きとめようとする。

 

「いえ、大丈夫です。テレサが良いんだったらここにします」

『おお!ありがとう、少年くん!!』

「……あんだけテレサを怖がってたのにそれで良いのかい?」

「え?でもコイツ良い奴なんでしょ?なら断る理由なんてないっすよ」

『少年くん……!君って以外と良い奴なんだね!』

「以外は余計だ」


 念押しをするユリアだったが、カイトとテレサのやり取りを見て、ああこれなら大丈夫だろうと思った。


「それじゃあテレサ、カイトは任せたよ!死なない程度にこき使ってやりな!」

『あいあいさー!』

「おいっ!」

「じゃあな、坊主!たまには私の店に金を落としに来いよ!」

「……はい!」


 ユリアはそう言って、店を出て行った。ビシッと敬礼をするかのように触手を動かして見送るテレサを見て思わずツッコミに回るカイトだったが、続けて自分に言われた言葉で毒気を抜かれたような表情で返事をした。

 つまり、無茶をせずにたまには顔を見せに来いと言うことだろう。どこまでこの人たちは俺に親切なのだと思ってしまう。

 その行為にせめてもの感謝の念をもってカイトは深々と頭を下げた。


「……さて、じゃあさっきから名前は出てたと思うけど、俺の名前はカイト。好きなように呼んでくれ。これからよろしく」

『うんうん!よろしくね、カイトくん!やった〜!初めてのバイトさんだよ〜!』


 テレサは差し出された手を触手で包みブンブンと振る。


「……うわあ、やっぱりヌルヌルで気持ち悪い……」

『自分でも分かってるからあんまりそういう事言わないでよう!うわ〜ん!』


 カイトがポツリと呟いた言葉のせいでいい雰囲気は台無しだったが。暫くの間、カイトはテレサにペチペチと触手で叩かれていた。




「はあ……すっごい濃厚な1日だったなあ」


 テレサは使ってない部屋があるからそのまま使っていいよと言ったのでカイトはその言葉に甘えさせてもらった。家具は何もないが掃除が行き届いているのか埃一つない、テレサに与えられた部屋で、布団に包まりながらカイトはため息と共にそう呟いた。


 授業中に寝ていたらいつの間にか知らない洞窟にいて。命がけでゴブリンと戦って。洞窟の中で手に入れた不思議な力を使ってヤタちゃん達を助けて。その事が巡り巡って、安全な寝床まで手に入れて。


 今日は、うん。すっごい疲れた。久しぶりに人と本心でいっぱい話したし、このまま今日みたいな日が続くと向こうでの生活を忘れてしまうかも……

 カイトは横たわったままチラリと横を見る。そこには制服がハンガーにかけられていた。血まみれの制服をテレサが魔法で綺麗にしてくれたのだ。カッターシャツの方は切り傷でボロボロになっていた為に捨てるしかなかったが。

 ……この制服と僅かな荷物だけが俺が向こうにいた証、か。これだけあればきっと自分は忘れないだろう。自分がかつて犯した過ちを繰り返すことだけはない。そう信じてる。

 随分と予定は狂ったけども、たとえ異世界に来ようとそれは変わらない。


 必要以上のものを望まないように、誰も見ないようにひっそりと、消えていくように生きていく。それが俺の望んだ贖罪なのだから。


 ―――だけど、まあ。今日は昔に戻ったような気がする。自分が忌み嫌った、やりたいように生きていた時の自分を。それを悪くないと思っている自分も確かに存在するのだ。


(ああ、くそう。調子狂うなあ)


 苦々しく、そんな甘い考えを打ち消すように、カイトは固く目を瞑った。激動の1日を過ごしたその身体は半刻もせぬ内に深い眠りに包まれた。




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